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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第四章 『テクノ・マジカディア』

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第十八話 『Romantic Warrior』



 事態の複雑さも相まって、昨日の後始末は相当に大変だった、らしい。

 騒動の渦中にはほとんど動きの見えなかった役員たち、学院の関係者、ついでに学生達も、一夜明けておおまかな話が伝わると、早朝から事態の収拾に奔走していた。

 唐突な学長自殺の調査に端を発した一連の事件が、魔法学園都市マジカディアにここまで壊滅的な被害を与える結果になったのは、誰にとっても予想外であったに違いない。


 感傷に浸る暇もなく、暫定的に責任者にならざるをえなかったウィラーにとっての救いは、ミリエルこと大魔法使いミールエール=スティングホルトが、上級捜査員の肩書きで街を訪れていたことだろう。


 首魁と言うべきか、元凶と呼ぶべき汚泥は、大魔法使いミールエール=スティングホルトをして厄介で許し難い存在であった。

 その汚泥がいつからか副学長ハルマックと同化し、学長オージェスを自殺に見せかけて暗殺、マジカディアの中心にある古代文明産の中央塔を掌握するのが目的だった。

 ここまでは良い。筋書きだけ見ればまだ理解の範疇にあった。

 なんやかんやあって中央塔が変形し、攻撃魔法を一切受け付けない巨大ゴーレムと化した。

 これもまたある種の研究者にとっては、理解は出来ないがそういうこともあるとして受け入れられる事態だ。

 だいたい古代文明のせい、というフレーズが流布している通りに、かつての超文明が現在の人間の手の及ばない領域にあったことは周知の事実である。

 その中央塔が本来ダンジョンであったことや、決戦兵器と称された巨大ゴーレムが大魔法使いとその助手と学生の奮闘の末なんとか打ち倒された。

 これも飲み込めなくはない。

 王国においては、大魔法使いという肩書きはそれくらいやってのける、と信じられているからだ。


 だが、そうした希有な出来事、信じたがたい状況の発生と、それほどの危難にあってすら一般市民の人的被害が無いに等しかったという結末を合わせると、何もかも嘘くさくなるのだ。

 たぶんミリエルがこの場にいなかったら事態を誤魔化すための虚偽か、さもなければ幻覚でも見ていたと一蹴されかねなかった。それだけ特異で、信じがたい出来事の連発だったのだ。


 決戦兵器テクノ・マジカディアの被害は、学院の敷地内のみに収まった。もちろん、ミリエルが意図的に逃げるルートを計算して、被害が拡大しないように努めた結果であった。

 瓦礫の山と化した学舎や、踏み荒らされて原形を留めていない庭園や広場などが、今も俺たちの目の前に広がっている。

 それらを眺めながら、隣でミリエルが静かに呟いたのだ。


「良い機会じゃったな。市井の空気と混ざり合ってこそ、学びの価値は生まれるからのう」

「本当にいいのか。手伝わなくて。更地にするだけなら俺たちが出た方が早いだろ」

「ワシらみたいな例外がしゃしゃり出ては、今後に悪影響も出かねんからのう。世間一般と隔絶していた魔法学院に、再出発の機会がせっかく与えられたんじゃ。今こそ学生たちが伸びるチャンスじゃよ」

「おお、教育者っぽい」

「ワシ、これでもラクティーナの師匠なんじゃが」

「……そうだな」

「なんじゃその顔。おい、眼を見て話さんか」


 当事者のひとりであり、ある意味で事態の中心にいたルイザは、ウィラーの指示に従って方々を走り回っている。

 二人とも、忙しくしている方が楽なのかもしれない。

 偉大な学長、灰色のオージェスはもういない。

 オージェスの弟子であり役職付きであるウィラーと、オージェスと個人的な親交を持って共同研究していた学生のルイザ。

 今現在も微妙な距離感を保ちつつ、互いにオージェスのことで話を交わしているそうだ。


 ルイザと言えば、体内に埋め込まれたコントールクリスタルの問題が残っていた。

 ちょうど、戻ってきたウィラーに相談を持ちかけられ、ミリエルが離れた瞬間だった。


「やあ、ヨースケくん。今回は助けてもらったねえ」

「遅かったな」

「やらなきゃいけないことが多くてねえ。ようやく区切りが付いたのさ」


 近くに潜んだまま、俺とスピカだけになるのを待っていたらしい。

 黒ローブに身を包んだコッペリアが、唐突に出現して、挨拶がてらフードを取った。

 朝の光に満たされた学院敷地内にあっては、場違いでもあり、似合ってもいる風体だ。

 俺はルイザの身体のことを尋ねた。


「お互いにとって幸運だったよ。もう、コントロールクリスタルは機能しないねえ」

「……どういう意味だ?」

「アンジェリカくんのときと似てるねえ。本来の使い方とは違ったせいか、あの一発で粉々になって体内に吸収されてしまったらしい。同じ手段は二度と使えないねえ。代わりに副作用も無いだろうけど」


