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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第四章 『テクノ・マジカディア』

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第十六話 『泥の中に咲く花』



 ルイザの言葉に、俺はなんと呼びかけようかと迷った。

 汚泥、と呼ぶのは躊躇われた。

 ここにいるのは、ルイザだった。


「カゲヤマ、もう、分かってるんだろう……? 殺してよ……早く、ボクごと消さないと……」

「確認させてくれ。お前は、ルイザなんだな?」

「……少なくとも今はまだ、ね」


 彼女は今にも噴き出しそうな激情を抑えて、俺の問いに一応の答えを返した。

 抱き上げられた格好のまま、ルイザは大人しくされるがままになっている。

 まず一度その軽い身体を抱え直すことで、先ほどボタンを外してしまったコートをずらし、見えてしまっていた肌を隠すように姿勢を変えた。

 これ以上なく近いし、下を向けば色々と見えてしまうから、ちょっと落ち着かなかったのだ。

 俺のそんな素振りに毒気を抜かれたように、ルイザは目を丸くし、静かに息を吐いた。


「ボクも聞かせてほしいな。本当に、疑問だったんだ。ここに辿り着けたことが」


 俺の実力を疑っていなかったのは、それも理由のひとつだったらしい。

 先ほどの会話において、全部とはいわないが、ある程度は本心も混じっていたようだ。 


「あの扉は君には……いや、大魔法使いにすら、この短時間では絶対に開けられないはずだった。それなのに、どうして」

「《封印解除(レリーズ)》って魔法を作ったんだ。こんな感じで」


 ルイザの疑問に答えるために、俺は呪文を口にして、手を光らせてみせた。

 彼女は目を瞬かせ、それから諦念混じりの視線を揺らした。


「そんな誤魔化しで……いや、この状況で、ボクに本当のことを話してくれるはずがないか」

「ルイザさん、ワタシからも確認させてください」

「ああ、さっきの声は聞き間違えじゃなかったのか。この服のポケットからだった」


 わずかに自由になる腕を動かし、ルイザはコートのポケットに布越しに触れた。

 声の主、そこにあったものが、まぎれもなく本の形だと分かったのだろう。

 やはり頭の回転は相当に速い。

 ほとんど伝説やお伽噺扱いの魔導士について、知識もあったわけだ。


「まさか……カゲヤマは、魔導士なのか……?」

「ご主人様は、ご想像の通りの存在です。そしてワタシは魔導書スピカ。ルイザさん?」

「……確認だったね。ボクに答えられることなら」


 続きを促したことからも、スピカの問いに答えてくれるつもりはあるようだ。


「ミリエルさんが汚泥と呼んだ存在は、人間の肉体に寄生して、人格を少しずつ作り替えていく。宿主を操る寄生虫みたいなもの……そうですね?」

「そんなところだろうね。寄生虫よりも、もっとタチが悪くて、捉えにくいようだけど」


 ハルマックを問い詰めようとした行動も、頭に血が昇っているというより、あのタイミングを逃せばオージェスの名誉挽回の機会が失われると考えての強行だったのだろう。

 さっきの違和感だらけの行動もそうだ。

 即興で、目的を果たすための筋書きを組み上げたのは、ルイザ自身の力が大きかった。

 自分の状況を把握した途端、汚泥を滅ぼすための最善手としてああ振る舞ったと考えられる。

 俺が察した、ということも今の一瞬で理解したのだろう。ルイザの顔が曇った。


「学長代理……いや、ハルマック先生がどういう状況にあったのかも、自分の身に起きてみればすんなりと理解が出来た。大魔法使い……ミリエル様が看破した通りに、汚泥は他者の人生を穢す。ただミリエル様が誤解していたのは、これは他人に成り済ますんじゃなくて、取り憑いた人間を少しずつ変えていくんだ。だから別人に成り済ますんじゃなく、間違いなく本人なのに、違うものに成り果てる」

「……自覚は、あるのか」

「かつてのハルマック先生には、なかったかもしれないね。どこかで、いつの時点かで、汚泥はハルマック先生の中に入り込んだ。そしてゆっくりと先生の性格や考え方、精神を変えていった。外側は完全に『静かなる』ハルマックそのひとなんだ。そして中身も時間を掛けて変質していく。オージェスが気がつかなかったのも無理はない。宿主に気づかれないように、周囲に悟られないように、何年も何年も潜伏して汚泥というものに入れ替わっていくんだ」


 ルイザの声は、さっきとはうってかわって静かだった。

 淡々として、そして冷たかった。


「ボクが汚泥をそういう存在だと理解出来たのは、汚泥自身が焦っていたせいだろう。同化していく、と言えばいいのかな。汚泥がボクの肉体や記憶、魔力をやがて使えるようになるのと同じく、ボクの方も汚泥が持っていた経験や知識、これまで何をしてきたかの記憶がいくらか読み取れた。一連の流れや、ミリエル様の言葉を照らし合わしたら……汚泥は、オージェスの仇は、ボクになろうとしていると確信できた」

「汚泥の目的は、なんだ?」

「どういったら良いんだろう。……永遠の命、と言うと安っぽいかな。カゲヤマは、永遠に生きようと思ったら、何が必要になると思う?」

「たとえば、不老不死か」

「ボクの知った通りなら、汚泥はすでにそれを持っているようなものだった。人間を渡り歩いている限り、汚泥は老いることも死ぬこともない。取り憑いた人間が死んでしまえばそこで終わりだけれど、それを避けるために汚泥は社会的な立場がある人間だとか、簡単に死なない力を持った人間を選んでいた」


 疑問のひとつが、これで解消された。

 長い時間を生きているとは思っていたが、想像よりも古い存在だったということだろう。

 もしかすると、汚泥が生まれたのは、当時の古代文明最盛期だったのかもしれない。

 この塔に隠された秘密を知っていたことも、管理者権限について詳しかったのも。

 おそらく、汚泥そのものは取るに足らない力しか持っていない。

 ただ生き続けること、死なないことだけを目的として、人間社会に紛れ込んだ寄生虫。

 しかし、それゆえに脅威でもある。


「ミリエル様に気づかれたのは、完全に誤算だったみたいだね。あれでハルマック先生のままではいられないと考え、永遠の命に対するより強い執着を持ってしまった」

「……具体的には」

「強ければ、他者に害されることはない。殺されることもない。縛られることもなくなる。さっきボクが語った内容は、ボクの中に侵入してきた汚泥が嗾してきた内容そのものだよ。ただ汚泥は、ボクというよりボクの身体が条件に合致することを重視していた」

「それが、清らかな乙女であることか」

「汚泥の知識によれば、この塔の真の力を蘇らせるためには、管理権限者は男を知らない処女でなければならないそうだよ。それも十代の」


 ルイザは吐き捨てるように言った。そして、渇いた笑みを見せた。

 なるほど、それまでその条件が達成されなかったのは、マジカディア魔法学院の学長に、そんな年齢の女性がなったことがなかったゆえだろう。

 誰も知らなければ、あえて選ぼうとはするまい。

 あるいはこの学院に通っていた当時のミリエルならば、可能性はあったのかもしれない。


「笑っちゃうよね……何より笑えるのは、汚泥の知識がどうやら本当らしいってことだ。学長室の扉を開けた五人分の破瓜の血。あのふざけた緊急手段が本当だった以上、こっちの条件だけが間違っているとは考えにくい。この塔を作り上げた古代文明の研究者が、そう定めたんだってさ」


