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最期の決断

 世界からまるで切り取られたかのような静けさの中で、清流は答えを出せずにいた。

 清流としてはあの少女の人生をなかったことにはしたくなかった。どんな人生を彼女が送ってきたのかはわからないが、幼いながらに悩み喜び苦しみ生きてきたのだ。父親が居なかったというならば尚更苦しみは多かっただろう。それでも乗り越え何とか生きてきたというのに、それを勝手な都合でなかったことにして良いはずがない。彼女の人生への冒涜だ。

 しかしだからといって清流が記憶操作を拒否したところで誰かが代わりに行うだろう。そうでなければ殺されてしまう。ならば手の届くところに彼女を置き、彼女の幸せのために尽くしたほうが良いのではないか。償いになるのではないだろうか。

 冷たい空気が、清流の心を蝕んでいく。


「……」


 清流は考えた。もし、少女が自分の妹になった時愛することができるだろうか、と。

 清流の妹という設定の偽の記憶で本来の記憶を上書きされた少女は清流を笑顔で迎えるはずだ。そして存在しない昨日と同じように一緒に食卓を囲み、共に里の習慣に従って生活していくのだろう。時には喧嘩することもあるのだろうか、本物の兄弟のように。

 清流は13歳だ。12歳を迎えた男児は1人で暮らしていかなければならないという決まりに従い去年から家族と離れ1人で暮らしている。女児は嫁に行くまで家族と暮らさなくてはならないから、本当の家族が居ない少女は清流の家に住むことになるだろう。

 1人で過ごすよりきっと賑やかで温かな家になる。それはとても魅力的だった。

 藍の甘い言葉が蘇る。

 そうだ、きっと殺されてしまうよりは幸せなはずだ。出した自分の結論に、薄っすらと笑みが浮かびかけた、その時だった。




「お前の信念はそんなものか、清流!」

「誰だ?!」


 突然の声に、清流は視線を上げた。

 そこにいたのは里に来ていた客人ーヒイラギだった。

 思ってもいなかった者の到来に、清流はうろたえた。


「な、なんでここに?!鍵は?」

「あんなもの鍵でもなんでもない。あんな簡素なもので戸を閉められると思っているのか古代人め。そこらの家の方が守りが固いわ」

「古代人って……」


 どうやら真正面から入ってきたらしいヒイラギに清流は呆れるしかなかった。この老人はいい大人だというのに悪びれもせず、まるで当然のことのように鍵を破り侵入してきたというのだ。

こうも堂々と悪いことをする大人など見たことがない。この里には決まりを守る大人しかいないからだ。


「話は聞いたぞ。あの娘を嫁にするらしいな?」

「そ、そんなわけないだろ!」


 上からヒイラギに見下すような視線を送られ、清流は勢いよく立ち上がった。ヒイラギの勝手な決めつけに清流は苛立った。今それについて必死に悩んでいるというのになんて言い方だ。


「ならばどうする気だ?」

「どうって……」

「何もしないということは出来ないぞ。お前は何かを選ばなくてはならない」

「……」


 ヒイラギの、あの射抜くような視線を再び受け清流は逃げるように目を逸らした。


「逃げるな!」

「!?」


 老人とは思えない程の大声が地下牢中に響き渡った。清流は上にいる藍達に聞こえたのではないかと気が気でなく、自分のことのように不安になった。しかし当の本人が全く気にしないので腹が立ち思わず言った。


「ちょっと!鍵を破って侵入してきたってんなら少しはコソコソしたらどうなんですか?」

「何を影に隠れるような必要がある。俺は悪いことなどしていない」

「はぁ?」


 その物言いに今度こそ清流は呆れ果ててしまった。この男はこの歳になってまだ子供なのだ。だから悪いことをしても悪いことなどしていないと悪びれることもせず、このように真っ直ぐに立っていられるのだ。清流はヒイラギにそう評価を下した。

 しかしそうなるとヒイラギの視線に怯えてしまったことすら馬鹿馬鹿しくなってきてしまう。子供の無駄に自信満々な視線に怯えてどうなるというのか。清流は再びヒイラギの目を見つめた。


「フン。やっと人の目を見たな」

「それで、僕に何を言いに来たんですか?」

「簡単だ。お前の真意を確かめに来た」

「真意?」

「そうだ。お前は何がしたい?」

「何って……」


 今までに見てきた、少女の表情が清流の脳裏に蘇った。

 少女の笑顔を清流はまだ見ていない。しかし、清流の作った汁を頬張っている時、確かに笑顔の片鱗のようなものが見えたのだ。それに、その後ハンバーグとやらの説明をしている時、味を思い出していたのだろうか、確かに少しだけ幸せそうな顔をしていた。母の記憶も思い出していたのだろう。