 少なくとも、ルイザにとって悪い話ではなかった。

 コッペリアによれば、他の魔法を使えなくなる、ということもないらしい。


「ルイザくんの肉体を通してヨースケくんの魔力を使うなんて無茶をしたからだと思うよ。あんなの、どう考えても普通の人間が出せる出力ではなかったからねえ」


 そう語るコッペリアの表情はひどく普通で、だからこそ俺はつい尋ねてしまった。


「どこまで予測してたんだ?」

「はてさて、何のことだか分からないねえ。なにしろ、私の交渉は下手だと言われてしまったばかりだし。人間の考え方というのは、なんとも難しくて困ったもので、とてもじゃないけれど手に負えない。私はせいぜいヨースケくんに恨まれないようにするのが精一杯だったねえ」

「……ならいい。恩に着る」

「私も恩返しを兼ねてると、そう言ったつもりだけどねえ」


 上手な交渉の手法を、このコッペリアが本当に理解していないものだろうか。

 見せ札。そんな言葉が頭を過ぎる。

 最終的に、コッペリアがこの事件を通して得たものは何だったのか。


「……暗躍が趣味なのか?」

「まさか。誤解だよ」


 珍しく、コッペリアの答えが早かった。

 反射的に口にしてしまったみたいに聞こえた。


「なるほど。……お前にとって今回、実は綱渡りだったんじゃないのか?」

「どうしてそう思うのかな?」

「接触を図ってきたタイミングが、俺たちが塔を追い出されたあとだったからだ。汚泥だとか決戦兵器についての情報を最初から持っていたのなら、もっと上手く誘導できてもおかしくない。とすると、あの場面しか介入のチャンスが無かった。あるいは、恩を売りつつ望む結果が得られる算段が付いたのがあの瞬間だった。どうだ」

「そうだとして、何か変わるかな?」

「ふむ」


 少しだけ、俺は考えてみた。

 転移という特異な能力と、古代文明やダンジョンについての詳しい知識があるコッペリア。

 だが、かつてのネストンでもそうだったが、その行動はひどく受け身である。

 同胞の願いを叶えるために動くと嘯いてはいるし、それも真実なのだろうが、もうひとつ。

 コッペリアには、何らかの強い制限がある。

 自由に動けないだけの理由が。そして、それでも動こうとする理由が。


「ああ、そうか」

「……何か分かったみたいだねえ。でも、それは口にしないで欲しいな」

「分かってる」


 俺が察した内容を、コッペリアも理解しているようだった。

 なんとなく、頬が赤らんでいるようにも見える。


「代わりに、ひとつ聞いて良いか」

「構わないけど、答えられることには限りがあるよ」

「それも分かってる。ダンジョンコアの、本当の望みはなんだったんだ?」

「――」


 コッペリアが絶句した。その数秒後、端正な顔立ちを崩して、笑ってみせた。


「なんで、そう思ったんだい」

「決着前に聞いたときに、まともに答えなかっただろ。そのときからずっと気にはなってたんだ。ネストンのときみたいに修復が可能なら、お前は望まれればコアを直そうとするはずだ。だが、そんな話を一切抜きで決戦兵器テクノ・マジカディアをあえて正面から倒せ、と来たもんだ。つまり自爆だとか、汚泥云々なんてのは単なる後付け、そうでなくとも優先順位は低い話だったんじゃないのか」

「ふむ。誰しも、誤魔化したいことがあると口数が増えるのかもしれないねえ」

「ぬかせ」

「聞いたら後悔すると思うよ」

「聞かなければ、それはそれで後悔するとは思わないのか?」


 コッペリアは嘆息し、静かに答えた。


「大した理由じゃないよ。どのみち、あの百十一番ダンジョンコアは限界だったのさ。別の言い方をすれば、寿命だね」

「寿命になったダンジョンコアの延命は、しないと?」

「望みというのは、難しいものだねえ。本人が口にしている内容と、本当に願っていることが、ちょっとだけズレていたりする。君たちが汚泥って呼んだアレだって、そうさ。かつてのアレは人間をより高いステージに昇らせるために存在していた。ちゃんと前もって承諾を得た上で、相手の体内に居場所を得る。そんな仕組みだったわけだ。……昔はね」

