夕暮れはアイデアと共に③
学校の階段を下れば下るほど、謎のモーター音が聞こえてきた。
小さい頃に作った、四輪駆動のおもちゃのような音とはまた違う、本格的なモーター音である。
「もしかして、チェーンソーとか持った人がいるのかな」
僕は、あまりの恐怖に突拍子もないことを四分一さんに相談した。
「それは、さすがにホラー映画の見過ぎじゃない?だいたい、チェーンソーだったらもっと太い音だと思うよ。この音はちょっと軽い感じじゃないかな」
四分一さんは冷静に分析した。
まるで映画の主人公である。確かに、ホラー映画の主人公は美人な女性であるケースも多い。
しかし、そんな冷静な分析よりもこの都会暮らしの人間のはずの四分一さんがチェーンソーの音を知っていることの方が僕は驚いた。
下駄箱近くになると、耳を擘くような音が響いていた。
さすがにこんなに音が大きいとなると近隣からも苦情がくるような気がするが、この高校は幹線道路の近くにあるためそんなに目立たないのかもしれない。
僕らは、外履きに履き替えてグランドの方に向かった。
すると、目の前で緑色の光が宙を縦横無尽に回っていた。
「お。デートかい若人よ」
僕らが緑色の光に夢中になっていると、暗闇の中から声が聞こえてきた。声がする方に僕らは振り返った。すると、見覚えのある人がベンチに座っていた。
「あ、坂下先生」
「よっす」
「先生は、こんなところで何をしているんですか」
「ああ、それは......」と言いながら、坂下先生は暗闇の方角を指差した。
すると、男の子が何かを持って立っている。
「コントローラ?」
僕は暗くてよくわからなかったが、多分そんな雰囲気のもののはずだ。
「彼は、ドローン競技者。ドローンのスピードを競う大会とか知ってる?それに出ている僕の知り合いの息子さん。今小学5年生くらいだったかな」
僕らはチェーンソーがどうだこうだと言っていたのが、急に恥ずかしくなった。
暗くて四分一さんの顔はあまり見えないが、きっと顔を赤くして恥ずかしがっているような気がした。
「ドローン競技者の小学生が、どうしてこんなところで練習しているんですか。操縦うまそうだし、きっと専用の練習場とかありそうなのものなのに」
「それがいつも使ってる練習場が今日は使えないらしくてさ。でも、大会が近いから練習したい。ということで、僕が紹介してこの学校のグランドで練習しているわけ」
「練習しているわけって......学校の資産を勝手に使っちゃダメじゃないですか」
僕は自由奔放な坂下先生にさすがに呆れた。先生は、ニヤニヤと笑っているのが暗闇の中でもわかった。
「まぁ、そんなこと言ってやるなって。結構ドローン、規制とか厳しいらしくて飛ばせるところ限られるんだから。グランドも多分規制的にはダメなんだろうけど、今日くらい平気っしょ。夜だし、競技の練習だし」
先生は、ガハハと笑っていた。四分一さんの反応が気になって彼女の方を見たが、彼女はドローンの動きに夢中なようだった。
「なんか、綺麗ですよね。幽霊じゃないってわかると、なんだかホタルみたい」
四分一さんは、ドローンの動きに夢中のようだった。
「ほう。さすがだね。どっかのセンスのない高校生よりもわかってるじゃないの」
「どっかのセンスのない高校生が気になってしょうがないです。紹介して欲しいです」
僕は先生に噛み付いた。しかし、あまり効果がなかったようでそのままスルーされた。
「ドローン競技の世界って、厳しいらしいんだよ。あんな小さい物体を高速で操作するんだけど、操作するためには専用のゴーグルをして、ドローンについているビデオで動きを見るんだ。ほら、テレビゲームのレーシングゲームの視点あるだろ? あの視点で高速移動するドローンの風景を見るんだ」
レーシンングゲームはやったことはもちろんある。
車の先端にビデオカメラがついたような視点で、コースを走る。なんとなく運転席に乗って車を運転するのとは違うような景色だなといつも僕は思っていた(車は運転したことはもちろんないのだけれど)。
「それは、厳しいですね。そもそもあんなに動き回っているなら、私なら気持ち悪くなりそうです」
「だから、ドローン競技者はほとんどが子供。大人はほとんどやっていない。世界大会に出てる人で小学生なんていてもおかしくないんだよ。彼も結構実力があって、世界大会を狙えるって言われてる」
「世界大会が狙えるなら、なおさらこんなところで練習しちゃダメじゃないですか」
「いい加減、そこから離れなさい少年」
僕と坂下先生は、ぶつぶつと仲の良いような悪いような口論を続けた。すると、その雰囲気を察した四分一さんは「なんだか、お友達みたいですね。そんなに仲がいいとは知りませんでした。少年なんて呼び方、なんだか昔からの知り合い見たい」と言った。
僕はその言葉にハッとした。そして、すっかり忘れていた事実を思い出した。
先生は教員免許なんて持っていない無資格教師であることに。
仲がいいくらいではバレないとは思う。でも、ふとしたっきかけで何が起こるかはわからないのだ。
「そ、そうかな。まぁ僕意外と人当たりいいから仲良くなれるんだよね。ははは」
と僕は適当な相槌でごまかした。先生は、特に何も感じていなかったのか四分一さんに対してのリアクションはなかった。
僕らが会話に夢中になっていると、ドローンの練習が終わったようだった。
そして、ドローンを持って僕らの方に小学生がやってきた。




