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6月11日 月曜日【告白】



 6月11日。月曜日。放課後。


「一年の時からずっと好きだった」


 トイレに行って帰ろうとして教室に鞄を取りに入ろうとすると気まずい場面にでくわす。

 中ではクラスメイトの矢口やぐちかおると新堂が向かいあっていた。


「ごめん、今ちょっとそんな気になれない」


 新堂が真面目くさった顔で断りの台詞を吐いた。


「……うん」


「矢口がどうとかじゃなくて、俺個人の問題だから……ほんとごめん」


 扉の前でさっさとこのやり取りが終わってくれないか待っていたけれど、やたらと丁寧な断りと謝りが延々続いてなかなか入れない。これだけ丁重に断る人間なら確かにわたしの断り方にひとこと物申したくなるかもしれないが勘弁してほしい。


 もう鞄無しで帰ろうかと思っていた矢先、目の前の細く空いた扉に向かって矢口さんが鞄を持って来るのが見えたので、ちょっと戻ってさっと隠れる。


 新堂も出てから入ろうと思ってしばし待つがちっとも出てこない。


 しびれを切らして中に入ると中でぼんやり立っていた新堂がびっくりした顔でぎょろりとこちらを見た。

 もちろん言う言葉なんてないので自分の鞄をさっと回収して扉を出た。







 放課後にこの場所で三十分ほど、新堂ダッシュと話すのはもはや日課になりつつあった。


 わたしもこちらの新堂には警戒が溶けてきて普通に話すようになっていた。

 相手が敵意を持っていなくて、適度に距離を持って友好的にしているのをいつまでも拒絶して怒っているのは難しい。それに、学校生活であまり周囲と会話のないわたしにとって、新堂といえども話し相手がいるのは意外と楽しいことだった。


「大槻、今日ちょっと遅かったけど、なんかあった?」


「知ってるんじゃないの?」


「いちいち覚えてはないよ。言われれば思い出すけど」


 そう言われて、そうかもしれないと思い直す。よほど印象的な出来事だったり、あえて思い出そうとしなければ一ヶ月前の今日に何があったかなんて覚えてはいない。


「新堂が矢口さんに告られてた」


 そう言うときょとんとして考え込む。

 しばらくして「あぁ」と思い出して、わたしを軽く睨んだ。


「あん時おまえ外にいて聞いてたろ」


「え、あ、うん」


「あまり趣味がよくねえぞ」


「好きで聞いていたわけじゃないよ。帰ろうとしてたのに、なかなか話が終わらなかったから遠慮して中に入れなかったんじゃん」


「あ、……そうか、悪りぃ」


 新堂の短絡的なところはやはり相変わらずのようだけれど、こちらの新堂はそれに対しての反論をきちんと聞くし、結構すぐ折れる。

 もしかしたら親しい人間に対しては前からこうなんだろうか。だとするとまた少し印象が変わる。


「本当長かった。新堂って基本的にはすごい優しいよね」


「基本的にはってなんだ。俺は優しい人間だ」


 本人も言う通り、新堂は基本的にはちょっと過剰に思えるくらい他人に優しい。話し相手に感情移入してしまうのか、単なる断りの文句をあんなにくどくど言えるのって、かなり優しいんだろうと思う。


「……わたしには優しくないけど」


「……すまん」


 この件に関して何を言っても新堂は謝るだけなので話にならないけれど、言いたくもなる。他の人に向ける優しさをほんの少しわたしに向けてくれればこんなに険悪になることもなかったのではないかと思う。


「大槻にも何度か優しくしようとしたんだけどさ……なんかまったくうまくいかないんだよな」


「……それはどうも」


 もしかして新堂の言う優しさって、たとえば「久保田がもう気にしてなかった」と教えてくれたとか、そんなのだろうか。だとするとそれは見当違いだし、そんなひとりよがりな優しさは優しさとは思わなかった。


「そんなに優しいなら矢口さんも断らずに付き合ってあげればよかったのに」


「そんなの優しさじゃねえだろ」


「矢口さん、ふだん仲良いのに、断ったんだね」


「あのときは……わりとそれどころじゃなくてな」


 新堂が新堂らしからぬ暗い顔でつぶやく。

 そういえばそんなようなことは言っていた。教室で見ていると明るくてなんの悩みもなさそうにみえるけれど、あれはあれで色々あるのだろうか。


「どっちにしろ俺好きなやつとしか付き合わないし……」


「そうなんだ」


 世の中には「なんでもいい」という男子もいるのになかなか硬派なこころざしだ。

 もっともその点はわたしにしてもそうだけれど。だって自分が好きではない相手に好意を向けられるのって、ちょっと辛い。特に男子は鼻息が荒いから、温度差があると逆に嫌いになってしまいそうだ。


「今は?」


「へ?」


「七月の新堂は? まだそれどころじゃないの?」


「いや、今は結構落ち着いてるけど……」


 じゃあ七月以降の新堂は矢口さんと付き合ったりしているんだろうか。


「いまは彼女いるの?」


 なんの気なしに聞いたその質問に新堂が目を見開いて口ごもった。


「……いない、けど」


 けど、なんなんだ。物言いがいちいち中途半端だ。けれど、突っ込んで聞くのもまるで新堂の恋愛事情に興味津々みたいなのでそれ以上の追求はよした。


「新堂、意外とこういう話に弱いんだね」


「べつに、そういうわけじゃねーよ!」


「へぇえ、でもなんかすごい照れてる」


「大槻が急に妙なこと聞くからだろ!」


 言われてちょっと壁を感じる。

 確かによく考えたら、なんかちょっと短い期間で気安くしてしまったというか……距離感をまちがえたかもしれない。そういうの、聞くような間柄じゃなかったかも。


「ごめん、なれなれしかった……」


「あ、そういう意味じゃねえよ。俺が単に……そういう話題に慣れてないだけで……」


 そうなのか。告白されていたとき、結構落ち着いて対応していたように見えたけど。というか、新堂は女子とも普段から普通に恋愛話に近いものもしゃべっているように見える。けれど、人の内心なんて分からないし本人が言うならそうなのかもしれない。


「俺は、そんな……大槻になに聞かれても、なれなれしいとか思わないから!」


 気をつかった口調で新堂がこぼす。

 小さなことだけれど、言葉にして言ってもらえたから、わたしの中でできそうになっていた小さな壁がすっと消えた。


 だからと言って、そんなに照れられるとその話題はもうできそうにはないし、わたしのほうまで恥ずかしくなってくる。


 新堂がやたらに赤くなって照れるからとても気まずくなってしまい、わたしはいつもより少し早めにその場を後にした。


 いつも先に帰っているけれど、見ていたら新堂はすっと消えたりするんだろうか。それを見ればさすがに信じるような気もする。


 でも、なぜだかそれはあまり見たくない気がした。





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