商業高校の部活といったら④
相沢先輩はニコニコしながら僕を見ていた。
「あります。あるから、この高校に入りました」
「そうか。そうだよねぇやっぱり。じゃあ、境くんは簿記部に入っちゃう感じかな?」
相沢先輩は少し残念そうな顔をしている。
「今のところは」
相沢先輩は、両手を頭の後ろにやり、座っているパイプ椅子に座った。
「あなたが簿記にそんなに興味があったなんて知らなかったわ」
五島さんが突然、僕に話しかけてきた。
「それよりも、五島さんはどうしてこの部活に興味があったのさ。僕的に五島さんはプレゼンという柄ではない気がしたのだけど」
「あら、私の事そんなに理解していたのね。少し照れるわね。冗談よ。一連の部活動紹介の中で、プレゼン部だけ異彩を放っていたの。すごい説明がわかりやすかったのよ。あと、ビジネスコンテストの内容も気になった。発表者である相沢先輩は、相当頭がいいはずと思った。見習うべき点が多いと思ったのが、この部活動に興味が出たきっかけよ」
真剣な表情で、部活動紹介の説明を彼女は振り返った。
僕はその紹介を寝ていたため、彼女の言っていることは理解できなかった。
「照れるね。そんなこと目の前で言われると」
相沢先輩は、口笛を吹いて窓の外を見つめていた。照れているのだろうと僕は思った。
暫く、教室は沈黙に包まれた。僕はその間に教室の中を見回した。
簿記部のような何かの教室なのかと思っていたが、よく見るといろいろな荷物が置かれている場所であった。社会科で使われるであろう大きな地図、理科の授業で使うであろう大きな人体模型、その他たくさんの備品類が大きな棚に敷き詰められていた。
この雰囲気から察するに、この場所は単なる倉庫なのだろう。机とパイプ椅子の量だけは、他の教室に引けを取らなそうである。
「コイツね、簿記一級持ってるのよ」
急に隣にいた川上先輩が喋り始めた。その言葉に僕も五島さんも驚いた。さらに僕は簿記部で横山先輩から高校生で合格できることは、新聞に載るレベルだと聞いていたからパイプ椅子から転げ落ちてしまった。
「よせやい。もう穴が有ったら入りたいくらい恥ずかしいから」
話を聞くと、相沢先輩は2年の秋に簿記1級に合格したらしい。先生たちは大いに喜んでくれたが、高校には簿記部があるし、簿記部のことを思うと申し訳ないから合格したことは内緒にしてほしいと学校側に言ったらしい。相沢先輩が合格したことは、一部の先生と川上先輩しか知らないらしい。
簿記1級に合格すると、新聞社からのインタビューや、全校集会での表彰など多くの人から喝采を浴びる機会があったらしいが、それを全てこの人は放棄したとのことだった。
「これを機に周りから期待されるのは嫌だし、何より賞賛とか俺の柄じゃない。全校生徒に賞賛されたところで、俺の人生が豊かになるわけじゃない。さすがに新聞社からのインタビューは、両親のとしては受けて欲しかったようだけど、簿記の神童みたいな特集されても周りは信じてくれないでしょ。こんなアフロじゃ。要するに、俺はそういう名声的な話はまったく興味ないの」
五島さんの推測は、当たっているようだ。簿記検定に受かっているから頭がいいという話ではない。
今まで僕が出会った来た人たちとは、人生に対する価値観が違っていた。考え方にとても豊かさを感じた。
その後も川上先輩は相沢先輩の話を続けた。
もともと相沢先輩は簿記部に所属していた。先輩とトラブルがあって居づらくなって2年生に上がるタイミングで退部をし、プレゼン部に入ったとのことだった。横山先輩が辞めることを止めたようだったが、相沢先輩も思うところがあったようでその制止を振り切って退部したそうだ。
トラブルの話が、少し気になったがそれを掘り返すのは流石に嫌な奴である。僕は口を開きそうになったが、踏みとどまった。
「この高校の簿記部は、オススメではないのかしら。トラブルを起こすような先輩がいるならば」
空気を読まないという点において、彼女の右に出るものはいないかもしれない。
僕が聞いてはいけないと思ったのに、彼女はそのまま口を開いた。
「いや、オススメしないわけじゃない。たまたまそういう人に当たってしまったんだよ。人間関係って難しいよ。簿記部に限った話じゃない。それにこの高校の簿記部は定期的に全国大会にも出場しているし、学校創設当初からある由緒正しき部活だよ。だから入りたければ入るのが正解だと思う。簿記検定も取って、全国大会にも出れれば良い大学に推薦で入れるしね。ただ、最近思うんだよね。簿記だけを勉強することで良いのかなって」
簿記だけを勉強することは良くないのだろうか? 先輩は、恥ずかしさがだんだん抜けてきたのか窓の外を見つめることを辞めて、僕らの方に姿勢を戻した。
「やはり、この人頭が良いわね。私プレゼン部に入部するわ」
五島さんは部活を決めたようだ。
相沢先輩は嬉しそうにも見えるし、面倒くさそうな目をしているように見えた。そして、チラチラと僕の方を見ている。僕には、僕も入部表明をしてほしそうにしているようにしか見えなかった。




