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「お待ちしておりました、ヒイラギ様」

「久しぶりだな藍。……里はあれからまた寂しくなったようだが」

「ええ、この里に依頼をしてくださる方もめっきり減ってしまいまして……どんどん寂れていく有様で」


 深い茶の上質なスーツに身を包んだ老人は、差し出された手に持ってきていた荷物を渡し、手にしている杖を除くと手ぶらになった。そして勝手知ったるように里を進んでいく。それの応対をする男ー藍もその後に続く。


「いいかげんに里を開かんのか?このままでは滅んでしまうぞ」

「外とは繋がりを断つ……それが決まりなのです」

 ヒイラギ様、と呼ばれた老人はその返答に不満そうにしながら整えられた髭を触った。

 カツン、と杖を強く打ちヒイラギは藍へと振り返る。

「日本のあちらこちらで小さい村が消えている。どこも爺婆ばかりになった挙句の消滅だ。この里も同じ道を辿るぞといっておるんだ」

「いくら里が寂れているといえども新しい命は生まれております。ご心配ならずとも大丈夫ですよ」

「一体それは何人だ?里の維持にどれだけの子がいるかわかっていっているんだろうな?この世間知らずが」

「立ち止まらずに前へお進みくださいなヒイラギ様。洋装を見たことがない子供達が集まってしまいますので」

「フン、仕方ない」


ヒイラギは仕方ないといった顔で前へと向き進み始めた。しかし言葉は止めない。


「閉じきっていては未来がないぞ?せめて情報だけでも得ようとは思わないのか?」

「里の秘密を守るためです。開いては神秘が失われる」


 藍は芯を感じさせる声でしっかりとそう言った。意見を譲るつもりはない、と宣言するかのような言い方だった。それにヒイラギは苛立ったように一瞥をくれたが、軽くため息をつくと再び前へ振り返った。


「神秘か。自分たちがいいなら構わないが、しかし未来ある子供達の可能性を奪うのか?それはエゴだろう」

「今までこうしてきました。これからもそうしていくだけです」

「押し問答か。もう何も言わん」

「ご心配、ありがとうございます」

「しかしなぁ……依頼がないと泣くくらいなら広報位打たんか。商売の基本だろうに……」


 1人そう残念そうにごちるヒイラギに藍はくすりと笑みを浮かべた。





「ハァ、ハァ……ハァハァ」


 息を切らせ清流は竹林を駆けていた。日が沈み始めた今、あまり時間は残されていなかった。里の大人達が不審に思う前に帰らなければならなかった。記憶に道筋を刻み込もうと視界の端々に映る目印となりそうなものに時折意識を飛ばしながら真っ直ぐに突き進んでいく。一歩でも遠くへ行ってみたかった。

 そうして1キロほど駆け抜けた頃に、林を風が抜けていく時のような音が清流の耳に流れ込んできた。


「……なんだろう、この音」


 立ち止まり耳をすませるとどうもそれは風ではなく人の泣き声であることに清流は気がついた。途端に清流の好奇心が刺激される。爆発してしまいそうな胸の高鳴りを押さえつけながらゆっくりと方向を探る。


(落ち着け……人が泣いてるんだぞ。きっと迷ってるんだ、見つけてあげないと)


 そう自分に言い聞かせても2人目の外の人間との遭遇に胸は高鳴り続ける。口角はニンマリと上がり、頬が紅潮した。未知との対話に期待しながら清流は音の方へと駆けて行った。


「うぇ……ひっく、ひっく」

「見つけた!」

「……?!」


 清流が音の元へとたどり着くと、そこには清流よりも年下な少女がいた。日が沈みかけているうえに、茂る竹の葉が光を遮るために辺りはほの暗く顔はよくわからないが、低い位置で二つに縛られた髪からは幼さを感じさせた。服はあちらこちらが裂けほつれており、長時間竹林をさまよっていたであろうことが察しられた。小ぶりでぷにぷにとした手や膝、露出された二の腕には擦り傷ができており、さらに何度も転んだのか泥で汚れていた。


 少女の有様に、浮ついていた清流の心は一瞬で地に着いた。しばらくはあたふたと居場所を探していた清流だったが、一向に頭を上げない少女に語りかけるために少女の隣へとしゃがみこんだ。

 隣に座り込んだ清流に、思わずといった様子で少女が顔を上げた。その顔は、暗がりでも分かるほどに泥で汚れていた。こびりついている泥を自分の服の端で拭き取りながら清流は聞いた。


