6月5日 火曜日【大嫌い】
6月5日。火曜日。天気は曇り。
悪口の場から抜けた相澤さんは、翌日から松崎紗里奈のグループとはもう口もきいていなかった。険悪というわけでもなさそうだけれど、相澤さんは別のもっと気の合うグループに移動して、特に当たり障りなくやっているようだった。
よく観察しているとまだ結束の弱いクラス内の女子グループは細かい分裂と融合を繰り返している。そうして、少しずつ自分と似たような子を見つけてじょじょに固まりつつある。
新堂の笑い声がしたのでそちらをちらりと見る。女子に比べると括りの緩くみえる男子の集団の中で彼はいつも中心で話をしている。そこそこ顔がいいのも大きいかもしれない。なんだかんだ見栄えのする男子は同性の間でも自然と中央にきやすい。新堂のようにどこか不良っぽい顔立ちで、性格がオドオドしていなければなおさらだ。
先週末と昨日にあった不思議な出来事を思い返してみた。あれは新堂だったのか。
冷静に考えてみて、一番ありうる可能性はわたしがマボロシを見たというもの。
わたしはあいつが嫌いで、あまりに謝ってほしいばかりにそんな妄想をした。そういうことにしてみる。
しかし、他にも嫌いな奴はたくさんいるし、わたしがそこまで新堂にこだわっているとは思いたくない。
考えていると、無意識に新堂をじっと見ていたらしい。
「なんか用かよ」
新堂が昨日の放課後会った彼とは別人のような、敵を見る目でわたしの席の前まで来て高圧的に言う。
「なんもない……」
「用が無いならガン付けてんじゃねえよ」
言葉を失う。新堂はそのあとわたしの顔を見て自分の語調の強さを少し反省したのか、とりなおすように言った。
「なんでお前いつもそうなの? もっと他人と仲良くできないの?」
こっちの台詞だ。善人ぶった立場からお説教までしてくるとか本当に嫌気がさす。こいつ本当嫌い。新堂がやっていることはどんどんわたしを悪人にさせる。
「話しかけないで」
「あんだけ遠慮なく睨んでおいて、その態度かよ」
そこから目を伏せて机の木目を一心に見つめていた。口もききたくないし姿を視界に入れたくもない。そうすると大げさな溜息と共に気配は消えた。
*
帰り道の同じ場所に今日も彼はいた。
「今日ごめん。俺酷いこと言っただろ」
機嫌が悪かったわたしはその顔を嫌な気持ちでじっとりと睨みつけた。
「制服はどうしたかわからないけれど、双子の兄弟とか?」
マボロシじゃなければそうだとしか思えないくらいに目の前の新堂はやっぱり新堂に似ていて、本人にしか見えなかった。
「調べてくれれば分かるけど、俺に兄弟はいない」
「どういう仕組み?」
「だから俺は一ヶ月後から来てんの」
それが本当だったとして、一ヶ月後にそこまで態度か変わるとは思えないんだけど。
「ごめん。代わりに、ていうか、本人だけど謝まらせてくれ!」
拝むようにしてわたしを覗き込む新堂から顔を背ける。
「嫌だよ。だいたいあんたのせいで……」
「そうだよな……俺がこっち来たから、見てただけなんだよな……あの時は知らなくて」
この新堂は今日あったことを何故か知っている。公になっていない双子の兄弟がいて、本人から聞いたとかじゃなければ、あり得ない。もっとも双子の兄弟がいたとしても何故こんなことをするのかはいささか疑問だが。
「俺ね、大槻のこと、高飛車で自分勝手で他人を馬鹿にして、いつもイライラしている奴だと思い込んでいたんだ」
あぁ、そうだろうな、と思う。新堂の態度はあからさまにそういう感じだった。新堂以外にもわりとそんな風に見られることは多い気がしている。
「でも! とてもそうは見えないだろうけれど、今の、えーと、六月の時間軸の俺も、お前のことすごい嫌いっていうわけでもなくて!」
「嘘つき」
「嘘じゃない!」
「性格が悪い奴がいると盛り下がるって、言ってたよね」
「あの時は本当に頭にきてて……! でも、その後は……もうそこまで怒ってはなくて……ちょっとなんとかしてやりたいような気持ちもあって……!」
わたしは、“なんとかしてやらなければ”ならないような困ったやつなのか。どことなく上から言われた言葉にカッとなる。
「わたしは、あんたなんて大っ嫌い!」
新堂が息をのんで黙りこくる気配がした。顔を上げて見た彼は思いのほか傷付いた顔をしていた。
「ある日突然机バンって叩かれて怒鳴られて、わけわかんない説教されて、聞こえよがしに悪口言われて、そういうやつって本当嫌い」
新堂は真顔で口をつぐんでいる。てっきり怒って言い返すと思っていたから反応に戸惑う。
「怒った?」
怒ればいい。そうしてもう関わらなければいい。そう思ってことさら挑発的な声音を出した。
「また怒鳴ればいいじゃん。そうやっていつも人に言うこときかせてんでしょ? 自分は常に正しいみたいな顔でいろんなことひとに押し付けてさ」
「いや……」
「わたしはあんたみたいな奴、一ヶ月後だろうが偽物だろうが本人だろうが話したくもないし、顔も見たくないし、同じ空気を吸うのも嫌!」
えらくしょんぼりしてうつむいてしまった新堂に追加で言い放つ。
「あんたなんか、だいっっ嫌い」




