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準備期間①

「暑い」


 街の商店街でもらったであろう広告の入ったうちわを仰ぎながら、天を仰ぐようにして座る相沢先輩が口から言葉を絞り出した。


「7月ってさ......こんなに暑かったけ。もう少し涼しくなかったっけ。思い出せない。例年の夏の暑さを」


 独り言をぶつぶつと呟き始めた相沢先輩を尻目に、僕と四分一さん、五島さんはちゃくちゃくと夏祭りの準備を進めていた。


 夏祭りの企画といえば、先日の幽霊騒動の翌日に先輩たちに説明を行った。

 相沢先輩と川上先輩の了承はもらえ、最終的な判断でも坂下先生の了承ももらえた。

 先輩たちは「おもしろいんじゃない? 夏祭りでカフェっぽいことしたことなかったし。真夏に暑いコーヒーっていうのもギャグが効いてて良いかもね」と好評だった。

 一方で坂下先生は「もっと奇抜なのでもよかったのになぁ」と少し判断を下すことをためらっていた。

 四分一さんがこの企画でいきたいという熱い思いを語り、先生は折れてくれた。


 やるからには成功させる。


 特段この部活のキャッチコピーというわけではないが、僕らの間の空気感はそのような雰囲気を醸し出しつつあった。


 しかし、当の僕といえば一つ気になっていたことがあった。

 簿記検定の合格発表である。合格発表は例年1ヶ月後に行われることが多い。

 相沢先輩からは「合格発表の日に検定試験の本部から合格通知が来るんだけど、それが大きな封筒だったら合格、小さなハガキだったら不合格。ちょっとした宝くじ気分を味わえるんだよね」と嬉々として語っていた。


 合格発表を、宝くじ気分で迎えられるほど僕には余裕はなかった。

 理由は自己採点にあった。自己採点の結果、72点だったからである。

 試験終了日付近では「合格だなぁ」となんとなく安堵したのだけれど、試験日終了日から1日、また1日と経過するたびに「やっぱり、不合格なんじゃ」という気持ちになっていったのだった。


 僕は夏祭りで使うプラスチック容器に使うロゴのスタンプが押されたシールを作っていた。

 四分一さんが友達に頼んでデザインして作ってもらったスタンプを、円形に縁取られた真っ白いシールにペタペタを押し続けた。

 最初の頃は集中していたような気がしたのだが、やはり何個か押した段階で自分の合格が気になってしかたがなかった。

 気がつけば、シールの上ではなく机の上にペタペタとスタンプを押し続けていた。


「だ、大丈夫? 三日月くん、なんだか上の空だよ」


 四分一さんが心配して僕の方に駆け寄ってきた。

 僕は「だ、大丈夫」と、返事をして作業に戻った。


 相沢先輩の方から「俺は大丈夫じゃない......」と力無い声が聞こえてきたのだが、部室にいる人物たちは誰一人として声をかけなかった。


「それにしても、うまくできているわね。このロゴ」


 珍しく、五島さんが目の前の事象に興味を示した。


「中学校の美術の授業でね、ローマ字を組み合わせてロゴを作成するっていう授業があったの。その時に学んだやり方を思い出して友達に相談したんだ。そしたら、自作でスタンプ作るのが趣味っていう子を紹介してくれて。そしたら、あれよあれよと話は進んですぐにスタンプが完成したの!」


 先週企画が練り上がって今に至るわけだから、1週間程度でロゴが完成したことになる。

 きっと四分一さんとしてもやりたくて仕方がなかったのだろう。友達と土日も使って作ったに違いない。


 スタンプの色は青色が採用された。

 ローマ字の大文字のMと大文字のCがおしゃれに組み合わさっている。

 Mは、港口のMらしい。

 Cは、商業を意味するコマーシャルとカフェのCの二つの意味を持っているとのことだ。


「たくさんの人に、美味しい飲み物飲んで欲しいな」


 四分一さんは、目を輝かせながら当日のお客さんの表情を想像した。


「大丈夫、たくさんのお客さんが来てくれるよ」


 僕は四分一さんの熱い思いを後押した。


「町内会の打ち合わせっていつ頃だったかしら」


 川上先輩は相沢先輩に尋ねた。


「あー、確か明日の19時くらいからだった気がするけど。まぁほとんどブースとかは既に抑えてあるし、あとは何をするかを伝えればいいだけだから特に難しいことをする必要はなかった気がするな。例年僕らには寛容でしょう皆さん。本当うれしいよ」


「寛容?」


 僕は相沢先輩の言葉が気になった。


「寛容というのはね、基本的には何をやってもいいということなの。飲食でも物販でも。もちろん違法なお店はダメだし、公序良俗に反するものもダメよ。この夏祭りへの出店は、地元の高校生たちの成長の場に使って欲しいっていうご好意があって生まれていると先輩たちから聞いているわ」


 丁寧に川上先輩は説明をしてくれた。


「ということで、後輩諸君。サンプルとして明日これ一つ持っていくから、あとで貸してな」


 相変わらず相沢先輩は、ひたすらうちわを仰いでいた。


「そういえば、三日月くん簿記検定受かった?」


 不意に、四分一さんが話しかけてきた。


「いや、わかんない。合格発表明日って聞いてるし」


「明日?先週から見れるよ合否結果」


「へ?」


 僕は四分一さんの言葉に驚きを隠せなかった。合格発表日は来週なはずだ。


「三日月くん、スマートフォンで見れるよ。ほら」


 四分一さんは僕にスマートフォンの液晶画面を見せてくれた。

 そこには四分一さんの成績が載っていて、合格しているようだった。


「あれ、合格発表日に封筒が届いて云々......」


 僕が相沢先輩が座っている方向を見ると、相沢先輩の姿はそこになかった。

 部室の部屋のドアがガラガラと空き、相沢先輩はどこかへと消えてしまった。いや、消えたというよりも逃亡したというのが正しい表現だろう。


「それ、ずいぶん昔の話ね。あいつに嘘をつかれたのね。かわいそうに」


 川上先輩は僕を慰めてくれた。

 そして、僕は気をとりなおして自分の合格発表を見ることにした。


 ぱっぱとスマートフォンに表示される画面は切り替わっていき、最後に僕の結果が表示された。


 合格していた。

 70点で。


「ぎ、ぎりぎりだねぇ.……」


 四分一さんの点数が88点だったので、だいぶ気まずい空気となった。

 そして、その空気に畳み掛けるように「わたし、2級受かったわよ」と五島さんはさらっといった。


 相沢先輩がアイスを買って帰ってくるまで、部室には冷たい空気が漂ったのだった。


 

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