 俺は笑えなかった。


「だから、あんなことを?」

「どのことかな。まあ、ボクも必死だったから、色々と恥ずかしいことを言ったかもね」

「……自分では、止められないのか」

「色々考えたけど、やっぱり無理みたいだね。汚泥の知識を吸い出すことはできても、どうやら自殺はできないらしい。さっきも舌を噛もうとしたけど、実行には移せなかった。火炎魔法で自分を焼くのも、しようとした瞬間に魔法を維持できなくなった。無意識にロックがかかってるみたいだ」


 確実に汚泥を始末する手段としてルイザは自殺を考えたが、直接的な方法は無理だった。

 こうした会話であるとか、間接的な手段にはまだ強い制限が掛かっていないのがせめてもの救いだ。

 時間が足りなかったのか、元々そうした性質なのか。


 汚泥の行動パターンからも、自殺防止を最優先するのは理解出来る。

 最後の仕上げまでは、気づかれずに進めるのが最善なのだ。気づいた時には手遅れで、すでにその精神は汚泥と同化してしまっている。

 その時点で、宿主は汚泥の考えを自分の望みとして行動している。

 ハルマックが良い例だ。

 オージェス殺しに手を染めたのも、学長権限を欲しがったのも、ハルマックという人格を通して汚泥が目的を果たそうとした結果だったと考えられる。

 ルイザがさっきやろうとしたのは、俺を挑発したり、追い詰めることで、ルイザごと汚泥を殺すしかないと理解させることだった。


「ボクの中のどこかに、急いでカゲヤマを排除しなくちゃいけないって気持ちがある。目的の邪魔になるから、殺すか、どうにかして遠ざけなきゃいけないって。それは声が聞こえるみたいに、はっきりしたものじゃない。でも、ボクのなかには、確かにその衝動があるんだ。そうしないといけないって、違うはずの考えや気持ちが引っ張られるのを、ありありと感じる。そいつは、ボクの望みを叶えるために、ボクを導いてくれるんだ……ホント、気持ち悪い」


 だから、ルイザはあえて一度その衝動に乗ったのだ。俺を殺そうという動きに、自分の死という結果を織り交ぜようとした。

 汚泥ごと死ねるのなら俺の魔法でも、影男の死によるマナ中毒死でもよかった。俺の反撃という形を選んだのも、誤魔化しの一環だろう。


 オージェスの敵を取るため。あるいは、汚泥の野望を制止するため。

 選択を迫られた俺がルイザを殺すようにと、自ら状況を作り出していた、その告白だった。


「ねえカゲヤマ。今の話を聞いたらさ、ボクを殺してくれようって思わない?」


 俺は黙って、その軽い体重を支えている腕に、静かに力を込めた。

 ルイザは言った。


「カゲヤマ。汚泥の知識によれば、この塔が蘇ってしまったら取り返しが付かない。塔の持つ真の力は本当におそろしいものなんだ。強大な力を持っているあの大魔法使いすら脅威にならないと、汚泥は確信している風だった。今はまだ汚染が進んでいないのか、こうして計画の概要を喋ったり、行動を遅らせるくらいは出来るけど、そのうち、中にいる汚泥の望むままに行動するようになる」


 ルイザは分かるだろう、と俺に聞いた。

 俺はそうだな、と言った。


「タイムリミットは、ボクの意思が汚泥に完全に飲み込まれたときだ。今ならまだ間に合う。ボクが汚泥に飲み込まれた瞬間、汚泥は塔の力を使って、自分を害する存在を消そうとするはずだ」


 ミリエルがハルマックを汚泥と看破したのは、その固有の魔力――マナが、かつて見た汚泥の特徴的な波長だか色彩だかと同じだったからだ。

 そして中央塔のセキュリティは、その存在の固有マナを認識、登録して権限者と認定する。

 管理者権限は汚泥が持っているままが、塔の最後のセキュリティロックはルイザの純潔にかかっているわけだ。

 なるほど、猶予はない。その通りだ。


「ボクはイヤなんだ。オージェスが育ててきた学生や、生まれ育ったこの街、色々あったけど、あの学院だって愛してる。そんな場所を、ボクの手で、壊して、穢して、汚泥の好き勝手に、オージェスの仇の望み通りにするなんて……死ぬよりも、つらい。お願いだ。ボクを助けると思って、殺してほしい」


 懇願のような、必死の声。

 腕の中から伝わってくる震えと熱に、俺はこう返した。


「断る」

「なんでだよ……だ、だったら、今すぐ抱いてほしい。処女を失えば、少なくとも起動だけは――」

「それも却下だ。……俺は、いくじなしだからな」

「……さっきの言葉、根に持ってるんだ」

「俺はな、わざわざ助けに来た相手を殺すのも、この状況でこれ幸いと女の子の初めてを奪う真似も出来ないくらい、情けない男なんだ」

「ははっ、それ、自分で言うんだ……」


 ルイザは笑った。呆れと、無力さに満ちた、悲しい笑いだった。


「じゃあ、どうするっていうのさ」

「……ルイザ」

「な、なに。そんな顔して」

「お前がもう手遅れだと判断しているのも、嘘じゃないんだろう。一度汚泥に取り憑かれたら、助かる術はない。そう確信しているから、被害が拡大しない方法ばかり探している。そうだな?」

「カゲヤマ……分かってることを聞くのは、ひどいな」

「ハルマックの身体はどうなったんだ?」


 汚泥がハルマックの身体を捨てて、ルイザの肉体に移り変わったというのなら。

 その抜け殻のような姿が残っているべきだと、俺は思った。

 ルイザは息を呑んで、答えた。


「残ってないよ」

「どういう意味だ」

「そのままさ。影も形も残らなかった。ミリエル様が、汚泥のマナの形を覚えていた理由も分かった。人間が汚泥に汚染されると、最終的には汚泥そのものになるんだ。人形のように操られるんじゃなくて、意識とか精神がだんだんと汚泥に飲み込まれていって、最後には肉体という器だけが残る。そして汚泥はその器を燃料にして、次の身体に……ボクに、はいってきたんだ」

「それも、汚泥の知識にあったのか」

「見たんだよ。この目で。あの装置には、汚泥にとって便利な機能があったらしい。ハルマック先生にはあの手の装置を使わなかったから何年も掛かった。ボクの場合、あの装置を使ったおかげで、数年が数日に短縮されるそうだよ。……この手の知識をボクが認識出来るのは、汚泥には誤算だったみたいだけど」

「急いでいた理由もそれか」

「何年かの猶予があるなら、ボクだって……何か別の手段がないかと探したさ。だけど、ボクには汚泥の知識があった。ミリエル様にもどうしようもない、助かる手段なんて存在しないと、当の汚泥自身が考えているのも知ってしまった。……だったら、ボクがボクであるうちに、せめて復讐しなきゃいけない。仇を討つんだ。オージェスと、ボク自身の」


