ドリア―クルス
文体を大きくかえました。別人が書いたわけではないので安心してください
ドリアークルス
ここは森の奥。太陽の光も届かぬほどの暗がりに、ひょろりと細い木の苗が一株佇んでいました。日が射さないため満足に枝も伸びず、他の木々に比べて葉も色白でなんともしなびた姿をしていました。
(ああ、どれだけ葉で光を受けようとしても全然届かない…死んじゃうのかな、私)
そんなことを思っても日を遮る存在は消失するはずもありません。命の灯だけが刻々と消えていくなか強者が弱者を糧に生を繋ぐ自然の摂理を一株の苗は悟っていました。
そんな時、そのそばを一人の男が通り掛かりました。男は周囲を見渡すと、弱っていた苗に目が留まりました。
「おや、これは珍しい。ぜひ持ち帰ろう。」
男はそう言うと、周囲の土ごと苗を魔法で宙に浮かせると、自らのほうに引き寄せました。
(え、なに?このフワフワした感じ!一体何が起こっているの?)
苗が困惑しているのもつゆ知らず、男は軽やかに森の中を進んでいきます。足場も悪く、傾斜が急な場所も踏破していく姿はまるで地を這う蛇のように滑らかでした。
(これは…風?どうしt…っえ)
突然、生まれてから感じたことのないような強い光が苗を襲います。と同時に体中の葉緑素が今までの働きを取り返すかのように活動を始めました。
(なにこれ?体の中から力があふれ出てくる。えっ、すごい、すごいよ!)
男は遂に深い森を抜け、日を遮る物のない平原に出ました。そして男は走るのをやめると、木陰に入り休むことにしました。ちゃんと苗を気づかってか、日向に苗は置いておきました。
「まさか、こんなところにシモモの苗があるとは思わなかったな。大きな収穫だ。早速研究所の庭に植え変えるとしよう。」
そう、男の持って来た苗は、シモモと呼ばれる植物の苗でした、桃に似た植物で、その一部を少量でも摂取した瞬間死んでしまうという恐ろしい植物でした。と言っても実をつけるのは十五年に一度といわれているので被害者の事例も少なく、分布もごく限られた地域にしかありません。
もちろんその強力な毒性から暗殺などに用いられることもありますが、主にモンスター討伐で使われています。シモモの毒はたとえ大型のモンスターであろうと、毒に強い耐性を持っているモンスターでもわずか数グラムで倒してしまいます。
さらにこれだけ強力な毒であるにもかかわらず、モンスターの肉体や内臓には一切損傷を与えないという嬉しい効果も持ち合わせています。
しかし、先ほど言った通り貴重なので、かなりの高額で取り引きされています。
「これで冒険者ギルドに依頼していた素材集めも経費削減できるうえに、傷の無い上質の材料を確保することが出来る。本当に巡り合えたことに感謝だな」
男は満足そうに頬を緩めると木陰から抜け、また苗を浮かべるとその場を後にしました。
それから数年が経ち、シモモの苗は健やかに成長を遂げました。もう苗ではなく立派な樹木として研究所の片隅に根を張っています。そしてその枝には多くのみずみずしく、よく熟れた果実が実っていました。
(ああ、わたしもようやく子孫を残せるようになったのね。これもわたしを暗闇から救ってくださったあの人のおかげね)
親として、生物としての喜びを一心で感じているなか、いつもと同じ歩調であの時苗を助けた男が近づいてきました。
(おはようございます…あ、あなた(照))
「やあ、そろそろ収穫できそうだな」
植物には当然、視力や聴力といったものはありませんので、意思疎通はできません。しかし、根から振動を感じることはできますし、枝を伸ばす関係上明るい、暗い程度の光の加減は知ることができます。
男は果実を一つ掴むと、そのまま手を捻り枝からもぎ取って、背負った籠に優しく収めていきます。
(ああ、枝が軽くなっていく…これが巣立ちということなのかしら)
シモモからすれば特に痛みなどもありませんし、果実分の重みが枝から消えていく感覚しか伝わってこないので、ただ単に枝から実が落ちているだけという風に感じます。
男は果実を全て収穫すると、研究所に足早に戻り調理場に向かいました。
