ラストピース②
放課後を告げるチャイムが鳴った。
周りの生徒は、帰る準備や部活の準備をし始めた。
五島さんは、そそくさとカバンを持って帰っていた。
珍しく、隆二がまだ教室にいた。
「今日は、練習に行かないのか」
僕は隆二に話しかけた。
隆二は、毎日ほとんどチャイムと同時にグランドに向かって走っていく。あんなに勉強は嫌そうなのに、野球のこととなると目を輝かせる。これも全ては甲子園のためなのだろう。
「1年は休みなんだ。2年と3年で校内戦をやるらしい。これから夏の甲子園に向けてレギュラーも決めるための最初の練習試合」
隆二は家に帰ろうとしていたが、僕は四分一さんのこともあり、隆二に聞いておきたいことがあった。
「なぁ、久しぶりの休みで申し訳ないんだけど、今日ちょっと時間あるか」
「いいよ」
僕の席の前にいつも隆二は座っていて、授業ではよく話をする。でも、野球部であることもあってか、放課後にゆっくり喋ったことはない。
彼はどんな人物なのだろうか。
四分一さんの話を相談したいというところもあるが、彼がどんな人なのかということも気になった。
僕らは、高校近くの喫茶店に入った。
本当は駅前のスーパーの中にあるファーストフードに入りたかったが、隆二が嫌がった。
ファーストフードの独特な匂いが苦手であるということと、スポーツマンとして体に悪いものは食べたくないことが理由だった。
高校の近くに、高校生はまず入らなそうな喫茶店がある。
店内は、木のテーブルと朱色のレザーが印象的なソファーが置いてあった。店内に設置されているスピーカーから、心地のよいジャズが流れてきた。
「いらっしゃい」
マスターと思しきダンディなおじさんが、濡れたコーヒカップを布で拭いていた。
白いシャツにジーンズ、黒いエプロン。
僕らは、空いている席に勝手に座った。
テーブルの上に置いてあるメニューから、僕はホットコーヒーを、隆二はウーロン茶を頼んだ。
僕は、暫く店内を眺めた。店内にはカウンター席もあるが、誰一人として座ってはいない。というか、現在は僕と隆二しかお客はいない。
カウンターの上には、今日の朝刊と週刊誌が何冊か置いてあった。誰かが読むのであろう。
そして、マスターの後ろには、コーヒー豆が置いてある棚があった。
近所のチェーン店のような大きいコーヒーマシーンはない。
マスターはコーヒーを一杯一杯、丁寧にハンドドリップで淹れていた。
「はい、お待ちど」
マスターは、コーヒーとオレンジジュースを僕らが座っているテーブルに置いた。
「君ら、高校生?」
マスターが僕らに話しかけてきた。
「はい」
「タバコは吸うかい?」
「いえ、吸わないですけど」
「うち、店内全面禁煙だから吸うなら外で吸ってな」
マスターは僕らの話を聞いていたのだろうか。
僕らはタバコなんて吸わないのに。高校生だから。
「昔の港商の連中は、よくここに粋がってタバコ吸いにきてたんだよ」
マスターは、捨て台詞を残してそのままカウンターの中に戻っていった。
僕らは、港口商業高校の歴史を学んだ気がした。
隆二と僕は少し、にやけた。昔の先輩方は素行が悪かったようである。
「それで話ってなんだ」
隆二は、グラスに入ったオレンジジュースを、ストローを使わずにそのままグラスに口をつけて飲んだ。
「隆二って、怪我とかしたりして野球ができなくなったりしたことってあるのか」
「どうした急にそんな話。まぁ、あるよ中学の頃。足を折って歩けなくなって。暫く野球できなかった時期があった」
僕は、ホットコーヒーを口に入れた。僕はブラックコーヒーは飲んだことがなかったが、このコーヒーは美味しくて飲めそうだった。苦いというよりも、甘い感じがした。
「友達が怪我をしちゃってさ。怪我は治ったんだけど、怪我をする前のように体を動かすことができなくなっちゃって。隆二なら、克服の仕方とか知ってるかなと思って」
「イップスってやつか」
「イップス?なにそれ」
「プレッシャーとか色々なメンタル面に対する影響が大きすぎて、脳が正常に動かない状態のことを言うらしい。脳が正常に動かないから、筋肉とかが萎縮してしまって動作に影響が出る。プロ野球選手とかでも、150キロの速球を投げていた人が、自分の怪我や、バッターにボールを当ててしまった影響で、速球を投げられなくなる選手とかいるからな」
「それは、結構な大問題」
「まぁな。そのまま引退してしまう選手もいるくらい、結構大きな問題だな」
「治るのか」
「人によるな。さっきも言ったけど、引退してしまう選手もいるんだ。治るかどうかは、人による。治らない人も治る人もいる。万人向きの治療があるわけじゃないからな」




