商業高校の部活といったら⑥
紙の上にペン先を置いたものの、僕はペンを動かす気になれずにいた。
このプレゼン部は、楽しいことをやろうとしていたのはわかった。
でも、本当にこの部活で良いのだろうか。この部活に所属することによって僕にプラスになることはあるのだろうか。
確かに先輩も言っていた。
簿記部に入ることによって、簿記検定や簿記大会で優秀な成績を収めることによって将来は広がる。
良い大学にも推薦入学で行けるようになるだろうし、就職に切り替えたとしても良い会社に就職できると思う。
プレゼン部に入ったら、ビジネスコンテストで優勝すれば良いのかもしれないが、優勝した実績もなさそうである。簿記検定も取れるのだろうか。この部活に属することが、僕の未来なのだろうか。
「世界に衝撃を起こそうぜ」
相沢先輩は、そう言って僕に向かってサムズアップをした。
サムズアップを満面の笑みでする人を久しぶりに見た。なんとなく、坂下先生ならやりそうである。
僕が相沢先輩のサムズアップを見ていると、背中の肩甲骨あたりにすごい勢いで何かがぶつかった。
勢いに慌てて、後ろを振り返ると五島さんが無表情で右手を前に出したり後ろに引いたりしていた。
「いや、そういう衝撃ではない」
僕は冷静に彼女の行動にツッコミを入れると、彼女はその動作をやめた。
「世界に衝撃って......まぁ、先輩なら起こせそうですけど......僕には無理ですよ」
「無理じゃない」
「無理です」
この無理無理のコールアンドレスポンスが、しばらく続きそうに思えたが、このまま続けても時間の無駄であると悟った。相沢先輩も、五島さんと似たようなところがあるらしい。
一度決めたら、引き下がらない。
そんなタイプのみたいだ。
「わかりました。入りますよプレゼン部。僕なんかが役に立てるとは思えないんですけどね」
「そんなことはないさ。境くん。人間一人ができる作業には限界がある。でも、人と人が一緒に作業することによって、一が十にも百にもなるんだ。ほら、焼きそばとかだって、材料から作ろうとすると一人じゃ簡単には作れないだろ?」
先輩は、大変嬉しそうである。
僕が入部を決めた瞬間は、さすがに川上さんも安堵していた(小さい声で「ありがとう、ありがとう」と謎の念仏を唱えるようにつぶやいていたが)。
僕は再びペン先を紙に押し当て、自分の名前を書いた。
さすがに入部届けである。わら半紙のようなペンが滑りにくい紙でなかった。
スラスラと書いた名前は、いつも以上に綺麗なような気がした。
僕が書いている時に、同時に五島さんも書いていたようで、僕が相沢先輩に入部届けを渡すと彼女も同時に入部届けを提出した。
「これで、4名。あとは......」
「あと、1名必要なよね......」
川上先輩は、頬に左手を当てて悩ましそうにした。
どうやら、部活動として認められるためには後1人部員が必要なようであった。
そんなことなら最初から説明してよ! と思ったが、それはもう後の祭り。
「部活動体験の時期はもうしばらくあるし、そのうち来るでしょ。1名くらい」
相沢先輩も、自分のモジャモジャパーマを弄りながらその場を取り繕った。せっかく新しい部員が入ったというのに、現実を知った瞬間雰囲気は盛り下がった。
その後、今日はやることはないから帰って良いということになった。
「次の活動が決まったら、連絡するから待ってて」
相沢さんは、帰り際に僕らに対してそう言って、手を振って僕らを見送った。
五島さんと僕は軽く会釈をして教室から退出した。
「私、これから図書館寄るから。また明日ね」
五島さんと別れた僕は、そのまま自転車置き場に向かった。
長いような短いような一日であった。
結局あれでよかったのだろうか。
でも、人から必要とされる場所にいることも大切だろう。
お金を貸したわけではない。体の臓器の一部を売ったわけでもない。
部活に入っただけである。そんなに重く考える必要もあるまい。
僕が上履きからローファに履き替えていると、また後ろから聞き覚えのある声に声を書けられた。
「あ、また境くんだ」
その声の正体は、四分一さんであった。勝手に僕の中で、クラスのマドンナ的存在として位置付けている女子である。
「四分一さん」
僕は彼女の名前を呼んで返事をした。
「名前、覚えていてくれたんだ」
名前を覚えていてくれたのが、嬉しかったのか彼女は笑顔になった。
その笑顔を見た瞬間、僕は自分が男であることを自覚した。可愛すぎる。
「境くんは、部活とかもう決めたの?」
四分一さんは、タイムリーである。あまりにタイムリーすぎるため、いままでの一連のやりとりを見られていたのではないかと思った(冷静に考えると、今週は部活動見学週だからそのフレーズは至極当然ではある)。
「ああ、決まったよ。四分一さんは?」
「わ、私? 私は、まだ決まってないよ。何にしようか迷ってて......境くんは何にしたの?」
あえて「部活が決まった」だけしか言わなかったのだが、当たり前であるがどこに所属するかも気になるはずだ。
僕は、正直なところ言いたくなかった。絶対にポカンとした顔をされるだけであると思ったからである。
「ぷ、プレゼン部......」
「え?」
彼女の頭の中になかったのだろう。人間とは、自分の想像していな言葉を言われると、その言語がたとえ日本語であったとしても聞き取れないものである。
「プレゼン部。プレゼン部に入ったんだ」
「あのプレゼン部?」
「そう、あのプレゼン部。って、何その意味ありげな言い方は」
「え、あの部活動紹介見てないの?」
そういえば、詳しいことは聞かなかった。五島さん的には非常に優秀な部活動であるというアピールをしていたと言っていたが、肝心な内容までは聞かなかった。
「そうかプレゼン部か。意外だねぇ」
四分一さんは、そのまま僕の気になっているないように触れぬまま話を続けようとした。
「ちょっとまて。プレゼン部はどんな部活動紹介をしたの?」