 ルイザは覚悟した声だった。そして、俺を信じるような目で見た。

 ここまで話せば殺してくれるに違いないと、そう信じる瞳の輝きに、俺は唇を噛んだ。


「カゲヤマ、頼む。ボクの魂が、汚泥に穢される前に、君の手で救ってほしい」

「ひどいことを頼んでる自覚はあるか」

「あるさ。君に、嫌な役目を押しつけてるのは分かってる。だけど、話していて思ったよ。君が女の子の涙と頼みに弱いって予想は、そう見当違いでもなさそうだ。それが最善だと思うのならば、君は女性を手に掛けることだって厭わない。それくらいの覚悟はあって、ここに来た。……違う?」

「女の子、ね」

「はは……男の格好をしてたボクが、それを利用してるのが気に入らない?」

「答える前に一応聞くが、なんで性別を偽ってたんだ」

「逆に聞くけど、ボクが一度でも男だって名乗ったかな?」


 そういえば、ルイザ自身から性別を聞いた覚えはなかった。


「堂々としていれば、意外に気づかないものだね。みんな自分の見たいものを見て、聞きたいものを聞くっていうけれど、本当にそうだった。実は……男装してみるのは、オージェスの提案だったんだ。在学中これで通して、ボク自身のことをちゃんと見てくれる相手とだけ親しくしろって。本気で仲良くなりたかったり、実力を認めているのなら、本当の姿くらい見抜けるはずだって、ね」

「亡くなった学長と、仲が良かったんだな」

「オージェスはあれで、けっこう悪戯が好きだったからね……。ウィラーさんが尊敬の眼差しで見てるのを見るたび、笑いをこらえるので大変だったりもしたし……」


 懐かしむような、その死を悲しんでいるような、そんなルイザの表情を眺めた。

 俺が考えるに、オージェスはたぶん、ルイザに悪い虫を付けたくなかったのだろう。

 それをルイザに直接伝えるのは照れくさかったか、過保護だと思われたくなかったのか。

 俺の口元が緩んでいるのを見上げて、ルイザが視線を冷たくした。

 状況が分かっているのか、という文句も混じっているらしい。

 こうした話をしているあいだにも、浸食は進んでいるのだろう。


 だが、俺だって無駄に時間を費やしていたわけではない。


「カゲヤマ。……もう、いいんだ。ボクのことを思うなら、一思いに」


 聞かないでくれと、そんな声が聞こえるような辛そうな顔のルイザを見た。

 しかし、俺はこう尋ねた。

 オージェスの言った、本当の姿を見抜いてくれる相手は見つかったのか、と。


「いないよ、そんなの……それに、今はそんなことを言ってる場合じゃないんだ」

「大事なことだ。俺には、ルイザが泣いているように見えるからな」

「なんだよ、それ……」


 ルイザはの頭の回転は本当に早い。オージェスが手元に置きたかった理由も分かろうものだ。

 しかし、それが災いしている。なまじ頭が良いから、出来るはずのないことを求めることの無意味さを、辛さを先回りして理解出来てしまっている。

 そういうことなのだろう。


「どうせお願いされるなら、殺してくれより、助けてくれって言葉の方が嬉しいんだよ。どうしても言いたくないっていうなら、それでもいい」

「カゲヤマ。それって」

「……勝手に助けるからな」

「は、ははっ。いくら魔導士だって、そんなことできるもんか。……そんな、こと」


 ルイザは、言った。


「あはっ。あはは、そっか。こんなにゲンキンなやつだったんだ、ボク。助かるはずがないって、そう思ってたときには、死ぬのなんか全然怖くなかったのに……」


 どこに伸ばすかも定まらず、宙をさまよっていた指が、コートの袖にかかる。

 そのまま強く握りこんだ拳が、かすかに震えているのが見えた。


「ボクはまだ、何もしてない。オージェスと約束したことも、普通の女の子みたいな恋も……なにも、なんにもできてない。信じて、いいの。 ねえカゲヤマ、ボクのこと、本当に助けてくれる……?」

「任せろ。……スピカ!」

「はい! おかげさまで、もうおおよその検査は済んでます! まさか、先ほど作ったばかりの《封印解除(レリーズ)》がここでも役立つとは! さすがご主人様!」

「あんまり煽てるなよ」

「……え?」

「ああルイザさん。話の途中でご主人様が《封印解除(レリーズ)》の呪文を唱えたのは覚えてますよね?」

「……あ、ああ……そういえば、手が光ってたけど」

「会話をしながら、このスピカがルイザさんの状態を魔力的に調べておりました。元々《封印解除》は魔力やマナによって封印された状態を、強制的に解除するために生み出した魔法です。そう、あの学長室の扉を開けたのもこれなんですが……具体的にはご主人様の魔力を使うことで、このスピカが対象の状態や構造を把握し、侵入なり改変なりしてロックを外すという大変便利な魔法なわけです!」


 急に饒舌に語り出したスピカの勢いに、ルイザが目を丸くした。


「そう、すでに古代文明製のシステムにも通用する、極めて画期的且つ強力な魔法なのです。ご主人様のアイデアを、このスピカが実用的に構築したこの魔法は、まさに愛の共同作業と言って良いでしょう! この魔法の素晴らしいところは、扉に限らず魔力的に形成された封印やマナによって構築されたシステム全般に介入しうるという柔軟性にあります。ご主人様が呪文を唱えて魔力的に接続し、このスピカの演算能力によって精査と対処を行うという分担が肝です。つまり、ご主人様の魔力が尽きるか、対象のセキュリティがこのスピカを大きく上回るなどしない限り、大抵の封印は――あるいは外部要因によるマナ汚染ももしかしたら――解除することが出来る、ということなのです!」

「え……え……?」


 滔滔と語るスピカの言葉を、ルイザはどこまで理解出来ただろうか。

 声は聞こえていても、その意味がきちんと把握出来ているとは思えない疑問顔だった。

 簡単に言えば、《封印解除》の魔法で、ルイザの身体にスピカがハッキング中なのである。

 隅々まで診た結果、スピカは汚泥の巣くっている部分を突き止めたのだろう。

 

「というわけでルイザさん」

「あ……ああ」

「これからルイザさんの体内の汚染されたマナに、ご主人様の魔力をぶつけようと思います。汚泥を追い出すためにこれがもっとも有効な方法だと判断しました」


 これまでのやり取りから、汚泥はおそらく意思あるマナそのものであると推察された。

 その仮説に従えば、ルイザの固有の魔力――マナに、異物である汚泥が貼り付くように絡みついて、ゆっくりと同化しようとしていると考えられる。

 その汚泥を、同じく異物である俺の魔力で強引に押し出すのが、スピカの狙いだった。

 ただし、マナを利用しているとはいえ無機物であった学長室の扉と、ルイザの肉体という人体とでは勝手が違うことも十分ありうる。

 精密な魔力操作による、古代文明産の難物の攻略。こう言い換えれば《封印解除》の用途としては正しいし、十分応用の範疇と言えるが、ぶっつけ本番だから副作用がないとは言い切れない。

