今更、「顧問」と言われましても
五島さんは椅子から立ち上がって、買った本を手に持った。
「そういえば、何を買ったのさ」
「内緒よ。あなたに言う必要はないもの」
「さいですか」
僕も荷物を持って立ち上がった。
五島さんがそのまま店から出ようとした時、店の奥から三度さつきさんが現れた。
「あら。今日はもうおかえり? またいらっしゃいね」
さつきさんが、笑顔で手を振ると五島さんは首を縦に振って挨拶をした。
僕は「ありがとうございました」と声を出して感謝を述べた。
一緒の方向に歩いて帰るのかと一瞬思ったが「私の家があなたに知られるのは嫌だから、先に帰って」と五島さんは言った。僕は特に五島さんの家を知りたいとは思ってもいなかった。からかいついでに、口答えでもしようかと思ったが、めんどくさくなることは過去の経験から学習済みだった。
それから特に僕は彼女に対して何もしなかった。
お互いが別々の方向に向って歩き、そして別れた。五島さんの歩いてく方向はよくわからない方向だったから、きっとフェイクを入れたのだろう。本当はさつきさんのお店の真後ろの家とかだったりするのだろうか。
そんなところに、僕の注意力を注いでも僕の生活が平和になることはあるまい。
ポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認した。
あたりはすっかり暗くなっているとは思っていたが、19時を回っていた。
今日は自転車で学校に来ていたのを、五島さんと話している時に思い出してはいた。
校門が空いていればラッキだー。そしたら自転車に乗って帰ろう。
そう思いながら、僕は高校に向かって歩いた。
時は進み、気がつけば6月。
高校に入学してから2ヶ月が経ち、3ヶ月目に突入した。
桜の色は緑に変わり、緑に変わったと思ったら、雨音を感じさせる季節になっていた。
プレゼン部といえば、特に何も変わることはない。
誰かが退部したわけでもなく、誰かが入ったわけでもない。
3年生が2人に、1年生が3人。中間管理職たる2年は1人もいない。
四分一さんも、気がつけばすっかり馴染んでいた。
特に、川上先輩と相性が良いみたいで、いつも女子トークに花を咲かせている。
五島さんといえばいつもどおりだ。相沢先輩と適度にじゃれあっている(他人から見れば、戦争でもしているのか、というような雰囲気を見せる時もある)。
「どりゃざああああああああ」
相沢先輩は、トランプを2枚、盛大に机に叩きつけた。
そして、五島さんは持っているトランプの手札から2枚選び、素早く机に置いた。
「あれは、何をやっているんですか」
僕は川上先輩に聞いた。
「大富豪ね。トランプゲームの」
「大富豪って、二人でやるものでしたっけ」
「違うわね」
川上先輩は、やはり相沢先輩の行動にそこまで深くは考えないようである。
しかし、僕は気がついてしまった。
一瞬川上先輩に話しかけることはできたが、結局今はまた四分一さんと話をしている。
五島、相沢ペアは白熱の大富豪中である。
そう、僕は今一人である。この部活で早くもぼっちになりつつあったのだ。
そんな時であった。
幸か不幸かはわからない。この部室の扉が開いたのだ。
「うーす」
どこかで、聞き覚えのある声。振り返ってドアの方向を見ると、もじゃもじゃ頭の人が立っていた。
「坂下先生」
僕は思わず声に出してしまった。
一人でいることが耐えられなくなってしまって、つい声を出してしまった。
「おー、境くんだねぇ」
授業では勿論何回もあっているし、僕のクラスの担任である。
しかしよくよく考えれば、最近ほとんど話をしていなかった。
挨拶などはするが、立ち止まって話す機会は少なっていた。理由はわからないが、やはり先生と生徒の関係である。桜の木の下に居た呑んだくれでは既にないのだ。
「坂下先生じゃないですか。急にどうしたんですか」
川上先輩も、坂下先生の存在に気がついたようだ。相沢先輩といえば、机の上に突っ伏している。近くにいる五島さんが満足そうに座りながら本を読んでいる景色から察するに、五島さんが勝利をし、相沢先輩は敗者となったのだろう。
「急にって......俺、この部活の顧問だよ。顧問に向かって急にだなんて悲しいこと言うなよなー」
坂下先生は、ひょろりひょろりと部室を移動して相沢先輩が突っ伏している横の椅子に座った。
「確かに顧問ですけど、いつも来てなかったじゃないですか。4月から数えて今日が初めてですよ。もう一生来ないのかと思ってました。名義貸しの顧問の先生かと」
「忙しかったの。4月と5月は。大人は色々と忙しいのよ。大人は」
「胡散臭い」
五島さんが、本を読みながら鋭い言葉で坂下先生を突き刺した。
「うわっ! 坂下先生!」
坂下先生の隣で寝ていた相沢先輩が、飛び起きた。
「どもー。相変わらず寝ているねぇ君は」
「睡眠学習が自分のモットーなので」
相沢先輩は、坂下先生に向かってサムズアップをして答えた。
坂下先生の登場で、一気に部活動は盛り上がったのだった。
6月にして、プレゼン部のメンバーが全員揃ったのであった。
しかし、6月といえば大事なイベントがある。
そうである。遊んでいる場合ではないのだ。
簿記検定試験が2週間後に迫っていたのだった。




