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魔王城最終論戦

作者: 鈴木美脳

 初めて魔王と会ったときのこと。


 彼はもちろん、私達が魔王城と呼んでいた建物の最深部にいました。

 初めて出会ったとき、彼は私達一行のHPとMPを全回復してくれた。

 具体的に言うと、まずは良い香りのする紅茶を全員に出してくれて、そして、柔らかなベッドのある清潔な部屋で、一晩泊めてくれたのです。

 かつてない死闘が始まり、どちらが勝つにせよ必ず決着はつく。

 だから私達は互いに、今さら一日や二日を焦ってはいませんでした。


 私は夜ふけに目を覚ましました。

 涼しい風に当たろうと思って見晴らしの良い場所に行くと、魔王がそこにいて、外の風景を眺めていました。

 月の美しい夜で、彼はそれを味わっている様子でした。

 そのとき、私から声をかけたのです。


「ご存知ですよね。私達はあなたを殺しにきました。

 魔物達を使って人々を苦しめることを今すぐにやめなさい。

 でなければ明日、私達は全力をもってあなたを打ち倒すでしょう」


 必ず勝てるという自信があったわけではありませんでした。

 正直なところ、勝機は五分五分。

 でも歴戦の私達のチームワークはとても高まっていましたし、彼の強力な部下達をこれまでに倒してきていました。

 彼を倒すことをこころざして故郷を旅立って三年半、今日という日のために私達は生きてきたと言えました。

 すると魔王は、心なしか悲しげな面持ちで目線を泳がせたのです。


「残念だな、人間の中の勇者達よ。

 我々を殺しに訪れたお前達を、明日、我々もまた殺すことになるだろう。

 まるで悪夢を見てるようではないか。

 そうは思わないかね?」


「魔物達を使って人々を苦しめることを今すぐにやめなさい。

 そうすれば、私達はあなたを殺さずに済みます。

 無駄な争いを一つ、起こさずに済むことになります。

 私達人間に害をなすことを、未来永劫に渡ってやめると約束してください」


「ハハハ。

 そんな約束はできない。

 我々魔族は、どんなに時間をかけてでも、すべての人間を殺すことになるだろう。

 なぜだかわかるかね?

 お前達人間には、この地上を支配する資格がないからだ。

 あるいは、勇者よ、お前は、地上を支配する資格が人間達にあると心の底から思っているのか?」


「10年前に突如としてあなた達が現れるまで、私達は幸せに暮らしていました。

 なのにあなたは、私達の大多数をすでに殺害した。

 罪のない人々、女性や子供や老人の命を、あなたはあまりにも多く奪いました。

 あなたにはもう、生きる資格がありません。罪を言い逃れることをせず、犯した罪にふさわしい罰を受けなければならない。

 私達は、あなたがこれ以上人々を殺すことを、許容しません」


「『罪のない人々』?

 そんなものは存在しない。

 もし存在するとすれば、お前達の傲慢な頭の中にだけだ。

 『罪』とは何だ?

 お前達が日頃食らう動物や植物は、罪を犯しただろうか?

 お前達が身体を洗うことで殺してしまう雑菌達は、罪を犯したか?

 『罪』など、どこにある?

 各々の利害のもと、時々に手に入る情報の中で誰しもが最善の判断を繰り返しているだけだ。

 何を『罪』と呼ぶのか? それは、独善ではないか。

 人間達が、殺人鬼を犯罪者として処罰するのは、そこに普遍的な負の価値としての罪が備わっているからではない。単に、性質の悪い有害な異物を排除しているのだ。

 そして人間こそが、性質の悪い有害な異物だ。

 それがわからないか?」


「私達人間は『性質が悪い』から、生きる資格すらないと?

 だから私達をこれほど多く殺してきたというのですか?

 『性質が悪い』とは、何を言っているのですか?

 幸せに暮らしていた私達を殺戮しつづけたあなた達魔族のほうが、よほど『性質が悪い』ではありませんか」


「例えばそうだな。

 お前達人間は、『金で人を使った』。

 それを我々は許さない。

 そんなことを一度でもする、狂った生物は、地上から排除しなければならない。

 そのための手段として我々はお前達を殺したのだから、我々には、『性質が悪い』と非難されるいわれはない」


「『金で人を使った』?

 確かに、私達の生活は、貨幣の流通によって支えられています。

 労働は賃金によって報われるし、受けたいサービスがあればお金の所有権を手渡すことでお願いする。

 それの何が罪だと言うのですか?」


「嘘をつくな人間。

 『お願いする』だと?

 お前達はそんなに謙虚ではなかったぞ?

 お前達が立場の低い者をアゴで使うのを我々は何度も見た。

 お前達が金の力によって他者を使役するとき、相手の尊厳を自らと同等に敬うことこそ、稀だったではないか。

 そんな狂ったことが、なぜ許されると思った?

