皇帝陛下の絶盾 二話
「ルスザンス」
「お呼びでしょうか女帝」
「連れてまいれ」
「くっ! はなせ!」
「待っていたぞ、そなたがルシールドだな」
「あの子はどこだ!?」
「貴様! 陛下に向かってなんたる無礼!」
「よい、お前は下がれ」
「はは」
「そなたの大事なあの女は、今はジュグに偵察に行っておる」
「宰相というのは本当か?」
「うむ、しかしあの女がこの国を裏切るやもしれん。お前を捨てた過去があるからな」
「……要件は?」
「ルシーダに代わり、そなたがここでわらわの配下として働くのだ」
「オレに……何をさせるつもりだ?」
「孤児のそなたに宰相をしろとは言わん。そなたのすることは、わかるな?」
エンプルスは脚を組み替える。
「く……殺せ!」
ルシールドは自分から上着を脱いで首を晒した。
◆
あることを思い出した僕は、早朝からルシーダと城に訪れて彼女を探す。
「モナシーさんよ」
以前のパーティーでモナシーに聞きたいことがあったが、タイミングが悪く聞けなかった。
「ちょっといいかな」
「なにかご用ですか?」
「パーティーで褐色の男がいたから、何か話してたことでエギーユが気になってるって」
伯爵家の息子ファフが調査に参加したのは友人の発案だから。
なるだけ自主的な皇帝との繋がりはあれど薄いと思わせないといけない。
「次の皇帝陛下の名前は何か聞かれて、知らないって答えた」
無理もないだろう。覆面の中身が20になるまで皇帝の名前は一部を除けば国民は
知らないのだ。
「それじゃあ
彼女に聞きたいことは終わったので、立ち去ることにする。
「私からも聞いていい?」
「何ですか?」
「その子誰?」
このあたりでは見慣れない褐色に怪訝そうにしている。そういえばあれから、まったく説明していなかった。
「彼女は賓客だそうで、僕もよくしらないんですよ大将補佐殿。婚約者のシアンから聞いてません?」
「あの方と仲がいいわけじゃないから、聞いてないなぁ」
しょんぼりした様子の彼女は、隊の建物の中に戻っていく。
何か悲しむ要素があったのか、ルシーダに目くばせしてみるがわからないと首をかしげている。
シアンは仮のつもりでもこちらのほうは本気なんだろうか?
「やあファフくん」
上から親しげに声をかけられたと思ったころに、奴はもう地上にいた。
「あなたは、騎士団の大将ロシトン」
「なんだろ。その大将っていうのやめてもらっていい?」
このロシトンという男は実に食えないやつである。いつも手抜きばかりしているが何を考えているかわからないのだ。
彼は僕が皇帝だと気がついて いるかいないかわからないが、何か鋭い視線を感じて仕方がない。
自分では両親と友人にしか話していないのだが、皇帝を選別した使途エベン(あのもの)が話していないとは限らない。
僕が皇帝の仕事でベールをかけるときには、専用のハッチから部屋に移動し人を遠ざける。
魔力で使い手の特定も可能なので、基本的にこの城では魔法を使わないようにしているのだ。
そのことから皇帝スタイルの僕には誰も近寄ってはならないきまりがあり、自分を守るのは自分自身。
これはどの皇帝もおそらく通る道だが、僕の場合はとくに正体を知るものが身内しかいないので、シアンやエギーユがいればモロバレだ。
彼らの場合は公爵家や侯爵家の子なのでそれなりの近い席であるが、そこに伯爵子息ファフトーンが不在だと、交友関係を知るものからすれば少し違和感があるだろう。
ロシトンとは親しくないので、そんな推測はされない筈だが……警戒はしておこう。
「黙り込んでどうしたの? 考え事、ああ……コロシなんて野蛮な僕が苦手?」
「いやそういうわけでは……」
「あーそれにしても、気になるなァ」
「へ?」
「皇帝が不死になり、好きなタイミングで死ねるってどんな理論なんだろう」
「さ、さあ……考えたこともないです。魔法でなんとかなるんじゃないですか」
「そうだね。虫も殺せない天使くんをこわがらせてごめんね」
正体がバレないように猫をかぶっているとはいえ、そんな清廉潔白な聖人君子イメージを他者にもたれていたとは……。
「あまり二人きりを邪魔するのは君の彼女に悪いよね。用はそれだけだよ」
二人きり……いわれてみればそうだった。……ルシーダが僕の彼女!?
