第2話 ドラゴンバスター誕生
カイン=マクスウェル。
マクスウェル家当主、アデル=マクスウェルとイーサ=マクスウェルの一人息子として、田舎ではあるが、のどかな領地で暮らしていた。
マクスウェル家は非常に古い豪族で、過去にはもう少し大きな領土を持っていたが、長年に渡る魔物との戦いを経て、ごく小さな領地を治めている。
当主であるアデルは先の帝国と王国との戦争において、王国側の客将として非常に多くの戦果を上げた。
しかしアデルは王国での地位を受け取ることなく、小さな田舎の領土の安泰だけを願った。
帝国は王国との戦争には破れたものの、周囲の小国をいくつも滅ぼし強大な力を持つことになった。
一国では帝国に抵抗できない国々は巨大な同盟を結び、共和国として再出発をスタートする事になり、その調印式の旗印としてアデルは王国へと向かっていた。
そして、急襲された。
王国兵の護衛はよく戦ってくれたが、敵は強大で、ついにはアデルたちに牙を剥いたのであった。
その結果、アデル、イーサは死亡。
その息子であるカインは龍の森へと落下し、公式的には死亡したとされた……
そのカインは、今、龍の中にいる。
圧倒的な強者である龍、絶対無敵である竜種の唯一の弱点である龍玉。
龍の逆鱗という絶対防御で守られたその龍玉に、様々な奇跡が重なり、剣を突き立て、そのまま龍玉の内部へと飛び込んでしまった。
長き悠久の時を生きた竜はより強大な龍となり、龍玉も巨大なものとなる。
龍玉の内部には、龍が龍たるゆえんである全ての力が貯められている。
そこに、人間が落ちたのだ。
本来ならこの地で命を落とし、その力が開放され、多くの生命の恵みとなるはずだった、膨大な力が、一気にカインと、その手に持つ剣、そして首から下げたペンダントに注ぎ込まれていく。
なんとも不幸な龍、だが、この結果は因果応報と呼ぶにふさわしかった。
この龍、長くは生きているが、その生は、乱暴狼藉の積み重ねだ。
しかも、強き者に挑む竜種としては恥ずべき弱い者いじめに終始していた。
戦いの中、傷を負い死んでいくものも多い竜種、しかし、彼は卑怯にも自分よりも弱きものを痛ぶり、強き者から逃げることを恥とは思わなかった。
結果として、どの龍よりも長生きで、巨大な体を持っていた。
その蓄えた力、質としては一考の余地はあるが、量だけは圧倒的だ。
なんといってもほぼ消費せずに怠惰に蓄え続けていたのだから……
この龍の狼藉の被害に合っていた他の魔物や若い竜は、あの狼藉者の寿命が尽きることを喜び宴をしているほどだった。
そして、死ぬその瞬間、竜種にとって最大にして最強の苦痛である龍玉の破壊を持って、その生命を終えることになっただ。
カインはそんな龍の強大で莫大な力をその身に宿していく。
その過程で人間の殻を幾度も破り進化していく。
名剣ファサールもまた、物質として軛を抜け出た存在へと進化する。
父アデルから受け取った首飾り、内部に隠された紋章と宝石はカインを守るために最適な形態へと変化していく。カインの全身を包む鎧であり服にもなる。周囲の龍の亡骸も全て吸収し、カインと武具は進化を続けていく。
本来龍のウロコ一枚でも冒険者や剣士にとっても垂涎の素材だ。
血は万病に効く薬の素材になり。
全ての素材が、武具や魔道具、薬などの素材になる。
神聖知性武具にまで進化した今、アデルとイーサの魂の想いを継いで、カインを守るために最適な進化を行っていく……
巨体が光りに包まれ、消え去り、その場には、無敵の武器と鎧に身を包んだカインが静かに寝息を立てていた。
