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中学生の春⑤

 その後、しばらくコウちゃんと話をしたけれど、結局具体的な高校名までは聞けなかった。


 コウちゃんは「これから用事があんだわ」と言って、下校した。

 高校ガイドを読んでいる途中だったけど、僕は図書館に戻るのはやめた。

 (帰るときに、図書館ガイドを机の上に出しっぱなしであることに気が付いたけれど、誰かが片付けてくれるだろうと思い、心の中で謝った)


 僕は自分の教室に戻り、自分の荷物をまとめた。

 いつも、机の中には教科書とか筆記用具は入れっぱなしだった。先生は、毎日持って帰りなさいというけれど持って帰っている同級生を見たことがない。誰かが僕の荷物を取るのだろうか?


 僕が教室から出て廊下を歩いていると、秋山先生に声をかけられた。


「境くん。今日はもう帰りかい?」


「はい。」


「まだ、進路表出してなかったよね?そろそろ出せそうかい?」


 先生は、優しそうな目で僕に聞いてきた。その優しい目の前では嘘はつけなかった。


「いえ、まだ...期限ってもう少しでしたよね?もうちょっと待ってもらえますか」


 僕は正直に話をした。正直自分の進路なんて決まってはいない。


「ふむ...ちょっと、時間ある?今から」


「へ?」



 僕は、そのまま秋山先生に進路指導室に連れていかれた。

 進路指導室という名前は、いつ見ても違和感がある。進路は指導されるものだ、と言われているような気がするからだ。進路こそ決められない僕みたいなやつこそ指導の対象なのだけれど。


「まぁ、まぁ入りなさい」


 先生は、僕を進路指導室に招き入れた。


「お茶でいい?温かいのでいいよね」


 先生は、引き出しから茶筒と急須を取り出した。茶筒から適量のお茶っ葉を急須に入れて、持っていた魔法瓶に入っているお湯を急須に注いだ。急須にお湯が注がれると、湯気が天井に向かって漂った。学校の窓から見える夕暮れと湯気が漂う雰囲気に、僕は心を打たれた。


 また引き出しの奥に隠していたのであろう紙コップを取り出して、急須の中に出来上がったお茶をコップに入れた。


「はい、どうぞ」


 先生は二つの紙コップを持って、僕が座っている椅子の前にある机の上に置いた。


「ありがとうございます」


「最近は、本当こういうの厳しくてね。困っちゃうよ。人と話すときはお茶を飲みながらって決めているんだけどね。僕」


 

 秋山先生は、結構歳がいっていると聞いたことがある。そろそろ定年らしい。

 本当は校長先生になってもおかしくないはずらしいのだが、この学校から転勤したくなかったから校長職を断ったとか、色々昔悪いことをしていたなど噂は多かった。

 そんな秋山先生は国語の先生であり、僕の担任である。

 身長は大きくないが、定年間際とは思えないほど髪の毛はふさふさであり、白髪は見当たらない。

 いつも薄い緑色のカーディガンを羽織り、白色のシャツとスラックスを履いている。


「境くんはさ、中学校の坂道をどう思っていますか?」


 先生は、国語の先生であるからなのか結構意味深な質問をしてくることが多かった。


「どうと言われましても...毎朝上るのは辛いって思ってます。みんな辛いのによく頑張るなって」


「そうなんだよね。みんな辛いんだよね。みんな同じ行動をしている。でも、みんな同じように生活をしているはずなのにそれぞれ能力が異なるんだよね。不思議だよね」


 先生は、コップに入っている温かいお茶に息を吹きかけて、冷ましてから飲んだ。


「と、言うと...?」


「みんな同じなはずなのに、みんな違う。みんなが違うことに気が付いた瞬間に、周りが自分よりも優れているんじゃないかって人は思うんだよ。それは、君だけじゃない。だから自分のほうが優れているって証明したくて、良い大学に入ったり、お金を多く稼いだりしているんじゃないかな。基本的に競争したがりなんだよ人って。本能というかさ」


「はぁ」

 なんとなく難しい話に突入しつつあることに気が付いていたものの、遮って下校できるような雰囲気でもなかった。


「僕もそろそろ先生としての人生は終わりなくらい長いこと先生をしてきた。たくさんの子供たちを見てきたよ。もちろんその後の成長もね。そして気がついたこともある」


「気がついたこと?」

 

「良い大学に出たから幸せになるわけじゃないし、お金を稼いだからって人の価値が上がるわけじゃない。これらの要素は、幸せとは無関係ってことに気がついたよ。それらは手段であって、目的ではないんだよ。それと、他人の人生と自分を比べても意味がないということ。人生の目的は人それぞれだからね。」


 先生の話は、その後も続いた。


「境くんは、進路で迷っているかもしれないけど、それは人と比べてたりしているからじゃないかな。もしくは自分の人生の目標が決まっていないか。目標なんて大きくていいんだよ。たくさんの人を笑わせたいとか、人の役に立ちたいとか。何かを開発したいって明確にするのもいいと思う。人が生まれてきたことに意味はあると思う。でもその意味は、生まれてきた本人が決める。幸せそうにしている僕の教え子たちは、みんな目標を持って生きている子たちが多いかな」

 

「ぼ、僕にはその目標っていうのを定めるのが難しいです。なんというか、今決めたら一生それを追い続けないといけない恐怖のようなものがあって。途中であきらめたらダメなんじゃないかとか...」


「そんなことはないよ。これから君はたくさん色々なことを経験する。その経験を元に君の目標を上書きしていけばいい。みんなそうやって生きている。正しいこともするし、間違ったこともする。そうやって生きて、みんな強くなっていく。君が思っていることは誰だって思っていることだから安心しなさい」


 誰だって思っていること。僕はその言葉に少し安心した。

 どこかで、僕だけの悩みなんじゃないかと思っていたからだ。 


 自分の人生の目標を設定したら、もう後戻りはできないのだろうといつも思っていた。サッカー選手になりたいと言ったやつは、サッカー選手になれなかったときどうするのだろうと。野球選手になれなかったら、アイドルになれなかったら、社長になれなかったら。

 

 誰だって、子供のころは自分がなれもしないモノになる夢を語る。いつの日か、それらにはなれないと理解して夢をあきらめていく。自分の人生の目標とはしなくなっていく。  

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