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後悔の末に。(side.フローラ)

 お父様に、今結んでいる婚約を破棄して欲しいとお願いした。

 私の婚約者はお父様が管轄する領地で一番の大商人の三男。

 彼とこのまま婚約をしても、互いのためにはならないだろうから、と。


 母の血なのか生まれつき私は病弱で、私が産まれてすぐに亡くなってしまったお母様の二の舞にならないよう、お父様はその私財をなげうって私のために古今東西に駆け回り、あらゆる薬を探してくれた。

 それこそ、効果があるのならと何でも買ってきた父は商人にとって良い客だったのかもしれない。

 効果のある薬、無い薬、むしろ悪化する薬……色々とあった。

 父が私財を減らす度、私の心は申し訳なさでいっぱいになる。

 私なんかのためにそこまでしなくていいのです。

 私なんて、ただベッドの上にいるだけの住人。

 いてもいなくても、何の役に立たないのですから。

 父が私のためにと手放した、美しい宝物の、何億分の一にも満たない価値しかありません。

 むしろ銅貨一枚分の価値すらも私にはないのではないかしら。

 ……父が一生懸命に私を延命させようとする傍らで、私は半分生きるのを諦めていた。

 二十歳を迎えられないと医師に言われていた私。

 あの手この手で生きる方法がないかとお父様が奔走してくれていたけれど、私の身体は余命宣告を覆すことはできなかった。

 それこそ、たとえ伯爵家の財を全て引き換えにしても、私の余命が増えることがないと父が理解するまで、何年もかかってしまって。

 でも私の父は諦めの悪い人だった。

 伯爵家の財が足りないのなら、新しく財を手に入れればいい。

 何が言いたいかと言えば、商人と結婚すれば、私は伯爵家の伝手よりももっと多くの薬を手に入れることができるはずだとお父様が考えてしまったということ。

 確かに手に入る薬は増えた。

 外れくじを引かされてしまった私の婚約者も、お父様と一緒に懸命に薬探しに奔走してくれたから。

 でも足りなかった。

 日に日に弱る私の身体。

 自分でも分かっていた。

 私は結婚できないって。

 この婚約も仮初めの婚約だって。

 おままごとにもならない、書面上の婚姻。

 私は今まで通り、薄暗い部屋で咳き込むだけの日々を過ごすだけだと思っていた。

 それなのにあの人は。


「フローラ、花を持ってきた。今の季節は野山に小さな花が咲き始めるんだ」

「フローラ、今日は散歩をしよう。太陽が温かくてきっと気持ちいいよ」

「フローラ」


 甲斐甲斐しく私のお見舞いに来てくれた、私にはありえない未来の旦那様。

 幸せだった。

 苦しかった。

 太陽のように輝く笑顔が希望の光に見えて、すがりつきたかった。

 でもそれは駄目だと思った。

 彼にはもっとふさわしい女性がいるはずなの。

 私なんかより、もっと。

 二年。

 私が婚約をして二年が経ち。

 とうとう私は、医師に「一年が限界でしょう」と言われてしまった。

 慢性的な吐き気や寒気、熱にはとうに慣れてしまったから、自分の身体がそんなに悪くなっていたことには気づけなかったけれど、そうなんだと思った。

 あと一年。

 一年しかないのに、婚約者を私に縛りつけてはいけない。

 だから私はお父様に婚約破棄をお願いした。

 お願いしたけれど。

 私の身体を気遣ってか、お父様は手紙一つで婚約を無かったことにしてしまった。

 でもそれは、今まで良くしてくれた婚約者に対して酷い仕打ちじゃないかしら。

 せめて、せめて今まで良くしてくれたお礼だけは言いたくて、私はこっそりとお屋敷を抜け出した。


 ありがとう。

 貴方がいたから、私の短き人生に明るい陽が差しました。

 甘やかな花の香りも、春一番の風の温かさも、貴方がいたから感じられたものです。

 私にはもう十分。

 だから貴方は、私が感じた貴方の温もりを、命が紡げる素晴らしい女性に差し上げてください。


 私のありったけの感謝の気持ちを伝えるために、重たい身体に鞭打って、生まれて初めて、お屋敷の外へ。

 一度だけでも良いから、私からあの人に会いに生きたかった。

 そうしたらきっと、迷わずに最期の時を迎えることができると思ったから。

 でも、それが間違いだったの?


「デリック様……!」


 脳裏に浮かぶのは、私が乗っていた馬車に跳ねられてしまった婚約者。

 どうして。

 どうしてこんな偶然があるの。

 離れがたくて、信じられなくて、ぐったりとして血を流すデリック様の傍らで、泣き崩れていた。

 でもそれも、後から来た誰かによって引き離されてしまう。

 私は付き添ってくれたメイドに連れられて、お屋敷に戻るしかなかった。

 帰路の馬車の中、泣きながらメイドのリリーに訴える。


「リリー。もしデリック様が死んでしまったら、私を殺して頂戴」

「お嬢様、何を馬鹿なことを」

「私が死ぬのは分かるのよ。だって私はもうすぐ死ぬんだから。そんな私がデリック様の命を奪ってしまったと思ったら、私、私……っ」

「お嬢様、落ちついてくださいませ!」

「デリック様……っ! 私も、私も連れていってください……っ、お願いですっ、そうしたらきっと寂しくない……っ!」

「お嬢様……」


 まぶたが腫れるまで、声が枯れるまで。

 馬車のなかで泣き続けて。

 お屋敷に戻ってからも泣き続けた私は、とうとう意識が朦朧としてしまって寝込んでしまう。

 夢うつつの中、デリック様のことを想い続けた私は、いつしか傍らにデリック様がいるように錯覚して、このまま死んでしまえたら良いのにと思うようになった。


 死にたいのです。

 デリック様の所に行きたいのです。

 つらいことはイヤなのです。

 貴方がくれるぬくもりが恋しいのです。

 嘘をついてごめんなさい。

 もう一度結婚してください。

 私以外の人を愛さないでください。

 貴方の傍らにいたいのです。


 わたしは、あなたをあいしてしまいました。


 泣きながら手を伸ばす度に、幻のデリック様が困ったように微笑んだ。





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