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7月の答え合わせ



 七月の放課後、わたしは新堂を何度も忘れた。


 新堂が一ヶ月前に遡っているその時間、わたしはなぜたか彼の存在を考えることこともしなかったし、彼がいなくてもみんな不思議そうにもしなかった。元からいなかったみたいに、机だってたぶんきっとひとつ減っていた。


 これは確かに怖い。わたしのほうからも、余計な動きはしないように言っておこうかと考える。





 7月5日。木曜日。

 教室でぼんやりとしていて、どうしてこんなに遅くなったのだろうかと考えていたところ扉から新堂が入って来た。それで急に彼の存在を思い出す。


 新堂はだいぶ苦い顔をしてショックを受けていた。


「どうしたどうした……」


 思い出して、知っているのにわざと聞く。


「ちょっと心折れそう……俺あんなに嫌われてるのに、話聞いてもらえるの?」


「もらえるよお」


 平然と言うとじっとりとした目で見られる。


「あんたの為でもあるんだからね。頑張って」


「あ、あぁ……」


 不思議な感覚だったけれど、七月を越えてもやっぱり新堂はわたしにとって教室の新堂だった。

 もちろん前とは全然態度もちがうけれど、ここにいる新堂はわたしの新堂ではまだなくて。最近なんとなく誰かを意識し出した感じがする新堂もやっぱり、わたしとは別のよその女の子と恋愛めいたものを始めたように見える。

 だからわたしもあえて自分のことは話さなかった。なるべくあちらから聞いてほしい。

 新堂もまた、わたしと同じようにやっぱり“六月のわたし”の方を向いているように感じられた。


 だからわたしはやっぱり、彼と会える七月の終わりをゆっくりと待っていた。





 7月9日。月曜日。

 昼休みを告げるチャイムが鳴ると新堂がわたしの席まで来た。


「弁当見して」


「え、なんで」


「昨日ちょっと聞いて……見てみたい」


 ちょっと思い返してみると一ヶ月前お弁当を落としたと愚痴った記憶がある。その時自分で作っていると言った気がするから、なんとなく興味本位で見たくなったのだろう。


 広げようとして周りが見ているのに気付いた。


 なんかわたしのお弁当、ものすごいとんでもないものが入ってると思われてる?


「恥ずかしいんだけど」


「じゃあどっか移動して、見して」


 真顔で言うのでそこまで見たいのかと、素直に移動した。

 空き教室にはすでに人がいたけれど、端だったし、カップルだったのでこちらのことなんて気にもしないだろうと。対角線上の端に座る。


「おー、すげー」


 毎日作っていると腕も上がる。最初の頃はなんとなく詰めていたおかずも、彩りとかバランスとか気にするようになっていた。誉められて悪い気はしない。

 あの日落としたお弁当はグロいと言われてしまった。落ちてぐちゃぐちゃだったのもあるけれど、茶色系の煮物が偏って入っていたのも原因のひとつだ。今日のお弁当なら結構盛大にぶちまけられる自信があった。


 わたしのお弁当箱を眺めて感心した声をあげていた新堂に言う。


「食べて」


「え?」


「食べて」


 なんかちょっと、気分良くなってきた。お弁当、せっかく上手に作れるようになったのだし、人に食べさせてみたい。こんなに美味いお弁当をわたしだけが食べているなんてもったいない。

