川沿いの本屋②
「いいお店でしょ」
さつきさんは、店内を見回している僕に感想を聞いてきた。
「綺麗なお店ですよね。色が統一されているというか。この辺りにはないようなお店だと思います」
「でしょー。わかる子だねぇ。このお店、元々は魚屋だったのよ。ちなみにここは私の実家なの。父の代で魚屋は廃業したわ。最近の人って家で魚を調理して食べないのよ。お肉の方が価格も安いしさ」
魚屋と言われると、どことなくそんな雰囲気も感じた。
さつきさんの家系は代々魚屋で、お店の目の前の川は魚を運ぶために昔は使われていたらしい。
「それで、みどりちゃんとはどんな関係なのかしら? 」
「どうって......ただのクラスメイトですよ」
「ただのクラスメイトが、放課後に二人でこんなオシャレな本屋兼カフェに訪れるなんて無いと思うけど? 」
「それは......用があるから付き合ってと言われて素直に後をついて行ったらココについてました。というか、自分でオシャレな本屋兼カフェって普通言いませんよ」
「あら、さっきあなたさっき綺麗なお店って褒めてたわよ」
この人は、どうやらポジティブすぎる正確なのだろう。僕がいう言葉の一つ一つを自分の都合の良い言葉に変換できる能力を持っているようだ。決して悪い能力では無い。むしろ、現代に必要とされる能力だ。羨ましい限りである。
「そういえば、名前聞いてなかったわね」
「境です。境三日月」
「変わった名前ね。生まれた日のお月様の形が三日月だったのかしら」
「せ、正解です......よくわかりましたね」
「まぁね。こういうのは得意なのよ私。昔から」
僕がさつきさんと話している間も、目の前で五島さんは本棚の周りをウロウロしていた。
「彼女ね、昔からあんな感じなのよ。最近はしゃべるようになったし、あいさつも返してくれるようになったけど、中学生の頃はほとんど喋らなかったわ」
五島さんは、中学生の頃初めてこのお店にやってきたようだ。
初めの頃はさつきさんが、声をかけても返事はないし、質問をすると首を縦にふるか横にふるかのアクションしかしてくれなかったらしい。あまりにも返事がないから、声が出ない子なのかと思ったそうだ。
それでも、彼女は頻繁にこのお店に通っていた。
ある時、彼女は初めてこの本屋で本を買った。
猫が題材の絵本で、感動的なお話の本だった。
主人公の女の子が大切に飼っていた猫がある時行方不明になってしまい、その女の子が猫を探しに旅に出るというお話である。
さつきさんは、初めて本を買ってくれた嬉しさから、思わずどうしてこの本にしたのかと尋ねてしまったようだ。その時、五島さんは「小さい頃読んで、一番好きな絵本だったから」と答えてくれたらしい。
「それから話しかけたら、少しずつ返事をしてくれるようになったかな。でも、気弱なところもあったらか、もっとこうしなさい! って色々教えてあげたわ」
ああ、そうか。僕の中で腑に落ちたことがあった。
彼女の不思議な言動は、さつきさん譲りなのだろう。
話を聞いてる分には、さつきさんと出会わなければ窓際のカーテンが風が揺れる横で、静かに本を読む文学少女だったはずだ。
しかし、さつきさんの影響で少し変わった子へと変貌してしまったようだ。
五島さんとしては、それが自分自身にとって良い影響であるならば、それは悪いことではないように思う。
「あと知ってるかもしれないけど、彼女頭がいいのよ。本当に。本当はもっと偏差値の高い高校に行けるはずだったのに、家のすぐ近くの高校を選んだの。このお店から離れるのが嫌だったのと、単純に遠くに行きたくなかったららしいの」
「家が近いのは知ってましたけど、このお店が好きだったからなんですね。なるほど」
「あら、彼女に興味が湧いてきたの?青少年」
「青少年という響きから、おばさんくささが滲み出てますよ」
「ツッコミの返しがわかってきたじゃないの、青少年」
さつきさんは、僕の背中をひっぱたいてそのまま店の奥に戻っていった。
やれやれ、という言葉はあまり好きではないが、情景を表すにはぴったりなのかもしれない。
僕にとっては、慣れない本屋で見知らぬ女性に話しかけられていたのだから、心労のひとつやふたつあってもおかしくないのだ。
僕がうなだれながら、お店の床を見つめてため息をついてから顔をあげると視界から五島さんがいなくなっていた。
あたりを見回すと、僕の後ろのカフェスペースに座って本を読んでいた。
あまりの一瞬の出来事に僕は驚いた(音もしなかった)。
別にそれだけで五島さんは実は死んでいて幽霊なんじゃないかという安直な発想にはなってはいけない。坂下先生しかり、そう簡単に人を幽霊と思ってはいけないのだ。
僕は五島さんの座っている前の椅子に座った。
「何を読んでるの」
「絵本」
「どんな絵本? 」
取るに足らない質問だったのだろうか。僕の質問に対してはこれ以上の返事はなかった。
しかたなく、僕は五島さんが読んでいる本の表紙と裏表紙を覗き込むようにしてみた。
ネズミの絵が書いてある。
可愛らしい絵のような気もするが、どこか本物っぽい雰囲気を感じる絵柄であった。
その後も、五島さんに話しかけたりするが無視をされつづけ、そのまま絵本を読み続けた。
僕はあまりにも無視をし続けられるものだから、机に突っ伏して少しだけ寝てしまった。
目を覚ますと、五島さんは今度は紅茶を飲んでいた。
先ほどの絵本を買ったのだろうか。絵本サイズの封筒が置かれていた。
「よ、読み終わったの?」
僕は、大きなあくびをしながら彼女に尋ねた。
「ええ」
「じゃあ、帰りますか」
「待って」
「へ?」
「話したいことがあるわ」
五島さんの目線は、僕をずっと見ていた。
照れているわけでもなく、好きな男性を見つめるようなわけでもなく。
ただただ、僕の方を見ていた。