 スピカがそうした説明を行うあいだ、ルイザは呆然としていた。  


「つまり……上手く行けば、ボクは汚泥に呑まれずに済む、そういうこと?」

「保証はできませんが、おそらくは。ただ、ルイザさんの肉体に対して、ご主人様の魔力を無理矢理送り込む形となりますので……作業中は凄まじい苦痛に苛まれる可能性や、耐え難いほどの強大な負担を感じるかもしれません。そこはご了承くださいますか?」


 脅し文句としては表現が過激だが、スピカの声は真剣さに満ちていた。

 ルイザも、覚悟を決めた顔で頷いた。


「もちろんだ。やってほしい」

「汚泥を確実に排除するため、途中で中断することは出来ないと思ってください。激痛に悲鳴を上げても、やめてくれと懇願されても、一度始めたら終わるまでは続けます。本当によろしいですか?」

「分かってる。……どんな痛みだろうが、苦しさだろうが、我慢してみせる」

「その言葉が聞きたかった」

「スピカ」


 どこかで聞いたようなフレーズに、俺は窘めるようにスピカに声を掛けた。


「なるべく痛みや苦しみを感じないよう、こちらでも努力はしてみますので。ここから先は時間との勝負になるでしょう。ルイザさんがよろしければ、もう始めたいのですが」

「カゲヤマ……スピカ、ありがとう……」

「あっと、忘れていました。ご主人様はルイザさんを机の上にでも降ろしてあげてください」

「なんで机の上なんだ?」

「ベッドのような気の利いたものがあるなら、それでも構いませんが……」


 ずっと俺の腕の中で抱きかかえたまま、こんなやり取りをしていたわけだ。

 まず学長室に引き返し、作業用の机の上に、ルイザをそっと座らせた。

 命令権はルイザに残っていたようなので、ついでにカプセルのあった部屋の奥に影男の群れを集めて、《轟雷嵐(サンダー・ストーム)》一発でまとめて消し飛ばす。

 結構な量の金貨が散らばる音を背に、俺は学長室に戻った。

 体育館サイズのフロア、その端から端だ。これくらい離れていれば浮遊マナの影響もほぼない。


「ところで、ルイザの着ていたローブは?」

「それなら脱がされたあと、向こうの部屋にそのままになってると思うけど……」

「着替えはあとにしてください。すでにチェックは済んでいるので、早ければ早いほど有利なんです。ルイザさんもそこに横たわってください。ああご主人様、机の上の邪魔なものはどけていただくと」


 あろうことか、裸コート継続である。

 状況の変遷もあって、俺もルイザもええ、という顔をしたが、スピカは取り合わなかった。

 俺は慌てて学長愛用の机の上から、ペンやら資料やらを端に寄せていく。

 仰向けになったルイザの顔に、だんだんと不安と困惑とが滲んでいるのが見えた。

 俺にはスピカが、こうした緊急時にはやることをちゃんとやるはずだ、という信頼がある。

 それがないルイザにとっては、色々と疑ってもおかしくないシチュエーションであった。


「それから、ご主人様はルイザさんに触れた上で、再び呪文を唱えてください。特に汚泥が潜んでいると思われる部位に直接手のひらを当てていただけると助かります。効率を上げるためなので躊躇している暇はありません!」

「《封印解除(レリーズ)》……このあたりでいいか?」

「もう少し上です。ご主人様も、恥ずかしがらずに。それとルイザさんは何があっても身をよじったり、身体を動かして逃げようとしないように!」

「……は?」

「なお、痛みや苦しみでなく、くすぐったいとか気持ち良くなってしまう可能性もあります。その場合でもちゃんと我慢してください」


 予想外の一言に、ルイザも俺も焦りを覚えた。

 簡単に言ってくれたが、今の状況と組み合わさると非常にマズイ絵面になりかねない。


「ちょ……ちょっと待って……!」

「待ちません! では始めます!」


 俺の手の置き場所を指定したスピカは、そのまま《封印解除》に使う魔力を引き上げた。

 ルイザに触れている部分が光り輝き、どこか神秘的ですらあった。


「ん……」

「スピカ」

「今のところはまだ様子見です。なるべく人体に影響が残らないように、慎重に進めますので……それなりに時間がかかると思ってください」

「いいんだ、カゲヤマ……。これくらいなら、耐えられる……っ」

「それと、これはあくまでルイザさんを助けるための作業ですので、ご主人様におかれましては、あまり余計なことを考えないようお願いします」

「……お前な」


 始まってしまった以上、止めるわけにもいかない。

 文句を付けようにも、早く始めた方が良いという理屈も分かる。

 しかし、目に毒だ。


「ひぃぁっ、っふ……」

「本当に大丈夫なのか、これで様子見って」

「……ボ、ボクのことは……気にしない、でっ……続けて……っくす、くすぐったいだけだからっ」


 色々と意識せざるを得ないのだが、状況的にはそんなことを考えている場合ではない。

 ルイザが生きるか死ぬか、助かるか諦めるかの瀬戸際なのだ。

 俺に出来ることはスピカの指示に従い、ルイザに触れる手を動かすことだけだった。

 魔力の消費の度合いや多寡が、手のひらとルイザの肌の接触している部分が輝くことで、視覚的にもはっきりと分かる。

 至極真面目にスピカは作業している。それを疑う必要は無い。

 なのだが、その光が強くなったり弱くなったりするタイミングで、ルイザがくぐもった声を漏らす。

 声を抑えているのは伝わってくるし、出来るだけ叫び出しそうなのを我慢もしているのだろう。


「っく……ぁ」


 が、なまじそうした飲み込んだ声と、吐息が逆に艶めかしく聞こえてしまう。

 俺のせいではないし、ルイザのせいでもない。

 もちろんスピカが悪いのでもない。

 全部汚泥が悪いのだ。さもなくば古代文明のせいだ。

 そういうことにしておく。


「ぅん……んっふ……あ……っく」


 俺は無心に、スピカの指示で微妙に手のひらの位置を上下させる。

 なるほど。汚泥が握っているのは脳ではなく、心臓の方だと。

 思考ではなく魔力、つまりは人間の持つマナの循環を支配しようとする性質がある。

 そのためには全身に流れる血流の大本を抑えるのが効果的で、だから心臓部に根を張っている。理屈としては納得が出来る。

 指示系統だとか、無意識に介入できるのだから、脳も汚染されている可能性は。

 単純に考えた俺の問いに、スピカは否定的な見解を示した。

 そちらに本体と呼ぶべき存在が入り込んでいるのなら、すでに手遅れだと。


「ボクの身体……そんな……ふうに好き勝手にされて……っ」


 会話しつつも作業は継続している。

 俺とスピカの会話に混じろうとしたルイザだったが、突然、声を途切れさせた。


「はぁ……はぁ……」

「大丈夫ですか、ルイザさん」

「これを見て、大丈夫に見える、の……?」

「会話は可能。意識の混濁は無し。現状では、痛みや苦しみもほとんどないはずですが」

「ぜんぜん痛くは、ないけど……これって……こんな、ひっ、……こそばゆいの、って……!」


 じたばたしそうになるのを、どうにかこらえるその姿。

 机という固い台の上でルイザが小刻みに身悶えするさまは、どうにも直視しがたい。

 だが、魔法が今も続いている以上、目を背けるわけにも、距離を取るわけにもいかない。

 俺の手は変わらず光り輝いていて、その腹部やへそのあたりを、少しずつ下がっていく。

 このちょっとした動きのたびルイザが小さく息を漏らすのだ。

 最初こそちょっとだけ役得と思わなかったわけではないが、今は、ものすごい罪悪感がある。


「ご主人様の魔力を浸透させる関係で、どうしたって感覚器官に影響があるわけです。せめて痛みを和らげようと思いまして、ちょっと工夫してみました」

「……ああ、そう」

「ルイザさん。先に伝えておきますが、施術の後しばらくは魔法を使わないようにお願いします」

「それは……ん……どうしっ、てっ……ひゃうっ……」

「手段の関係上、ご主人様の魔力が体内に留まりますので……普段とは魔力の質や量がまったく違うことになります。ワタシが補助するのでもない限り、最悪、見習いみたいに魔法が暴発しかねないないのです。ワタシが許可するまで――せいぜい小一時間くらいでしょうが――詠唱も禁止です」