その剣は龍の翼が羽ばたくような見事な意匠、伸びる刃は水面に光る月の輝きのように澄んでいる。龍の素材と竜の力を贅沢に集めた結果、人間の手にする階級を超えた神具へと変貌している。
鎧は見る角度により輝きを変え、深い緑のようにも輝くルビーのようにも見える。
ペンダントに刻まれた紋様が胸部から全身に金のラインで刻み込まれている。
龍のウロコ、骨、血によって構成されており、天を割る一撃も、大地を割く魔法でも傷一つ付くことはないだろう。
そしてカイン。
アデル譲りの明るい栗毛だった髪は、漆黒に変わり、上品に刈り揃えられていたはずが腰の下にまで届かんばかりに伸びている。
アデルとイーサの魅力的な素材のいいとこ取りだった顔つきは、なんというか、ぱんぱんにむくれ……はっきり言えば、だらしなく太り散らかした少年、にしかみえない……
そんなデブが、やけに豪華な剣を持ち、美しい鎧を着て、森の中で、ガーガーと大いびきをかいていた……
「カイン様、起きてくださいカイン様」
声が聞こえる。
「カイン様、カイン様!」
その声は、まるで耳元で怒鳴りつけているかのように大きくなる。
「カイン様……カイン!! いつまで寝ているの!?」
「うわっ、ごめんなさいお母様!!」
カインは飛び起きた。
いつの間にか剣はアデルより受け継いだファサールより小振りなショートソードに、ペンダントは元の形に戻っており、着ている服も新品のように綺麗にはなっているが、以前来ていた洋服に変わっていた。
「怒らないでお母様……って……なんだコレ……それに、どこだ……ここは……?」
自分の頭から伸びる見たこともない黒髪、それに周囲は見慣れぬ森。
少しづつゆっくりと、カインは記憶を取り戻していく……
「か、母様!?」
周囲には、砕け散った馬車の痕跡さえ残っていない。
当然、母の亡骸も残ってはいなかった……
「それでは、ここは死の森……って、体が思うように……
何だこれは!?」
周囲を見渡そうと立ち上がろうとすると、どうにも体がうまく動かせなかった。
自らの身体を見れば、腹のあたりに見たこともない膨らみがたっぷりとその身を包んでいる。
指もぱっつんぱっつんだ……体を弄ると、間違いなく自分の体だが、記憶とあまりに異なる。
ようやく立ち上がると、顔の前にうっとおしくかかってくる物が、自分の伸びた髪の毛だと知る。
「馬鹿な、あのまま何週間もたったのか?
しかし、なぜ太るんだ?」
自らの身体を何度も確かめるが、この肥満児が自分であることは間違いない。
「いろいろなことが、いっぺんに起きすぎて、何がなんだか……
母様の声は、夢なのか……? 父様は……ファサールはどこへ……」
小剣は腰に刺したが、いくら周囲を探しても名剣ファサールは見つからない。
「それに、はぁ……はぁ……あの巨大な龍は……
本当に僕は、はぁ……どうなったんだ……」
少し周囲を歩いただけで息が切れる重い体を抱えて、カインは混乱するしかなかった……
「それにしても、なんとか、はぁ、帰って……父様と母様の、はぁ、敵を……
それにしても、喉が渇く……はぁ……」
ちょっと動いただけで汗が吹き出し、喉が渇く……
「これは、水の音……?」
周囲に集中すると、水が流れる音がする。
カインは導かれるようにその音がに向いて進んでいく。
草木をかき分けて深い森の中を進んでいく。
髪の毛が汗で張り付いて邪魔なので、適当な蔦で後ろで結び、歩いていく。
水音はどんどんと大きくなり、不意に森が切れ、開けた場所に出る。
そして、目の前には小さな川が流れている。
「なっ!?」
その川で水を飲んでいた大きな影がこちらに振り向く。
巨大な熊、出会うものに、確実な死を運ぶ獣、デッドグリズリーだった……