「寄生というより、共生してたのか」


 寄生虫の中には害を及ぼすだけではなく、宿主にメリットを与えるものも存在する。

 そうした関係性の場合は、寄生ではなく共生と呼ぶべきだった。

 お互いにメリットがあるなら相利共生、片方だけが利益を享受するなら片利共生。

 そして一方的に何かを奪い取り、不利益のみを生じさせたとき、寄生と呼ばれる。


「可能な限り生き続けたい。この望みは、生物としてはある程度正しいだろう? アレが純粋な生物であるかという議論はさておくけれど。ただ、何のために生きるのか。生き続けるのか。アレはそれを見失ってしまったんだねえ。……だから私はアレの望みを叶える必要を感じなかった」

「待て。……もしかして、同胞というのは、汚泥も入ったのか?」

「余所者であるモンスターと違って、アレもこの世界の命には違いないからねえ。場合によってはアレの味方をしていた可能性は否定できないねえ」


 俺は、話を聞いたことをすでに後悔しつつあった。

 価値観の違いは認識していたつもりだったが、いま、危機感が足りなかったと気づいた。

 いつか致命的な齟齬になりかねない。その事実を再認識したからだ。


「話を続けてくれ」

「といっても、そう長い話じゃない。百十一番ダンジョンコアの望みは、狂ってしまったアレごと自身を処分して欲しい、というものだった。彼女も自分の寿命を悟っていたようだからね。だから、チャンスがあればその隙に自爆しようとしていたんだねえ」

「……なに?」

「生存が最上位目的のアレが、自らの意思で自爆なんかするわけがないじゃないか。自爆したがっていたのは、百十一番ダンジョンコアの方だよ。自動運転時に敵に乗っ取られた場合のカウンター処置としての自爆? そんな必要がどこにあるのさ。機能を停止するだけで十分だねえ」

「お前は、ダンジョンコアの望みを叶えようとしたんじゃなかったのか?」

「決戦兵器テクノ・マジカディアに搭載されたダンジョンコア。そんなものがまともな意思を保っていられたわけがないじゃないか。古代文明のロマン信奉者たち。あるいはマッドエンジニア連中に毒された彼女は、夢を見たのさ。自分を冒す邪悪を巻き添えにせんと盛大に自爆して、ここで華々しく散ってみせようか、ってね」

「なんだそれ」


 なんだそれ、だ。本当に。

 いや、考え方は分かる。古代文明のろくでもないエンジニアどもの悪趣味の影響だ。

 巨大ロボ……もとい巨大ゴーレムを処女に操縦させたがったり、あえてあの形状にしたり、そこにいたった筋道は理解出来る。出来てしまう。

 しかし、その感性のままに甚大な被害をもたらそうとしていた事実に息を呑む。


「状況が状況だったし、ヨースケくんが考えた通り、実はタイミングがギリギリで、あれこれ準備する猶予がなかったからね。苦肉の策として、私はこう提案するしかなかった。悪の手先に成り果てた決戦兵器テクノ・マジカディアが、愛の力に目覚めた乙女によって討たれる。このプランでどうだろうか、と」

「で、ダンジョンコアの反応は」

「乗り気だったねえ。そうじゃなかったら、あんな溜の長い魔法は当たらないと思わないかな?」

「これまで見聞きした古代文明のノリなら十分ありうるな。……でも、信じると思うか?」

「疑り深いねえ。私の話に何かおかしなところでもあったかい」

「一見、筋が通っているように聞こえるから性質が悪い。だけどな、これまでの流れでひとつ違和感が残ってる。このマジカディアの地下にある、枯れたダンジョン。マジカディア地下迷宮。これだ」


 コッペリアが、目を細めた。


「ミリエルは死んだダンジョンだと言っていた。枯れた迷宮だから、モンスターは発生しないと。事実モンスターの気配は無かった。出て来た影男も汚泥の仕込みだった可能性が高い。だが、テクノ・マジカディアの壊れ方と、形が残ったままの地下迷宮。どうしてこんな差異が出来た?」


