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宴の裏側

グレゴリアン女学校の背後の裏山。

その雑木林の坂道の途中でエリは立ち止まり後ろを振り返った。


にぎやかな笑い声が風にのって聞こえてくる。


ここからは下の方に見える、あたたかいロウソクの灯りに包まれているのは、学校の料理場で、さっきまではエリもそこにいたのだった。


「あいつら、ハメを外しすぎないといいが」


そう呟く彼女の唇には珍しく心穏やかな笑みが垣間見えた。

今宵の空気感がいつもは厳しく恐い顔にもそのようにさせているのであろう。


エリは手に持つバスケットへ目を落とす。

上に覆い被さるハンカチはこんもりと盛り上がっていた。

その中には彼女が生徒たちから強奪――もとい、分けてもらった料理が詰められていた。普段よりも品数も量もかなり豪華。


エリは目を細めて、そして、坂道を歩き出した。……


雑木林が終わり前方に景色が開けた。


草木がない素の地面が少し続いた後、その先は、星空と水面がどこまでも広がっていた。


エリは鼻から大きく息を吸い込んで吐き出す。


「今宵は一段と星が綺麗だな。一段と――……」


遠い空を見ていた彼女は何かの違和感に気づいたらしく、ハッと顔を左の方へ向けた。

そこには断崖絶壁があった。

それは山脈の峰にあたる部分で、崖上に登るには、上から吊るされた縄梯子を登る以外に方法はなかった。


その時、崖上から黒い影が飛び降りてきた。

エリのすぐ前に静かに着地したそれは、ジャージ、耳と九つのしっぽ――キュウビであった。


キュウビはエリにちらっと横目を向けただけで一言も発することなく、雑木林の中へと消え去ってしまった。


エリはバスケットをその場に捨て置いて、急ぎ長い長い縄梯子を登っていく。


崖上に手をかけた彼女が目にしたのは、仰向けに横たわる女と、膝をついてその顔に身をかがめる女だった。後の女は、ウェーブのたくさんついた白い服を着ていて、肌も白く、髪もまさしく生糸のような美しい白。


そんな彼女はというと、仰向けの女の頬にそっと口づけをしていた。

ひっそりと名残を惜しむかのように。


「ハガル――っ!」


エリは仰向けに横たわる女、ハガルのもとに駆け寄ると、彼女を腕に抱いた。

間近で見るその眠るような顔を見て、首を振り、そして、額と額とを重ね合わせた。


「ほんの一刻前のことでしたわ。今し方、キュウビが来て、あなた宛に言づてを頼んだのだけど、必要ありませんでしたわね」

「あまりにも非情ではないか……」

「え?」

「いくら短い人生と言っても、いくら何でも短すぎる。神はあまりにも非情だ。私から心許せる友を次々と奪い去っていく」

「エリ!口をつつしみなさい!」


女は真珠の瞳はカッと見開かせる。


「ハガルは月守として使命をまっとうし、この度、天におわします神のもとへ召されたのですわ。それを勘違いしてはなりません」

「……失礼。とっくに覚悟していたはずなのに、私らしくない」

「ええ、あなたらしくありませんわ。でも、あなたの気持ちも分からなくはありません。無限を生き人の死に慣れたわたくしでさえ悲しいのですから、有限を生きるあなたの悲しみはまた一段と深いのでしょう。それでも、いつまでも悲しみに浸ることは許されませんわ。顔を上げてみなさい、エリ」


エリは言われた通りにする。女を見、そして、女が見る先を見る。


はるかあちらの遠い水面。

夜の暗がりでは説明つかない暗黒の靄が浮かんでいた。

限りなく小さなシミと変わらないが、それはまだ最初の最初と思われ、こうしている間にも、どんどん大きくなるように思われた。


「分かっている。ハガルの努力を水泡に帰すわけにはいかない」

「ええ、その通りですわ。それでお聞きしたいのだけど、わたくしと契約をかわす次の月守はもう決まっているのですか?」

「そちらは問題ない」

「そちらはというと、例の五月の月守についてはうまくいってないようですわね。今さら、言う必要はないと思いますが、事を成し遂げるためには、五月の月姫――怪力のオーガ――ゴキの力が必要不可欠であることは分かっていますね?」

「すでに心当たりはつかんでいるのだ。おそらく、あいつの才は、神に奉納するに足る業は『歴史』に関する何かだろう」

「歴史?何とも要領を得ませんわね。はあ……心配だわ。たとえ業の奉納ができたとしても、超弩級の石頭で融通の利かないゴキのことです、そのレアという子が自らの使命を逃げ出したサラの娘と知れば――」

「やってみせる。やれなくても、必ずやらせる」

「あら?ここにも石頭がもう一人」


冗談に答える気分でないだろうエリは、無言でハガルを腕に抱いたまま立ち上がった。

ふと足元に散らばっていた六つの水晶に気づくと、拾い集めてポケットに入れる。

それから、ハガルを背中にかついで縄梯子に足をかけた。


女が星空を見上げて、言う。


「エリ。では、明朝ここに。わたくしはハガルが最後に降ろしてくれた神威を身内に感じながら、ここで朝日が昇るのを待つことにしますわ」


エリはそれにも答えず縄梯子を降りていく。

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