「あぁ……っと、ん……わかった……」


 受け答えしているが、心ここにあらず、といった感触である。

 俺の手こそ置いたままだが、スピカが見かねたのか、小休止を提案した。


「ルイザさん、あの、あまり大丈夫じゃなそうですけれど……少し待ちましょうか。魔法自体を中断するわけではなくて、ご主人様にはこの状態を維持していただきますが」

「こんな特殊な魔法……魔力の消費量も馬鹿にならないはずだ……だったら、カゲヤマの負担が増えることになる……」

「俺のことは気にしなくていいぞ。まだ余裕がある」

「これほどの魔法だ、そんなわけが……! いや、ごめん。気を遣わせたのはボクか……大丈夫、ボクなら大丈夫だ。スピカ、続けてほしい」


 どうやら強がりと取られたらしい。

 ルイザの意思が硬いと見て、スピカが続きに入った。


「では前哨戦はこのくらいで、そろそろ出力を上げますので……」

「えっ……? 今のは、まだ弱かったって、こと?」

「ここからが本番です」

「これ以上……うそでしょ。……嘘、だよね?」


 確かに、ルイザの反応を見ている限り、かなり辛いのだろう。

 くすぐりは拷問にも用いられることもある。痛みとは別の意味で耐え難いのだろう。

 代わってやれないのが、見ているしかないのが、こうも辛いとは思わなかった。

 客観的にどう見えるかは分からなくもないが、事態は本当に深刻なのだ。

 大まじめに、俺もスピカもルイザも、必死の救出作戦を敢行しているのだ。これは。


「あっ……」


 スピカの宣言は、本当に何の誇張もなかった。

 その証拠に、さっきより魔力の消費量が跳ね上がっている。手のひらも温かさを感じるほど、繋がっている部分から放出される魔力が大きくなっているのが、視覚的にもはっきり分かる。

 実は、現象としては、マナ中毒とひどく似ていた。


「……ボクのからだ、が……ああ、……ちがうのに……こんなのぉ……っ」


 声が妙に色っぽくて、吐息が甘やかになっているのは、聞かなかったことにした。

 人為的に、俺の魔力によってルイザにマナ中毒に似た状態を引き起こしたわけである。

 本来マナ中毒はモンスターから生じた浮遊マナを摂取、吸収することで引き起こされる現象だ。

 普通の人間にとって他者のマナは異物であるため、拒絶反応が起こる。反発の度合いは、その量や濃度によって変わってくる。

 許容量を超える場合、耐えられなくて重篤化、あるいは死亡にいたるわけである。


「知らない……こんなの、ボク、しらない……」


 だが、モンスターを倒し続け、そうした異物であるマナを取り込み続けると、肉体や魔力の強化という形で器が強靱になるというか、許容量が増えていくことになる。

 それに従って、反発による症状は軽くなるし、負担も減っていく。

 強くなればなるほど、自身のマナを拡大していけばいくほど、浮遊マナへの耐性が強化される。

 そういう理屈だ。


 今こうしてルイザが悶えているのは、俺の魔力の浸透のせいであった。

 こうして扱っている魔力はマナに由来する力のひとつであって、マナそのものではない。

 だから侵していく魔力も異物ではあるのだが、死の危険はないはずである。

 ルイザの身体そのものを害さないよう細心の注意を払って、スピカが魔力を押し広げていく。


「ん……っく。か、カゲヤマぁ……もっとゆっくり」


 ルイザの顔が上気して、耳まで真っ赤になっているのが見えた。

 太ももをすり合わせる動きだの、暴れたり身をよじったりしないよう机の端を掴んでいる指先に込められた力の強さだのが、それこそ手に取るように分かる。

 そして、触れている部分から押し返してくるようなマナの反発を感じる。


「み、見ないで……」


 先ほどまでのくすぐったさとはさらに異なる感覚を味わっているのだろう。

 ここまで来ると、俺としてももう何を見ても心を動かさないように、手のひらから受ける魔力の感触にだけ集中するしかない。何か聞こえても動揺しないように。何を見ても何も考えないように。

 ただスピカの指示に従って、さすり、撫でるように、手のひらを滑らせる。全身をマッサージするように一巡したあたりで、突然、びくん、とルイザの身体が大きく跳ねた。


「んう……!」


 一気に勝負を決めようというのか、スピカから伝わってくる決着の気配。

 ルイザのマナのかたち。

 そこにある異物を、俺もはっきりと捉えた。


「カ、カゲヤマっ……たす、たすけて……っ!」


 それまでとは打って変わって、怯え混じりの声で、思わずといった風にルイザが叫んだ。

 俺の魔力で感じていたものとは大きく違う、本物の異物感――命の危険や不快感そのものである汚泥の存在を、明確に認識してしまったのだろう。

 それは、心臓の周辺に隠れていた汚泥が大きく動いたことを意味する。


 スピカがこれまで指示してきたのは、《封印解除》を使うことで俺の魔力をルイザの身体に通し、逃げこまれては困る場所を先に守ることだった。

 汚泥が潜んでいるであろう心臓以外の重要な器官、特に人体にとって重要な部位を俺の魔力というさらなる異物で経路を塞いでいったのだ。

 マナを汚染するのにもっとも効率的な心臓部――そこに戻ってきたルイザ自身の血液に、意図的に混ぜ込んだ俺の魔力がたっぷり含まれている。


「ご主人様、今です!」


 タイミングを合わせて、俺は手のひらから放出される魔力を最大にする。

 ここまでくれば細かな指示が無くとも問題無い。

 手の位置を上半身に向けて、薄い脇腹から肋骨、心臓を通って鎖骨へと滑らせる。


 汚泥は意思あるマナ、いわば肉体を持たない生命体であると俺たちは推測した。

 だから、目に見える形があるかどうかは、ひとつの賭けだった。

 姿のないもの、捉えがたいものを確認し、即座に始末できるかが最大の危惧でもあった。


「けほっ……けほっ……」


 仰向けのまま、ルイザが咳き込んだ。

 ここまでで何度となく身体的、精神的に負担を感じてきたからだろう。

 俺は油断せず、汚泥の姿を探した。

 スピカの判断も、俺の感覚も、ルイザの身体から、すでに汚泥が逃走を図ったとしている。

 今現在は俺のマナが留まっている身体に、すぐさま汚泥が再び入り込む可能性は低い。《封印解除》維持の必要がなくなったと考えて、俺はルイザの身体に触れていた手を引き上げた。


「……あぁ……」


 なぜかルイザが寂しそうな声を挙げたが、それよりも今は汚泥の行方を確かめる方が重要だ。 

 ゆらり、と何かが視界の端で動いた。

 いや、何もいない。

 室内の様子は、先ほどと何の違いもなかった。机の端に寄せていた雑貨や書類が、ルイザが耐えているあいだに床にいくらか散らばっているだけで、動くもののない静かで格調高い部屋のままだ。


 ……本当にそうか?