 ダンジョンコアの死。それゆえに巨大ゴーレムは崩壊し、すべてが砕け散ったように見えた。

 しかし、コアの寿命がダンジョンそのものの崩壊と繋がっているとすれば、マジカディアの地下にいまもなお存在しているあの迷宮、建造物として形だけを残した状態は、何を意味しているのか。

 ずっと疑問だった。

 この答えが、コッペリアの介入と関連していると考えるのは、悪くない思いつきだった。


「テクノ・マジカディアの例に倣えば、ダンジョンコアが失われたダンジョンは崩壊する。逆に、ダンジョンコアがまだ残っている場合、ダンジョンはその形を維持し続けている可能性がある。壁面や天井にマナが巡っていないのなら、人間があとから手を加えることは出来るだろう。現在はモンスターの発生も一切無いのだから、死んだと判断されてもおかしくない。だけど地下ダンジョンのそれは、あくまで長らく停止しているだけであって、実は最初から死んでなかったんじゃないのか?」


 こういうのも、死体の偽装というのだろうか。

 あるいは双子の入れ替わりか。

 転移という力は、距離や時間、多くの不可能を、一度で可能にすり替えることが出来る。


「その考えが当たっていたとしても、ヨースケくんは何も困らないと思うよ」

「そのことを、俺は知っている。そう言っておきたかっただけだ」


 俺の言葉に、コッペリアは口元を歪めてみせた。

 先を促すような素振りに、俺はため息で返す。


「じゃあな、コッペリア」

「おや、もういいのかい」

「俺たちを巻き込みこそすれ、敵意や悪意があるわけじゃないのは分かってる。これ以上言ってもしょうがないだろ。それに」


 俺は一度黙った。

 コッペリアは興味を引かれたように、俺の顔を見た。


「そこで止めないでほしいねえ。なんだい、言ってみせてよ」

「お前も大変だな、って思っただけだ」

「……あはは」

「まあ、なんだ。お前がいてくれて助かった部分もある。ありがとよ」


 コッペリアは曰く言い難い顔をして、すぐ真っ黒なフードを被ってしまった。

 それから何か言いたげに手を胸の前で彷徨わせていたが、結局何も言わずに消えてしまった。

 黙っていたスピカが、感心したように声を発した。


「あのコッペリアさんがあんな動揺の仕方をするのは想定外でしたね……」

「そんなつもりじゃなかったんだが」

「自覚無しなのは、流石にどうかと思いますけれど」


 ミリエルが戻って来るなり、俺の顔を見て言った。


「む。ヤツは去ったか」

「気づいてたのか」

「あやつが興味があるのはお主だけじゃろ。ワシがいては姿を見せぬと思ってな」


 ウィラーとの話を理由に、あえてこの場を離れていたらしかった。


「して、ルイザの身体は心配ないんじゃな?」

「みたいだな。もちろん、コッペリアの言葉を信じるならばの話だが」

「今更そこで嘘を吐く理由もなかろ。ふぅ、ようやく肩の荷が降りたわ」

「ウィラーからの相談はなんだったんだ?」

「上に出す報告書の内容についてと、今後の学院運営について助言を求められてな……マジカディアの象徴であった中央塔が消滅したじゃろ。こうなると学院だけでなく、街全体にとっての影響が大きくてのう。魔法学院の学舎は再建すれば良いとして、何を持って魔法使いの街とするのか、その根拠が失われたに等しい、とウィラーが焦っておった」

「あー……学院の地位と、市政とのバランスが崩れたわけか」


 学長と副学長、あるいは学長代理が両方とも亡くなった事実が重く伸し掛かる。

 後進が成長するチャンスとばかりにミリエルは手出しをしないつもりだった。しかし現実的な問題が山積している事実に耐えかねて、ウィラーが泣きついてきたらしい。


「学長になってほしいとでも頼まれたか」

「ワシもその可能性を考えておったんじゃが、今日になって別の問題が持ち上がってのう」

「地下迷宮が復活したか」

「知っておったか。あの自動人形に聞いたんじゃな」

「理由については?」

「中央塔が崩れたことで、封印されていたダンジョンが復活した、というのが大方の見解じゃった。一度枯れたダンジョンが蘇るなぞ、ワシも聞いたことがなかったからのう。……違うんじゃな?」

