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中学生の春①

 カバンの中に突っ込んだ、紙切れの存在を忘れていた。


 僕は、家に帰ってきてからお弁当箱をカバンの中から取り出した。

 取り出した時に弁当箱の入った巾着袋に引っ付くような形で紙切れは救出された。


 正確には紙切れではない。進路表である。何かの切れ端ではなく、元々はA4の一枚の綺麗な紙であったはずであった。しかし、僕の興味の無さと、自分の将来から目を逸らした気持ちから、その進路表はクシャクシャにされ、カバンの奥底へと封印されてしまったのである。


 しかし、難しい呪文のようなものを唱えて封印したのは3日前であったはずだから、随分と封印は早く解かれたことになる。僕の封印力は弱いものである。どこかの山にこもって力を蓄えないといけない。


「あら、おかえり」


 洗濯物を干し終えたお母さんが、僕に話しかけた。


「ちゃんとお弁当全部食べてくれたのね。偉い偉い」


 お母さんは、蛇口をひねって水を出して台所の桶に水を溜めた。水が溜まってところで、僕が取り出したお弁当箱を桶に着けた。


 僕はお母さんに進路表を持っていることがバレないように、ゆっくりと自分の部屋に戻ろうとした。


「あ、そういえば」


 お母さんは、突然大きな声をだした。


「な、なにかなお母さん」


 僕は変な声を出した。そして、僕は大体このパターンを知っている。お母さんがわざとらしい声を出した時は、大抵のことは見透かされている。


「こないだ、近所の青木くんのお母さんから聞いたわ。そろそろ進路表を提出する時期なんですってね。青木くんは県内でも有数な新学校を目指すらしいわよ」


「へ、へぇ〜そうなんだ」


 僕は、嘘っぽく驚いたふりをした。


「って、あなたも青木くんと同じ学年、同じ中学校なんだから進路表を出す時期でしょうか。あなたは、どこに行こうと思っているの?」


 母さんは、何気なく僕の進路を聞いてきた。


 高校の進学は、人生において初めて自分の将来を決めるような出来事であると思う。

 中学生になるまでは、ずっと親に敷かれたレールの上をずっとトロッコに乗って進んでいた。いや、正確に言えば親が敷いたレールではない。社会が敷いた義務教育という名のレールだ。


 幼稚園も、小学校も、中学校も、全て近所だ。生まれた時から、近所の友達は変わらない。喧嘩したって数日は口を聞かないこともあったけど、すぐに仲直りできた。そんな環境で育ってきた僕である。


 高校に行けば、知らない人ばかりだと思う。中には知っている友達もいるかもしれないけど、確実にいるわけもない。本当は、仲のいいコウちゃんに「ねぇ、どこの高校に行くの?」と聞いて、一緒のところに進学をしたかった。友達がどう思うかはわからないのだけれど。


 僕自身、わかっていた。

 これからの人生で、多くの選択をしていく。

 そして、その選択が正しいなんて誰も保証してくれないことも。


 だから、今後の人生のために僕は進学する高校を選ばないと行けない。これが、大人になっていくということなんだと僕は理解している。


「ねぇ、ねぇってば」


 お母さんは、僕の肩を揺さぶっている。


「ちょっと、あなた立ちながら寝てたわよ。疲れ切ったサラリーマンじゃあるまいし」


「お父さんのこと、バカにしないの」


「あら。それもそうね。きっと今頃、疲れ切って電車の中で寝てるわね」


 僕は、少しだけ笑った。そして、そのまま部屋に戻ろうとした。


「って。逃げられると思ったでしょ。進路はどうするの。早く決めなさい」


「考え中〜」


 そして僕は、逃げるようにして部屋に戻った。


 

 自分の部屋に入り、電気をつけてベットに横たわった。

 特に疲れていたわけではないけれど、なんとなく寝っ転がりたい気分であったからである。


 中学校に入ってからは特に趣味があるわけでもなく、ただただ漫画とゲームを往復する日々だった。今思うと楽しい生活だったけど、少しも将来のことを考えた行動はしていなかった。


 昔読んだ漫画で、中学生の頃に自分の師匠となるような人に出会って自分を見つめ直した主人公が僕は好きだった。その主人公は、中学生の出来事がきっかけで高校に入ってから見違えるように成長し、その後いろいろな事業で成功し、最終的には多くの人を救うCEOという職業についていた。CEOという職業がなんなのかは、正直いまでもよくわかっていない。前にネットで調べたような気もしたけど、頭には残らなかった。


 誰か現れないだろうか。

 僕の人生を変えてくれるような人が、僕の目の前に。


 ……いけない、いけない。誰かに僕の人生を委ねてはいけない。僕は我に返った。

 自分の人生は僕自身がしっかりと決めないといけない。

 昔読んだ別の漫画の主人公が、言っていた気がした。


 


 これが、中学3年生の僕である。季節は春。

 物語はその1年後の高校1年生からスタートする。

 でも、もう少し中学生の僕にお付き合いください。中学生の僕に。

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