さて、桃類の果実は傷むのが早いため、今回はジャムに加工して保存します。
まず、包丁で切り込みを縦に一周入れ、左右を捩じることで種を傷つけずに半分に割っていきます。
スプーンで種を取り出し、そのまま皮ごと大きな鍋に投入していきます。普通のジャムなら皮は湯剥きしてから入れますが、皮にも毒を含んでいるので剥かずに作っていきます。
全ての果実を鍋に入れると、水は加えずに大量の砂糖を鍋に入れて強火で加熱します。
シモモから出てきた果汁が沸騰してきたら鍋の底が焦げないよう弱火にし、木べらでかき混ぜながらゆっくりと水分を飛ばしていきます。
同時進行で保存用の厚いガラス製の小瓶と同じくガラス製の栓を各30個ほど煮沸し、消毒していきます。
ジャムが少し茶色に色付き、とろりとしてきたら完成です。その後水気を切った小瓶に入れ、栓をした後ろうそくの蝋でしっかりと密閉していきます。これで当分腐ってしまうことはありません。さすがに30個全ての小瓶を使うことはありませんでしたが、合計で23個分のジャムができました。
「一瓶1000コインか…そう考えると恐ろしいな」
ここでは一コインでパンが一つ買えるので円に換算すると約百円になります。
「さて、それでは次の実験にも取り掛かろうかね」
そう言うと男は錬金術と書かれた本を取り出し、研究所の外へ向かって行きました。
研究所の台の上に一人の女性が一糸まとわぬ姿で横たわっていました
(あれ?私は…えっと…)
朦朧とする意識の中、彼女は目を開きました。
(変な…光…かしら?おいしくないわね)
部屋の天井にかけてある魔石ランプの弱い光がうっすらとほこりのかぶった辺りのものをぼんやりと照らしています。そんな時、ランプの傘からひとつのほこりが落ちて彼女の目に着地しました。
(痛い‼)
彼女は目を掻こうとして腕を動かした瞬間、それ以上のビリビリとしびれるような痛みが腕を走りました。
「きゃ!?」
彼女は声をあげますが体を動かしたところから先ほどと同じような痛みが続けざまに襲ってきます。たまらず、すぐに動きを止めると、涙目になりながら視線を自分の体へ向けました。
「え?どういう事なの、私、人間になっているの!だ、だって私は、ただのシモモの木だったはずじゃない‼」
そう、彼女は、研究所の片隅に生えていたシモモの木なのです。彼女は男の研究により、植物から人間へと変貌を遂げてしまったのでした。先ほどの痛みは、生まれてはじめて動かした筋肉が悲鳴を上げたために生まれた痛みだったのです。
「わ、私が、あの人と同じ人間になったのね。こ、これで、あの人を、よりわかってあげられる。より感じ取ることができるのね。う、嬉しい…」
彼女の目から先ほどとは違う涙が目くじらから流れていきます。嗚咽するたびにまた体が痛みますが、それも人間になったことの証明のような気がして今は喜びに拍車をかけてくれます。
「グスン、こうしてはいられないわ。早く、一刻も早くあの人に会いたい!そして、この気持ちをあの人に…」
彼女は体が軋む痛みに耐えながら台に手をつくと、体を持ち上げようとしました。ですが、ツルツルとした台のせいで手を滑らせてしましました。
「きゃっ!い、痛い。でも…」
そのまま台の下まで落ちてしまいましたが、この程度では彼女は諦めません。体を動かすたびにしびれが体を侵食してきますが、負けじと床を這いずりながら、確実にドアに向かって進んでいきます。
扉に体を預けてなんとか上半身を起こすとドアノブに手を掛けると、精一杯ドアノブを捻りました。
「きゃー」
扉が開くと預けていた体はドアと一緒に外へ放り出されました。外には太陽の光が溢れ、彼女の体を煌々と照らしてきます。
「っん~やっぱり外の光はおいしいわね。あの人との出会いの日もこんな日差しだったわ」
彼女が思い出に更けていると、全身に活力がみるみる湧いてきます。
「さて、あの人はどこにいるのかしら?あら?」
倒れたまま顔をあげると、一人の男がこちらを見ていた。男は驚いた表情をしていましたが、すぐにだらしのない顔をすると、彼女に歩み寄ってきました。