「確証はないけどな」

「その反応で十分じゃよ。なるほど、律儀に答え合わせをしていったか」


 地下部分とは言え、街に直接繋がっているダンジョンが復活したわけで、やはり危険は否めない。

 ウィラーが指示して、入り口出口に当たる部分に見張りを立てた。

 発生したモンスターが街中に流出する様子もなかったのは、不幸中の幸いだった。


「ひとまずの安全は確保したが、これも懸念材料じゃな」


 ミリエルが苦笑する横で、俺は工事現場さながらの廃墟と化した敷地内を見回した。

 学生たちや講師陣が、魔法を駆使して瓦礫の撤去や整地に精を出している様子が窺える。


「急げ急げぇーっ! 夜になったら作業できねえぞー!」

「親方っ! あっちの学生さんが何をやったらいいかって聞いてますっ」

「へえ、いいんですかい。じゃあ、そっちにまとめた瓦礫を……」

「修理班、そろそろ部品届いたか」

「特急便回してもらってますけど、今夜はアレなんで……明日以降になるかと」

「主任! 主任はどこ行きました!?」


 動き回るのにローブ姿は不向きなのか、魔法使いらしからぬ軽装姿も多々目に入ってきた。

 作業員と入り交じって、学院関係者たちがああでもないこうでもないと相談している姿も見えた。


「学院もすっかり様変わりしたし、街との関係も昨日までのようにはいかんからな。学長の件、あくまで代理で、短期間ならという条件で引き受けるつもりじゃ」

「いいのか」

「半年もあれば新学長も決まるじゃろ。それまで面倒を見てやることにしたんじゃよ」

「学生にとっては朗報だな」

「本当は旅にしばらく同行して、弟子の成長を確かめるつもりだったんじゃがな。母校がこんな状態になってるのを見過ごすわけにもいかんじゃろ」

「ミリエルさんにしては殊勝な発言ですね」

「母校には愛着もあるしな。なにより迷子が助けを求めてきた以上、それに応えてやるのがまっとうな大人の役割じゃよ。性悪な魔導書には分からん感覚かもしれんのう」

「急に格好善さげなことを……。ことあるごとにご主人様に色目使ってたくせに!」

「そ、それとこれとは話が別じゃろ!」


 スピカとミリエルがやいやい言い合っているところに、駆け込んできた人影ひとつ。

 よほど急いで来たのか、肩で息をして、呼吸を整えてから顔を上げて一言。


「ヨースケ! それと師匠も! 無事!? 生きてる!?」

「見ての通りじゃ。それともワシらが幽霊に見えるかの、ラクティーナ」

「開口一番、皮肉が飛び出すあたり本物の師匠ね。……あっ、ヨースケ、ごめんね。師匠に変なことされなかった? 無茶なことさせられたでしょ? ああ、性格からすると疑わしいかもしれないけど、こんなでも本物の大魔法使いミールエール本人だから……」


 いつになく勢いのまま喋っているティナに、ミリエルが意地悪そうに笑う。


「ほー。ワシに対してずいぶんな扱いが出来るようになったのう、ぼっちのティナちゃん」

「師匠のことは尊敬してますけど、それはそれ、これはこれです。というか、もうぼっちじゃないし。あと師匠からティナちゃんとか言われると鳥肌が」

「一足も二足も遅かったのうラクティーナ。お主が虚報に引っかかっておるうちに事件は解決したぞ。ワシとヨースケの力でな」

「やっぱり、あたしをこの街から遠ざけたのは師匠の仕業だったんですね」

「うむ。お主では荷が重そうだったのでな、ヨースケに力を借りたんじゃよ」

「……確かに、ヨースケだったらあたしより戦力になるものね」


 ティナは少し寂しげな顔をした。

 師匠から直々に力不足と言われれば、弟子の立場としてはそんな顔にもなるだろう。

 俺たちの目の前で交わされた師匠と弟子のやり取りを受けて、スピカが言った。


「弟子も弟子なら師匠も師匠ですね」

「なんじゃと」

「なによ」

「もう少し素直になったらいかがですか? 今回は危険だからと巻き込みたくなくてティナさんを遠ざけた師匠と、ミリエルさんに認められたいけど嫌われたくないから本音を飲み込む弟子とか。そんなしおらしい性格じゃないですよね、二人とも」


