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成績表

グレゴリアン女学校の二階。

長い廊下の左右に連なる小部屋の一つに、レアが飛び込んできた。

鞄から一枚の紙を取り出すと、それを持ったまま、「どうしよう、どうしよう、どうしよう~っ」と部屋の中を行ったり来たりする。


「早くこれをどこかに隠さないと!見つかったら、ルツのことだもん、『休みの日は私と一緒に勉強しようね?』とか絶対に言い出すじゃん!ただでさえ、エリ先生にも呼び出されてるのに、その上そんなことになっちゃった日には、私の休みはお先まっくらだよ~!あ~っ、どうしよう、どうしよう……」


レアはハッとして窓辺に近づく。

そこには、窓を間にして、勉強机が二つ並べてあった。

その左側の本棚から本を一冊抜き取ると、ページとページの隙間に持っていた紙を挟み込み、再び元に戻した。


それから、二段ベッドの下に腰かける。

膝の上に両手をのせ息をひそめてその時を待つ……。


「レア~、帰ってる~」


そんな声と一緒にドアが開いた。ルツが入ってくる。


「もう。いるなら返事くらいしてよ、レア」

「お、おかえり、ルツ」

「ただいま。それより、どうしたの?授業が終わったら私が声をかける間もなく、教室から飛び出したりなんかして。みんな、びっくりしてたよ」

「あ、えっと……そ、そう!急に、ものすっご~くお腹が痛くなっちゃんたんだ!」

「えっ!やだ!大丈夫!?」


ルツはレアのすぐ隣に腰をおろして心配そうにする。


「もしかして私のせいなんじゃ……お昼に食べた何かに当たって……」

「いやいや、そうじゃないよっ!実はお腹が痛いってのは気のせいだったみたいで、鞄を置いてお手洗いに――ってなった時になって、なんだか痛いのがよくなってさ、だから、全然、ルツのせいじゃない!」

「じゃあ、今はお腹、痛くないのね?」

「ぜんっぜんっ!」


ルツはそれでも長い間、レアの顔色をのぞき込んでいた。

立ち上がって彼女から離れると、壁に自分の鞄をかけて、床に転がっていたレアのもかけた。

そして、クローゼットの前に立ち、制服を脱ぎ始める。


「でも、またお腹痛くなるといけないし、レアは残念だけどお留守番かな」

「あれ?どこか行くの?」

「町まで買い出しに。レアは初めてだから知らないと思うけど、私たち、月の終わりにはみんなでパーティーをするの。それぞれにご馳走を作って出し合って、みんなで一緒に食べるの」

「へえ~!楽しそうっ!……あれ?でもさ、九月は今日のあとに、あと三日もあるよ?」

「そうだけど、四月の最初の三日もお休みだから、家に帰る子が多くて、それで今日やるの。それに九月が終わって一年が終わるということは、学校を卒業する人もいるでしょ?あと、レアの編入のお祝いもやってないし……。だから、今日のパーティーは大々的に!ね?」

「ん~~~っ!わくわくしすぎて、気分は最高潮だよ!」

「ふふ、レアったら」


ルツはセーターから髪を出すと、クローゼットを閉めた。


「じゃあ、レア、おとなしくお留守番しててね」

「なに言ってるの!買い出しでしょ?行く、行く!私も行くに決まってんじゃん!」

「え、だけど、お腹が……」

「そんなの平気!平気!」


レアはクローゼットに駆け寄ると、制服をぽんぽんと脱ぎ始めた。

――いつも肩にかけている、あのエメラルド入りのポーチも一緒に。

ルツがポーチと制服を拾っていきシワがつかないようにする。


彼女はため息をつきながら、言う。


「気分が少しでも悪くなったら、すぐ私に言うこと。いい?はあ……。あ、そうだ、レア。成績どうだった?部屋に戻ってから、成績表を見せるって約束したよね?」


服をどれにしようかと選んでいたレアの手がぴたりと止まった。


「あ、明日でもいいんじゃないかな~って思ったりして。ほら、早く買い出しに行かないと日が暮れちゃうといけないし」

「別にちょっと見て確認するだけでしょ?成績表、鞄の中?」

「いや~、鞄には、その……なかったりするような……」

「レア――」


「ああ!そう!さっきキュウビ様とさ、たまたま、廊下でばったりすれ違ったんだけどさ、なんだか寝ぼけてたみたいで、何と――!私の成績表を食べちゃったんだ!むしゃむしゃって!」

「ふーん」

「きっと、自分のしっぽと間違ったんじゃないかな~っ!よく口に入れて、むにゃむにゃしてるし!まったく、困っちゃうよね!キュウビ様には!あははは……って、ルツ?聞いてる?」


