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6月6日 水曜日【興味】



 人を傷付けた。

 わたしは今まで面と向かって他人に「大嫌い」なんて言ったことはなかった。

 だから昨日は帰ってからもショックでずっとドキドキしていた。


 昨日見た、新堂の傷付いた顔を思い出す。

 それがもし、今教室で男子とひとつのスマホを覗き込んで笑っている新堂に向けたものだったなら、あいつはこっちこそ嫌いだとか言って、それにムカつきこそすれ、こんな苦い気持ちになることはなかっただろう。そう思ってしまうくらいには、帰り道で会う新堂は教室にいる新堂とは違っていて。だから言いたいことを言ったのにちっともすっきりしなかった。


 一方的にあんな傷付いた顔をされると、本当にわたしが悪者みたいに思えてくる。


 それにしても一体なんなんだろう。双子の兄弟だったとしても、本人がからかっているのだとしても、教室であったことを帰り道の新堂はきちんと知っていた。なんらかの形で情報の共有はされているはずだ。それなのに教室であんなに知らん顔ができるものだろうか。


 全く仲は良くないけれど、それでも新堂の性格はわかりやすくて、裏を持って行動できるほど器用にも思えない。それともそれだってわたしが人を見抜く力がないだけなんだろうか。


 もし、本当に放課後に会った新堂が一ヶ月後から来ているのだとしたら、放課後の彼だけがあったことを知っていて、今の彼が知らん顔をしているのも頷けるけれど。


 やっぱりマボロシなのかな……。


 それ、嫌だなぁ。


 教室で新堂の姿が視界に入るのにうんざりして図書室に避難した。


 図書室は静かで日当たりが良くて、思った以上に安らぐ。


「お、めい。げんき?」


 小声で呼びかけられて見ると前のクラスで一緒だった津山つやま麻子あさこだった。


「うちのクラスなんか大人しいっていうか、全体的に覇気なくて暗くてさぁ。つまんないよ」


 辟易した口調で言われて「似たようなもん」と言うと首をひねる。


「そう? たまに覗くとみんなで賑やかに笑ってて楽しそうじゃん。私もそっちがよかったよ」


 それはたぶん新堂のせいだろう。あいつはいつも周りに人を集めて笑っている。だけど、そんな風にみんなで話して笑うことができる人間ばかりじゃないのだ。その輪から弾き出された人間には疎外感しかない。そんなののペースに合わせなければならないのは疲れる。


「わたしは麻子のクラスがよかったな」


 静かなクラスで干渉されずにゆっくり過ごせるなんて理想的に思える。


「そう~? しんきくさいよ。ってかどっちにしろ同じクラスならよかったね」


 それには深く頷いた。


 たまにはお昼を一緒にとろうよなんて話していたら予鈴が鳴った。とはいえ麻子の方は新しいしんきくさいクラスの中で友達がまったくいないわけではないようなので、そう頻繁には会えないだろう。


 戻ると新堂がわたしの机の上に座っていた。

 たまたま近くにあった机で集まっていただけなんだろうけれど、わたしに気が付いて彼の笑顔がとたんに消えた。


「どいて」


「はぁ?」


 新堂はまた喧嘩でも売られたかのような顔をしてみせる。まるで、頭のおかしいやつが善良な自分に突然つっかかってきたみたいな、そんな顔。


「……そこ、わたしの席。邪魔」


 新堂は気付いてあからさまに眉をしかめてどいた。舌打ちでもしそうな顔だ。


「お前、言い方ってもんがあるだろ」


 思い切り険のある声で言われて「お互いさまじゃない?」と返す。


 やっぱこいつ嫌い。本当はこっちの新堂に大声で言ってやりたい。大嫌い。









 わたしは本当は人と言い争いなんてするのは好きではない。


 他人に酷いことを言われた日と同じくらいに、他人に酷いことを言った日は落ち込むし、心がガサガサとささくれ立つ。両方が重なればなおさら。だからなんだか昨日から立て続けに新堂相手に嫌なことを言って、ちょっと疲れていた。


 新堂ダッシュは帰り道の途中にまた、どんよりとした顔で立っていた。


 いまだ落ち込んだ顔のその新堂はきちんと昨日の“放課後”の続きの新堂だった。

 その顔を見ていたら、なんだかもう別人として処理した方がいいような気分になった。まだ完全に信じたわけではない。からくりがあるかもしれないから油断しない部分は心に残しておく。けれど、とりあえずこれは一ヶ月後の新堂。一旦そう考えることにする。残念なことにそうすると色々しっくりくるのだ。


「今日はもう、いないかと思った」


 怒ると思った新堂は悲しそうな顔をしただけだったけれど、それでもあそこまで言われて翌日までここに現れるとは思わなかったのだ。


「正直、ちょっと心折れそうだったんだけど……発破かけられた」


 誰に? 思ったけど聞かなかった。

 友達の多い新堂のことだから打ち明けている友達がいるのかもしれない。口が固い友達なんだろうか。一ヶ月後の世界で新堂の能力は広まってはいないのだろうか。もし広まっていたならこの場所にいるのはわたしだけではない気もするのでその辺は助かった。帰り道にまでクラスメイトがわやわやいたら、それこそ嫌気がさす。


「こんなとこいないで、なんかその力で色々できることありそうだけど」


「いや、この力は一ヶ月前の同じ日にしか来れないし、一日一時間くらいしか使えない。場所も限定されてる」


 かなり限定的な力だ。こう言ってはなんだがしょぼい。任意で使えなければなにかのバグのようにしか思えない。せっかくの特殊能力だけれど、それだとあまり役に立たなそうだ。わたしならいっそ使わない。こんなへんぴな場所に飛ばされたところでやることがない。


 考えていて思う。そうだ。場所が限定されている、ということは新堂はこの場所にしか来れないということだ。


「え、じゃあ、あんた休みの日もここに亡霊みたいに突っ立ってんの?」


「いや、六月が休みの日はそもそも力を使ってないから……」


「なんで?」


 なんでそんな力を使ってわざわざ親しくもない、むしろ仲の悪いわたしにいちいち会いにくるのだ。いや、正確には帰り道にいるところをわたしが通っているのだから、会いにきているのはわたしのほうになるんだろうか。部活もないし一刻も早く教室から出たいわたしはこの道を通らないと帰れない。


「もしかして、たまたま、なの? あんたがここにいるところに、わたしが通りかかってるだけ……」


 何かここで、この時間に待っているだけとかなんだろうか。何って言われるとわからないけれど。


「いや、偶然とかじゃなくて……俺は大槻に会うためにここに来ている」


「あんたこの時間どうなってるの? その……一ヶ月後の世界では」


「人に聞いたところ、いないらしい」


「そうなんだ」


 放課後に一時間消える新堂をちょっと想像してみる。どんな消えかたをしているのかは知らないが一時間くらいだと騒ぎにはならないんだろうか。色々気にはなる。


「もうちょっと、教えてよ。わたしに何の用があるの」


「まぁそのうち」


 なんだか曖昧に濁される。わざわざ来ておいて、肝心の要件を言わないとか、一体何がしたいんだ。


「そのうちって、あんたいつまでわたしの前に地縛霊みたいに現れるつもりなの」


「お、興味出てきた?」


 面白げに言われて思い切り顔をしかめてみせた。


「興味ない!」


 嫌な顔して言ったのに、新堂は嬉しそうに笑った。




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