 

 何かに見られていたような感覚は気のせいだったか。多少散らかしてしまったが、入ってきた時と変わっていない室内の様子。

 スピカも索敵を怠ってはいなかったはずだ。

 やはり、汚泥は目には見えないものだったのだろうか。

 机の上に仰向けに横たわっていたルイザが、気だるそうに身体を起こし、口元を拭った。

 それからルイザは息を整え、ぎこちない動きで机から降りると、急に声を大きくした。


「か、カゲヤマ……に、逃げた汚泥はまだ見つかってないんだよね!?」 

「そうだが、もう少し休んでた方がいいんじゃないか。足ががくがくしてるし」


 ルイザが降りたのは、机を挟んだ逆側だった。

 俺が視線を向けると、どういうわけか身体ごと違う方向を向くので、目も合わない。

 そっぽを向いたままルイザが叫んだ。


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! って、カゲヤマ、こっち向かないで!」

「さっきまでは気にした様子もなかったのに、急にどうした」

「さっきと今じゃ……違うんだよ……その、色々と」

「救命措置だったんだから気にするな」

「……そういうことじゃなくて……あーもう!」


 コートの前を締めて、妙にもじもじとしていたルイザが、意を決して俺を向く。


「落ち着いたらこの格好が恥ずかしくなったんだよ! 言わせないでよこんなこと! ああもう! ボクのことより汚泥を見つけないと! また誰かが犠牲に……」

「……どうした?」

「カゲヤマの後ろに《影男(シャドウマン)》が見えた! 討ち漏らしてた!?」

「なに!?」


 俺が振り返るのと同時に、ルイザが手のひらを標的に向けていた。

 杖は魔法使いにとって、魔法を使うための起点となる道具だ。

 無くても行使は可能であるが、効率が悪くなったり、制御が甘くなるらしい。

 先ほども、ルイザは素手のまま高位の攻撃魔法を使っていた。

 だから決して不慣れな行為でも、無理をしているわけでもなかったのだろう。


「熱き力よ、我が前に立ち塞がりし敵を焼き尽くせ!」

「……っ! ルイザさん、ダメです!」

「《火炎玉ファイアー・ボール》!」


 ルイザの詠唱は素早く、スピカの制止は間に合わなかった。

 先刻スピカがした忠告を、ルイザは聞いてはいたが頭に入っていなかったらしい。

 しばらく魔法は使ってはいけない、という注意。

 そしてまた、普段なら出来る杖無しでの魔法行使も、反射的な行動だったのが災いした。


「え……?」


 ルイザの目の前に生まれた球状の火炎は、普通の《火炎玉》とは完全に別物だった。

 それはどこか、俺の切り札たる《不諦焔(フレア・ストーカー)》に似ていた。

 二種類の魔力を注ぎ込まれ、あっという間に制御を外れた《火炎玉》。


「《氷狂矢(フリーズ・アロー)》ォオオオッ!」

「ご主人様……っ!?」


 咄嗟にルイザを引き寄せようとしたが、大きな机を挟んだ向こう側だ。

 間に合わない!

 咄嗟に、一番使い慣れた氷の矢で軽減しようと呪文を叫んだ。

 しかし一瞬で巨大に膨らんだ火炎の球体が破裂して、その場に焦熱をバラ撒いた。


 一手、遅れた。

 意図を汲んだスピカが盾のように拡げ、並べた大量の氷の矢は、火炎の威力をある程度相殺した。

 そのはずだが、暴走した《火炎玉ファイアー・ボール》はルイザの上半身にあまりにも近かった。


「うそ、そんな……」


 煙なのか湯気なのか、とにかく凄まじい勢いで白い空気がルイザを中心に吹き荒れた。

 しかし、弾け飛んだ巨大な火炎の被害は、どうしてか見当たらなかった。

 あとに残ったのは、無事だったルイザが、呆然と虚空を見つめ立ち尽くす姿。


「大丈夫か」

「カゲヤマ……カゲヤマが、また助けてくれた……んだよね?」

「……何か、あったのか」


 今の一瞬のあいだに、ルイザは何かを見たらしい。

 途方にくれたような、ひどく心細そうな顔で、俺を見た。


「オージェスが……オージェスが、見えたんだ」

「……どういうことだ?」

「分からないよ。……死んだと思った瞬間、迫っていた火炎が一度何かに阻まれたんだ。そのときオージェスがいたような気がして、そしたら氷の矢が炎とぶつかって、気づいたら……無事だった」

「怪我はないか」

「……うん」


 俺の魔法が間に合ったのか、他の要因があったのか。

 とにかくルイザが無事で良かった。

 安堵で胸をなで下ろすと、スピカが静かに一言添えた。


「そういえば、この学長室はオージェスさんの亡くなった場所でしたね。マナは魂である、という考え方もあります。もしかしたら、ルイザさんのことを近くでずっと見守っていたのかもしれませんね」

「……そっか」


 ルイザは頷いて、軽く首をかしげて、突然何かを思い出したかのように身体をビクッと跳ねさせて、すごい勢いで耳まで真っ赤になった。


「ずっと、見守ってたかもって……?」

「あくまでそういう考え方もある、ということです」

「だ、だよね! ああ、それより! さっきの影男(シャドウマン)!」


 すっかり意識の外にあったが、ルイザが魔法を使おうとしたのはそのせいだった。

 しかし俺だけでなく、スピカも気づかなかった。そんなことがあるだろうか。

 俺に襲いかかるなら、今の混乱に乗じて仕掛けてきてもおかしくなかった。

 ルイザの魔法を危険と見て逃げ出した可能性もあるが、やはり違和感が残る。


「見間違いってことはないのか」

「そう言われると……咄嗟のことだったから。でも、動く影は見えた。間違いない!」

「影男ではない、動く影(・・・)? まさか!」

「ワタシが把握している限り、学長室の扉をくぐったものはありません!」

「カゲヤマ……それって、もしかしてさっきの影が」

「ああ、そいつこそが汚泥だろう」


 影に紛れてしまえば身を潜めることは容易く、ミリエルの魔力感知の魔法か、視認することでしか捉える事の出来ない存在。

 ルイザの証言通りなら、影男が俺の背後に迫っていたならスピカが気づいていたはずだ。

 人間でなく、モンスターでもない、見た目は影にしか思われない奇怪な生命体。

 それこそが汚泥の正体だった。

 千載一遇のチャンスを逃したことを理解して、ルイザが目を伏せた。


「ごめん、カゲヤマ。ボクが逸って魔法を撃とうとしなければ……知らせるだけで留めていれば、今度こそ汚泥を滅ぼすチャンスだったのに」

「俺もスピカも気づかなかった。仕方ないさ」

「でも」

「俺を助けようとしてくれたんだ。それが悪かったわけじゃない。それより今は汚泥対策だ。この窮地にあって、それでも足掻こうとしているらしい。何を狙って向こうに逃げ込んだのか、分かるか?」