 新堂は基本お昼はパンか学食で食べていることが多い。今も目の前にパンが置いてあった。


「いやでも……」


 ためらっているので目の前の焼きそばパンを取り上げてしまうと、ちょっと笑ってお弁当箱を引き寄せた。


「ありがとう」


 小さな声で言った新堂はなんだか反則をしたような、そんな顔をしていた。





 7月12日。木曜日。お昼休み。


 新堂が目の前で六月に自分が言ったことで頭を抱えている。新堂は細かい日付けまでは覚えていないのでわたしがスマホでつけていた日記が結構役立っている。


「自分が馬鹿過ぎてつらい……」


「明日もっと酷いこと言うから、そこらへんもふまえて……」


「あぁ……あれ、本当は謝ろうとしてたんだよ……」


 犬猿の仲であった新堂とわたしが急に打ち解けてお昼にひとつの机を囲んだりしているものだから、周りは最初、関係を訝しんだ。

 けれど時々漏れ聞こえる声や様子から、最近は新堂がわたしに恋愛相談をしているらしい、みたいな話になっている。


 新堂は傍目に見てもなんだか恋をしているように見えた。


 矢口さんがどう思うか少し懸念があったけれど、切り替えの早い女子高生。もうとっくに予備校で会った他校の男子生徒に関心を移していたのでそこは幸いだった。


 わたしの後押しで告白した相澤さんは見事恋を実らせた。

 松崎紗里奈も少しずつ話しかけられるようにはなっていた。すっかり大人しくなった彼女はもう誰かの悪口ばかりを言う感じではなかった。考え過ぎるのか、口数少なくなっている。彼女も割と極端な思考をするタイプなんだろう。

 最近はなんとなく、いびつだったクラスがそれなりの形を作ってあるべき場所に落ち着いていくように感じられる。そうなると緊張感はなくなって、見ようによっては退屈だ。だけどわたしはその退屈が嫌いじゃない。





 七月の新堂と時を過ごすうちにわたしの内面にまた変化があった。


 だんだん新堂が新堂ダッシュに近付いていくのを感じるうちに、少しずつ惹かれていくのを感じる。

 それなのに新堂があまりにあちらのわたしの話ばかりするので、ちょっとだけ切なくなってくる。


 わたしはたぶん、わたしに焼き餅を焼いているのだ。早く返して欲しいな、なんて思ってしまう。せっかく好きになった人と両想いになれたのに七月のわたしはまるで報われない片想いをしてるようだった。


 新堂はそれに気付いてか気付かずか、わたしに相談をすることは少しだけ減った。だけど、相変わらず放課後を気にしてそわそわしている。


 わたしだって、わたしなのにな。

 そうは思うけれど実際似たような感情を抱えていた身としては大人しく静観してるよりない。それに、六月のわたしと話していた新堂が自分とはいえ同時期に他の女の子と過剰に仲良くしていなかったことを喜ぶ自分もいた。


 なんとなくどことなく、距離を置いて、日々は進んでいく。





 夏が深まってきた。


 相澤さんとは夏休み中にも頻繁に会っていた。

 つっきーの愛称はいつのまにか盟に変わり、わたしは彼女を真尋と呼ぶようになって、どんどん仲良くなっている。夏休み中も暇なわたしを彼女は結構な頻度で誘ってくれて、結構な惚気話なんかを聞かせてくれていた。

 今日も朝から最寄りの駅前のファストフードでだらだらとしゃべっていた。


「七月三十日暇? みんなで集まろうと計画してんだけど、先に盟の予定合わせとこうと思って」


「あ、その日予定ある」


「マジか~」


 最初は孤立していたわたしにちょっと気を使って話しかけてくれたのかな、と思っていたけれど、彼女と親交を深めるうちにその考えは消えた。なんというか、彼女は明らかにわたしを好きになってくれている。


