6月14日 木曜日【悪口】
6月14日。木曜日。休み時間。
「あいつさ、たまになにひとりで熱くなってんだってときあるよね」
松崎紗里奈が新堂の悪口を言っていた。
もともとは矢口さんが新堂に振られた話から派生したもので、もしかしたら慰めているつもりなのかもしれない。けれど、当の矢口さんは何とも言えない顔をしている。だから遠くから俯瞰で見ているとその慰めは失敗しているように見える。
けれど松崎紗里奈は悪口そのものに夢中になっていて、そのことに気付いていない。
「この間もさ、なんかひとりで怒ってたじゃん。あーいうの、よく疲れないよね」
聞いていると不思議な気持ちになる。
わたしはもちろん新堂が嫌いで、そんなやつがどう言われようが、正直どうでもいい。
けれどなんとなくムカムカするのは、わたしの知っているもうひとりの新堂のせいだろう。あちらの新堂の悪口は、ちょっと気分悪い。
ちょっとしたことを引きずって落ち込んでしまうのはわたしの毎日に変化が乏しいからだろう。結局放課後までわたしはモヤモヤとしていて、松崎紗里奈の悪口に対してしなくてもいい反論を頭の中で考えては教室にいる新堂を見て打ち消すという馬鹿みたいな思考を頭の中で繰り広げていた。
あぁ、もう。イライラする。
授業が終わる。ぱっと席を立って、一番に教室を出た。
*
放課後、しかめ面のわたしを見て新堂が心配するような顔で覗き込んでくる。
「大槻、またなんか落ち込んでる?」
それに対しての原因をわたしは言わなかった。松崎紗里奈の悪口なんて、いつもの事ではあるし、あんなのよく考えもせずに口からダダ漏れになっているどうでもいい言葉ばかりだし、きっとクラス全員ぶんくらいは言ってるような珍しくもないものだ。わざわざ本人に伝えることでもない。
ただまぁぼやかして愚痴りたくもなる。同じクラスの人間がひまさえあれば悪口話してるのって精神衛生上良くない気がする。
「わたし悪口苦手。影で言うなら本人に言う……」
もちろん全部そんなふうに処理できるわけではない。
わたしだって、まったく悪口を言ったことがないわけではないし、言わなくてもいいことを直接ぶつけることになるので嫌われる。
でも、あんなふうに習慣みたいに言ってるのを見ると辟易する。松崎紗里奈はわたしがお弁当美味しいなとか、お風呂あったかいとか、天気が良くて気持ちいいとか思っているときにも、いつもそんなことばっかり考えて生きてるんだろうか。
「おまえはそうだろうな」
新堂がそうこぼすので少し意外に思う。
「あれ、新堂も嫌いそうじゃん」
「うん、でも俺は結構相談とか受けるから」
「相談?」
「あった嫌なことを溜め込んで、誰かに吐き出してしまわないとパンクしてしまう人間もいるから」
愚痴と発散と悪口、境界線は曖昧だ。ただ、なんとなくのボーダーラインをみんな個人の中で持っているだけで、それは人それぞれちがう。時と場所と程度の問題なのかもしれない。
でも、悪口はきっと麻薬だ。言ってる時は気持ち良いし、まるで悪口相手より上になったような気分になるけれど、後遺症や副作用や依存性が高い。
「松崎とかさ……」
悪口で連想するのはやはり松崎紗里奈のことらしい。するりとその名がでてきた。
「あいつ一年のとき一部の女子に、ちょっと虐められてたんだよ」
「え、そうなの?」
「そんな酷いもんでもなかったけど、その頃あいつは嫌なことを言われても、なんも言わないやつだったから……結構溜め込んでいるように見えた」
反動なんだろうか。今の彼女は口を開けば悪口ばかり言っているように見える。
「で、いっとき不登校してたんだけど……急に出てきて、その時なんか吹っ切れたみたいになってて」
「はぁ」
「虐めていた奴の悪口を言ったんだよ。そうしたら、もともと結構同情が集まっていたのか、形成が逆転したんだ。それからあいつはああなった」
「……そうなんだ」
「最近の松崎は……言われるなら先に言おうとしてるのかもしれない。自分の味方がたくさんほしいんだと思う。同意を得て、自分の味方を固めたいっていうか……」
松崎紗里奈にとって悪口は武器なのかもしれない。みんな、できることなら言われたくないから松崎紗里奈には嫌な態度をとりにくい。
でも、はっきり不快だ。
実際周りもたぶんそう思っている。彼女の悪口は度を超えているし、周りから人はどんどん減っていっている。このままだと孤立するだろう。最近は見ていて時限爆弾のように、それを感じる。
だからと言ってわたしが彼女に何かしてやれることなんてないし、したくもない。そうなったときに彼女が考えるべき問題だ。
「新堂って、一度仲良くなった人間の気持ちはちゃんと考えられるんだね……」
新堂は誰かが可哀想だと感じるとすぐ肩入れして心配をする。一度内側に入れたその対象についてはそのあとなにかあっても裏切るように悪者にはしないようだ。
「え、あぁ……仲良いってほどでも無いけど……一年のとき同じクラスで、結構見てらんないときあったから」
「ふうん」
なにか助けてあげたのだろうか。だとすると彼女は恩知らずだなと思う。
「でも新堂は、よく知らない状態で敵認定すると……そっちの気持ちはいっさい考えない……」
思わず口に出した言葉に新堂が息をのんだ。
「大槻に関しては……単なる敵認定とかってわけでもなくて……」
「じゃあなんなの?」
「俺、大槻に対してはとくに、無理に嫌なやつだと思い込もうとしてたとこもあって」
「なんで」
「ムキになってた。全然心開いてもらえなくて、反発されている気がして……」
「あぁ」
「うん……なんというか……色々……」
結局新堂の言葉はやっぱりいつもと同じ「ごめん」で締めくくられた。




