オリエンテーション①
教室に着くと、半分以上の生徒が席についていた。
どうやら、中学校からの知り合い同士の人たちもいるらしく、彼らはすでに話が弾んでいるようだった。
黒板に大きく「教室の右側からあいうえお順で座ってください」と白い文字が書かれていた。
机の左上には名前が書かれた付箋が貼ってあり、自分の名前を探すのは割と簡単であった。
僕は持っていたカバンを、机の横のカバン掛けにかけて席に着いた。
中学生の時に教室に置いてあったパイプと木で出来た椅子が、高校の教室にも置いてあった。
もうこの机とは卒業できると思っていた僕にとっては少し残念な光景であった。しかし、中学生の頃に使っていた机よりもサイズが少し大きい気がした。これも高校生だからだろうか。
僕が高校の机と椅子を観察していると、教室の入り口から見覚えのある人が入ってきた。
自分のクラス番号を確認している時にぶつかった女の子である。
背中まで伸びた黒髪、前髪はぱっつんと切りそろえてあり、非常に眠そうな目つき。身長はあまり高くない。
なんとなく日本人形のような出で立ちである。眠そうであるものの、姿勢が非常によく、堂々と教室の中を歩いていた。黒いリュックサックを背負っている、
僕は彼女がどの席に座るのか目で追おうとしたが、流石に入学初日で変態扱いされるのは嫌だと思った。
仕方なく、机の木目に目をやった。
特に誰かと喋りたい訳ではなかったので、僕はカバンの中から入学式の時に渡されていた入学のしおりを取り出して読んだ。わら半紙で出来た上で、シャープペンシルで何かを書こうとすると、先がひっかかりそうな質感であった。
教室のドアが閉まる音がした。
どうやら、担任の先生が入ってきたようだった。僕は、急いで読んでいた入学のしおりをカバンにしまって前を向いた。
「ええー、今日からこの1年5組の担任になった、坂下春一だ」
先生は、自分の名前を口頭で述べた後、黒板に自分の名前を白いチョークで書いた。
坂下春市、なんだか桜の木が似合いそうな名前である。桜の木が似合いそう......どこかで聞いたフレーズである。
僕はまじまじと教壇に立つ先生の顔を見た。
どこかで見たことがある。しかし、見たことがない気もする。
「ああ!」
僕は大きな声を出した。そして、思い出したのである。丁度、一年前の今頃にあった男の人のことを。
彼はあの時、無精髭を蓄えていたし、薄い水色のサングラスもかけていた。
酔っ払っていて顔は真っ赤だったから目も心なしか垂れていた。
帰り道にあったけど、夕方で顔はよく見えなかった(無精髭は生えていたが)。
ヒゲも剃って身なりを綺麗にしているせいか、最初は気がつかなかった。しかし、よく見るとあの人である。僕に公認会計士と名乗り、商業高校を進めたと思ったら幽霊のように消えていったあの人物であった。
「静かに!そして座りましょう。新しく高校生になって、テンションも高まっていることでしょう。しかしだ。こんなところで目立ってはいけない。高校デビューに失敗してしまうからね」
僕は、顔を赤めて席に座りなおした。教室は、爆笑とはいかないものの少しの笑いが生まれた。
変なところで僕は目立ってしまった。これも全てあの男のせいである。あの人だの、男の人だのと、彼に対して敬意を払う必要はないと確信した瞬間であった。あの男呼ばわりで十分である。
「とりあえず、そうだな......席替えをしようか」
先生は、持っていた名簿を見て一番上の赤西さんを指名した。そして、これからくじを引くから当たった順番に黒板に名前を書いていって欲しいと伝えた。
先生は事前に準備していたであろう抽選ボックスのようなものを教壇の中から取り出した。そして、順番に引いてった。
抽選ボックスの中には1から40の番号が書かれた紙が入っていて、名簿のあいうえお順の番号と一致していた。引かれた番号から、右側の席から座席が割り当てられる仕組みのようだった。
「境三日月」
僕の名前が呼ばれた。
教室の一番後ろの一番右側の席になった。丁度入り口が近い席である。だいぶ早い段階で呼ばれてしまった。
最後の一人まで名前が呼ばれるのにそれなりの時間がかかったが、僕は黒板に書かれていく名前をずっと見て時間が過ぎるのを待った。
最後の一人の名前が呼ばれると、全員が一斉に席を移動した。
僕は、選ばれた席に座った。入り口の近くに座ったことは中学生の頃に何度かあるから、決して馴染みのない席ではなかった。
しかし、これが高校生活というものなのだろうか。
偶然というべきか運命というべきか。
ゆっくりと、姿勢の良い日本人形のような女の子がスタスタと黒いリュックサックを背負って、目の前から歩いてきた。
そして何も言わずに僕の横の席に座った。
高校の席には中学校の席とは違い、くっついてはいない。一つの机と一つの机には間が空いていた。
それでも、僕は驚いた。驚きのあまり彼女がリュックサックを机の袖に引っ掛けるところをずっと見続けてしまっていた。




