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こんこん狐と子狸と

 幾らか時が経ち、辺りは一段と暗くなった。

 このままでは夜になってしまう。決断を迫られた清流は結論を出した。


「僕の背中に乗って。朝になるまで家に居させてあげるから」


 弱った少女を見捨てることは、清流には出来なかった。一人で帰るのが最適だと分かっていても選んでしまったのは、連れて帰るという選択肢。


「……本当?お母さんも探してくれる?」

「それは出来ないかもしれないけど……まあ取り敢えず乗るんだ。それで静かにしているんだよ。いいね?」


 こくりと小さな頭が上下に動いたことを確認し、清流は少女を背中に背負うと全力で駆け出した。極力音を消して。





 なんとか日が沈みきる前に自宅へとたどり着いた清流は、周囲に人がいないことを確認して素早く中に入った。清流は収納に収められている野菜を慌てるように外へ出し、できた空間にに少女を隠すとふう、とようやく息を吐く。そしてしばらく、静けさが清流の家に戻った。しかし少女を連れ込んだ事実が知られれば厳罰が待っているという恐怖のためか、清流の心は落ち着かず、まるで家の外から中の様子が見透かされているような錯覚に陥った。清流はしばらく部屋の中心で姿勢を低くしながら息を殺していたが、周囲に人の気配がないことを確認すると再び安堵の息を吐きながら野菜の山の前に座り込んだ。ようやく心から落ち着くことができた瞬間だった。


「出した野菜どうしようかな」


 一人では使いきれない量の野菜を前にしながらうんうんと唸る清流に、収納から小さな声が飛んできた。


「お兄ちゃん……お腹すいた」


 収納の戸を開き、くい、と清流の服の端を引っ張り自己主張をしてきた少女を慌てて戸の奥へと清流は押し込んだ。少女は抵抗したが、やはり体力が持たないのかすぐに静かになった。清流がホッとしたのも束の間、今度はぐすぐすと鼻を鳴らし始めた。本格的に泣き出しそうな雰囲気に清流は慌てふためいた。


「ああ、わかったよ。わかったから!お願いだから静かにしててよ!」


 清流は少女を黙らせるように収納の戸を閉じた。しかし、中が真っ暗なことに気がついてほんの少しだけ開いた。すると収納から声が消えた。急に黙り込んだ少女に心配になった清流が隙間から中を覗き込むと黒目がちな目がじっと見返してきていたために清流は飛び上がった。後ろに飛び退いた清流を黒い目がじっと追う。見つめられ居たたまれなくなった清流は声を張り上げた。


「……」

「お、驚かすな!」


 しかし清流がそう言っても少女は何も言い返してこなかった。どうやら清流の「静かにしろ」といういいつけを守っているらしい。静かに収納の隙間から外を見つめる瞳はゆっくりと方向を変え、山盛りの野菜へと向かった。控えめにぐう、と目線の意味を知らせるように鳴る腹の音に清流は頭を掻いた。


「……確かにお腹はすいたな。何か食べないといけないか」


 清流は慣れた手つきでかまどに火をくべると、静かに調理を始めた。少女の真っ直ぐな視線を背に感じ、妙に緊張して手つきがまごつく。それでも作業を進め、しばらくすると簡単な汁物が出来上がった。清流は、適当に火を通した野菜と一緒に収納に潜んでいる少女にそれを渡した。


「ほら、食べな」


 少女は不審なものを見る目でいくらかそれを観察していたが空腹には勝てなかったのか勢いよくそれを喰らい始めた。

 椀にかぶりつくように汁を啜るその姿が多少はしたないようにも見えたが、ようやく少女の子供らしい年相応の姿を見ることができ清流はホッと息を吐いた。


「僕の料理はどう?」

「味うすい。なんかどろ臭い」

「そんだけ食べておいてそれか!」


 味に文句をつけながらももう一杯寄越せと言わんばかりに差し出してきた椀におかわりを注いでやりながら清流は気になっていた外についての質問を始めた。


「ねえ、僕の作った料理が美味しくないってんなら普段は何食べてたの?」

「ハンバーグ」

「はんばーぐ?」

「知らないの?お肉をコネて焼いてソースかけるやつだよ」

「なんだそれ旨そうだな。肉手に入れたら作るか。ところでそーすって?」

「……」


 突然黙り込んだ少女にあまりに物を知らなさすぎて会話に飽きられたかと清流はその顔を伺った。てっきりその顔には不審か侮蔑か嘲笑が浮かべられていると考えていたのだが、想像に反し浮かべられていたのは大粒の涙だった。ふるふると震える雫に慌てて収納の戸を開く。


