6月25日 月曜日【欠席】
6月25日。休み明けの月曜日。
新堂はその日教室にいなかった。
「つっきー、つっきー、こっちこっち」
チャイムが鳴って空いた席を見てぼんやりしているわたしに相澤さんが声をかける。
お弁当箱を持ってみんなが机をくっつけている方へ向かうと途中で手首をとられた。
「今日ふたりで食べない?」
「え、ふたりで?」
「ちょっとぉ、相談したいことあるしい」
なんだかモジモジしながら言うのでなんとなく内容の想像はついた。
「いいよ、どこで食べようか」
「よっしゃ! いい場所あんだわ」
相澤さんは先に言ってあったらしく、他のメンバーに手を振って先に教室を出て行く。
続いて出るときに机に松崎紗里奈がひとりぽつんと静かに座っているのが見えた。なんだか憐れな感じがしたけれど、うちのクラスはもともとそこまで雰囲気が悪くはない。新堂のせいもあるのか、妙な明るさがある。だから彼女が変わればまた、状況はすぐ変わるんじゃないだろうか。わたしがそうだったように。
「みんなにはつっきーと親睦深めるって言って来たんだけど……ほんとはさ!」
「……岸本のこと?」
「そ、そうなんだよ! 分かる? うっきゃー!」
相澤さんはいつからなのか知らないけれど、他人に漏れ出てしまった恋心にはしゃいでいる。この分かりやすい感じだと日は浅そうに思う。
「ねえ、どう思う? いけると思う?」
「うんと、彼女とかはいるのかな」
「今いない! ってか別れたばっか!」
とっくにリサーチ済みだった。さすが。
相談と言ってもわたしは別に情報通でもないし特に答えられることもなかったけれど、相澤さんははしゃぎたいだけなのか、別に気にした様子はなかった。この間放課後残っていた時ふたりで話していたら気になるようになったと嬉しそうに言う。
「つっきー岸本と席ちかいじゃん? なんかあったら教えて」
「わかった」と言うとそれだけで彼女はまたきゃーとはしゃいだ。可愛い。なんだか微笑ましい。
「つっきーは?」
「え、」
「好きなひと、いんの?」
言われてぽんと浮かんだ顔があったけれど、色んな理由で口ごもった。
「あ、いるんだ! 今度でいいから教えて!」
ふたりで教室に戻る。なんとなく空いたままの新堂の席をまた見た。
*
放課後になって新堂ダッシュの方に尋ねた。
「今日どうしたの?」
「え? 今日って?」
「六月の方の新堂、休んでたけど」
それだけ言うと新堂は思い出して「あぁ」と頷いた。
それからほんの少し遠くを見て黙ったあと、また口を開いた。
「ばあちゃんと、色々話していた……」
「……そっか」
「ばあちゃん樹の根に足ひっかけて転んだって言ってたけど……病院で検査したら疲れが溜まってて、体力がかなり弱ってるって言われたんた。だからふらついてたのかもしれない」
さすがに病院までは一緒に行かなかったから新堂のおばあちゃんの体のことは初めて聞いた。気にはなっていた。重い病気とかではないみたいだけれど、あの暑さの中何時間も倒れていたら、衰弱して危なかったかもしれない。
「俺さ……ばあちゃんには結構わがまま言ってて、離婚の時とかも八つ当たりしたりしてたんだ……」
「そうなんだ……」
新堂でも身内には八つ当たりとかするのか。外に気を使う方だから身内には我儘な可能性はあるかもしれない。それでなくても新堂は本質的には短気というか、血の気が多いような気がするし。
ベンチで隣に座った新堂の投げ出された脚、それからその靴の先が所在なく小さく揺れるのを何となく見た。
「ばあちゃんもう歳だから……なのになんでか俺は……ずっと当たり前にいるんだと思い込んでいた……」
新堂の靴のかかとは足元の土を薄くこそいで、不思議な模様を形作っている。じょりじょり、じょり。小さな音が聞こえる。
「色々無理させてたのにやっと気付いた」
新堂が苦い顔で言う。彼のおばあちゃんの小さな背中を思い出す。
「色々話してたんだけどさ。俺、カッとなるとすぐ視野が狭くなるって、怒られた……」
話したとは言っているものの、実情はお説教をたくさんもらっていたらしい。だけど新堂はそのことを嫌がってはいない。それはそうだろう。そのお説教がもし色々まちがえば聞けなくなっていたかもしれなかったのだから。
「もっと色んなことを、色んな人の立場から見れるようになりなさいって」
つぶやくように言う新堂の顔を見る。新堂は前をまっすぐ向いて、遠くを見ながら。
「お父さんにはお父さんの、お母さんにはお母さんの立場や考えがあるから……どちらが悪かったかを決めようとするようなことはよしなさいって……しかられた」
「……うん」
「どちらかが一方的に全部悪いとかじゃなくて、どうしても噛み合わないこともあるって」
新堂はそこまで言って息を吐いて、風が吹くくらいの時間、少しぼんやりと黙った。
「……前から言われてたけど、俺、聞き流してたんだよな」
「うん……話、できてよかったね」
色々考えたけれどそれくらいしか言葉は浮かばなかった。
「あ、あと、ばあちゃん預言者かよって思ったこと」
新堂がやっとこちらを向いて笑った。
「知らない間に誰かに助けられていることだってたくさんあるんだから、あんま独善的になるなとも言われた」
「え……」
「ありがとう。大槻」
新堂はそう言ってわたしの顔を見て、困ったようにまた笑った。




