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6月29日 金曜日【最後の日】



 6月29日。金曜日。今月最後の平日。放課後。教室。


 授業が終わるなり新堂がわたしの机に来て言う。


「日曜日に、行ってみる」


「あぁ、うん」


 どうやるかは知らないけれど、新堂には分かっているようだった。


「最初は制服で行ったほうがいいよ」


「え、なんで」


「だって私服だと他人の空似かと思うし」


 まぁ、初日はどうせ逃げられるんだけどね。その言葉は心の中だけに留めた。

 あとなんか雨降ってるけど傘は……持って行けないんだろうなぁ。まぁ、ここは服がきちんと付いてくることに感謝したほうがいいかもしれない。


 あ、これで日曜日からあいつが六月のわたしに会いにいくんだ。

 心の中でずっとどこか別人みたいな扱いだった教室の新堂と放課後の新堂が繋がってしまった。感覚的にはまだ別人だけれど、流れとしてはそうなったんだと納得する。


 わたしはちょっと急いで教室を出た。







 近くの樹で蝉が鳴きだしていた。

 新堂ダッシュがベンチにぼんやり座っている。


「こっちももう暑いな」


「うん、だいぶ日が長くなってきた気がする」


 わたしも新堂の隣に腰掛ける。

 思えば最初の頃と比べて並んで座る距離も近くなった。


「俺の用事もあらかたすんだ」


「そうなの?」


「うん、もうほとんどない」


「ねぇ、いっこだけ、一ヶ月後のこと聞いていい?」


「なに?」とは言ったものの、新堂はちょっと渋い顔だ。


「岸本って、一ヶ月後彼女とかいるかな?」


 出てきた質問がよほど意外だったのか、新堂がかたまった。


「え……キシモト?」


「あの、岸本のこと好きな子がいて……告白しようか迷ってるから、どうなのかなって思って」


 そう言うと新堂が硬直を解いて脱力した。


「あぁ……ちょっとビビった……」


 情けない声を出してからわたしを見て言う。


「相澤だろ」


「えっ、知ってるの?」


「付き合ってるよ」


「え! やったぁ!」


 案外あっさり教えてもらえて大喜びしてしまった。


「わかってるとは思うけど……」


「言わない。でも……背中押すくらいはいいよね?」


 お伺いを立てるように顔を覗き込むとなんだか笑いながら投げやりな声で「いいんじゃね?」と答えた。


「もうこっちの六月も終わるのに……俺何やってんだろ……」


 ぼやいた新堂の言葉でまたはっと思い出す。

 もう、放課後初めて新堂がこちらに来た時期に追いつこうとしている。

 なんだか怖くてはっきりとは聞けなかったけれど、わたしは新堂が来月以降もここに来る気がまったくしなかった。


 力を使うことにあれだけ慎重にしていた新堂が、用もなくなったのに得体の知れない力を使い続けるとは思えないし、そもそもその力だって急に消えたっておかしくない。

 だから新堂はいつまでも、ここには来ないだろう。


 教室に新堂はいる。

 でも、それは今話している彼とはほんの少しちがう気がしてしまう。だから色々なことが終わろうとしているような予感が怖くてたまらない。


「あのさ」と新堂が言う。


 今日彼は何度か、なにか言いたそうな素振りを見せていた。けれど、わたしはその話を聞きたくなかった。だってきっとどうせ、もうここに来なくなるって話だから。


「あのさ」


「し、新堂!」


「俺、もうここには来ない」


 なんとか引き延ばそうとしたのに、結局あっさりと言われてしまう。


「用もないのに力を無駄に使って、急に戻れなくなったり、俺そのものが消えたりしたら怖い」


「……そうだよね」


 七月になって教室の新堂が力を使っているときに、八月に入った新堂が同時に力を使うのは、またちょっと難しい問題になりそうではある。


「というか、なんとなく分かるんだけど……そろそろもう使えなくなる気がしてる」


 もう放課後にこうやって新堂と話すことはなくなるんだ。寂しい。


「それはそうとして……最後の用事なんだけど」


「え、まだなんかあったの」


「俺、大槻のこと好きだ」


 小さな風が吹いて樹々が揺れた。

 新堂の顔は夕陽に照らされて、赤い。けれども本人は特別照れたようにも見えなくて、落ち着いていた。


「いつから?」


「……いつからだろ。こっちきて話して、色んな表情を見てからからもしれないし……もっと前フットサルコートに来た大槻は真剣で、一生懸命で……それが俺の為だったって分かったときかもしれないし……もしかしたらもっと前かも……わかんね」


 顔を見つめて口を開こうとすると、新堂がわたしの前に手のひらを出した。


「返事はあっちで聞くからいい」


「いいって……あんたは戻ればすぐかもしれないけど、わたしは七月三十日まで返事できないの?」


 なんか、馬鹿みたいなんだけど。


「まぁ、普通にこっちの俺はいるから、しばらく仲良くしてやって?」


「……うん」


「七月三十日過ぎれば、もうあいつも今の俺と変わんないし」


「新堂……好き」


「あ、馬鹿」


 言ってしまった。そんなに大層な別れでもないのに、涙まで出てきた。


 新堂が困ったような顔でわたしを覗き込んで笑う。


 ゆっくりと顔を近付けられて、目を閉じる。ほんの一瞬唇を重ね合わせて、それは離れた。


「あいつには内緒な」


「うん」


 新堂がまた他人事みたいに言うからふたりで笑った。


「また会えるよね」


「うん、一ヶ月後には会えると思う」


 そうか。一ヶ月後の新堂はもう今の彼で、だけどちょっと遠く感じられる。


「じゃあ、七月三十日に、デートしたい」


「うん」


「夕方に待ち合わせて、確かそのあたりお祭りあるよね……」


「じゃあ時間決めておこう、連絡先も一応教えて……」そこまで言ってポケットを探った新堂が気の抜けた声で「あ、俺携帯持ってねえや……」とつぶやく。


「そうなの?」


「なんか持ってこれない」


「あぁ……そっか」


「いま覚えるから、教えて」


「覚えられるの?」


「俺数字系は強いから多分大丈夫」


「一ヶ月後にわたし番号変わってたりして」


 笑いながら、スマホを出して、新堂は表示された番号を何度か確認してブツブツとつぶやいた。幸いわたしの番号は結構語呂合わせしやすいものだったし、アドレスの類も単純だ。


「あ、新堂は明日だけど、わたしは一ヶ月先じゃん」


「悪りぃな。そうなる」


 その言葉を最後に、しばらく向かいあっていたけれど、やがて強い風が吹いて樹々を揺らした。


 目をつぶって樹々の鳴る音を聞いて風をやり過ごす。次に目を開けたときにもう新堂はそこにいなかった。


 わたしは最後に新堂が目の前から消えるのを、初めて見た。


 夏の夕方の虫の声が聞こえるその場所は、最初からひとりぼっちだったみたいに、風で草だけがガサガサと揺れていた。





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