6月7日 木曜日【苦手】
6月7日。木曜日。
教室では男子達が集まっていた。なんでもクラスメイトの山口が童貞喪失を果たしたとかで謎のお祝いムードだった。輪になって囲んでわいわいとやっている。一体何がめでたいのかもわからないし、よしんばめでたかったとしてもひとりでひっそり祝えよ。みんなに知られて彼女が可哀想だろ。
その輪の中でひたすら「いいなぁいいなぁ!」を馬鹿みたいに連呼しているのは四月の半ばにわたしに告白してきた久保田だ。
周りに「久保田はどんなんがタイプ?」と聞かれて即座に「オレ可愛ければなんでもいい!」と返している。
なんでもいい。
告白されて迷惑をこうむった側からすると聞き捨てならない。
近くにいた新堂が呆れた声を出した。
「省吾、おまえ、そういうこと言ってるから酷い目にあうんだよ……もっと色々見極めろよ」
酷い目。
それもまた聞き捨てならない。
阿呆面さげて「えへえ」と笑っている久保田を見ていたらなんだか情けなくなってきた。
もしかしたらこんな小さなことで嫌われて孤立するようなわたしは、久保田のことがなかったとしても同じようなことになっていたのかもしれない。こんなの、他の人だったら火種になんてならないちっぽけな出来事だったんだろう。そう思ったら悲しくなってきた。
そのまま廊下に出て、ため息混じりにトイレに行って戻ると扉の前に新堂がいて「おい」と声をかけられる。
「……久保田、もう気にしてないってよ」
「……は?」
だからなんだと言うのだ。まるでわたしが気にしていたみたいじゃないか。
こう言ってはなんだがわたしは久保田に対して申し訳ないと思ったことはないし、今日の会話を聞いてムカつきこそすれ安心などまったくしなかった。
「ウザいよ馬鹿」
思うさまの言葉をぶつけてもこちらの新堂には罪悪感などいちミリもわかない。
「は? お前、人がせっかく……」
「せっかくってなに。本当余計なお世話」
「マジで性格最悪だなお前」
わたしと新堂は、今日も絶好調で不仲だ。
*
帰り道にいた新堂は私服だった。
「あれ、今日私服?」
「今日土曜で休み」
言われてスマホを出して確認すると確かに七月七日は土曜日だ。ということはわざわざここに休日出勤しているわけだ。だからというわけでもないけれど、少し立ち止まって様子を見た。こっちの新堂とは、少しなら話をしてもいい。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「何?」
「ずっと気になってたんだけど、なんで省吾のことあんな振りかたしたんだ?」
久保田のことは昼間にムカつかせて頂いたわたしにとってはちょっとタイムリーな話題だ。
「あんなって?」
そもそもわたしには何故新堂がそこまで怒っていたのかがわからない。
「なんか、あの時あいつすげえショック受けてたんだよな……気持ち悪がられたとか言って……」
「え……」
そんな風に見えていたなんて思わなかったからちょっと驚いた。
「気持ち悪いなんて、思わなかったよ。ただ……久保田は……身体が大きいから……ちょっと怖くて」
「え?」
新堂が目を丸くした。
結構なテンションで前のめりで告白をしてきた久保田は他の男子より頭ひとつ抜けてでかい。身体全体ががっちりしている。向こうはそんなつもりはないんだろうけれど、ふたりきりの場所に呼び出されて身を寄せられて威圧感を感じてしまった。だから身を引いて距離を取ろうとしていたので、そんな印象になってしまっていたかもしれない。
「わたし、男子あまり……得意じゃないっていうか」
むしろ苦手だった。身体の大きい男子と声の大きい男子が特に苦手。しかし、声のでかい新堂にそれを言うのは避けた。あちらの新堂になら遠慮なく言っていただろうけれど。
「あー……なんか、色々納得した」
ちょっと呆然とした声で新堂がつぶやいた。
「なんつうか、大槻は、見た目とちょっと違うんだな」
「あぁ」
だいたいどう見られていたかわかるので頷いてしまった。
「その、気の強そうなっていうか、実際物怖じする感じじゃないし、はっきりもの言うから……そんな風に思ってるなんて全然わからなかった」
わたしは初対面の人はほとんどの場合は人見知りでうまく話せない。無愛想になってしまう。それなのに顔立ちが遊んでそうなのか、意地悪そうに見えるようで男子が苦手どころか男好きみたいな扱いをされたこともある。
それにわたしは建前とかお世辞とか言うのが苦手だし、オブラートに包まずにものを言うところがある。でも、だからといって好戦的で悪意を持って人に接しているわけではないし、だからと言って、男子が怖くないわけでもない。
「そっか……全然想像つかなかった……」
新堂が納得したように頷いた。
ほんの少しほっとしてしまった。
なんでなんだろう。あっちの新堂とはこんなふうに話せない。ちっとも噛み合わないし、お互い嫌なことばかり言いあっている。
「わたしの、小学校三年の時の担任の先生が、結構怒鳴る人で」
「え?」
今思うと向いていなかったのではないだろうか。その先生はいつも生徒が自分の思い通りに動かないことでイライラしていた。
「なんかあると、すぐに恫喝するんだ」
「なんだよそれ……どういう教師だよ」
新堂は怒っていた。この人はどうしてすぐ、そうやって話を聞いただけで感情移入して一緒になって怒るんだろう。今はわたしのために怒ってくれているけれど、普段矛先が自分に向けられていることを考えると素直に喜べない。
「その先生がすごく嫌で……学校行くの嫌だった」
自分が怒られているわけでなくても、教室にしょっちゅう男性の怒鳴り声が響いているのはストレスだった。それからわたしは、声の大きい男性も、身体の大きい男性も苦手になってしまった。
「まぁ、他の生徒も同じように怒鳴られていたから、わたしが大袈裟だったんだと思うけど」
「そんなことねえよ!」
びっくりして顔をあげる。大きな声だったけれど、今のはそんなに不快じゃなかった。
「あの……本当ごめん」
新堂の何回目かの謝罪にわたしもようやく頷いた。教室の新堂のことは大嫌いだけど、こっちの新堂はそこまで嫌いになれない。