「なんだぁ~、こんなところでひとりでよぉ~。誘ってんのかぁ~」
彼女は男の話など耳にしていませんでした。この時点で彼女はこの男が研究所の男ではないのがわかっていたからです。彼女がまだ木だった時に近づいてくる、あの愛おしい足音と歩調が明らかに違っていたからです。
「誰よあなた!こんなところで何をしてるのよ!」
彼女は必死で体を起こしながら声を張り上げました。
「あぁ?こっちからすればてめぇの恰好がどおしたって聞きてぇが、まあ教えてやるよ。このボロッカスの研究所の中になんかねえか漁ってたとこだ。そしたら生憎こんな上玉がいるじゃねえか。てめぇだけでも大収穫だぜぇ」
彼女の頭の中では怒りの炎がメラメラと燃え盛っていました。愛しい人の家を悪く言われ、その上勝手に侵入までされているのです。
「今すぐここから出ていって!さもなくば(ガクッ)きゃっ!」
まだ慣れていない体なので、力がはいらずまた転んでしまいました。それでも、男をキッと睨みつけ、敵対心を露わにします。
「はっ、そんな腰抜けに何ができるってんだよ。さあ、とっととこっちに……(バタン)」
男が彼女の腕をつかんだ瞬間、男は一瞬動きを止めたかと思うと急に脱力し、地面に倒れこんでしまいました。
「え?どうなってるのよ?」
急な形勢逆転に戸惑いを感じながらも、警戒しながら男の様子を確認します。指でつついたりしてみるものの、何も反応がありません。そして何か思い当たる節があるのか、急に男の手首を握りました。
「っ!やっぱり、脈がないわ。ということは、こいつ…死んでる…これって、私の毒?」
そう、彼女は体が変化したことで、触れただけでも相手を毒に侵すことができるようになったのです。ただし、布などを挟まず直接相手の体に触らなければなりません。
「そんなことよりも、早くあの人の元へ行かないと」
彼女は、また体に鞭打ってズリズリと体を引きずりながら外を捜索します。ですが、そこで見たのは、一部が瓦礫と化した研究所だったのでした。
「え、そんな…嫌っ‼あの人が巻き込まれているはずがないわ‼」
彼女は体の痛みを無視して、全速力で研究所に向かいます。散らばっている瓦礫の破片に当たろうとも、かまいません。彼女はやっと壊れて開いていた入り口を見つけ、中に入りました。
天井の穴から差し込む光が、無機質な部屋の中を照らし出します。辺りに散乱している書類をかき分けながら部屋の隅から隅まで調べていきます。そして彼女は部屋のロッカーにあった大きなチェストの蓋を開けました。するとそこには、淡い桃色の東洋服一式と一本の刀、そして一枚の手紙が入っていました。
僕は君が目覚めてくれることを祈っている。もしも君が目覚めたのなら、君が僕のことをどう思っているのか教えてくれないかな。僕の教えた言葉で君の答えを届けてほしい。そして、
「グスッ…ズルズル…ウワ―ァ―ン」
手紙は冒頭の途中で途切れていましたが、彼女の目からは涙が止まりませんでした。
あの人が私に好意を持っている。その事実を自分がどれだけ切望していたのか、想像することもできません。ただ今は純粋な喜びが彼女を包み込んでいました。
「ヒック…」
泣き疲れて声が擦れてきたころ、もう一度チェストの中を探ってみました。そこには表面に「モモエ・ドゥーへ」裏面に「リウスより」と書かれた封筒が奥に隠れていました。
「名前!?あの人の名前はリウスというの…そして私の名前はモモエ・ドゥー。あの人、いいえ、リウスが、私のために名付けてくれた名前…」
モモエは再び目に涙を浮かばせると封筒を胸に抱きしめると「リウス…モモエ…」と何度も名前をつぶやいていました。
落ち着いたモモエは、辺りに散らばっている書類を片っ端から目を通していきます。「リウス」「モモエ」「爆発」という文字が目に入るたびその周辺の文を注視していきます。
そして見つけました。研究していた魔石に魔力を注ぎこむという実験には爆発の可能性がある。という文の後に一切の記録がありませんでした。
「爆発の原因はこれね」
