オリエンテーション②
「はい、じゃあ次自己紹介。んじゃ、俺から向かって左側の廊下側の前のやつから順に自己紹介していって」
先生の思いつきで指名された廊下側の一番前にいた生徒は、俺から!?といった驚きの表情をした。
しかし、先生は「大丈夫大丈夫、自己紹介なんてほとんどのやつが覚えてないから好きにやれ」といった。
廊下側の一番前にいた生徒は、しぶしぶ席からたち、教壇の横に立って自己紹介をした。
廊下側の一番前から順ということは、またしても早く自己紹介の時間がくることを意味していた。
自分は中学生の時、どんな自己紹介をしただろうか。
僕は自己紹介というものが苦手である。一人でも多くの人に自分を覚えてもらいたいと思って力むと、それはそれで失敗するし、かといって斜に構えた感じの自己紹介をしても感じが悪い印象を与える。
僕の自己紹介するときは、置きにいく感じの自己紹介で落ち着いてしまう。ボーリングで両サイドにピンが残ったときに両ピンを狙いにいくのではなく、片方のピンだけを狙いにいくような感じに。
あれこれ難しいことを考えていると、僕の自己紹介の番になった。
少し緊張していたのか、立ち上がろうとしたときに机に足をぶつけた。きっと、人気者だったらこの時に少しの笑いが生まれるのだろうが、僕は人気者ではなかったため鈍い音と僕の体への痛みだけが残った。
「境三日月です。第4中からきました。高校には自転車で通ってます。よく名前が変わってるって言われるのですが、僕は真夜中に生まれたらしく、その日の月の形が三日月だったからこの名前にしたと親から聞きました。3年間よろしくおねがいします」
教団の横に立ち、淡々と自己紹介をした。先生の合図で拍手が行われたが、誰が笑うでもなかった。教室の中にいる他の生徒は、拍手をしながら僕に対してなんとも言えない目で見つめてきた。
案外受けるだろうと思っていた僕の鉄板の名前ネタは滑った。お父さんの馬鹿野郎。
僕が生まれた日の夜、病院の外に出ててタバコを一本吸ってる時に見上げた空の月がくっきりとした三日月だったからってそんな名前をつけるんじゃないってば。今は、僕の心がかけまくってますってよ。
と、お父さんに対する愚痴を自分の席に戻る時に心の中でつぶやいていたが、実際のところ自分の名前は好きだった。ありそうでない名前だし、そこまで変でもない。自分の名前が自然の一部から取られているという点が特に好きだった。
「変わった名前ね」
「え?」
僕が席に座ろうとした瞬間だった。となりの日本人形みたいな女の子が僕に喋りかけてきたのである。
彼女はあまり表情に変化はないのだろうか、というくらい無表情で僕を見ていた。
「あ、ありがとう。変わった名前だけど、僕は気に入ってる」
「別に褒めてないわよ」
彼女は、そう言って他の生徒が行なっている自己紹介に耳を傾けた。僕は、そのまま話しかけようと思ったが遮られた形になった。
独特のリズムで生きている子なんだと思った。不思議な感じである。
しばらくして、隣の彼女の自己紹介の番が回ってきた。一体どんな自己紹介をするのだろうか。きっと、独特な自己紹介をするに違いないと僕は思った。
「五島みどり。趣味は本を読むこと。好きな食べ物はあんこ。嫌いな食べ物はにんにく。3年間よろしくお願いいたします」
自己紹介を終えると彼女は軽くお辞儀をして、そそくさと自分の席に戻っていた。
多少の恥ずかしさとかはあったのだろうか。そんなそぶりも見せず、表情は変わらなかったが。
「にんにくが嫌いなんて、家族はドラキュラ一家なの?」
僕なりにボケてみた。
「そうね。こないだお父さんが女の人を家につれてきた時、血まみれだったからそうなのかもしれないわね」
彼女は、教壇の方を見ながら僕に対して言った。周りに座っている生徒にも聞こえたのだろう。周りの生徒は振り返って彼女を見た。一瞬の沈黙の後、彼女は僕の方を見た。
「冗談よ。単純に、臭いから嫌いなの。真に受けないで。にんにくを食べると元気になるっていう人がいるけど、私からしたらただ臭いだけだわ。吐き気がする」
彼女は、オブラートに包んで何かを言うということを知らないのかもしれない。周りの生徒たちは少し引いているようにも見えた。しかし、僕はそんな彼女の言動が面白かった。無表情でずばずばと自分の思ったことを言う。こういう人も世の中には必要である。
その後も自己紹介は淡々と進み、淡々と終わった。
最初に先生は言っていたが、確かに誰が何を喋ったのかなんて少しも頭に入ってなかった。中学校の頃に、野球で全国大会で優勝したっていう男子が何人かいたけど、彼らは顔見知りには見えなかった。中学生のやる野球の全国大会は一体いくつあるのだと、不思議になったくらいでそれ以外は何も覚えていない。
僕らの生徒側の自己紹介が終わった後、先生の自己紹介が始まった。
何を彼が話すのだろうか。僕は気になっていた。