「真尋ってさ、わたしのどこが気に入ったの?」


 気になって聞いた質問に彼女はあっけらかんと答えた。


「え、まず顔」


「へ?」


「あたし盟みたいな顔すごい好きなんだよね。キリっとしてるけど、美人ていうより可愛い系で、気の強そうな感じとか」


「わたし、あまり好きじゃないんだけど……」


「えーいいじゃん! あたしそういう顔に生まれたかった! 見てるだけで楽しい!」


 自分の顔はどちらかと言うとコンプレックスだったし、実際得をしたこともないので、嫌だった。でも、好きと言ってくれる人がいるんだと思うと少しだけ考えが変わってくる。


「あとさ、前新堂に中指立てて舌出してたでしょ」


「あぁ……うん」


 それちょっと忘れたい過去……。見られてたのか……。


「あたし、あれ見て痺れちゃってさ! そんときからずっと仲良くしたかったんだよね!」


「……真尋ってちょっと変わってる」


「三十は駄目かぁ、あたし二十九は弘樹と約束してるんだよね……三十一からしばらく家族旅行だし……だいぶ先になっちゃうなぁ」


 真尋はどことなく諦めのつかない様子でまだブツブツと言っている。


「三十本当に駄目? 家族でどっか行くの?」


「ううん……デート」


「うえっ?! ちょっと! きーてないんだけど! 相手! 相手誰よ!」


 真尋が手に持ったシェイクをぶんぶんと振りながら詰め寄ってくる。予想はしていたけれど、それを上回る興奮だ。


「……新堂」


「え、やっぱそうなの? でも新堂って……え、そうなのー?」


「六月末から付き合ってる」


 嘘は言っていない。

 本当は誰かに言いたかった。そうしないと、なんだか嘘になってしまう気がしてきて。


「でもちょっと……最近ずっと会えてなくて」


「あ、夏休み入ってから? そしたら会いたいよね。わかった! 三十諦める!」


 いさぎよく言い放った彼女は溶けたシェイクを一口飲んで、向かい合うように顔を近付けてにっこりと笑った。


「聞かせて」


 わたしは、どううまく時間軸や詳細をごまかして話そうか、ちょっと頭を悩ませた。





 7月29日。


 夏休み中に新堂とはまったく会っていない。もっともあっちは平日はほぼ毎日会っていたんだろうけれど。


 自宅の畳の部屋で昼過ぎの蝉の音を聞いて転がる。


 最初から、全部わたしのマボロシだったりして。

 わたしは本当は新堂が好きで、だからあんな願望を……いや、さすがに恥ずかしすぎる。そんなマボロシを見るほど頭が沸いているとは思いたくない。顔をごしごしと擦って顔を洗おうと立ち上がる。


 そうして自室に移動して、短い夢を見た。

 スライドのようにいくつかの時間を移動していくような夢は、まるでタイムスリップしているかのようだった。


 携帯が震えているその気配で覚醒する。

 寝ぼけながら枕元を探るとメッセージがきていた。


 六月二十九日に教えてから、一度も見たことがなかった名前が初めて表示されている。


 がばっと起き上がってそれを確認する。


『明日、待ってる』


 短いメッセージを見た瞬間に頭の中で、放課後の新堂の顔が浮かぶ。やっと新堂が帰って来た。





 7月30日。夕方。


 わたしは久しぶりに会える、ずっと近くにいた彼を待っている。


 待ち合わせ場所はバス停だった場所。


 時間ぴったりに「おまたせ」と言って現れた彼に「遅いよ」と言って向かい合った。


 顔を見て確認する。最後に別れた時と同じくらい髪の毛が伸びてて、それは確かにわたしが知っている放課後の新堂だった。


 どこか懐かしい感じすらするその顔を見ていたらなんだかたまらなくなって抱きついた。


 新堂はちょっとびっくりしたように身体を揺らしたけれど、どんな顔をしているのかは、恥ずかしくて見れなかった。小さい声で言う。


「ずっと会いたかった」


「俺も……一時間じゃなくて、もっと一緒に居たいと思ってた」


 昼の間中ずっと鳴いていた蝉の声が夜になるにつれてその数を減らしていく。

 頭を埋めてくっついた身体は熱を持って少し汗ばんでいる。

 ようやく顔を上げて見た新堂はちょっと笑っていた。


「なんかそっけないと思ってたけど、大槻、七月、ずっと彼氏いたんだな」


 そんなふうに笑って言われて、そっけなかったかな、なんて思い返してみる。そうかもしれない。だってわたしの好きな新堂はこっちの新堂だから。でも、もうどちらも同じだ。


「一ヶ月、待たせてごめん」


 そう言って笑う彼を見てわたしもやっと、心の中に少しだけ残っていた不安を溶けさせた。


「一ヶ月……正確には二ヶ月なのかな。わりと色々あったね」


 もちろん誰かがいなくなったとか、国が大変なことになったとかじゃないけれど、日々を生きるいち女子高生のわたしとしては四月の頭から考えたら激動の変化といえる。

 同じひとを嫌いになったり、好きになったり、忙しいくらいに心は変わったし、これから先だって、きっと色んなことが変わっていく。


「あ、わたし、真尋……相澤さんに言っちゃった。新堂と付き合ってるって」


「俺は別に、夏休み明けたらクラスのやつらにも言うつもりだったけど……」


「え、そなの」


「俺は俺が誰を好きか、隠さない」


 そう言う新堂の顔を見て近い未来に想いを馳せる。

 これからまた一ヶ月経ったら夏休みが明けてクラスの人間にも会うことになる。そうしたらまた色んなことが変化していくかもしれない。今は未来に影響して、過去は今へと繋がっている。新しい一日はどんどんやってくる。


 わたしたちの時間は交わり、きっとこの先は頭上に広がる高い空のようにずっと続いていく。








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