 学長室の扉を目指さなかったのなら、カプセルのあった部屋に逆戻りしたことになる。

 ルイザはしばらく思案し、首を横に振った。


「汚泥が目指していたのは、塔の持つ真の力……でも、ボクの身体を奪いきれなかった」

「ところで、ずっと言ってる塔の真の力ってなんなんだ?」


 ルイザはどう説明したものかと、言葉に迷っているようだった。

 まるで、詳細に語っても信じてもらえないと確信しているかのような、そうした迷いだ。

 それでも聞きたいと強く促すと、ルイザは重い口を開いた。


「この塔はね、かつて古代文明が敵対していた恐ろしい存在に対抗するため、当時の最先端技術を惜しみなく注ぎ込んだものだ。ダンジョンを生み出す技術を応用して、決戦兵器としてこの塔を作った」

「……兵器? そもそも、よく分からん超技術を誇っていた古代文明が敵対していた存在って、いったいなんだ」

「そこまでは残った知識にないけど……とにかく、この中央塔は巨大な人型の決戦兵器に変形するんだ。完全な権限を持った乙女だけが、その操縦者として認められる。ダンジョンの壁面並の防御力を持ち、あらゆる魔法を受け付けず、どんな敵も凄まじい質量で破壊する――無敵の巨大ゴーレムとかなんとか」


 塔が変形して、巨大な人型の、決戦兵器になる。

 ふむ、なるほど。

 なるほど。

 とりあえず、歩きながら話を聞く。

 カプセルのあった部屋に、足を踏み入れた。汚泥がまだ何か企んでいる可能性もあるとして、十分に警戒して進む。

 慎重に、汚泥が物陰に潜んでいないかと装置や器材の影も調べながらだ。


「一度起動してしまったら、外側から止める術はない。もちろん相応の権限があれば停止することも、元の塔の形に戻すことも出来るけれど……少なくとも、他者からどんな攻撃をされても一切通用しない、そうした究極の暴力を、たったひとりの操縦者が握ることになる。他人の生殺与奪まで自由に出来るっていうのはそういう意味だよ。これだけの力があれば、誰かを殺すことも、ひとつの街を数時間で壊すことも、あまりに容易い……」


 俺の無言をどう受け取ったのか、ルイザは訥訥と語った。

 まるで、自分でも信じられない夢物語を語るような、そんな他人事の口調で。

 しかし知識は汚泥が持っていたものだ。

 少なくとも、ルイザ自身はそれが現実になりうると、分かっていたはずである。


「この力があれば、恐怖によって他者を従えることもできる。汚泥は、本当ならあと数時間でそれが可能だったんだ。カゲヤマ、君を引き込んでしまえば敵はいない。大魔法使いだって、外からではどうしようもないはずだ。学長室の扉と一緒で、あらゆる攻撃魔法を受け付けない防御力があるんだからね。おそらく汚泥は、このマジカディアの街を最初に破壊し尽くすつもりだったと思うよ。多くの魔法使いが所属する学院も、数多の学生たちも、自分の生存を脅かしかねない何かを持っている可能性がある。そう考えると、真っ先に消すべき対象だったってことになる」


 ルイザやウィラー、あるいは学院の生徒、普通の魔法使いにとっては、悪夢のような存在に思えるのかもしれない。

 頼みにしてきた魔法が一切通じない巨大ゴーレムなど、それこそ絵空事に思えたはずだ。

 あり得ない存在が、実際に動いている姿を目の当たりにする。

 なるほど、絶望的だ。


「……カゲヤマ。やっぱり信じられないかな?」

「どうしてそう思うんだ」

「だって、まったくと言って良いほど動揺してないじゃないか」

「逆だ。ありえると思ったから、楽観してるんだよ」

「そんなこと……」

「ルイザがいなければ、汚泥に真の力は起動できない。なら、不安がる理由はないだろ」


 高層ビル並の高さ質量を持ち、一切の攻撃魔法を受け付けず、操縦者を必要とする。

 つまり、それはゴーレムというよりは、巨大ロボットと呼ぶべきだろう。

 この中央塔が持つ、古代文明の為した近未来感と魔法とのハイブリッドな技術の結晶。

 なるほどなるほど。

 ここまでくれば、もはや納得しかない。


 俺は口では不安がる理由はない、と言い切ったが、そんなわけがなかった。

 言えばルイザが余計に気に病むだろうから、本心を伏せただけだ。

 しかし、俺の言葉の何かがルイザの記憶を刺激したようだった。

 汚泥の捜索は、残すは一番奥に見える装置の周辺だけになった頃合いで、ルイザが叫んだ。


「汚泥の狙いが分かった! カゲヤマ、急いでこの部屋を離れるんだ!」

「なに?」

「管理権限者は、操縦者。だから性能を最大限に発揮させるためには必須だ! だけど、自動的に動かす機能制限版の運用も知識の片隅に残ってた! それだけなら今の汚泥の権限でも稼働できる!」

「だったら急いで汚泥を見つけて始末を付けた方がよくないか」

「自動制御で巨大ゴーレムを動かすと――」


 突然、塔中から一斉に鳴り響くような、けたたましいサイレンが聞こえた。

 聞いた瞬間、恐怖と緊張をもたらす、緊急アラートの凄まじい音だった。

 直後にこんな放送が流れる。


『エマージェンシー! エマージェンシー!

 管理権限者の申請に従い、これより決戦兵器テクノ・マジカディアの自動運転を始めます。

 変形並びに運転時には慣性変化の影響があります。

 これより建造物内部は大変危険になりますので、コントロールルーム及び管制室、居住スペース他各部屋より百二十秒後、強制的なイジェクトを行います。

 通路にいる研究員、並びに職員は最寄りの部屋に入室し、静かにイジェクトをお待ちください。

 排出された場合、速やかにテクノ・マジカディアから百メートル以上離れてください。

 自動運転中は危険ですので、テクノ・マジカディアの脚部に決して近づかないようお願いします』


 放送の内容を聞き終えると、ルイザが叫んだ。

 そうこうしている最中にアラート音以外に、何か歯車が回る轟音が聞こえてくる。

 変形しているのかもしれない。足下や壁に伝わる震動もすごいことになっている。

 固定されている装置以外の器材が、動き出した。部屋の角度が斜めにずれたらしい。


「塔の中の人間は強制的に、外に追い出されるんだ!」

「だが、汚泥は」

「アレは……自己保存を最優先する存在、だった……」

「だった? 過去形ってことは」

「カゲヤマ。汚泥はたぶん、初めて本物の死を身近に感じたんだと思う。君のことを、大魔法使いより脅威だと感じた。しかも、明確に敵対してしまっている事実を認識して、本物の恐怖を覚えた。死を怖がっているくせに、本気で死ぬとは――消滅させられるとは思ってなかったんじゃないかな。だから汚泥は逃亡ではなく排除を選んだ。情報を蓄積しながら、死から逃げる、自己を保存する本能だけの生命体が、君という魔導士を殺さないことには自分が生きる未来がないと確信した――だから、塔の力を使うと決めた」


 がこん、がこんと前後左右、すべての壁の内側から音が聞こえてくる。

 部屋の角度が変わるたび、立っているのも難しくなる。

 支えになるものもなく、俺は咄嗟に倒れそうになったルイザの腕を取った。


『エマージェンシー! エマージェンシー!

