皇帝陛下の絶盾 五話
「汚い手で触るな……」
女王が窓を見ていると、エルジプスの貴族の男が、下働きの子供を叱責しているところだった。
国は関係なく、どこでもある光景。生まれたときからそれが当たり前、と冷めた目で顛末を見届けた。
客観的にかわいそうな貧しい子供、それらを見ても何の感情もない。それは、彼女が恵まれた立場で、蔑むものが存在しないから。
女王は、陰に追いやられた民らの、復讐のためだけに存在している。
復讐が、終わりなく争いを生むことを、理解していないわけではない。
されど、永い歴史で学べども……陽を得られない地下の人間は憎しみだけで生きている。
「戻ったか……」
祈りを捧げていた女王は、足音だけでルシールドが帰還したことを察する。
それが彼にとって形容しがたい感情を起こし、苛立ちそうになり、彼女のことを無視して自室へ戻ろうとした。
「待て、私情で外出を許可してやったのだ。何かわらわに報告はないか?」
女王はルシールドの服の裾を掴むと、有無を言わさず彼を留まらす。
いくら女王であれ、尊敬しているわけでもない女の細腕など、ルシールドには容易く振りはらえる。
しかし、そんな真似をしようものなら、すぐにでも幹部らに処断される。これまで過酷な環境を生きながらえた事が無駄になるのだ。
「何も。……ああ、一つだけある。」
だから冷静に、考えをめぐらす。
「申せ」
「報告も何も囮に使った女を献身的にも探しに来た婚約者がいただけだが」
「ああ……奴が皇帝を炙り出すために占いで決めたのだったな……」
「このジメジメしたクソみてえな地下ではお目にかかれない光景で……反吐が出そうだった!」
「……時に、ルシールド。ルシーダには会えたか?」
◆
「好戦的な雰囲気の男か……」
「今頃は親分に皇帝の中身の報告してる頃か?」
ルシーダとファフトーンが一緒にいたところを、敵の幹部と思わしき男に見られ、感づかれたことは由々しき事態だ。