6月15日 金曜日【小包・前編】
6月15日 金曜日。雨。
あの一件から新堂はわたしに絡んでこなかったので日々は平穏だった。
というか最近の新堂は妙に大人しくて、わたしに限らず他の人間とも普段ほど話そうとしていない。どこかぼんやりしているようにも見えた。
わたしは普段は読まないような本を借りてしまった。タイムトラベルもののそれは、特に何かの役には立たなそうだったけれど、普通に面白くて、あっという間に読んでしまった。
図書室に本を返して歩いていると予鈴が鳴ったので歩調を早める。
ぱしゃぱしゃと窓に水滴が当たる。
ぼうっとしていると教室に戻ろうと勢いよく走って来た相澤さんと正面衝突しそうになった。
「わ、」とどちらともなく声をあげて、半歩ずつ身体を捻って事なきを経た。
相澤さんは「ごめん!」と謝ったあと「大槻さんナイス避け!」と言ってピースして笑うので、わたしもちょっと笑ってしまった。
授業中、窓の外を見る。雨はあがらない。
新堂はいつも傘を持っていない。よく雨に濡れている。
近くの元バス停のベンチの上には小さな屋根が付いているから座っていれば濡れないけれど、そこだと通路からはやや奥まっているので見逃されてしまうと思うのか、彼はいつも見えやすい歩道に立っている。
ちゃんとバス停の屋根の下にいるだろうか。あの人、止せばいいのにウロウロしながら待っていることが多いんだよな。いつもどこか心配そうな顔をしながら。
思い出したら少し笑えてきた。
*
その日放課後に会った新堂はやっぱりバス停からはみでていて、濡れていた。
「そんな道に出てなくても、わかるよ」
鞄からタオルを出そうとして、様子がいつもとちがうのに気付く。
顔を上げて見た新堂はいつになく真面目な顔をしていた。
「頼みがある」
唐突な物言いだったけれど、あまりに真剣な顔をしているので、わたしも黙って、ふたりでバス停の屋根の下で向かいあった。
新堂は前髪が濡れているのも構わず、真剣な顔で言う。
「今日うちに小包が届くんだ」
小包。なかなか聞かない言い回しだけれど、宅配便か何かだろうか。
「その小包は、俺のところに届く前に、母親によって、押入れの奥に隠されてしまう」
「え、そなの」
「それを伝えてほしいんだ」
「誰に?」
「俺に」
「……自分で言えば?」
「俺はここにしか来れない。それとも、連れてきてくれるか?」
新堂はたぶんそれをわたしが嫌がることを分かって言っている。ひとつおかしな伝言をするのと、声をかけておかしなことを言って放課後一緒にここまで連れだすのだったなら、まだ伝言する方がマシだ。それも本当は嫌だけれど。
「それに、本当のこと言うと、俺は俺とは会いたくない」
「なんで?」
「こういう能力が芽生えてから、色々調べたりしたんだけど、怖くなってな。なにかちょっとしたきっかけで自分が消えてしまったり、歴史が大きく変わってしまったり、元いた場所に戻れなくなったりするかと思うと、最小限のことしかしたくない」
最小限というのがどの辺までを指すのかは知らないけれど新堂にとってここでわたしと話をすることは特に問題が無いらしい。
「教室にいる、あの感じ悪い新堂に話しかけるの? わたしから? それで、わけわかんないこと言うの? 馬鹿にされるだけだよ……」
「でも、俺は大槻にそれを伝えてもらえて、すごく救われたんだ」
「そうなの?」
ぽろりとでてきた言葉に驚く。どうやらこの出来事は、七月の新堂がすでにたどってきたことらしい。
「わたし……嫌だよ」
それでも、やっぱり嫌だった。こちらの新堂はそこそこいいやつだけれど、教室の新堂は相変わらずわたしを見て眉をしかめてくる嫌なやつでしかない。最近はどことなく元気がないから絡まれないだけで、べつに仲良くなったわけではないのだ。
「俺んち四月に離婚したんだ」
唐突に口にだした新堂の声が少し掠れていた。
「え……でも新堂名字は変わってないよね」
「あぁ、母親の旧姓は時任だから、そっちにするかって話にもなったんだけど……いま名字は離婚してもそのままに出来るみたいで、学校とか会社とか、色々考えてそのままだよ」
なるほど。それなら周りも全然知らなかったのが頷ける。ぱっと見た限りでは新堂の家が離婚していたことを知っている人はクラスにいないようにみえた。
「で、五月に親父が出て行ったんだ」
新堂はゆっくりしゃべる。
雨上がりでどこか静かに感じられる夕方に彼の声が小さく響いた。
「俺んち、それまでも仲は良くなかったけれど……俺は…… なんだかんだ俺がいるから、離婚まではしないだろうと思っていたんだよ」
新堂はそこまで言って息を飲み込む。
足元の小石をじっと見て、つま先で小さくぐりぐりといじっている。
「だから……なんだか捨てられたような気分になった」
遠くの空に鳥が飛んでいくのをぼんやりと見つめる。
新堂の気持ちを想像して捉えようとしてみたけれど、あまり上手くできなかったし、それに対して言うべき言葉だって見つからない。だからわたしは「うん」と頷くことしかできなかった。
「母親はあまり会わせたくないみたいで、俺が父親の名前を口にするだけで嫌がる。だからなのか、もういらないのか、親父も俺にあまり連絡はしなくて、忘れられてるみたいな気持ちになることがあって、へこんでた」
ふと思い出す。新堂が矢口さんに言った「それどころじゃない」はそのことだったのかもしれない。
「小包って?」
それとさっきの話は関係あるのだろうか。
新堂はつま先あたりの石をじっと見たまま言った。
「誕生日プレゼント……」
新堂がそれだけ言って黙ってしまったので、わたしも黙って彼の足元の靴を見るより他なくなってしまった。