「お、おいどうしたんだよ」

「お母さん……」

「え?」

「お母さんのハンバーグ食べたいよぉ……」


 どうやら好物のハンバーグとやらが少女にとっておふくろの味というものだったらしいことに清流は気がついたが、どう言葉をかければいいのかわからずただ汁を注いでいた。泣きながらも汁を啜る少女に一抹の安心を覚えながら清流は涙が止むのを待った。



「清流!清流いるか?」

「?!」


 少女が落ち着いたのを見計らい、清流が汁に箸をつけた時だった。ドンドンと戸を叩く音が狭い室内に響き渡った。

 突然の来客に清流の顔が強張る。

 外から強く呼びかける男の声に驚いたのか、少女は目を見開ききょとんとしている。


「清流、いるんだろう?開けろ」

「……ちょっとこの中に入ってて!僕がいいと言うまで黙ってるんだ。いいな?」

「え?」

「頼むから!」



 状況を理解せず、未だに箸に口をつけている少女を清流は抱き上げ収納へと押し込んだ。呆然としている少女に、黙っているよう言い聞かせると、収納の戸を隙間なく閉めた。少女が暗闇に泣き出さず、そして騒ぎもしないことを確認すると、清流は息を殺して拳を叩きつけられ震えている戸へ向かう。

 ドンドンと扉を叩く男の声の主に清流は覚えがあった。頭領の付き人をしている男だ。記憶操作術の達人だからと里の子供達の指導にも当たっている。指導が厳しく、少し里の規律を破っただけでも鬼のようになることから里の子からは鬼の紺と呼ばれ畏怖されている。

 頭領の付き人などという男の突然の襲来に、まさか外の人間を連れ込んだことがバレたのかと清流の顔は真っ青になった。しかし次第に強くなる呼びかけを無視することもできず、清流はゆっくりと戸を開けた。


「清流!いたのなら返事をせんか!」

「す、すみません。紺さんが……怖くて」

「なんだワシが怖いとは。何かやましい事でもあるのか?」

「……特に無いですけど」

「怪しいのぉ……ん?なんだアレは」


 紺が指差したのは、置かれた二つの碗と一人分には多い汁、そしてぶちまけられた野菜だった。

一気に紺の視線が秘密の核心へと近づき、冷たい汗が清流の身体中から吹き出す。

 この家には一人しかいない、それなのに何故お椀が二つもあるのか、何故この量の汁を作ったのか、そして何故使うつもりもない野菜を放り出してあるのか。それらの疑問全てを、なんとか誤魔化さなければならない。頭の中が焦りと混乱でいっぱいになり、いつものように口が回らず、ぎこちなくなった。滑りを良くしようと、乾いた唇を舐めるが、舌も乾いていた。


「飯ですけど」

「何故碗が二つある。しかもこの散らかり方はなんだ?!綺麗にせんか!」

「すみません。慌てていたもので」

「慌てていた?何故だ」


 出す言葉出す言葉がドンドン墓穴を掘っていく。バレないよう嘘をつかず真実を話さず、言葉を選んだつもりが紺は真実へと突き進んでいく。

 紺の視線がとうとう疑うものとなり、心すらも見透かすように清流をじっと見つめる。清流は必死に言葉を探しながら紺の視線を真っ直ぐに受け止めた。逸らせば紺はより疑いを強めると知っていた為だ。逃げれば負けてしまう、そう確信があった。


「今日は客人が来たのだぞ。里一番の神童がそれでどうする」

「……!」


 客人、という紺の言葉に清流はとっさに言葉を紡いだ。


「実は僕もお客様を見たんですよ」

「何?ならばもっと早く出てこんか!客を待たせていいと思っているのか?」

「すいません。ただお客様の御前へ向かうのに手ぶらはどうかと思いまして」

「……それで食料を引っ張り出してこの汁を作ったと?」

「ええ。味見をしていたら少々食べ過ぎてしまいました」

「この馬鹿者が!お前の作った貧相な飯など出せるか!いいから来い!」

「はーい」


 乱暴に戸を開き外へと出て行く紺について行きながら清流は心の底で舌を出した。そしてどうやらうまく誤魔化せたらしい、と不安そうに目を覗かせている少女に合図を送りながら後手に戸を閉めた。


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