中学生の春⑥
先生は、お茶の入ったコップを中身を見た。
「おや、もう無くなってしまったか」
先生は、コップを残念そうにくるくると回した。
「まぁ、そんな感じだよ境くん。今の君にできることは、多くを経験すること。そして、考えること。よく学生の本分は勉強と言うけど、本当は経験と考えることなんじゃないかな。だから、今はなんでも挑戦しなさい。」
先生はそう言うと、僕の空になった紙コップと先生の紙コップを持ってゴミ箱に捨てた。
「いや、でも...」
僕は答えが欲しかった。今自分がどうすればよいのか。でも先生は、答えはくれそうになかった。あくまでも答えは自分で考えろということなのだろう。
僕はその後、すぐに進路指導室から出て家に帰ることになった。
先生という人たちは、何かと答えを言わない。理由は二つあるのだろう。
答えがわからないから、そして答えは自分の中にあるから。
結局僕の進路は、僕自身が決めないといけないということなのだろう。それもそうである。
なんだか、今日は朝から忙しい一日だった。
変な人に会ったり。変な人に会ったり。変な人に会ったり。
変な人のことしか頭に浮かばなかった。名前はなんだっただろうか。
坂がどうとかで、桜が云々かんぬんで...
「坂下春市な」
僕が考え事をしながら、中学校の前の坂道を下っている時であった。横から急に声をかけられた。
驚いて、坂を転がり落ちそうになったが、日頃から鍛えている脚力によりなんとか踏ん張った(坂道を登ったり下ったりすることによって鍛えられている)
「ち、ちょっとびっくりするじゃないかですか」
僕は怒ったが、彼は笑っていた。
「わりぃわりぃ。まぁ、生きてるからいいじゃねぇか」
「こんなところで死んでどうするんですか。死んだら呪って出ますよ」
「はいはい」
その後、彼は僕についてきた。特に彼に話したいことがあったわけじゃないが、僕の横にぴったりとついて坂道を下った。彼はペラペラと話しかけきたが、僕はそれを適当な返事をした。
「少年、それで自分の将来は見つかったかい」
「そんな、一日で見つかるわけじゃないでしょ」
「なんとなく、進んだ雰囲気を感じるんだけどね」
確かに、秋山先生と話をしたことによって進路を決めるための悩みのようなものはなくなった気がする。彼はそれを見抜いているのか?
「別に...。というか、なんでまだここにいるんですか。もしかして桜の咲いているこの期間にしか姿を現すことのできない幽霊とかですか」
僕が適当なことを言うと、彼はしばらく黙った。もしかして本当に幽霊なのか?
「なわけあるか。そしてたら、足がないでしょ。たまたまだよ」
彼は僕の背中を叩いた。背中を叩く感触がリアルに感じられたから幽霊ではないようだ。いや、幽霊なんて現実世界にいるわけないのだから当たり前といえば当たり前か。
「ま、前に進んだのならいいや。僕の助言も無駄にはならなかったってことでしょ」
助言?僕は彼から助言のようなものはもらったつもりはなかった気がするんだけれども。ひたすら酔っ払っている彼から自慢話を聞いていただけな気がしたのだが。
「おいおい、その顔は何も聞いてないですけど何か? みたいな顔してないか」
彼は残念そうに、右手で顔を覆った。
「しょうぎょーこうこう。商業高校とかいいんじゃないって言ったはずだけど」
商業高校?そんなことを言っていたっけ......。僕は記憶の奥底まで潜って、自分の聞いた内容を思い出してみた。
『......でも、そういうことを勉強するのは大学生でも、働き始めてからじゃなくても学べる方法がある。商業高校だ』
「ああ、なんかそんなこと言ってましたね」
僕は、彼に言われたことを思い出した。しかし、なんだこの展開は。よく家のポストに入っている高校受験用の通信教育の漫画みたいな内容になっていないだろうか。
いや、あれは高校に入って高校デビューしているキラキラした知り合いのお兄さんとかからアドバイスをもらうのが主なストーリーである。こちとら、近所でフラフラしている酔っ払いである。
「そうそう商業高校。どう、商業高校のことは調べたかい?」
「いや、調べてないです。というか今思い出しましたので」
「こらこら。年上の言うことは聞くもんだぞ少年。これから君が経験することを僕はすでに経験しているのだから」
「いや、僕はあなたと同じような道は辿りたくないので」
「少年、それは違うぞ。みんな自分だけの自分の道を生きたいと思っている。でも実際は、どこかの誰かが通った道をなぞっているんだ。高校だってそうだろ。全く新しい高校ならまだしも、昔からある高校にみんな行くはずだ。歴史を学ぶとはそういうこと。先人の通った道を、先人よりも楽に通る。そして、その先にある新しい道に辿りついてからが始まりなんだ」
また、小難しいことをこの人は言い始めた。僕はとりあえず聞いていた。
「むむむ。なんだか聞く気がないな少年。ならば、話すのはやめよう。ちょうど坂も下りきったからな。ここでさらばだ。では」
そう言って、彼はまた桜の木の下をくぐってどこかへ言ってしまった。
彼は本当に人間だろうか?本当は桜の木に住まう妖精......いや、幽霊なんじゃないか。そう思わせられるような奇妙さであった。




