ゾンビクルス
ゾンビクルス
そこは、地獄だった。
見慣れた村は業火に焼かれ、月の光も焦がすほどの熱がわたしの頬を撫でてくる。炎の赤い舌がチロチロと柱を舐め、たちまち色を黒く変えていく。揺らめく紅蓮と漆黒に染められた視界の中にわたしと同じ年の男の子、アルマが倒れていた。
「アルマ!しっかりして!アルマ!」
アルマの肩を揺さぶるけど、全然起きてくれない。このときわたしはアルマを起こすのに必死で後ろから近づいてくる人に気付かなかった。
グサッ
首の横に何かが深く刺さってきた。驚きと恐怖が痛みを吹き飛ばして頭が真っ白になった。恐る恐る振り返るとひどい火傷をした手が鈍い光を放つ長い針を持っていて、それがわたしの首に繋がっていた。
わたし、刺されたの?
い、いや、死にたくない!消えたくない!まだ…生きたいよ…
わたしの意識はそこで途切れた。
最初に感じたのは鼻を刺す焦げ臭いにおいと口に広がる鉄の味だった。
「うっぷ、おぇ、ゲホッゲホ」
体を起こすと、口の中身を地面にぶちまける。赤黒いものが混じったものがわたしの口から糸を引いていた。
「はぁ、はぁ…あ、あれ…おかしいな?」
うつむいているわたしを支えている腕。ちゃんとにぎって砂を掴むこともできる。それなのに…
「なんで…なんで何も感じないのよ」
砂のざらざらとした感触も、指からこぼれ落ちていく砂の流れも感じることができない…
「グスッ、ッヒック、あああぁぁぁ」
目の前がぼやけてまぶたが開けられなくなる。悲しくて、涙を流しているはずなのに、頬を伝う涙の冷たさすら感じることができない。
「わだじ、死んじゃっだの…人じゃ、なぐなっぢゃっだの…ぞんな、ぞんなこどっで」
いやだ!いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、どうなっちゃったの、これからどうなるの、なんで、どうするの、お母さん、お父さん、誰か、助けて、いやなの、おねがい、助けてよ…
「だいじょうぶ」
そんな声が聞こえた。
後ろから腕が伸びてきてわたしの身体をギュッと抱きしめてきた。
突然なことに肩がビクッてなるけど、何も感じないはずの背中から優しさが伝わってくる。
「大丈夫だよモルテ。僕がいる。僕がいるから。」
目をゴシゴシして涙を拭くと、ちょっとずつ声のするほうを向いてみる、そこには
「ア、アルマ」
あのとき倒れていたエインの顔があった。
アルマ、だいじょうぶだったんだ。わたし、一人じゃないんだ。アルマがそばに…いてくれるんだ。
「うゎあああぁぁぁん」
さっき拭いたはずの涙が目の前をまたぼやかしていく。わたしを抱きしめてくれている手をにぎると、より涙が出てくるような気がした。
「あれ、わたしいつにょみゃに寝たんだっけ?」
まだ、まどろんでいる目をこすると目の前にアルマの顔があった。
「きゃ?!……ホッ」
良かった、アルマ、一緒にいてくれたんだ。嬉しい…な(照)だけど、ちょっと近すぎるよ。もっと近づいてたら、チューしちゃいそうに…って何考えてるのわたし!はじめてなんだからそこはもっとロマンチックなところで…
「カ~ッ(顔の赤くなる音)」
いやいやいやそうゆーことでもなくて!ハアハア、少し落ち着きましょう。アルマの吐息が自分の髪をたなびかせながら私の方にそよいでくる。あ~これがアルマのにおい…だからそうじゃなくて。
まくらに顔をうずめるとしばらく頭のふわふわが収まるまで悶絶する。
ふー、チラッと片目だけアルマの方を見つめる。ブロンドの髪の隙間から長いまつげをつけたまぶたが覗いている。シュッとした鼻からは吐息がもれ、整った輪郭は月の光できれいに照らされていた。
「カ~~~ッ(本日二度目)」
そうじゃなくて、いやそうじゃなくて!アルマに背中を向けると、足をばたつかせる。だめ、直視できない。これからアルマに何があったのか聞かないといけないのに。あれ?毛布かけてたんだ。アルマってやっぱり優しいのね。ん?ちょっと待って、この毛布って!寝返りを打ってアルマの方を向く。わたしの使っている毛布はわたしだけではなく、アルマも一緒に使っていた!これって、同じ布団で寝ちゃった…寝ちゃった…寝ちゃった…
わたしの目の前が真っ白になって、そこからはよく覚えてなかった。
すずめさんがチュンチュンと朝のおはようを届けてる。
「う~ん」
わたしは毛布をたぐり寄せると、そのまま丸くなる。まだ眠いよ~。太陽さん、もうちょっと眠らせて~
「モルテ〜もう朝だよ。起きないとせっかくモルテのために作った朝ごはんが冷めてしまうよ」
「ヒャウ!?」
アルマがモーニングコール!?