 バラされて咄嗟に反論できなかった二人に、スピカが続ける。


「そんなんだから二人ともご主人様にアプローチしても鉄壁スルーされるんですよ!」

「えっ、師匠……正気ですか!? というか出逢ってまだ一日二日でしょう! それで惚れるとかチョロすぎですよ! そもそも年の差を考えてください!」

「お主こそ……結構な期間、一緒に旅しているくせに何の進展もないと聞いたぞ。だったらワシが前に出ても構わんじゃろ? あとワシは決してチョロくはないぞ。命掛けの戦場で背中を預け合えば、時間の長短なんて関係ないわい。ワシの見る眼の確かさはお主だって知ってるじゃろ」


 師匠と弟子の良い話が一転、ギスギスした空気に取って代わられてしまった。

 俺は返してもらったコートのポケットの中、スピカの背表紙の角を指で軽く弾いた。


「スピカ、お前な……」

「この魔導書スピカ、やりました! すれ違いかけた師匠と弟子を正面からぶつからせる偉業を達成してみせました!」

「やらかした、って言うんだこれは」


 スピカが高らかに語るのを、俺たちは無言で聞いた。


「ティナさんが『し、師匠が悪いのよ……あたしがヨースケのこと好きなのを知ってたのにちょっかい出すから! ああ、ごめんなさい。ごめんなさい師匠……』と毒を盛ったあとで後悔したり!」

「ちょっとスピカ! あたしを何だと思って……!」

「逆にミリエルさんが『ふん、馬鹿弟子め。ヨースケはワシのものだと知っておきながら奪おうとするなど言語道断じゃよ。これは誅伐じゃ』と魔法で爆殺してから弟子との永遠の別れに涙する、みたいな二時間ドラマ風の後々起こりえた悲劇を見事に回避してみせましたよ!」

「こう言ってはなんじゃが、ヨースケよ。この魔導書、ちと毒気が強すぎんか?」


 ひどい未来予想図を聞かされたティナとミリエルが、口論を止めて唖然としていた。

 スピカはふふん、と勝ち誇ったような笑い声をあげた。


「ご主人様のパートナーとしては、これくらい先回りして手を打たないといけませんからね!」

「師匠」

「うむ」

「ヨースケ、あんたの相棒、ちょっと貸してもらっていい?」

「なあに、傷つけるような真似はせん。せんとも。じゃから、な?」

「ご、ご主人様? スピカはご主人様のためを想って……!」

「スピカ。お前は最高の相棒だ。それは間違いない」

「では……!」

「でも、お前はやり過ぎた。やり過ぎたんだ……」


 俺は嘆息しつつ、魔導書スピカをティナに手渡した。

 見捨てられた嘆きのようなスピカのうめき声に心は揺れたが、微笑む二人に後を任せた。


「ああっ。そんなっ、ご主人様が打ちひしがれたような声で……ワタシはただ将来の修羅場を少しでも減らすために……ああっ、ダメです。見ないで……そんなところまでめくらないで……そこ、そこはご主人様だけに見せて、あっ、そんな風に触ったり、いじったり、やめ、やめてくださーいっ!」


 艶めかしい声であった。やっていることは、ミリエルとティナでページをめくったり、隅々まで文字を読んで解読しようとしてみせたり、上下逆にして閉じた状態から真ん中を大きく開いたり、だった。

 実に健全である。

 まことにめでたい、美少女二人が本を中心にきゃっきゃうふふしている状況に見えなくもない。


「うう……ひどいです……スピカがあんな風に開かれちゃったり、隅々までじっくりたっぷり舐めるように見られてしまうのを止めてくれないなんて、ご主人様ぁ」

「ヨースケよ。これまでの実績からしても、こやつが最高位の魔導書なのは重々承知なんじゃが、実は高性能のエロ本ではないのか?」

「……ノーコメント」

「ご主人様!?」


 スピカとの出逢いが出逢いだったので、ちょっと否定しづらかった。


「そうね。あと、なにあの声……変な気分になるから勘弁してほしいんだけど」

「わ、ワタシはご主人様のモノにしか反応しませんから! 変な感想はやめてください!」


 魔力、という一言を抜くだけでちょっと過激な表現に聞こえる。


「その言い方もアカンじゃろ」

「ワタシは清純派なんです! これまでも、これからもご主人様一筋なんですから!」

「一途というべきか、それとも所詮清純派であって、清純そのものではないと突っ込むべきか」


 そんなこんなで大事件が終わった後らしい、騒がしさと安堵の入り交じった空気のなか。

 爽やかな朝の風に光が溶け込んで、俺たちの見ている先、人々の慌ただしく動く姿を輝かせる。

 終わったのだ。

 色々なことが、これで決着した。そんな実感がようやく湧いた。


 昼過ぎ、喧騒を背にして、俺たちは街を出る支度を終わらせた。

 隣町までは馬車が出ているらしく、その出発時刻が迫ってきていた。


「もう行くんじゃな」

「ああ。世話になったな」

「助けてもらったのはこっちの方じゃ。お主がおらんかったら、事件の解決は遠ざかっておった。あるいは被害が拡大し、大量の死者や怪我人が出ていたかもしれん。大きな借りが出来たのう」