彼女という耳慣れない庶民的な単語をもう一度反芻してみたくなり、ロシトンにワンモア・アンコールプリーズしようとしたがもういない。
「ロシトン様ったら……彼、婚約者がいるでしょうに」
誰かわからない女の人が困った様子で腰に手を当てる。
「あなたは?」
「ロシトン様の妻、ラエネです」
謎の多いやつだとは思っていたが、彼が既婚者なんて知らなかった。
「なれそめは?」
ルシーダが興味津々で問う。
「告白されたことはないの」
親の決めた見合い婚なんだろうと察せるような困った顔で答える。
「それにあの方には他に想い人が……こんな話つまらないわよね」
ラエネは去っていった。
「大人だわ」
「行こうかルシーダ」
◆
「あの女でしょ? 公爵のご子息の婚約者というのは」
「えー赤紫色の髪じゃない。どこがいいのかしら」
「でもあれって、求婚者に困っている彼女を見かねてだったはずよ」
「シアン様、慈悲深いのね」
「それなら婚約者というのはデマね!」
「わたくし、思うのよ。シアン様にふさわしいのはリア様だと」
「そうね、親戚婚や他国婚の禁じられている公爵家には侯爵家の女性が年齢も身分も釣り合う」
「けれど彼女には伯爵家の婚約者が……」
「きっとリア様だってシアン様に求婚されれば捨てるわ」
「あの、モナシー」
「エギーユ? どうかした?」
「あんなの気にすることありませんよ」
「そうだね」
「あの、明日の休息日にシアンとファフ、そしてリアを連れて行くんです。
一緒にどうですか? タイミング最悪ですが……」
「あなたが自分から人に話しかけるなんてめずらしい。どうして誘ってくれるの?」
「君がシアンを好きなのはわかっていますから、友人と婚約者の仲を深めようかなと……」
「うーん、それはちょっと必要ないかな」
「……もしや、既に深い仲で……おせっかいでしたか?」
「……そうだ。大将も行きたいって言ってたから、一緒に連れてきてもいい?」
「悪いことではないですが、彼なら……まあご存じでしょうし……では明日」
◆
「ロシトン大将」
「モナシー……いないのか……で?」
「明日は休息日ですが、大将殿は行かれますか?」
「いけたら行くけど」
「やはり奥方とですかぁ~」
「そんじゃあモナシー殿はフリー!」
「は? 待て……」
「あれは、大将ロシトン……」
「こんなところで何をしてるんだ?」
「やあシアン君、今日も三つ編みキマってるね」
「それはどうも」
「それで、噂の婚約者とはどうなの?」
「どうということはないです。あれ以来会話もしてません」
「婚約した日から?」
「お互い利害関係というか……大将なんだからあとは部下本人に聞いてください」
「噂ついでに、気になることがあるんだけど」
◆
「皇帝陛下は婚約者のいるファフをお仕事に任命して女の子と一緒にするなんて、いじわるだわ……」
「……リア」
「ファフ!」
「明日の休息日、みんなで一緒におしのび巡りだね」
「うん……楽しみだわ!」
「ルシーダは軍の人にでも預かってもらうから」
「そうなの? でもせっかくのお祭りなのに」
「リアがルシーダのこと嫌なんだと思って」
「もう……そういうことじゃないのよ。男の子にはわかんないかしら」
◆
「リアがどういう意図だったのかわかんなくて、ルシーダに聞くわけにいかないので女心を教えてモナシーさん」
知り合いの女の子がほとんどいないので消去法で彼女に聞く。
「うーん。お友達ってわけじゃないけど女の子同士で仲良くしたいのに、恋敵になりそうとかそんなとこかな」
普通は恋敵になるなら排除しないか? 女の子の機微は本当にわかんないな。
「そんなつもりは……」
「じゃあ仕事行くからまた明日」
「え、モナシーさんも来るんだ」
ルシーダのこと言いそびれたが、まあいいか!
◆
「モナシー……」
「うわっ! やつれてる」
「なんか皆がこっちを見てきて困る」
「どうしてでしょうね?」
「そういや、休息日……行くの?」
「はい! エギーユに彼らと休息日のお出かけに誘われたんですが、大将も一緒に行きますか!?」
「城にいるのも面倒だし行くよ」
「やはり警備せずにすむ貴重な日ですし、自宅で……え?」
「だから、一緒に行くって」
「うせやろ……あのダルダル大将が」
「聞こえてるんだけど」