バッと毛布を払いのけると、周囲の状況を確認する。えっと、ここは石造りの家だから村に一つしかない風車の中。窓から差し込んでくるお日様が朝であることを教えてくれている。となりの部屋からはパンを焼く香ばしい匂いが食欲を沸き立たせてくる。
そして、ドアの前にはフライパンとフライ返しを持ち、エプロン姿のアルマがきょとんとした目でわたしを見ていた。
「お、おはよう、あ〜その〜」
アルマが頬を赤らめて斜め上に目をそらした。
「ごめん、村ごと燃えちゃったから…変えの着替えが無かったから…」
わたしはゆっくりと視線を落とし、自らの姿を確認する。
そこには下着のみを身に纏ったわたしの身体がアルマの目の前で堂々と見せびらかされていた。
「(カッ〜〜〜)キャ〜〜〜〜〜〜〜」
わたしはアルマにその辺にあるものを投げつけ、部屋から追い出すとドアの鍵を閉め、扉にもたれると、そのまま床にへたり込んだ。
(うぅ〜〜〜見られた。アルマに下着姿見られた〜!終わった!世界の終わりよこんなの!ぁあ〜恥ずかしい!)
わたしは膝を抱えると、脚の間に顔を埋めた。背中の扉今日は開けるもんかと心に誓った。
が、お腹から響く「ぐ〜」という音にわたしの決意は即刻打ち砕かれたのだった。
わたしはアルマの用意してくれた目玉焼き(フライパンに守られ奇跡的に無事だった)を眉をつり上げながらお腹の中に収めていく。
「どう?モルテの口に合ったかな?」
正直、触覚と同じように味覚の方も失っているらしく、何も感じないのだか、今アルマに素直に感想を言う気は無い。
「まあまあね!」
わたしが答えると、アルマは残念そうに眉を八の字にした。
「まあまあかぁ。ねえモルテ、何か食べたいものとか無い?僕が作ってあげられるなら食べて欲しいな」
そう言われてわたしは頭の中に料理のリクエストを思い浮かべる。お母さんが作ってくれたクランベリーのはちみつ漬けがたっぷりかかったパンがお母さんの優しい笑顔と共に思い起こされる。やっぱりこういう気分のときは甘いものに限る。
でも、みんないなくなっちゃった…お母さんも、隣のおばさんや一緒に遊んでくれたお友達…もう二度と…会えないんだ。
わたしの目はジワジワと潤み、ポタポタと雫を落とす。
「ごめん、辛いことを思い出させちゃったね。大丈bうわっ!?」
わたしは椅子から立ち上がり、アルマに身を寄せ抱き付いた。
「お願い!!一緒にいて!!いなくならないで!!もう誰かが消えちゃうのは嫌なの!!アルマ…そばにいて…」
アルマはわたしの頭に手を乗せると、そのままよしよしと撫でてくれた。
「大丈夫だよ。僕がいる。僕がいるから。僕が、ずっとそばにいるから」
わたしは喉が枯れるほど泣くと、泣き疲れてアルマの胸の中で眠ってしまった。
「う〜?」
えっと、わたしは〜っと?泣き疲れて寝ちゃったんだっけ?
う〜涙が乾いて目が開けづらい…はっ!
わたしは布団をめくると、自分の服装を確認する。良かった、ちゃんとした格好だ。また朝のようなことにはならないようなのでほっとする。朝食の途中で寝てしまったので、何かくれと言わんばかりにお腹がぐーぐーと主張してくる。
寝室からキッチンへ向かうと、アルマが机に伏せて寝ていた。その隣にはわたしの食べ残した朝食があり、わたしの食欲が掻き立てられる。
すぐイスに座り、フォークを取ろうとしたとき、アルマの口が開いた。
「お父さん…お母さん…」
わたしはビクッとなってアルマの顔を見た。その顔にはわたしと同じ悲しみに染まった涙が一筋の線をつくっていた。
あぁ、アルマも辛かったんだ。悲しかったんだ。アルマだってお母さんや友達を亡くしたんだ。不安で、怖くて、たまらないはずなのに。それなのにわたしは…アルマに頼ってばかりだった。情けない、不甲斐ない、そんな思いがわたしの胸に渦巻いていた。
わたしとアルマしかいないんだ。二人で支え合いながら未来を進んでいく。それが一番いいとわたしがおもうのだから。
「うーん…」
机に突っ伏していたアルマが目をゴシゴシしながら目を覚ました。
「おはよう、アルマ。夕食もうちょっとでできるから待っててね」
「あれ?モルテ、料理できたの?」
「大丈夫よ、お母さんが作っていたところいっぱいみてたから。任せときなさい」
「モルテの料理か〜、楽しみだな」
しかしわたしは忘れていた。味覚が失われていたために味見ができないということに…
その日以降、アルマはわたしにフライパンを握らせることはなかった。
あとがき
どーも作者です。なかなか書く時間が無く、完成させるのに苦労しました。
できれば恋愛ものっぽく書こうとおもったのですが、如何せん経験値が足りませんでした。(畜生)
本作品のタイトルは、「ゾンビ」+「ホムンクルス」でゾンビクルスとなっております。
キャラクターの名前は、イタリア語で死を意味するモルテ、武器を意味するアルマから来ています。
本作品を読んでいただきありがとうございます。また作品を書くので、今後ともよろしくお願いします。
次回投稿はかなり先になります