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第3話 いきなり死闘

【グ、ゴオオオオアアアアアア!!】


 突然現れたカインの姿に、一瞬の戸惑いを見せたデッドグリズリーは、大地を揺るがす咆哮を上げてカインに襲いかかってきた。

 巨体だが、その動きと勢いは一瞬で最高速に達する。

 カインも突然のエンカウントに思考停止状態になっていたが、強力な咆哮により逆に体が動いて下がりながら抜刀することが出来た。そしてそのまま横に転がるように、自分の予想より見事な転がりを見せ、そのまんまるな体が伊達ではないことを証明した。


「こ、これは……」


 デッドグリズリーが突撃した場所に生えていた木々は根こそぎ倒され、かなりの巨木もまるで枯れ木のようにへし折れ倒れていく……


 触れただけで死ぬ……カインは確信した。

 しかし、逃げようにもあの速度で追われればあっという間に殺されることは間違いない。


「転がって逃げるか? こう川沿いをコロコロコローって……」


 カインは、現状の絶望的な状況で、混乱していた。


「転がれるかよ!? 馬鹿か僕は!」


 華麗にノリツッコミを完成させた頃、デッドグリズリーが振り返りカインを視界に収める。

 小さな太った少年が同じく矮小な剣を正眼にかまえている。

 カインが幸福だったのは、このデッドグリズリーが人間の相手をしたこともなく、見たこともないために、予想以上に警戒してくれたことだった。

 もう一度同じように突進をされていれば、同じように避けることは難しかった。


 だからといって事態が良くなることはない。


【グウウウゥゥゥ……】


 唸り声を上げながら、どうやら様子をみている相手に対して、カインは必死で冷静さを取り戻すために、父との剣の訓練を思い出していた。

 剣の道に近道はない、基礎を積み上げ、高みに至るしかない。


 剣は中段、正眼に構え、体は相手に対して開かない。

 間合いと剣の出どころを悟らせないように……

 縦に斬る。

 横に払う。

 真っ直ぐ突く。

 攻撃はこの3つの組み合わせ。

 とにかくこの3つの動作の反復と教わっている。

 そして、地獄一丁目、素振り。

 二丁目、打ち込み。

 三丁目の父との模擬戦。

 過去の鍛錬を思い出し、毛穴が一気に開き、冷たい汗が吹き出した。

 敵の縦の攻撃には横で払い、横の攻撃には縦で受ける。

 突きは体捌きで躱す。

 痛みとともに染みつけられた動きが、今、カインの命をつないでいた。


 デッドグリズリーの丸太のような巨大な腕が振り回され、するどい爪と剣が打ち合う音が、森に響く。静かにしていれば小川の流れる心地よい音に包まれる清廉な森林だが、今は戦いの音が甲高く響いている。


【グオオオオオッ!】


「ふんふんっ!! はぁはぁ……、でりゃぁ!! はぁはぁ……、えいりゃあああ!!」


 デッドグリズリーの巨体から、疾く重い攻撃が嵐のように叩きつけられるが、カインは小剣一本で受けきっている。

 これには敵も、そしてカイン自身も驚いていた。


(父上の攻撃よりも……軽い!)


 まだまだ子供であるカインに対してどれだけ容赦のない攻撃を与えていたのかという余計な考えも浮かばないほど、カインは父に感謝していた。


「うおおおおおお!!」


 敵の振り下ろしに対応して、その爪の一本の根本にカウンターを合わせた。

 一瞬の重みの後に、ずーっと肉を斬る感覚、そして、骨を立つ感覚が手に伝わってきた。


 ぼとり。


 デッドグリズリーの太い指が地面に落ち、ぼとぼとと出血が地面を濡らす。


【グアアアアアッ!!!】


 痛みと驚き、そして、自分よりも遥かに小さな存在が自分を傷つけた少しの恐怖が交じる雄叫びあげる。


「はぁはぁはぁはぁ……」


 カインの胸はこれ以上無いほどに脈打っていた。

 動き続けたからだけではない、自らの手で、巨大な魔物に手傷を負わせた興奮が混じっている。

 ぶるりっ……

 恐怖からではなく、カインの体が震えた。

 いきなりの本番、獰猛な獣、しかも出会った者を必ず殺すと言われているデッドグリズリー。

 小さなものだが、手傷を負わせた。

 剣聖アデルの息子として、誇らしかった。


「……喜んでばかりもいられない……」


【ゴオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアァァァァァァ!!】


「なっ!? 狂化!!」


 上位の魔物の切り札、圧倒的な強化の代わりに理性を失い、その効果が切れた時に莫大な反動をうける、それが狂化だ。

 デッドグリズリーの両目が真っ赤に輝き、ダラダラと涎を垂らす。

 いつの間にか指からの出血は止まっている。

 その瞳を見た瞬間、カインの脳裏には一つの文字が浮かんでいた。


 死


 過去の思い出が一瞬のうちに脳裏を過ぎ去っていく。

 走馬灯だ。

 目に見える景色が緩やかに動き出す。

 本来目に捉えることもなく一瞬でデッドグリズリーの巨体が迫っている。

 見えていはいる、が、指先一本動かない。

 死を直前に濃縮された時間の中で、本来捉えることも出来ない超高速なデッドグリズリーの動きを捕らえてしまった。

 緩やかに進む時間の中で、自らに迫る必殺の一撃を知覚する。

 それは、幸運ではない、不幸だ。

 目の前に迫る鋭く巨大な爪、脳裏に映し出される父の最期の姿。


「カイン、お前が母さんを守らなくてどうするんだ!」


(父様、僕は母も守れず、自分もここまでのようです)


「愛しているわ、カイン」


(母様……ごめんなさい……)


【ギャアオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーー!!】


(龍の断末魔……そして……)


 気がつけば、目の前で爪が停止している。

 引き伸ばされた時間が、さらにさらに延長している。

 ごく僅かにづつだが、爪は自分の体を引き裂こうとしている。


(体が、熱い)


 動くはずがない心臓が、脈打ち始める。


(剣が、熱い)


 手に持つ剣に力を込める。


(胸が……熱い!!)


 動くはずがない左手で、胸にあるペンダントを握りしめた!

 閃光が、カインを包み込んだ!


 ギィン!!


 必殺のデッドグリズリーの一撃は、防がれる。

 姿を変え、転生した巨龍剣バハムディアによって……


「ようやく目を覚ましましたねマスター」


「ああ……竜殺しを成していたんだな」


 カインの姿は先程の肥満児とは打って変わって、青年の姿へと変貌していた。

 その身は見事な鎧に包まれている。


【グアアアアッ!!】


「もう、貴様なぞ、恐れない!」


 ギャンッ!


 カインの振るう剣が、デッドグリズリーの爪を切り落とす。


「爪の手入れがなっていないぞ……」


 剣を正眼に構え、敵に向き直す。


「さぁ! かかってこい!」



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