商業高校の部活といったら②
簿記部の部室は運動部とは違って、教室が部室になっていた(運動部は部室棟がある)。
簿記部の活動場所は、2階の奥の方の理科実験室なる場所らしい。名前から察するに理科室なのだろうか。
僕は部活動見学が終わった後、そのまま家に帰ろうと思っていたため、自分のリュックを背負って理科実験室に向かった。
理科実験室の入り口には張り紙がされていた。
「部活動見学者歓迎!」
張り紙に書かれている文字は、気持ち右上に向かって書かれている上に、汚い。黒いマジックで、白い紙に書かれていのだが、太さもまちまちで、よく見ると文字の大きさもまちまちである。
昔テレビで見たことがあるが、勉強ができる人ほど字が汚い傾向にあるらしいとバラエティ番組で言っていた。
やはり簿記ができる人たちは、頭が良いのかもしれないと思った。
僕はノックをして、理科実験室のドアを開けた。
理科実験室の中には、部員が8名ほどいた。きっと、2年生と3年生である。
みんなが机に向かって座り、机に置いてあるプリントを見ながら電卓を思いっきり叩いている。
理科実験室には、電卓を叩く音響き渡っている、ちょっとした地鳴りのような音である。
「すいません!」
僕は大きな声を出した。すると、その場にいた生徒全員が電卓を叩くのをやめた。まるで統率の取れている軍隊のようである。
「もしかして、部活動見学の人?」
電卓を叩いていた人のうち、メガネをかけた女子生徒が僕の方にきた。
「はい」
「じゃあ、こっち座って」
僕は、その人の言われるままに理科実験室の椅子に座った。
理科実験室の椅子は、背もたれがない。今流行りの言い方をすれば、スツールという椅子なのだろう(こないだテレビで紹介をしていて、理科室の椅子じゃんと僕は思った)。
「さっきは、何をしていたんですか?」
「みんなで電卓を叩いてのは何をしていたのかってこと?」
「はい」
「あれは準備運動よ。簿記の問題って解いたことある?」
「いや、まだないです」
「了解。簿記の問題ってね、試算表を作成する問題が多く出るの。その時の問題文に書かれている試算表の数字を上から下に足して計算するの。これが指をならすにはちょうどいいのよ」
目の前に座っている、先輩は楽しそうに語っている。電卓を叩くのが好きなのだろう。
「えっと……」
「あ、境です」
「境くん。私は横山です。自己紹介が遅れてしまったわね。ちなみに、電卓は右手で打つの?」
「そんなに電卓を叩いたことはないですけど、右手ですね。右利きだから」
「そう。簿記部では、利き手とは逆の手で電卓を打つことを推奨しているわ。いえ、ほぼ強制に近いわね」
横山先輩の目は、真剣であった。いや、むしろ笑いながら喋っているのが逆に恐怖すら感じた。電卓を利き手とは逆の手で打つとはどういうことなのだろうか。
「利き手以外で打つことによって、鉛筆を利き手で持てるじゃない。鉛筆を持って離して電卓を打つ、また鉛筆を持って離して電卓を打つという行動を毎回していくよりも、ずっと鉛筆を利き手で持っていた方が解答用紙に書く時間のロスタイムを無くすができるのよ。合理的でしょ」
合理性を重視した電卓の打ち方。なんとなく、ビジネスっぽさを感じた。
しかし、さらっと横山先輩は「でも、市販の電卓って実は大半が右手用で作られているんだけどね。左利きの人が有利なのかもしれないわね」と言った。僕の感じたビジネスっぽさは一瞬で終わったのだった。
先輩が僕と話をしている間、他の部員たちは電卓を打つのをやめて僕の方をずっと見ている。
なんとなくその視線に緊張した。
「簿記部って、全体的にどんな活動をするんですか」
視線に緊張しながらも僕は質問をした。
「簿記部の活動としては、初めは電卓の扱いに慣れもらって、その後簿記検定に挑戦、簿記の大会に出て優勝を目指すのが大体の流れかしらね」
「簿記検定って、皆さんどれくらいまで取るんですか?」
「2級かしら」
「1級までは取らないんですか?」
「年々、試験範囲の変更の影響もあって2級もだいぶ難しくなっているわ。高校生で1級なんて受かったら、主要新聞の地方欄の一面を飾るくらいの快挙よ」
先輩は、冗談っぽく新聞の話をしたが、どうやら本当らしい。高校生で1級に合格するということはそれほど難しいことのようだ。
「ま、こんな感じからしらね。興味があったらまた来てね」
僕はそのまま、理科実験室を追い出されるようにして出ていった。
なんとなく冷たい感じを受けたが、それは僕の素質を見抜かれたからなのだろうか?
それとも、中途半端な人間はいらないからということなんだろうか。
僕が理科実験室のドアを閉めた時、実験室の中から「始め!」と大きな声が聞こえてきた。そして、また電卓の音が鳴り始めた。
先生が言っていたことの意味がなんとなくわかった。
彼らに悪気はないが、簿記部だけど体育会系なのだろう。文化部なのに体育会系。
先生の性格からして、体育会系ではない。きっと合わなかったんだなと僕は想像した。
簿記部のやる気に圧倒され、疲れてしまった。
僕が背中を丸めて歩いていると、目の前で見慣れた人物が歩いてきた。五島さんである。
僕は声をかけようと思った時、彼女は教室に入っていってしまった。
いつも放課後はすぐ帰る五島さんが、放課後に廊下を歩いている姿を初めて見た。僕は気になって、後を追った。
入っていた教室の目の前にも、張り紙がされていた。
「部活動見学の人はこのドアを開けてください。プレゼン部」




