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川沿いの本屋③

「じゃあ、あと少しだけね」


 僕は、五島さんの話を聞くために椅子に深く座り直した。


「私、自己紹介の時にも言ったけど別にあの高校にすごく入りたくて入ったわけじゃないの。単純に近かっただけだから」


 自己紹介の時に言われたことを思い出したが、確かにそう言っていた。それに、さつきさんも言っていた。


「実は簿記もそれほど深く興味があるわけでもない。そんなに難しいものでもないから。6月の試験は2級を受ける予定だし」


 彼女は真っ直ぐな目で僕を見ながら話している。

 その姿は人間というよりも、綺麗な日本人形のようだった。


「なんとなく話の流れが、読めないんだけど何が言いたいのさ」


「あなたは、どうしてあの部活を選んだの。それを私は知りたい」


「唐突にまた難しい話を......」


 僕があの部活動に入ったのは、五島さんが教室に入るところも見て気になってついて行ったからであるとはとてもじゃないけれど言えなかった。

 結果的に、面白そうな部活であったからよかった。しかし、最初の動機は五島さんについて行ったからである。


「今日、川上先輩の簿記の話を聞いて思ったわ。私がやりたいことは簿記ではないと。私は本を読んでいられればいいの。遠い場所に行ってみたいとも思わない。この場所で一生を生きられればいい。そのために必要なことはなにかと考えた時、生きるために必要な仕事があればいいと私は思った」


 彼女は、その後も喋りつづけた。僕が部活に入った動機を喋る必要もないくらいに。どうやら、彼女は喋り始めると止まらない性格なのかもしれない。


「私にとって勉強はそんなに難しいことではないわ。本に書いてあることを覚える。テストで覚えたことを書く。その繰り返し。勿論そんなに簡単に覚えられるわけじゃない。書いてあることや問題の解き方を覚えるのには、それなりに時間はかかる。他の人と同じくらいはかかっているはず。でも、私は他の人と違って集中する時間が長いと思う。勉強を始めると気がつくと夜になっているから。勉強は時間をかけた分だけ成果が基本的には反映されるものなの。勿論人によって、そのかかる時間は違うかもしれないのだけれど」


 彼女はテーブルの上に置いてあったコップの水を一口飲んだ。そして、再びゆっくりと喋り始めた。


「勉強はできる。そして、私はこの場所で生きていきたい。生きていく上では、お金を稼がないといけない。でも、今住んでいる周りに仕事なんてない。ここから満員電車に揺られて、片道1時間以上かけて通勤するなんて私は御免よ。満員電車に当たり前のように乗っている人たちの気持ちが私には理解できないから。今後の社会の発展に伴って働く場所や働き方は変わるかもしれないけれど、そんな他人の動きに期待していたら死んでいるかもしれない。勉強ができても仕事がなければ意味がないのよ。だから、私は仕事を作ろうと思った。私が理想とする生き方をするために。そんなことを、入学してから考えていたらプレゼン部に出会った」


「なるほどね」


 僕は適当な相槌を打ってはみたが、やはり話すのはやめないようだ。


「相沢先輩の世界に衝撃を与える理論は正直よくわからないけれど、自分がしたい目標に向かって動く姿勢にすごく感銘を受けた。相沢先輩も、自分のやりたいことは自分で動かないと実現できないと理解している人だと思った。だからプレゼン部に入ったの。その人の下で一緒に活動すれば、自分が作れる仕事がなんなのかを理解できると思ったから」


「つまり、生きるために必要な仕事を作るのが今の五島さんの目標ということで、それを実現するためにはプレゼン部の活動が必要ということ」


「あんまり私の言った言葉をそんな風に要約して欲しくはないけれど、それで合っているわ」



 変わっている人だと思ってはいたけれど、やはり変わっていたみたいだ。

 仕事を作る。

 そんなこと、僕は考えたこともなかった。どこかの誰かが作った会社で僕は働くものだと思った。


「五島さんは、色々と考えているんだね。正直驚いた」


「そうかしら」


「そうだよ。だって、僕は高校に入ったばかりで、明日は何しようかくらいしか考えてなかったから。自分が将来どう生きるかなんて考えもしなかった」


「今の生活なんて永遠に続くはずなんてないもの。歳を取れば周りの環境は変わっていく。物的な意味の環境もそうだし、与えられた役割であったり立場もそうよ。だから、早いうちから手段を用意しておく。それが大切だと思うの」


「なるほど」


 彼女の視線は、依然としてまっすぐ僕に向いている。そして、その目をみていると嘘はつけない気にさせられた。


「僕がプレゼン部に入部したきっかけだけど、五島さんが教室に入っていくのを見て、それが気になってついて行っただけなんだ。そしたら、あれよあれよと話が進んで気がついたら入部していた」


 僕が真実を話したが、彼女の表情は変わらなかった。

 僕が話した真実で五島さんは失望しただろうか。


「そんなところだと思ったわ」


 失望されたと思っていたが、予想外の返事に驚いた。


「だって、あなた興味なさそうじゃない。こういう部活」


「どうせ、明日何するかしか今のところ興味がないですよ」

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