 記憶を書き換えてしまえばあの表情も消えてしまうに違いない。同じように表情筋を動かしたところでそれは同じものではない。何かが違うと感じるはずだ。

 そう考えた途端、少女の記憶が途端に尊いもののような気がし、清流は黙り込んでしまった。

 彼女の記憶を守りたいという気持ちは確かにあったが、それでも清流に出来ることはあまりに少なかった。出来ることは頭領の命に従うか従わないか位で、従わない選択をしたところで何も未来は良くならない。

 清流の目の前が暗くなる。彼女をあそこで放置して死なせてしまえば良かったとまでは思わないが、かといってここまで連れてきてしまったのはあまりに考え無しだった。後悔はいつも後から来るものだ。

震える清流に、ヒイラギが問うた。


「助けたいか」


 ヒイラギは静かに言った。


「……助け、られるなら。そりゃ、助けたいです」

「ならば選択肢を一つ与えてやろう」


 ヒイラギは一瞬間を置いて、清流の顔を確認した。その目が真っ直ぐに自分を見つめているとわかると、言葉を続ける。


「お前があの子の代わりに死ぬんだ。そうすればあの娘を助ける手助けをしてやろう」





「どういうことですか?」


 静かに清流は聞いた。お前が死ね、と言われたというのに清流の心は静かだった。まるで最初からその答えを求めていたかのようだった。


「俺が里にに来る時通った道の記憶を、あの娘に植え付ける。そうすれば迷うことなく竹林を抜けることが出来るだろう」

「それで何で僕は死ぬんですか?」

「お前があの娘の逃げる時間を作るんだ。もしあの娘をお前が逃したとあれば、いくら贔屓している子供といえど処罰を与えなければならなくなるだろう。まあ処刑でもしなければならなくなるだろうな。まあその辺は俺が調整してやろう」


 引きつりながらも冗談めいた顔で清流は言う。


「僕は助けてくれないの?」

「自分のケツくらい自分で拭け。お前の勝手であの娘は自分を奪われそうになっとるんだ。自分の行動の責任は自分で取らねばならんだろう?手伝ってもらえるだけで御の字だと思え」

「……それは、そうですね」

「……」


 清流の顔を見たヒイラギは、杖の仕込み刀で牢の鍵を斬り落とした。

 ギィ、と耳障りな音を立てて牢がゆっくりと開いていく。そして開けた牢を清流は出た。


「覚悟は決まったようだな?」

「……はい。僕はこの選択肢を待っていたような気がします」

「分かった。俺の記憶を読むといい」


 清流は黙って頷くとヒイラギの額に手をかざし眼を閉じた。比較的近い時期に引きずり出された記憶を探し、目的である里からの帰り道の記憶を見つけるとそれを捕まえるように開いていた手を握った。ゆっくりと目を開ける。


「できたようだな。……今この里全体に幻術をかけてある。里の連中なら全員夢の中だ」

「えっ?」

「要するに今ならチャンスだと言っとるんだ。なんでそんな事が出来るんだとかそういう細かいことは気にするな。世の中にはお前らみたいに力を使える奴が大勢いるってだけだ」


 清流はヒイラギの言葉に従ってうろたえそうになる心を叱りつけた。パシリ、と気合を入れるように頬を叩く。ずっとひんやりとした空気にさらされていた頬が、突然の刺激にビリビリとして熱を持っていく。そして牢を出て行く前に、清流は気になっていたことを聞いた。


「……そういえばどうしてヒイラギ様はそこまでしてくれるんですか?」


 ヒイラギは得意そうに髭を撫でながらニヤリと笑う。


「まあ俺にも譲れない信条というものがある。クソみたいな物を守るために子が犠牲になるなど馬鹿馬鹿しい。そう思っただけだ」

「そっか」

「最後に言っておいてやろう」


 ヒイラギは石の床に杖を叩きつけた。カーン、と小気味いい鐘のような音が響く。


「清流。お前は確かに言いつけも守らんクソガキだった。だが、誰かの可能性を守ろうとするその行動は間違いなく正義だ。何を言われようと自分が自分である事に、そして自分が自分であったことに誇りを持て。……忘れるんじゃないぞ」


 ヒイラギの言葉を最後まで聞き終わると、清流は大きく頷き走り去って行った。まるで競争でもしているかのような軽快な足取りにヒイラギは満足げに頷く。


「そうだ……それでいい。自分が自分であることを捨てるな清流。俺は……そんなお前の覚悟を買うのだからな」



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