新しい出会い
その時の俺の最初の主人はある少女だった。
そしてその日の少女は、どのような理由があったのか知らないが、俺を抱いて街を歩いていた。すると道の真ん中で薄汚い少年に声をかけられた。
「その猫を一ペニーで売ってくれませんか?」
その少年は言った。少女は少し迷ったが、結局夕飯のパンの代わりに俺を売った。
「この猫は本当によくネズミを捕るんだから、あんたなんかに一ペニーで売りたくないのに」
なんて余計なことを言いながら。
こうしてその少年、ディック・ウイッティントンが俺の新しい主人になった。
ディックの家は寒くてすきま風が吹き荒れていたが、ネズミが沢山いて好きなだけ捕ることができた。ディックの直属の上司である料理番のオバサンは怖くて自己中な奴だったけれども、そのほかの人は優しくていい人ばかりだった。特に澄んだ水色の目を持ったディックの主人の娘さんは俺たちによくしてくれた。
そんなある日、ディックの主人が新しく船を出すことになった。
その頃のしきたりとして、新しい船が出るときには何かしら自分の、商売する物を乗せて運試しをするというのがあった。だがディックは俺以外の何も持っていなかった。ディックは泣きながら俺を船に乗せた。俺の頑張りでディックにあてがわれていた屋根裏部屋のネズミは大分減っていたが、すぐに元に戻ってしまうだろう。
船は、途中嵐にあうこともなく、俺は海に投げ捨てられることもなく無事にどこかの国に着いた。
船長以下船員のほとんどが見張りを残して下船した。俺は残った見張りと遊んでいた。
見張りの腕がすっかりくたびれて、俺の爪ですっかりぼろぼろになったはたきを足に挟んでいるのにじゃれるようになった頃、船長が血相を変えて走ってきた。
「猫だ!猫はどこだ!」
船長は叫んだ。
「そんなに叫ばないだって猫はここにいますよ。いったいどうしたんです?」
船員見習いの見張りがのんびりと言った。
「ああ、なんとこの国にはネズミが沢山はびこっていて困っているんだそうだ!」
「それで?」
見張りの船員見習いは首を傾げた。
「しかもこの国には猫がいないんだと!」
船長はまくしたてたが、
「それで?」
見張りにはよく分からないようだ。
「この国のネズミを退治できたら、船に一杯の金をくれるとよ!」
「それで?」
見張りはまだ意味が分からないらしく尚も首を傾げていたが、もう船長はそんなことに構ってはいなかった。俺を抱き上げて全力疾走していたからだ。
「王様、女王様!今ネズミを退治する獣を連れてまいりました!」
息を切らせた船長はそう叫んで王宮の食堂に駆け込んだ。一面でネズミが食物を食い荒らしている。命ぜられるまでもなく、俺は船長の腕から飛び出した。
あっちで頭をを噛み千切り、こっちで尻尾をぶち切ってやったら、あっと言う間にネズミは一匹もいなくなった。
ふう、と俺がすべてのネズミを片付けて床に座ると、船長がすかさず俺を抱き上げた。そして女王様に差し出したが、彼女は俺を何だと思っているのか恐がって手を出そうとしない。船長が俺の頭を撫でて、それでも俺がおとなしくしているのを見てからようやく女王はは俺の頭を撫でた。サービスとして喉を鳴らしてやる。
そうして船長は俺を王さまに売り、ついでに積んでいた積み荷も全部売り、代わりに船が沈むほどの金を持って帰っていったのだった。
そして王様と女王さまが俺の新しい主人になった。
俺の前の主人、ディック・ウイッティントンは一体どうなったのだろうか。
それについては、再びこの国へ、今度は猫を山積みにした船でやって来た船長から聞くことができた。
俺がいなくなってからというもの、ネズミは可愛そうなディックを毎晩悩ませていたそうだ。更にディックが主人のお嬢さんのお気に入りであることに嫉妬した料理番のオバサンは、毎日ディックを何回もぶっていた。それが何ヵ月もつづくうちに遂にディックはその仕打ちに我慢ができなくなって、ある朝早くに家から逃げ出した。
走って走って走って走って、ディックは街を見下ろす丘の上に来た。ちょうどそこで道が二手に分かれていたので、ディックはどちらに行こうかと思案しながら石のうえに腰を下ろした。するとその瞬間、街の鐘が鳴った。ディックにはその鐘が、
『戻ってこい、ウイッティントン!
三度、ロンドンの長となる!』
と言っているように聞こえたそうだ。本当にロンドンの市長に、それも三回もなれるのならば、あの料理番の仕打ちにも耐えようとディックは急いで家に戻った。そして料理番が起きる前に自分の寝床に戻ったのだった。
それからしばらく後、ディックの主人の船が戻った。
俺を売った船長、そしてディックの主人は立派な人だったので、俺を売った代金、つまり船一杯の金を、ネコババしたりせずきっちり全てディックに渡したのだ。ディックはいきなり彼の主人以上の大金持ちになってしまったのだ。
ディックはその金でまずみんなに贈り物をした。お嬢さん、主人、意地悪な料理番にまで。次に主人のすすめに従って豪洒な服を仕立てた。その服を着ると、ディックは誰も今まで見たことがないほど素晴らしい若紳士になった。そしてお嬢さんは、今までは単なる哀れみしか感じていなかったディックに惚れてしまった。
ディックは口元が特に可愛らしい、水色の目のお嬢さんと結婚し、そして三度ロンドンの市長になり、一回ロンドンの裁判官になり、それから最後にはナイトの称号までもらったそうだ。
ああ、ディック・ウイッティントン、哀れなちびだった俺の元主人。
俺はディックがいつまでも幸せであるよう祈りながら、今日も玉座の上に座ったネズミを食い殺すのだった。




