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6月21日木曜日【緊張】



 6月21日。木曜日。朝。


 玄関を出ると夏の匂いがした。


 少し蒸し暑くなって来たけれど生ぬるいような風が前髪を持ち上げて気持ちの良い日よりだった。ぐっすり眠ったら風邪はすっかり治った。久しぶりに外に出たら、なんだかもう夏がきていたような気持ち。


 教室は相変わらず楽しくもないけれど、わたしの足取りは軽い。


「あ、大槻さん、風邪もういいの?」


 下駄箱で鉢合わせた相澤さんが声をかけてくれた。


「うん。ありがとう」


「よかった。なんか最近変な気候だったもんね」


「うん、急に暑くなったり寒くなったり……」


 顔を見合わせて軽く頷き合う。


「ね、今日お昼一緒に食べない? うちのグループ結構大槻さんと話してみたいひと多くて」


「うん」


「やった! じゃあお昼ね!」


 相澤さんは予想外にすごく喜んで笑顔になった。なんだか機嫌良く「早くしないと遅刻だよ」と軽い足取りで歩きだす。


 そうしてお昼になって、わたしが相澤さん達と食べているところを新堂が目を丸くして見ていた。ちょっと失礼じゃないだろうか。後で文句を言ってやろうと思う。もちろんこちらの新堂ではないけれど。


 相澤さん達は普段は既に仲の良い同士で打ち解けた会話をしているのだろうけれど、今日はわたしがいるので気を使って、自然会話の中心にわたしを置いて、軽い質問攻めにあっていた。と言っても大した質問でもない。兄弟はいるのか、とか、前はB組だったよね、とか気を使った突っ込んでいないものばかりだった。そのひとつひとつに、いつも通り簡素に答える。


 ずっと黙って聞いていたひとりがわたしを見て思わず感想をもらした。


「大槻さんて、表情うっすいよね」


「そうだよ」


 答え方がそっけなかったのか「あ、怒った? ごめん」と謝られる。ちょっと場がしんとしたので慌てて首を横に振る。


「わたし、めちゃくちゃ人見知りで……今、結構緊張してるから!」


 そう言うとみんなぽかんとしたあとで笑った。


「マジで? 大槻さん人見知りなの? 全然見えないんだけど」


「うん、ものすごく。慣れればこう……もうちょっと表情出せるよ」


「なにそれ」


「緊張とか人見知りとかしなそうなのに」


「おっかしー」


 笑いの沸点が低い女子高生。なんだかみんなけらけら笑ってくれた。


 相澤さんが「あたし、つっきーの表情気になるわ! 出させたい!」と言って唐突に変顔をしてくるので思わずちょっと笑った。でもみんなの大きな笑い声でわたしの小さな笑いはかき消されて「しまった見逃したわ」の声と共にまた別の子が面白い動きをしたので、それでまた、みんなで笑った。


 わたしはいつもずっと、かたくなに自分を変えようとしていなかった。誤解されても、それがわたしなのだからと、ムキになって意地を張っていた。

 ほんのちょっと、ほんの少しだけ。

 相手に“分かって”と期待するのをやめて、正直に話しただけで、こんな風にこじれないですむんだ。嬉しくなって思う。


 こういうの、誰かに話したいような気持ち。







 ちょっと小走りで行った帰り道。

 新堂は今日もちゃんとそこにいた。


「風邪はもういいのか?」


「お、こっちの新堂は心配してくれるんだね」


 あっちとは口もきかなかったけど。

 でも、風邪のことを知っているということは無駄に雨に濡れたり待ちぼうけたりはしていなかったようだ。ひと息をついて目の前の新堂を眺める。一日しか空いてないのに、ちょっと懐かしいような感じがする。


 あまりにジロジロ見ていたせいか新堂が少し怪訝な顔をした。


「え、あ、今日も私服なんだね」


 誤魔化す為に言った言葉に新堂は「もう夏休みだからな」と答える。


「あそっか」


 こいつは夏休みまでこんなところに出張してきているのか。ご苦労なことだ。


「あ、なんかさ、今日お昼相澤さん達と食べてるのすごい見てたでしょ」


 小包の一件以来よく、不審げに見られてはいたけれど、あの目はそれとはまた別の感じのものだったように思う。


「あ、あれすげーびっくりした」


「何が?」


「俺大槻って、クラス替え以来ムスっとした顔しかほとんど見たことなかったから、あんなふうに笑うんだと思って……」


「……たぶんそっちが普通」


 一学期の初めから新堂とはずっと険悪だったし、人とあまり関わらないわたしが新堂以外の他人への態度で見せたものは松崎紗里奈に対するものぐらい。それと久保田への対応を合わせて聞けば、わたしが普段から仏頂面で過ごしてるように思えたかもしれない。

 ほとんど話したことのなかった相澤さんたちのグループとは、もちろんまだ打ち解けるまではいっていないけれど、わたしにとって彼女達とお昼を取ることは嫌なことではなかった。だから緊張しつつも楽しんでいたし、気を使って聞いてくれる質問などにもなるべく話を広げようと答えていた。


 ちょっと不服に思って口を尖らす。


「一年のときとか、ずっとあんな感じで友達と過ごしてたよ」


「そっか……じゃあ俺が見てたのって……」


「そりゃ、話す人もろくにいないクラスでの顔は、ふだんとはちがうよ」


 そう言うと新堂は苦い顔をした。


「うわー……大槻、すごいストレス感じてたんだな……悪いことしてたな」


 また何か感情移入して可哀想になっているこの人が一番ストレスを与えていた張本人だということが笑える。


「言っとくけどあれまだ緊張してるから、もっと仲良くなればわたしだってもう少し元気だし……笑ったりもするし」


 わたしのおさまりきらない文句に対して新堂がなんだか苦笑いして「うん……俺はもう知ってる」と答えた。






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