 管理権限者の申請に従い、敵対生物の再設定を行いました。

 追加で設定された敵対生物は人類近似種であり、外見上の区別はないものと推察されます。

 研究員、並びに職員は未登録の人類に迅速な避難を呼びかけてください。テクノ・マジカディアは敵対生物殲滅という至上命令に従い、周辺の人類近似種、あるいは人類を発見次第駆除します。

 なお、警告に従わなかった人類に対し、テクノ・マジカディア制作委員会は一切の責任を負いません。

 速やかに戦闘区域、あるいはテクノ・マジカディアのターゲッティングシステムの範囲内から離れることを推奨します。

 未登録の人類が戦闘区域内に接近した場合も、同様の処置を執ることになります』


 感謝の言葉を口にして、ルイザが俺の手を外した。

 放送は続いている。スピーカーも見当たらないのに聞こえる声に、ルイザが肩をすくめた。


「ほらね」

「この場合……敵対生物っていうのは、俺のことか」

「汚泥は君のことを、この塔の真の姿、巨大ゴーレムが殲滅すべき敵だと設定したんだ。もちろんボクという搭乗者無しでは、汚泥が本当に求めていた無敵の力、誰も逆らえず、誰にも脅かされない存在にはほど遠いんだろう。自動操縦モードは所詮、何らかの事情で搭乗者が間に合わない時の緊急用システムだ。敵対生物――カゲヤマを殺したあとは、塔の力は、もう汚泥の自由にはならない。管理権限があっても、これは一回だけの使い切り。半永久的に使える無敵の護りを諦めて、ただ君を殺すことを汚泥は選んだ……君さえ殺せば、またゆっくり生き延びる手段を探せるという直感的な判断かもしれないけどね」


 呆れと、皮肉と、ほんのわずかな同情を込めた声で呟いた瞬間。

 アラート音が、再び大きくなる。


『エマージェンシー! エマージェンシー!

 これよりイジェクトを開始します。

 研究員並びに職員は、着地の衝撃に備えてください。

 繰り返します。

 これより、イジェクトを、開始し、マス。

 けんきゅうイン、ならび、に、ショクイン、はちゃくちのしょう……


 ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!

 建造物内に敵対生物を発見! リジェクトします! リジェクトします!

 敵対生物にゲスト登録がなされています! ERROR!ERROR!

 エマージェンシー! リジェクトします! リジェクトします! モアエリミネート!』


「様子がおかしくないか」

「ご主人様のマナ情報、すでに塔のシステムに登録しちゃってますからねえ……非正規の設定と、システム部分のセキュリティと、実行プロセスが全部不整合でも起こしてるんじゃないでしょうか」

「……つまり?」

「明らかにバグってるので、これからどうなるかスピカには分かりかねます」


 答えたスピカの声が普段よりずっと淡々としているのは、困惑ゆえだろうか。

 がこん、と何か音がした。周囲を見回そうと思ったが、その瞬間に浮遊感を覚えた。

 足下を見た。さっきまで床だった部分に穴が開いて、下方に滑り台状の脱出口が見えた。

 ルイザに声を掛ける暇はなかった。

 なるほど、これが強制イジェクトとやらだ。塔内部の人間を全部外に排出する機構。


 真っ暗な穴に、俺が先に落下した。わずかに遅れて、上からルイザが滑り落ちてくる。

 一応、怪我しないように何らかの保護は働いているのだろうが、ほとんどダストシュートだ。

 ほぼ最上階に位置する学長室の高さから、凄い勢いで斜めに塔内を下降していく。

 滑っているのに臀部に摩擦熱を感じないのは、魔力的な機構があるためだろうか。大きな螺旋を描いたウォータースライダーを滑る感覚に似ていて、風切りの音は少し楽しい。

 自分で進路も速度もどうにもならない点は、ジェットコースターの感触にも通じる部分がある。

 少し遅れて、上からルイザの悲鳴が聞こえる。心の準備が足りなかったようだ。

 肩越しに振り返って様子を見ようとしたら、より大きな声の制止が降ってきた。


「うぇっ、上をぉ! み、見ないでぇえええええっ!」


 声は必死だった。慌てて前を見た。

 穴の中、スライダー状の滑降路にはぼんやりとした光が灯っている。

 トンネルのように先の様子がある程度分かるので、それほど怖くはない。

 俺には不安があった。

 この場合、出口がどこになるのか。まだ地上に到着するには時間が掛かるはずだ。

 あっと思った瞬間、急に前方に強い光が見えた。太陽光の輝きだった。


「うわ、うわぁあああああ……っ!?」


 地面が見えない。

 もしかして塔の半ばから放り出されるのだろうか。

 そして、強烈な眩しさ。


 一面の青空。

 それから、途方もない不安に苛まれる。地面までの距離を思うと、気が遠くなる。

 落ちたら死ぬ高さだ。

 風切りの音、全身に打ち付ける風の強さが、死に直面している現実を否応なく突きつけてくる。


「さっきから黙ってるけどぉっ! 何か言ってよカゲヤマぁああああああっ!」


 なるほど。バグの悪影響はこれか。あるいは汚泥がこの展開を狙ったか。

 俺たちを墜落死させる目論見と考えれば、納得がいく。

 取り乱しているルイザも、俺に遅れて放り出されて、空中にコートがはためく。

 そのとき、俺は地上を見ていた。


「ここより吹く風よ、天の重きと地の引き綱を今ひととき忘れさせよ!《浮揚(レビテーション)》」


 まさかこの展開を予期していたわけではないのだろう。

 しかし、杖を手に、彼女はそこで不敵に笑っていた。


「……えっ、あれ!? なんだか、急に速度が……」

「ルイザ、下を見てみろ」

「大魔法使い、さま……? え……? ボクたち、落ちて……あれ?」


 数十メートルの高さから落ちる速度が、急に緩んだ。

 重力に逆らうかのような、やわらかな浮遊感。

 地面に近づくにつれ勢いが失われ、足が付く瞬間にはほとんど衝撃がなかった。

 空中で体勢を整えきれなかったルイザを、先に着地した俺は、腕を伸ばして受け止める。


 こうして俺たちは、地上へと降り立ったのだった。

 凄まじい音が耳朶を打ち、安堵もそこそこに振り返って見上げると、巨大な中央塔がついに変形を終えたところだった。

 直線の多いフォルムの厳めしさ、居るだけで威圧感を与える無骨な佇まい、何よりその数十メートルの高さと質量は、あらゆるものを破壊し尽くすためにあるかのようだ。

 決戦兵器、テクノ・マジカディア。

 人型を模した巨大ゴーレムの頭部、その眼と思しき部位で――赫い瞳が妖しげに輝いた。



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