 それを狂ったことだと自覚できないほど狂っているのが、お前達人間ではないか。

 そんな罪を犯せば、死によって罰される結果は明らかだと、我々魔族ならば幼い頃から心得ている」


「確かに一面では、私達の社会には、金銭による格差はあります。

 そして、必要悪と呼ぶべきか、実質的な地位の貴賎は存在します。

 しかしそれは、競争社会が持つ必然的な性質でしょう。

 競争社会であるがゆえに、私達の社会には活力があり、生産性は発展しつづけてきた。

 逆に、競争がまったくない社会を仮定しても、合理性を認めることはできません。競争し発展するものに力負けして滅んでいってしまうだけです。

 私達の社会では、金銭に恵まれた者ほど、大きな態度で生きているかもしれません。金銭に恵まれない者ほど、小さな態度で生きることを強いられているかもしれません。

 でもそんなものでしょう? それは必然だし、それ以外の結果はないでしょう。

 私達の社会では、現実には、人間の尊厳は平等に扱われてはいません。

 でも当然です。どの人間にも同じだけの価値があるとは、私達は結局、言えないのだから」


「お前の頭からは無限に詭弁が湧き出てくるのか?

 『競争社会』など、詭弁の中にしか存在しないではないか。

 競争によって生じる格差が肯定されるのは、競争に参加する均等な機会が積極的に保障されているときだけだ。

 もし機会の均等が存在しないなら、極端には階級制度の奴隷制と変わらない。そのとき格差は正当化されない。

 そしてお前達人間がどう振る舞ってきたか? 生まれや偶然に恵まれて与えられた既得権益を最大化しようとする以外のことをしたことがあるか?

 機会均等を妨げる意味での既得権益の最大化をもし悪と呼ばないなら、そこで行われる競争への肯定が意味するのは何だ?

 それは『詭弁』しか意味しないと言っている」


「『機会の均等』は、私達の社会でも重視されています」


「であれば、生まれの貧富によって人の尊厳があなどられるなど、一例として起こることもありえない。

 だがお前達人間の社会は、そのようなあなどりに満たされている。

 お前達は、機会の均等を正義として愛してなどいないし、既得権益の保身を悪だとも自覚していない。

 お前達が心から崇拝しているのはただ『力』だけであって、お前達の胸にある心はただ『利己心』だけだ。

 お前達は世に害をなす癌細胞のようなものであって、お前達人間は廃棄されるべき不良品だ」


「それは魔王さん、あなたの考えにすぎない。

 あなたが実際に行ってきたのは、私達に対する殺戮です。

 私達は何であれその殺戮を、これ以上許容することはできない。

 だから魔王さん、あなたの考えがどうあれ、私達は明日あなたを殺すでしょう」


「つまり、『力』だけを崇拝することをやめるつもりはないし、『利己心』に生きる自分達の態度を恥じる感情すら湧かないというわけだな。

 もしもお前達の心に、利己心以外にも『愛』の感情が備わっていて、『力』以外にも『正義』を敬う心があったならば、私が言う理屈に妥当に言い返してからでなければ、我々を殺す資格をお前達が自覚することはなかっただろう。

 もしもお前達の心に、本当に本物の『愛と正義』があったなら、お前達人間はお前達人間が滅びるべきときに、自分達の滅びを受け入れうる器の大きさを備えていたことだろう」


「でもね魔王さん。

 私は人間の男女から生まれて、人間の間で人間に愛されて育ってきた。

 嫌な思いをしたことがないではなかった。不正や非道が行われるのを目にしたことがないではなかった。でも本当に素晴らしい人が数限りなくいました。

 自己犠牲と呼べるほどの親切だって何度も受けてここまで来ました。

 愛情や良心だって、大きくはなくてもそこらじゅうにあるのです。

 実際、私達一行は人々を愛するがゆえに危険な道を買って出て、勇者とまで呼ばれています」


「わかっているよ、勇者一行。

 人間という生き物の中で、『愛と正義』に最も近い者達。

 だから我々は明日、お前達を殺すことを残念に思うし、こんなに美しい月のある世界を、今まるで悪夢のようにも感じているのだ。

 だがお前のその感情は、本当に『愛』だろうか?

 自分達が生きている現実の社会を振り返ってみたとき、その社会が、金と力の論理に染まりきっている現実から、目を背けてはいないだろうか?

 恐れることなく現実を見るのだ、『勇者』よ。

 そしてもし私達とこころざしをともにしてくれるのなら、世界の半分をお前にやろう」


 そのあとのことは、よく知られているとおりです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 個人的には魔王さんが論点をずらしたように感じました。勇者さんが競争は社会の活力(全体の豊かさ)のために仕方がないじゃんと言ってるのに、機会均等を妨げる意味での既得権益の最大化が有るからお前ら…
[良い点] 面白いですね。(^^♪ 哲学な問答になっていて。 どちらも譲れず。 けっきょく二律背反は仕方ないか。
[良い点] 凄い!! いつもの美脳節だけど、ファンタジーになるだけで凄く分かりやすいです! その上面白ーい(*≧∇≦)ノ ラストも好き(*≧∇≦)ノ
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