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6月12日 火曜日【涙】



 6月12日。火曜日。昼休み。


「ねー、大槻さん、一緒にごはん食べない?」


 くすくす笑いながら言われても、うんありがとう、なんて言う気にはなれない。わたしはここ最近で松崎紗里奈の本性を知っている。


 どうせ机を合わせて、わたしには分からない話をしてのけ者にしようとか、そんなだろう。

 そう考えてからさすがに穿ち過ぎかもしれないと考え直す。

 松崎紗里奈のグループは最初八人くらいいてクラスでも最大人数だった。けれど、その後分裂と融合と脱退加入を繰り返して現在は三人まで目減りしていた。だからもしかして人数を増やしたいだけかもしれない。たぶんきっと、自分より下で何でも同調してくれる子分みたいな人間が欲しいのだ。クラスで孤立している悪役のわたしはうってつけに見えるかもしれない。


 どちらにせよわたしは松崎紗里奈が新堂よりも嫌いだった。親切ぶって、おためごかした猫なで声で近寄って来て影で悪口ばかり言っている人間となんて友達になりたくない。

 久保田の時も思ったけれど、彼女は頼まれてもいないことに限って恩着せがましくお節介をやいてるような気がする。


「遠慮しとく」


「いいじゃん、食べようよお」


「嫌だってば」


 そこにまた関係ない人間の声が割り込んだ。新堂だ。


「いい加減にしろよ大槻。なんでおまえはせっかく親切に声をかけてくれた人間にまでいちいち喧嘩売るんだよ」


 思わず松崎紗里奈の顔を見た。

 見事に被害者の顔をしていた。きっと心の中で舌を出しているにちがいない。


 新堂が松崎紗里奈の横に立ってわたしをまた糾弾してくる。周りはみんなちらちらこっちを見ていて、それはいつも通りといえばいつものことだったけれど。


「その性格なおらねーの?」


 敵に言うようなその声は昨日話していた人間とまったく同じもので。なのに、わたしを煙たがるような険悪な目で睨む。


 一瞬だけ昨日放課後会った新堂の照れた顔が浮かんだ。


 じわり、涙がにじむ。


 体調なのか、なんなのか、同じ言葉でも受け流せないことってある。わたしは今日もしかしたらちょうどそんな日だったのかもしれない。うっかり無防備にしていた心に敵意が直接突き刺さる。


 親しくもない人間に何を言われてもどうも思わない。最初から心を許していないから。

 けれど、帰り道に話す人間と同じ顔をしてそれを言われると、裏切られたような気持ちになる。


「おい、人が話してんのに無視す……」


 わたしの目から涙が一粒ぽろりと落ちた瞬間に、新堂の声は「す」までで止まった。


 思わずこぼれてしまった涙に、新堂はちょっと目を見開いた。意外だと言わんばかりだ。


 急いで教室を出た。おもいきり走って廊下の端まで行って涙を押し殺す。開いた窓から入ってきた風が濡れた頬に冷たく感じられた。







「ごめん」


 睨みつける視線を決まり悪げに受ける新堂ダッシュはやはり今日あったことは既に知っているようだった。


 また同じだ。

 教室で罵倒されて、放課後に同じ顔の人間に謝られる。その感覚はわたしを酷く不安定にさせた。けれど、以前のように同じ顔をしたこちらの新堂に怒りをぶつけようとは、もう思えなかった。


「あの時、凄く後悔した」


「……」


「キツすぎたかもしれないって、家でもずっと考えて……」


「わたし、無愛想で、意地悪な顔してるから……」


 だからいつもこんな目に合うんだろう。


「でもきっと実際新堂が言うように、性格だって悪いんだろうね」


 誤解されやすい容姿だけを言い訳には出来ない。わたしの物言いはきっとキツくて、嫌いな人に対して嘘だって付けない。そういうのって、性格が悪いんだきっと。だって他の人たちはみんな上手くやっている。


「でも俺はおまえがそんな奴じゃないって、知ってる」


「……え」


 それはわたしがずっと、誰かに言ってほしかった言葉だった。


 昔から人見知りで、愛想良くもできなくて、物言いもつっけんどんで、こちらは嫌いでも無い人間に嫌われることがあった。


 そんなときいつも、どうしてうまくやれなかったのだろうという後悔と共に、“わかってほしかった”という思いがわいてくる。


 それを他人に対して思うのは贅沢だし、甘えだと分かっていて、だからその感情は普段はわたしの心の中では見えない場所に押しやられている。

 けれど、たくさんの小さな出来事や傷付きを繰り返して、それは雪だるまのように少しずつ膨れ上がって、ちらちらと姿を見せるようになっていた。


 一番言って欲しかった言葉は一番嫌いなやつから発せられた。雪だるまがごそりと溶ける。


「大槻は全然嫌な奴なんかじゃない。ただちょっと、色々不器用なだけで……」


 ぎゅっと拳を握って、また涙が浮かんできた。


「あぁ……ごめん……ごめんな」


 手のひらでぽろぽろと溢れる涙を拭って首を横に振る。この涙は悔しいとか、傷付いたとかじゃないんだと、言いたくて。


「俺ほんと、女子泣かせたのとか初めてで……なんか大槻に関わるとすごい調子狂っちゃって……いつもほんと性格悪くなってしまって……」


 新堂が辛そうに言うその表情に嘘は感じられない。だからどんどん涙がでてきた。


 わたしがちょっと泣いて、新堂は黙って座っていたけれど、やがてわたしが落ち着いたのをみはからって、言いづらそうに口を開けた。


「あの……先に謝らせて欲しいんだけど……」


「え?」


「俺、謝ろうとしてたんだけど……明日。カッとなってまた酷いことを……」





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