 ミリエルは眩しそうに、俺を見上げてきた。

 魔法使いの大きな帽子に、長い杖。

 交わった視線、瞳には柔らかい光を煌めかせ、口元には綻ぶような笑みが覗く。


「ヨースケが望むなら、前に言った通りカラダで返してもいいんじゃが」

「師匠」

「そう膨れるな。冗談じゃよ、冗談」


 大魔法使いに対しての貸し一つ。

 ささやかな報酬と見るか、望んでも容易く得られない結果と見るかは、ひとによる。


「出来れば、街が落ち着くまで逗留してもらった方が都合が良かったんじゃが……まあ、一つ所に留まる気はなさそうじゃからな」

「悪いな。面倒を引き受けてもらったみたいで」

「なんの、元々こっちの仕事じゃ。名乗った以上、肩書きに見合った責任は果たさんとな」


 学長と副学長の死。中央塔の消失。地下ダンジョンの復活。

 学院のみならず、マジカディアの街全体に不安と混乱が渦巻くなか、大魔法使いミールエールは、その対処に追われることになるだろう。

 本人は名義だけのトップを標榜するだろうが、俺の知るミリエルは、本質的にお人好しだった。ウィラーを初めとする新体制の努力と苦労を目にすれば、見かねて手を出さずにはいられまい。


「ラクティーナ」

「なんです、師匠。改まって」

「ヨースケと共に、まだまだ旅を続けるんじゃろ。壮健でな」

「うぇっ? ただの出立で、師匠があたしを気遣うなんて……何か悪いものでも食べました?」

「そうかもしれんな」

「こんな、師匠らしくないこと……まさか、話に聞いた汚泥とかいうヤツに乗っ取られた!? 大丈夫!? どうしよう、口から吐かせればいいの!? それとも……」


 ミリエルは弟子の暴言に怒ることもなく、仕方ないヤツじゃな、という顔ですませた。

 そんな師匠の異様な姿に、ティナは青ざめていた。


「ティナさんティナさん」

「なにスピカ」

「ミリエルさんはこれ、ご主人様に弟子想いの師匠ムーブを別れ際に見せることで、好印象を狙ったものと思われます。人間、最後に残った記憶のイメージに左右されますからね。しばらく会えないなら、なおさら綺麗な思い出にしておきたいものです。やはり年の功と言いますか、演出の上手さが光りますね」

