ラストピース⑤
僕は、照れ隠しのために展望台から見える町並みに目をやった。
マンションや一戸建ての家の間を、車が通り抜け、時折電車が過ぎ去っていた。暗闇の中に人々の生活が色が出ている風景を遠くから見る機会は、そんなにあるまいと思った。
「明日の放課後、プレゼン部の部室に来てよ」
「部室......て言われても、わたし場所わからないよ」
「そっか、そうだよね。じゃあ、教室に集合にしようか」
「そうしよ」
僕らは、展望台へ続く階段を下った。
「それにしても、境くんって優しいんだね」
「え」
階段を降りている途中に不意に後ろから声をかけられて、僕は驚いた。
「わたしのこと、気にかけてくれるなんてさ。それに、大抵の男子って自分勝手なのに、境くんからはそれを感じない。なんていうのかな......うまく表現できないんだけどね」
「そんなことないよ。僕はいつだって自分勝手だよ」
「自分勝手な人は、そんなこと言いません」
「ふぅ」
それから、彼女の独り言のような会話は暫く続いた。
あまりにも僕のことを褒めちぎる内容なので、僕は途中から恥ずかしくなって彼女の言葉に反応することをやめた。
「あ、そうだ。今から、三日月くんて呼んでもいい? 下の名前!」
「ええ、いや......えっと......」
僕は照れを隠すことができなかった。素直なリアクションに定評があるのかもしれない。
「決まり決まり〜。三日月くんって呼ぶから」
「じゃあ、僕は......なつみ......ちゃん?」
「そこは、ちゃんなんだね! さん、で来るかと思ったから意外だよ」
もう恥ずかしくて頭がどうにかなりそうだった。
四分一さんもだいぶ意地悪である。
「でも、僕は基本的に女子を下の名前で呼ばない主義なんだ。残念。だからこれからも、四分一さんは四分一さん」
「ええーケチ。三日月くんのケチんぼ」
「ケチんぼって......」
階段を下る僕の後ろで、唇をとんがらせてふてくされている四分一さんの姿が思い浮かんだ。
結局僕は、四分一さんに自分が知っていることは話さなかった。
これで良かったのだとは思う。改めて考えても、彼女の事情を話すことは単に僕にとって都合がいいだけだ。
僕は彼女とは対等でいたい。上下関係が生まれるのは嫌である。
展望台から暫く歩いて、互いの家の近い場所で別れた。
「今日はありがとね、三日月くん! また、明日学校で!」
彼女は大きな声を出しながら、自分の家の方に向かって歩いて行った。
時より、僕の方を振り返っては手を振ってくれた。
僕も手を振り返して、それに応えた。
彼女の姿が見えなり、僕も帰ることにした。
夜の路地に、自転車のチェーンが回る音と、ローファーがコツコツとアスファルトを叩く音が響いた。
しばらくして、僕は一気に背中から汗が吹き出した。そして、心臓のドキドキがとまらなくなった。
「わぁあああ」
僕は少しだけ声を出した。
体調が悪くなったわけではない。
いままで抑えていた緊張が一気に爆発したのである。
「ぼ、僕が女の子と......二人で......しかも展望台だなんて!」
僕のゆっくり歩いてる場所に、現実が猛スピードで後ろから体当たりしてきたようだった。
僕の中にようやく現実が追いついたのである。
本当に奇跡のような時間だった。
あんなに可愛い女の子と夜景を見ながらおしゃべり。
ロマンチストな男にもほどがある。
僕は辺りを見回した。誰か知り合いはいないであろうと警戒をした。
坂下先生なんて居てしまったら、それは大変である。
「どうした少年、何かいいことでもあったのか」と、ニヤニヤしながら僕に近づいてきそうである。(坂下先生は、他人の色恋沙汰が好きそうだし。高校生同士の恋愛なんてきっと大好物だろう)
彼女の笑顔、優しい顔、悲しい顔。
夜は暗かったけど、僕の心の中には全部しっかりと記憶されている。思い出すだけでも、嬉しさが込み上げてきた。
明日から、彼女と同じ部活に通えるなんて......
ここまで自分勝手なことで、舞い上がっていた僕であったが、彼女の過去を思い出してすぐに冷静になった。
プレゼン部は彼女にとって、心のリハビリ施設になるはずである。いや、ならなければならない。
そして、僕は彼女に約束したのだ。彼女を元気にしてあげると。
舞い上がってばかりではいられない。
むしろここからである。
また一つ、僕の中で目標が生まれた瞬間だった。高校生活は忙しいのだ。
僕は自宅に着いた。そして、自宅の玄関を開けて入った。
「ただいまー」
「おかえり......ってなんか顔が気持ち悪い顔してるわよ? にやけすぎというか......なんかいいことあったの?」
お母さんにはバレバレのようだった。
そして、その後小一時間、僕の展望台での出来事を根掘り葉掘り聞かれた。
警戒すべきだったのは、母親だったとこの時気付いたのであった。
自分の息子のロマンチックな話が、母親にとって楽しくないわけがない。