「……酷い格好だ。お母さんは?家族は一緒にいないの?」


 たった一人でこの年の少女が竹林には入らないだろうと、軽い気持ちで聞いた質問だった。しばらく清流は答えを待っていたが、少女は一向に答えない。どうかしたかと顔を覗き込むと、そこには幼い少女がするにはあまりに不相応に、絶望を滲ませた表情があった。口がぎこちなく開かれ、そこからは微かに息を吸う音が生まれる。清流はその様子に内心驚きながらも、少女の背中をさすった。少女が答えるまで、そうして待った。


「ママ……ママいなくなっちゃったの。頑張ってここまで追いかけてきたんだけど……」


 やっとの思いで言葉を吐き出した少女をなだめながら清流は言葉を返す。


「追いかけてきた?」

「うん……。呼んでも待ってくれなくて……だから追っかけてここまで来たの」


 緊張がほぐれてきたのか、少女はしゃくりあげながらもゆっくりと説明を始めた。しかし少女の話を聞いていくうちに清流は困り果てることとなった。話の内容が殆どわからないのだ。

 少女が自分の知っている言葉を使って全力で説明していることはわかるのだ。しかし少女と清流では知識や文化にあまりの差があった。少女の説明の合間合間には、清流には分からない単語が多数含まれていた。前後の流れで一体それが何なのか、ある程度の推測はできるのだが、それでも少女の話を理解するには程遠い。

 わかったことといえば、少女の母親が少女を置いてこの竹林に入っていったということ、そして少女がそれを追いかけて竹林に迷い込んでしまったということだけだった。

 少女の記憶を探れば理解できなかった言葉の意味が分かるかもしれなかったが、未知との体験がまるでただ文字を読むように味気なく終わってしまうのが嫌で清流はその選択肢を無意識に蹴った。清流は少女を心配する一方で、知識を擦り合わせて対話する、異文化交流に確かに興奮していたのだ。



 そうして話し終え黙り込んだ少女を前に清流は考えた。子の呼びかけにも答えず竹林に入っていくとは、母親に何かの事情でもあったのか。泣くことにも疲れたのか、声もあげずに静かにうつむく少女に、共に探してやりたい気持ちはあったが一つ問題が迫っていた。


「ここから帰れるか?もう日が暮れる。こんなところにいたら危ない」


 日が暮れかけているのだ。完全に日が暮れてしまえばいくら清流が記憶を探り道を辿れると行っても迷う可能性が高くなる。それに、遅くなっても帰らない清流に里の者が不審がってしまうだろう。だから日が暮れてしまう前に決断を下す必要があった。


「今までどれくらい歩いた?」

「……朝からずっと」

「朝からずっと?!ずっとか?!」

「うん」


 朝から夕まで竹林を彷徨っていたと話す少女に清流は頭を抱えた。

 それほど迷っていたということは竹林へ入ってきた場所からは相当離れてしまっている可能性がある。

後数時間で夜になる。歩いてきた記憶を引っ張り出し少女を追い返したとして無事にたどり着くことはできるのだろうか。そもそも歩き疲れ衰弱し座り込んで泣いていたのだ、自分で帰らせるという選択肢は取れないのではないか。

 かといってここに少女をおいてけぼりにすることも清流にはできなかった。心細そうに清流を見上げる二つの目は、明らかに助けを求めていた。清流の良心は揺れていた。


 残る選択肢はただ二つ、連れ帰るか、少女の記憶を頼りに外へ連れ出すかだった。


(いや……まずい。流石に連れて帰るのは危ない)



 外部の人間を連れ込んだとあれば流石に里の者たちが黙っていない。外部との接触に関しては里は厳しい。発見されれば処刑という未来が二人に訪れることになるだろう。

 ならば清流が外へと導くか。その選択肢もあったが、それにもまた問題があった。

 このまま連れ出せば、里に引き返す頃には間違いなく夜になる。下手をすれば明日になるだろう。もし夜になって清流がいないと里の者に知られれば、即座に捜索隊が結成される。そうなれば見つかるのは時間の問題だ。そして見つかってしまえば待っているのは厳罰処罰……かなりの確率で処刑が待っている。

 それを避けるためには最早里に帰らないで外へ逃げるという選択肢を取るしかない。しかしいくら外へ興味を持っている清流といえども、この場でそれを実行するには覚悟が決まっていなかった。嫌気が差すほど退屈な里であっても、大切なふるさとなのだ。

 しかし行くか帰るか、浮かぶ選択肢は二つだけ。どちらかを選ばなければならなかった。



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