「……スピカ。そういうとこじゃぞ」

「あたしも悪かったけど、スピカは本当にひどいわ」

「本当に締まらないお別れだな」


 苦笑混じりに、俺たちはその場を離れる。

 大通りを走ってきた大型の乗り合い馬車が、学院前にある停留所に止まった。 


「カゲヤマ!」

「ルイザ。どうした、忙しいんだろ」

「どんなに忙しくったって、挨拶する時間くらいはあるさ。ボクにも別れの言葉くらい言わせてよ」

「……師匠?」

「二人で話させてやれ。あの娘も大変だったんじゃよ」


 ルイザはもう、男装をしていなかった。

 羽織ったローブの内側の、スカート姿なのが素足のまぶしさで見て取れた。


「どこ見てるのさ」

「短すぎないか?」

「そうかな。しばらく履いてなかったから、もうちょっと長くした方がいいなら」

「いい、いい。ここでやるなよ」

「あ……うん。それより、もう行っちゃうんだね」

「ここには観光で来ただけだったからな。ミリエルの助手になったのも、成り行きだ」

「そう、だったんだ」


 わずかな沈黙。なんとも言えない、心地よい静寂に、柔らかな風が通り過ぎる。


「ああ、えっと」

「何か話があったのか?」

「そういうんじゃないけど……うん。見送りたかったんだよ、ただ」

「そうか」

「そ。じゃあね、カゲヤマ。元気で」

「俺が今更言うことでもないが……ルイザ、お前はもっと自信を持っていいと思うぞ」

「あはは。なんだよ、それ。もっと他に言うことあるんじゃないの?」

「あー……あのときは、無理矢理して悪かったな」

「いいよ。初めてだったけど、許してあげる」


 ティナが顔を真っ赤にしているのが視界の端に見えた。聞こえたらしい。

 仕方なかったのだ。

 ネストンダンジョンでの経験から、魔力を通すのにはそっちの方が好都合だったわけで。

 同じく聞き耳を立てていたと思しきミリエルはといえば、くつくつと笑っている。


「その前にもっとすごいことされちゃってたしね」

「緊急事態だったんだ」

「助けて貰った身で言うのもなんだけど、次からは気を付けた方が良いよ。ボクじゃなかったら訴えられてもおかしくないからね。あんな姿のまま、あんなことや、こんなことまでされちゃったし」


 人聞きが悪すぎる。

 あれは蛇の毒を吸い出すとか、心臓マッサージ、人口呼吸に分類される行為のはずだ。

 仕方なかったのだ。本当だ。

 大魔法使いとその弟子が、素知らぬ顔をしながら耳をそばだてているのが分かった。

 似たもの同士め。


「ここまでくると、わざとだろ。その言い方」

「分かった?」

「当たり前だ。あんまりからかうなよ」


 揶揄の対象は俺よりも、盗み聞きしている二人だろう。

 最初はガチガチだった大魔法使いミールエール相手に、ルイザも慣れたものだ。


「ボクさ。ずっと、オージェスみたいになりたかったんだ」

「一度くらい、俺も会ってみたかったな。灰色のオージェス」

「もちろんミリエル様や、ヨースケみたいな存在には届かないかもしれないけど」


 ルイザははにかむように微笑んだ。


「オージェスはボクにとって一番すごくて、誰よりも偉大で、そして素敵な大人だった。ボクは、そんな魔法使いになりたい」

「なれるさ」

「簡単に言うね。でも、カゲヤマにそう言ってもらえるなら、なれる気がするよ」

「大丈夫だ。ルイザなら」

「……実はね、ミリエル様に弟子にならないか、って誘われてるんだ」


 ちらり、と向こうの二人を眺めた。

 聞いてない、と愕然とした様子のティナに、悪戯成功と言わんばかりに大笑するミリエル。

 発生した師弟の言い争いを見なかったことにして、ルイザに視線を戻す。


「ねえ、カゲヤマ。この杖、しばらく借りててもいいかな」

「いいぞ。貸すだけだからな」

「うん。……いつか、ちゃんと返すよ」


 腰に差したねじれた杖を指し示し、ルイザは俺に許可を求めてきた。

 ルイザに預けたままだったことを、すっかり忘れていた。

 換金することも考えたが、金に替えるのも惜しかったのだ。

 スピカのいる俺が死蔵しているよりは、有意義に使われるだろうと思って頷いた。


「あのときみたいに、手を握ってくれるかい」


 ルイザは差し出した俺の手を引っ張って、自分の方に引き寄せた。

 そして空いていたもう片方の手を俺の頬に添えると、そのまま唇を奪っていった。

 身体を離したあと、驚いた俺を上目遣いに見つめながら、自分の唇をペロリと舐める。


「やられっぱなしは性に合わないんだ。ボクからのお返しさ」

「おい!」

「なんであれ、勝手にそうなるより、自分の意思でやった方が良い。そうだろ?」


 その言葉には、色々な想いが詰まっているように聞こえた。

 毒気を抜かれた俺は、肩から力を抜いて、深く頷いた。


「……かもな」

「カゲヤマ。ほら、もう行きなよ。さっきから馬車が待ってる。御者が焦れてるのが見えるし」

「まったく、引き留めておいて勝手なやつだな」

「ラクティーナさん……姉弟子にもよろしく」

「はいはい。じゃあな、ルイザ」

「うん。さよなら、カゲヤマ。本当に、色々と助けてもらって……ありがとね……」


 警笛を鳴らし、今にも走り出しそうな馬車に俺は駆け寄って、なんとか飛び乗った。

 ルイザとミリエルが、少し離れた場所から手を振っている。

 先に乗り込んでいたティナが、呆れたように俺を見て、空を見た。

 通り抜けた風に乗って、ルイザの小さな呟きが聞こえた気がした。


「ヨースケ。いつかボクが、すごい魔法使いになれたら、そのときはまた……」



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