ラストピース③
その後、僕らは自分たちの近況を話し合った。お互いのことを知っているようで知らない。そんな関係であった僕らであったが、今日で隆二を少しだけ理解することができた気がした。
「友達のイップス、治るといいな」
「ああ」
コーヒーとオレンジジュースを飲み干して、僕らは喫茶店を出た。
僕らが喫茶店を出るとき、カウンターの中から「また、よろしく」と低い声が聞こえてきた。
マスターは怖そうに見えるが、情に熱い人なのかもしれない。あの人なりに、港口商業高校の生徒たちを見守っているのかもしれない。
喫茶店を出ると、明るかった空もオレンジ色になっていた。春の夕暮れは、いつも僕の心のどこかをぎゅっと締め付ける。
暗い夜になる間際で、電灯も点いてる箇所と点いていない個所がまばらに存在していた。
そして僕は隆二と別れて、家に帰った。
自転車のサドルに跨って、ペダルをこぎ始めた。
自転車は中学時代から乗っていて、サドルは柔らかくなった代わりに、チェーンが錆びついてしまった気がする。ペダルに力を入れてチェーンを回すたびに、自転車から小さな悲鳴が聞こえた。
大通りの車の量は朝に比べて増えていて、バスやらトラック、自宅を目指して走っている乗用車で溢れかえっている。ブレーキランプの赤色が点いたり消えたりを繰り返した。
そんないつもの帰り道の風景を見ている時、いつもの帰り道に見かけない人物を僕は見つけた。
「四分一さん」
僕の目の前に私服姿の四分一さんが歩いていた。
電灯の下に立っている四分一さんは、水色のワンピースを着て、灰色のカーディガンを羽織っていた。初めて見る姿であったため、僕はドキッとした。そして、四分一さんの着ている洋服の色がわかるほどに彼女を照らしてくれている電灯に僕は深く感謝をした。
「あ......境くん」
僕の進路方向と同じ方向に歩いていた四分一さんを横切って、僕は前で自転車を止めた。
学校を休んでいた四分一さんは、やはり元気がない。
僕は事情を知っているけれど、それは秘密裏に聞いた話。ここで、口から彼女の事情を話すことはできない。
「帰り?」
僕は「うん」と返事をした。そして、自転車から降りて彼女の横に立った。
「四分一さん、学校休んでたから心配したよ」
「境くんから、だいぶ遠いところに座ってるのによく気づいたね」
「いつもの見慣れた風景は絵画のように覚えてるから。絵画に、小さな穴でも開くと流石に気づけるでしょ」
「あんな教室の風景を絵画のように見てるなんて、なんだかロマンチックね。でも、ちょっと気持ち悪いかな」
「こらこら」
「ふふふ」
立ち話もなんであるため、公園のベンチにでも座って立ち話をしない? と僕は四分一さんに提案した。
彼女もちょうど用事を終えて帰る途中だったらしく、僕の提案をのんでくれた。
「坂を少し登るんだけど、いいかな?」
「運動不足だったからいいかも」
僕は、眺めの良い公園を知っていた。
駅の裏にあるのに、ほとんどの人が利用しない。そして、展望台が存在するがその展望台も人がほとんど利用している形跡がない。
暗い夜は少し危なそうな印象はあるものの、街灯もしっかりと点いてるし、人通りもそれなりにある。
二人で暫く歩き、そして坂を登った。
公園に向かう途中の何気ない会話の一つ一つが、僕の気分を高揚させた。
でも、彼女からカラ元気のような雰囲気も同時に受け取っていた。
僕たちは公園に着き、展望台に登った。
展望台の上にはやはり誰もいなかった。
「わぁ、綺麗」
展望台から、あたり一面の街並みが見渡せた。特段、ランドマークになるような建物が見えるわけではなかったが、住宅からでる灯や、道路を走る車のライトが展望台からの景色を彩った。
「境くんは、デートでこの場所とか使うわけ?オシャレ男の子だねぇ」
「い、いやそんなことないよ。誰かと来たのは初めてだし」
「そうなんだ。こんな場所連れてくるから、女の子と来たことあったのかと思ったよ」
「違う違う。ここは、中学生の頃、落ち込んだ時によく来た場所なんだ」
この展望台には思い出が多少ある。
女の子とのデートで来た思い出であったら、多少は格好がついたかもしれない。
でも、この展望台はそんな華やかな場所ではない。
中学生の頃は、道に迷いまくった。
道は、その辺の道ではなく、人生のことである。
自分の将来はどうしよう。高校はどこに行こう。
坂下さんに会うまで、そして、会ってからも悩んだ。
悩んで悩んで、無数に伸びる選択肢から僕は選択をした。
その結果、今があるのだと展望台の上から夜景を見て改めて思った。
「どうしたの? なんか感傷的になっちゃった?」
四分一さんが、うつむいてる僕の顔を覗き込むようにしてみた。
「わわわ」
僕はいきなり彼女の顔が正面に現れるものだから、少し同様した。
男としてだらしがない。
「まぁ、昔を思い出すこともあるものなのです」
「十数年しか生きていないのに?」
「十数年とは長い歴史ですよ、四分一先生」
僕らは、どうやらたわいもない会話が得意なようだった。
僕のしょうもないボケも、彼女はフォローしてくれた。
そして、彼女もしょうもないボケをかまして僕がフォローした。
会話とは、言葉のキャッチボールである。
キャッチボールの話をすると隆二が熱く語ってくれそうであるが、ボールを相手の受け取りやすい場所に投げるのが基本である。
会話も同じで、適当に自分の喋りたいことを喋ればいいわけではない。相手が取りやすい場所に言葉を投げる。そして、相手もまた自分の取りやすい場所に言葉を投げ返してくれるのだ。
「ねぇ、四分一さん」
彼女は、楽しそうにしながら僕を見た。その表情を見た時、少し僕の心はぎゅっと締め付けられたが、意を決して聞くことにした。
「部活動は、もう決めた?」