モモエの予想通り、研究所の爆発は魔石が暴走したためでした。その影響で大きい建物の部類に入る研究所の半分ほどが吹き飛びました。
続いて、研究所周辺を捜索していきます。途中で折れたテーブルの脚を杖代わりにして、ゆっくりですが歩いて探していきます。膝が生まれたばかりの子山羊のようにガクガクと震えましたが、慣れるために一歩一歩踏み出していきます。
周囲をじっくりと見渡していきますが、逃げ遅れた人の成れの果てや残骸などは見当たりませんでした。
「みんな無事に逃げたようね。ということはリウスもどこかにいるということね」
モモエは安堵で胸をなでおろします。それと同時にリウスに会いたいという思いが募ってきます。
「リウスに…この思いを届けたい」
チェストの前に戻るとリウスの用意していた着物に腕を通していきます。腰巻をしてから着物を帯で巻き、その上から紐でとめました。次に刀を手に取りましたが、持ち上げると違和感を覚えました。先ほど杖代わりにした木製の脚と同じぐらいの重さしかなかったからです。鞘から刀身をスラリと引き出すと、そこにはキラリと光る鋼の刃…ではなく、木目の浮かぶ木でできた刀身が顔を見せました。
「木刀?普通の剣の方が便利なはずなのにどうしてリウスはこれを一緒に閉まったのかしら?でも、これもリウスからの贈り物だものね。大切に使わせてもらうわ」
木刀を鞘に戻すと、丁寧に帯の間に差し込みました。最後に足袋と草履を履くと杖を突きながら研究所の外に踏み出しました。
「待っててね、リウス」
少しずつですがリウスとの出会いを求め、モモエは進み始めました。
モモエが旅を始めてしばらくの時間が過ぎました。前に立ち寄った町では有力な情報は得られませんでしたが、リウスに会うためでしたら苦労も惜しみません。町を囲む城壁を抜けるとすぐさま冒険者ギルドに向かいます。尋ね人の張り紙が張られている掲示板に直行します。張り紙を一つ一つ凝視していくと「リウス」の文字を見つけました。
「えっ!?」
モモエは目をこすりもう一度張り紙を見ますが、「リウス」と書かれた文字は変わりません。
「やっと…やっと見つけたわ!」
張り紙を掲示板から引き剥がすとそのまま受付に突き出しました。
「この依頼を出したのはどなたです?」
あとがき
どうも作者です。読んでいただきありがとうございます。今回は作者の予想を大きく上回り、文字数が大変多くなってしましました。(最終的に6685文字書きました(汗))
ここでは「ドリアークルス」の裏設定などを書いていこうと思います。作品のタイトルは「ドリアード」と「ホムンクルス」を合わせて「ドリア―クルス」です。当初、この作品は「ゴーレクルス」(ゴーレム+ホムンクルス)という作品の続きとして書いたものなので、「ゴーレクルス2」という題で書き始めました。ですが、「ゴーレム要素無いな」と思い「ドリア―クルス」に変更しました。
モモエもリウスを病的に追いかけるヤンデレを予定していたのですが、ずいぶんと丸くなっちゃいましたね(笑)
今回、文を時雨沢恵一さんに似せて書いてみました。時雨沢恵一さんの有名な作品としては「キノの旅」や「ガンゲイルオンライン」などがあります。やはり猿真似ではスペック不足。まったく文に深みが足りませんでした。
続いてここからはキャラ設定について詳しく説明していきたいと思います。
まずは「モモエ・ドゥー」からです。ドゥーという部分はアン・ドゥー・トロアのドゥーです。先に書いた「ゴーレクルス」では名前に「アン」と名の付くキャラクターを登場させたので、その続き、というわけです。モモエの部分は、桃+日本っぽい響きというだけで特に深い意味はありません。髪はピンク、目は黄緑と桃要素を多めにしています。ちなみに植物は雌雄一体なので、彼女も雌雄一体の身体を持っています。
「リウス」については、バレエ作品の「コッペリア」より、人形を作る博士「コッペリウス」から名前をもじって名付けました。今作品では錬金術師の博士として登場してもらっています。
さてこの続きは新たに3人目のヒロインを登場させてからのお楽しみということにしておきましょう。次回作も頑張ります!