ルツは首をまわして部屋全体を見渡す。

歩き出した。

一直線にレアの机へ行き、本棚の、一冊の本に手をかける――。


レアが下着姿のままルツに後ろからすがりついた。


「だめ~っ!ルツってば、なんで分かっちゃうの!」

「だって、出かける前と後で本の位置が一つ横にずれてるから」

「そんなのズルだよ!横暴だよっ!」

「レアが正直に見せないのが悪いんでしょ?もう、何も隠す必要なんてないのに。私とあれだけ勉強したんだから――」


ルツは本の隙間に挟まれていた紙――成績表を広げ……絶句の表情となる。

そこには、つい昨日行われた年次修了確認テストの各教科の点数が列挙されていた。国語、古典、算数、理科……思わず目を覆ってしまう散々な結果である。


「レア……」

「しょうがないじゃん!私、ほんの最近、グレゴリアン女学校に編入してきたばかりなんだよ!」

「だから、エリ先生もそれを考慮してテスト範囲をかなり狭めてくれたよね?それに、私とも深夜まで勉強して、それで、レアは『完璧』って……」

「あの時は確かに完璧だったの!でも、朝起きたら、覚えたことは全部どこかに消えてて……あるのは異常な眠たさだけ、みたいな感じになっちゃったわけです、はい」

「はあ……」

「ルツには私の苦労が分からないんだ。なんでも、さささーって覚えちゃって。あんな分厚い聖典まで全部間違えずに暗唱できるなんて、ほんと、すごすぎだよ」


「レア、私ね、明日から家に帰ることになってたけど……やめる。休みの日は私と一緒に勉強しようね?」

「ほら、やっぱり!そう言うと思ったんだ!」

「これはレアのためなの。ただでさえ勉強が遅れてるのに、こんな成績じゃ、今のうちに頑張っておかないと、あと二年がもっと辛いことになると思う。私、レアとの学校生活を辛い思い出なんかにしたくない」

「そうは言ってもね、ルツ!よぉ~く考えて!私ってばエリ先生に呼び出されてて、マンツーマンの個人レッスンで月守としての業を見つけることになっててね、そのうえ勉強ってのはさすがに無理なんじゃないかな~って……」

「だけど、それ、午前中だけでしょ?午後は私と勉強。いい?」

「ふぇ~ん~っ、かんべんして~ぇっ、ルツ~」


レアはルツの背中に顔を押しつけて、いやいやと首をふる。

しかし、ルツの方はまったく取り合わない様子。

彼女はもう一度成績表を見て、そして、ある一つの科目に目をとめた。


「へー、レアって歴史は出来てるんだ。84点ってすごいよ。少しは私もレアの役に立てたのかな?ね、レア?」

「うぎぃぐ……」

「うぎぃぐ、って何?その反応……あ!まさか、レア、ひょっとして他人の答案を盗み見たんじゃ……」

「そんなわけないじゃん!実力だよ!まさしくルツのおかげっ!ありがと、ルツ!」


後ろを振り返ったルツの目は、さーっと背筋が凍る冷たいものだった。

いつもの可愛らしい感じの彼女からは想像つかないほどに。


レアは慌ててルツから飛び退いた。


「わ、分かった!ほんとうのことを言うってば!……でもさ、怒ったりしない?」

「内容によっては怒るかも」

「じゃあ、やっぱり言うの――」

「レア!」

「はい~っ!言います!……あのね、今回の歴史のテストって、二十五問あったじゃん?最後の四問は筆記だったけど、それ以外の二十一問は『次の1~4のうち正しいものを選択せよ』ってやつで……それでね、私、昔からそういうの必ず当たっちゃうんだ。問題の意味はまったく分からないけど、答えだけは全問正解、ってのが真相」

「四択問題を二十一回連続で当てた……?……うそ、ついてないよね?」

「うそなんかつかないよっ!ルツ!信じて――っ!」


ルツはレアの真剣な表情をじっと見つめる。

ふぅと息を吐き出した。


「分かった。私はレアの言うことを信じる」

「ルツ~、ありがと~うっ!だい、だい、だいすき~ぃ!」

「――!?ちょっと、レア!そんな格好で抱きつかないでよ!!!」

「あ――ごめんね、そういや、着替えの途中だった」

「もうっ……」


ルツは、クローゼットの前に戻った下着姿のレアから少し赤くなった顔をそむけると、レアの制服とポーチを片腕に持ったまま、自分の机の引き出しから一枚の紙を取り出して、そこに鉛筆で五本の縦棒を引いた。五本のうち、一本に星印をつけて紙を折り曲げて隠す。そして、最後に縦棒と縦棒の間にいくつか短い線を書き足した。


着替え終わったレアが近づいてくる。


「よしっ!では、さっそく~、パーティーの買い出しに出発~っ!」

「その前に一つ私からお願い。その必ず当たるって話を私に証明してみせて」

「証明……って、でも、どうやれば……」

「じゃーん!今からレアにはこのあみだくじを当ててもらいます。五本のうち、当たりの一本を選ぶことができたら、無事に証明おわり」

「え?そんな簡単でいいの?よぅお~し、あてちゃうからね~……」


レアは鼻の先に人差し指をあてた。

そして、その指は一本の縦棒の上にびしっと置かれた。

それを下へとたどっていくと……彼女の宣言通り、当たりの星印にいきついた。


次の瞬間であった。


唐突にレアの右手甲が輝きだして、緑い色の光の線――文字の集合体――あの日あの時に見た紋章が浮かび上がった。

呼応するように、ルツが持つポーチの口から緑い色の光があふれ出す。


しかし、たったそれだけで、どちらの光も一瞬で続かず、消えてしまった。

それでもレアは喜びでいっぱいの顔をルツへ向けた。

そんな彼女の気分は、この直後、ルツから発せられた悪魔的な一言で綺麗さっぱり吹き飛んでしまうのだが。


「これで休みは一日中勉強ができるね、レア――」

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