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祝編入

グレゴリアン女学校の校庭に、青い大きな狐が降り立った。

ざわざわとざわめく十数名の女子生徒たち。体育の授業中の彼女たちはジャージ姿。どうやら半袖シャツとブルマという格好はラケルだけらしかった。


そのラケルにお姫様だっこされて降ろされたレアは、そのまま、そこで仁王立ちしていた精悍な体つきと顔つきの女に引き渡され、女の片腕に抱きかかえられたまま、校舎内へと連行された。


そして、一階の教室。

レアは一つの椅子に座らされ、女は教壇に立った。


女はエリと名乗った。この学校、ただ一人の教師という。


エリは自己紹介早々、レアに説明を求めたので、レアは、今日あった出来事――母の手紙に導かれて森に行き、イチョウの木の根本の祠でエメラルドを見つけたこと、エメラルドを手に取った瞬間、緑色の光であふれ、右手甲に紋章が浮かんだこと、月姫が現れてすぐに消えてしまったことを伝えた。……殴られたことや、「お前なんか産まれてこなきゃよかった」と言われたことは黙っておいた。


エリは手紙を封筒に入れてレアに返した。

レアの机には、握りこぶし大のエメラルドが置かれてある。


エリが言う。


「レア、お前の言い分は一応理解した。よし。お前をグレゴリアン女学校の一年次に編入することを許可する」

「……へ?」

「今日からお前は私の生徒だ。私がお前の心も体もみっちり鍛え上げてやるので、そのつもりでいろ」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ!なんでいきなりそんなことになっちゃうんですか!」

「なんで?当たり前だろう。月守となる女子は代々グレゴリアン女学校の生徒の中から選ばれてきた。今回の例は甚だ例外ではあるが、五月の月守となったお前は、逆説的に考えて、グレゴリアン女学校の生徒となるのが道理だ」

「え~っ……あの、拒否権は?」

「そんなものはない。なぜならば、これは決定事項だからだ」

「いや、でもさ、私が帰ってこなかったら、お父さんが心配すると思うし」

「それは問題ない。この後、私自らがお前の家に出向き、父親に事情を話そう。それに、レア、グレゴリアン女学校に在籍という書類上の項目をクリアできれば、月守のお前には給金が出る。お前の家は亡き母親の薬代のため借金で家計が苦しいと聞く。お前が給金のいくらかを渡せば、父親も少しは助かると思うが?」

「――!なんでエリ先生が私のウチのことを知ってるんですかっ!」


「私はお前の母、サラとはグレゴリアン女学校の同期だ。ゆえに、サラに関する話は風の噂で私の所まで届いていた」

「え~っ!お母さんって、グレゴリアン女学校の生徒だったんだ!」

「サラから聞いてないのか?では、サラが五月の月守だったことも――」

「え~~~~っ!お母さんが月守っ!しかも、私と同じ五月のっ!」


驚くレアをエリはじっと見つめて考える顔つきとなる。

窓の方へ近づき、外を見る。

校庭では鬼の居ぬ間のなんとやらで女子生徒たちが座っておしゃべりをしていたが、エリの恐い顔を目にするとすぐに彼女たちは跳ね起きて校庭を走り始めた。

ただ一人、ラケルだけは黙々と息も切らさず走り続けている。

そして、キュウビはというと、やはり、あちらの木の木陰で小さく丸くなっていた。


エリは口元に手をやり独り言をつぶやく。


「サラのやつは娘に何も言わないまま月守にさせたのか。それとも、真実を言えなかったのか……。娘を差し出したのも贖罪のつもりか?……ま、一つだけ言えることは、ハガルの命が尽きるまでに五月の月姫と月守が現れてくれて良かった。これでハガルの努力も報われる。あと残すはハガルの後釜だけか――」


レアが唐突に大きな声を出した。


「エリ先生っ!私、やります!やらせていただきますっ!お金のこともあるけど、それよりも、私はお母さんと同じ道を歩いてみたい!」

「ふっ、いい心意気だ。ま、お前がどう言おうと、そうさせるつもりだったが」

「あの、エリ先生……私も敵と戦ったりしちゃうんですか?〈大喪失〉の時みたいに。そういうのは恐いし、嫌かも……と思ったりするのですが、はい」

「安心しろ。上世界と下世界で協定が結ばれ、戦争は終結した。その代償は大きく一年はさらに縮められ三ヶ月となったが、お前たちが戦うことはない」

「よかったあ~」

「それよりも、月守のお前にはやらなくてはならない役目がある。その役目の方こそ、本来の月守の使命だ」


「月守の、使命……?」


「一年十二の月を司る乙女たちを月姫と言うことは知っているな?月姫は自分が司る月をその月らしく飾ることを神に託されている。春の月は春らしく、冬の月は冬らしく、といった具合に。その時、月姫が使う秘めたる力を『神技』と言うが、神技を使うには『神威』という神の威光をその身に降ろす必要がある。ここで鍵となるのが、月姫と契約して彼女に仕える月守だ。月守が神に対して自らの業を奉納することで、初めて、神は月姫に神威を降ろす」

