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大きな桜の木の下で

 高校初日は、僕の中で満足のいくものであった。


 友達もできた。学校の雰囲気もやはりよかった。思いつきに近いレベルで、この高校を選んだわけだけどそれなりに良いと思えた。


 ただ、一つだけ気になることはあった。彼である。坂下春一。

 久々に見たと思ったら、先生として僕の前に現れた。

 本当に桜の季節にしか現れない亡霊なんじゃないかと思った。しかし、本当に春限定ならば高校の先生などできない。


「幽霊だったら面白いけどなぁ」


 ふと、僕が呟いた瞬間だった。


「勝手に人を殺すな、バカタレ」


 駐輪場に置いてあった自分の自転車の鍵を開けようとした瞬間だった。

 後ろから、僕に対して誰かが話しかけてきた。しかし、一瞬で誰が話しかけてきたのかは理解できた。僕の頭の中で殺した人物である。


「坂下さん」


「坂下先生。ここでは、坂下先生」


「はぁ」


 坂下先生は、もちろん死んでなどいない。普通に生きている。両足もある。


「まぁ、俺は死んでいるような身分ではあるがな」


「どいうことですか?」


 彼は一瞬、肩をすくめた。しかし、一瞬でその雰囲気を振り払った。


「って、まだ自転車で通学しちゃダメだぞ。ちゃんと駐輪場のシールをもらってからじゃないと。よく自転車もってかれなかったな......本当、この高校は適当だな」


 僕の話は無視された。死んでいるような身分?一体どういうことだ。


「それは、そうと少し話しできるか。ちょっとだけ時間をくれ」


「はぁ。まぁいいですよ」


 僕は、しぶしぶ了承した。高校の中では話し辛い話しらしく、高校近くの公園で話をしたいとのことだった。僕は自転車を押しながら、先生と一緒に公園へと向かった。


 公園は、桜が満開だった。今年も例年よりも早咲きだったはずだが、不思議と残っていた。

 風に揺られて桜が雨のように地面に落ちていった。


 僕は公園の奥の方の誰も来なさそうな場所にあった、ベンチに座った。


「すまんな。呼び出して」


「本当ですよ。もっと可愛い女の子に呼び出されたかったです。それに、初日から教師に公園に呼び出されてる時点でなんだか悪いことをした気分ですよ」


 僕は、精一杯の皮肉を言ってやった。先生は苦笑いをしながら「すまんすまん」といった。


「俺、実は先生の免許持ってないんだよ」


 先生は遠くの方を見ながら言った。このベンチはちょっとした、木々が生い茂っている中に設置されているため、決して目の前に大きな河川敷があるわけではない。桜の木がたくさんある場所から少し離れているため、この辺りは緑一色であった。

 そんな環境下の中、先生があまりにも青春チックな雰囲気を醸し出して言うものだから僕には冗談にしか聞こえなかった。


「公認会計士の資格も実は持っていない、と」


 僕は、先生の悪ノリに乗ってみた。


「いや、それは持ってる。勉強して取った」


「そもそも教員免許持ってないと、高校の先生なれないんじゃないですか」


 僕は当たり前のことを言った。僕も詳しいことはわからないが、この国の学校の先生になるためには教員免許が必要である。一方で、進学塾などで授業をする場合は、教員免許は不要である。この先生は、高校を進学予備校と勘違いしているのではないか。


「それが、なってしまったんだよ。君と会ったあの後、桜の木の下で酒を飲んでたら偶然に高校時代の恩師にあって」


 彼は、その後自分が高校の先生になった経緯を僕に教えてくれた。


 僕に酔っ払って絡んだあと、コンビニで再び酒を買い、桜の木の下で飲み始めた。

 飲み始めて数分後に、高校時代にお世話になった恩師にあったそうだ。

 高校時代の恩師は、この港口商業高校の校長先生だったようだ。校長先生自体は、昨年で定年になりやめてしまって今年からは新しい校長先生に変わっている。


『坂口くん、久しぶりだね』


『先生、坂下ですよ。坂下。高校の時から本当によく間違えてますよね』


『すまんすまん。そんなつもりはないんだ。悪い癖でね。わざと間違えてる時が大半なんだが、たまに本当に間違えている時もあってな。その本当に間違えた時のための予防線なんだよ』


 校長先生自体に会うのは本当にひさしぶりであったが、公認会計士として仕事をしていることは知っていたようだ。


『最近の高校教師ときたら、なんだかズレている奴が多いんじゃよ。なんというか、実務感覚がないと言うか。もちろん、彼らは実務家ではなくて教育家じゃ。仕方がないことではあるんだが、商業高校は実業が命。実業を学ばないと今後未来はないと思っているんじゃ』


 校長先生は、珍しく熱くなったそうだ。いつもは、坂下先生同様にただの呑んべいらしい。


『わしも、来年で定年。今後商業高校を卒業する生徒たちは、実業を学ばないで、質が下がっていくことが本当に不安でならない。なんとかならないものかね』


『僕が高校生の頃も、簿記とか学びましたけど、やっぱり他の国語や数学の延長というか。そんな雰囲気でしたね確かに』


 校長先生は、ワンカップをちびちびと飲みながら桜を暫く見つめていたらしい。

 そして、静かに二人で桜の散りざまをみていた時に先生が言ったらしい。


『そうじゃ、君が先生をやってみないか。それがいい。海外でも活躍した公認会計士であれば、きっと高校生たちの見本ともなる。そうじゃそれじゃ」


『ち、ちょっと待ってください。確かに僕は結構実務経験がありますし、教えてあげられることもありますけど、そもそも教員免許を持っていないですよ。大学の時、確かに高校の先生になりかったですけど、当時の指導教員に会計士か教員免許選べって言われて、泣く泣く諦めたんですから』


『わしは、難しいことは知らん!免許免許と、なんの意味があるんじゃ。この国の子供たちの未来のためにはそういう古い慣習は無くしていかないといかん。これからは実務の時代じゃ。高校生の頃から実務を学ばんといかん!』


 この後、色々と話し合いをした結果、坂下先生となることになったらしい。ちょうど、前職の会計事務所を辞めた直後で仕事を探していたことも決め手になったようである。


 当たり前であるが、教員免許なしに授業を行うことはこの国ではできない。しかし、元校長先生のいろいろな工作によって、今があるようだ。


「とりあえず、僕が教員免許を持っていない無資格の教師であることは黙っていてくれな。授業はしっかりやるから安心してくれ」


 こうして、先生と僕の間で一つの秘密が生まれた。

 そしてこの瞬間、本当の意味で僕の高校生活が始まったのだった。


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