「あ、もしかして、さっき、ラケルが瓦割りみたいなことをして、そのすぐ後に、キュウビ様が大きな狐になったのって――」

「なんだ、それを見ているのか。ならば、話が早い。ラケル、あれは常人とは一線を画す力業の才がある。その力業を神に奉納する。ラケルは九月の月守であり、奉納する力業は九の倍数。その業が大きければ大きいほど、キュウビに降りる神威もまた大きくなり、神技も格別となる」


エリは再び外で黙々と走るラケルに目を移した。


「ラケルはつい先月、長らく不在だった九月の月守となったばかりだが、すでに立派にその使命を果たしている。あの怠け者でぐうたらなキュウビを私の指導通り、きっちり働かせてな。おかげで、この九月は例年よりも彩り豊かなものとなった」

「そうそう、そうなんですよ。今年はなんだか山の紅葉が綺麗だな~って思ってたんだけど、それって、ラケルとキュウビ様のおかげだったんだ。すごいな~」

「感心している場合か。九月が終われば、すぐに五月だ。五月は生命にとって芽生えの大事な時期。お前にもきっちり働いてもらうから覚悟しておけ」

「……できるんですかね、そんな大それたこと、私に」

「出来るかどうかは問題ではない。やるのだ!分かったか、レア!」

「は、はい~っ!エリ先生っ!」


「そこでだ、レア。お前に聞きたいことがあるが、お前の業はなんだ?神に奉納するにたるお前の業は、何だ?」

「私の業?う~ん、あるのかな~、そんなの。あ、でも、短い人生を明るく精一杯生きるってのを心がけています!」

「馬鹿者がっ!そんなのが奉納になるかっ!……では、聞き方を変えよう。お前は、今日、五月の月姫と契約したが、その時に、月姫が石から顕現したと語った。石から顕現するというのも、立派な神技の一つだ。ちなみに、キュウビの場合、ラケルが毎日欠かさずに奉納することであの子狐の姿を保っている。つまりだ、お前も、なにがしかの奉納をしたということだ。レア、お前は石に触れる前後で何かお前にしかできない業をやったか?」

「え~、私ってば、そんなすごいことしたかな~」

「五つのことだ。もしくは、五の倍数の何かだ」

「五~♪五~♪五~♪五~♪あれ?あったような、なかったような……」

「はっきりしろ!やったか、やってないか、イエスかノーだ!」

「ごめんなさいっ!よく覚えていませんっ!」


レアは立ち上がり直立不動で答えた。エリがはあとため息をつく。


「九月が終わって五月になるまでには後しばらく日がある。それまでに、私がお前のことを洗いざらい調べ尽くし、その業の才を徹底的に炙り出すことにしよう」


彼女のぎらぎらとした眼差しにレアは一抹の不安を覚える。

そんな折、ふと気になったことを聞く。


「エリ先生、一つ質問してもいいですか」

「なんだ、言ってみろ」

「お母さんって私と同じ五月の月守だったんですよね?だけど、私、お母さんが月守として神様に業を奉納している所なんか見たことないですよ?」

「お前の母親は……サラは〈大喪失〉の後に、月守をやめた」

「やめた?あ!私、ちょっとその話、知っています!私のお父さんも〈大喪失〉の時は兵士として戦ってたんだけど、大ケガをしたんです。それで、お母さんがつきっきりで看病してくれて、それが決めてとなって二人は結婚したって。そっか~、お母さんはお父さんのために月守をやめたんだ。どう言ったらいいか分からなけど、なんだかそういうの素敵で憧れちゃうな~」

「素敵で、憧れるか……真実は往々にして残酷なものだが……」

「エリ先生……?」


その時、教室のドアがそーっと開かれた。

二人の目がそちらを注目する。

そこには、グレゴリアン女学校の制服に身を包んだ少女が立っていた。

腕には、もう一着、制服を持っている。


緊張からか、あばたの散った可愛らしい感じの顔は固く畏まっている。エリがその少女に近づくと、肩に手を置いた。


「レア、紹介しよう。今日からお前のルームメイトになる、ルツだ」


ルツはぺこりと頭を下げた。

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