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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第四章 『テクノ・マジカディア』

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第十一話 『曝露』



「ハルマック、お前に聞きたいことがあるッ! 死にたくなかったら答えろ!」


 突きつけるような険しい声は、やはりルイザのものだった。

 張り詰めた叫びに、どこかとぼけた声が応じた。


「君はたしか……そうそう、ルイザ君と言いましたね。亡くなった前学長と口論していたとか……。何を言っているのか分からないが、まずは落ち着いてほしいものですな」

「ルイザ! 話なら私が聞く! 聞くから、まずは学長代理から剣を遠ざけるんだ……」

「邪魔をしないでください、ウィラーさん!」

「こんな真似をして何になる!」

「その通りですな。脅されて何を喋ったところで、誰が信じるというのか」

「ふざけるな……! お前のせいで、お前の……」

「やれやれ、栄えある魔法学院の学生ともあろう者が野蛮に過ぎますな」


 学長室の前で仕掛けたらしく、ルイザはハルマックの背中に細身の剣を突きつけていた。

 周囲の魔法使いたちは各々に手のひらや杖をルイザに向けている。

 ウィラーは説得するために声を張り上げていたが、ルイザは返答せず、その顔は強ばっている。


「学長代理! 危険な状態ですから、せめて挑発をしないでいただきたい!」

「いいえ、言わせてもらいますぞ。こうした不埒者に籍を与えていた時点で、前学長の方針に誤りがあった証左でありましょうな。やはり街中で頻発していた口に出すのも穢らわしい事件の真犯人は……」

「黙れ! ボクが聞いたことにだけ答えろ!」

「ハルマック学長代理! 確たる証拠は無いのでしょう。故人の名誉をいたずらに貶めようとするのはやめていただきたい!」

「ウィラー警備主任、君が認めたくないのは理解しますがね、他にどうして自殺する理由があると言うのです? もちろん、自死のタイミングが私が真相を掴んだ直後のことであった以上、オージェス前学長にも良心の呵責、いえ、一抹の矜恃はあったのでしょうが……真実がどうであれ自らの責任を最後まで果たすことなく、名誉ある立場を擲った事実には変わりありませんな」

「学長代理。お願いですから、黙っていただきたい」


 押し殺したウィラーの声色は、激昂しているルイザよりも、もっと強い感情に満ちていた。

 ルイザが、呆れ顔のハルマックと、睥睨するウィラーの表情を盗み見た。

 切っ先を突きつけているルイザを置いてきぼりに、視線を交わす両者に静かな火花が散った。


「余計な手間をかけさせられる。皆様、こんな混乱した状態こそが正常だと思ってはおりませんでしょうな。暴力に頼って自らの望む答えを引き出そうとする魔法学院の劣等生、厳重な入塔チェックがある中央塔にこうも易々と侵入を許す無能な警備主任、いつまで経っても代理が外れないせいで滞る学長の仕事……度しがたい。まったくもって、すべて前学長オージェスの愚行が招いたといっても過言ではない!」


 強引に鎮圧できないのは、魔法の発動速度と間合いの関係上、ルイザに優位があるのがひとつ。

 半ば人質に取られている状況もあり、研究者然としたハルマックでは隙を見て逃げたり反撃したりするのも難しいのは明らかだった。

 それ以上に、ルイザに刃を突きつけられながら煽る物言いを繰り返すハルマックの姿に、取り囲んでいた全員が困惑していた。


 危険な状態のルイザに対しても、自分を救出しようと試みるであろうウィラーの心証にも、この場面でまったくプラスにならない言葉を選ぶ理由が理解しがたいのだ。

 ある程度の事情を推測している俺とミリエルですら首を捻る行動に、周囲を囲んでいるエリート揃いの学院関係者、特に役員や幹部たちは何が起きているのかと硬直してしまっている。

 まるで、わざとルイザに手を出させようとしているような、あるいはウィラーが激発してハルマックを害する行動を期待してでもいるかのような、そうした種類のちぐはぐさ。


 話に聞いた『静かなる』ハルマックは、そんな人物だっただろうか。

 魔法を純粋に追究するため攻撃に使用しないと決め、長い間、学内で随一の温厚な人柄で知られていた副学長――現学長代理は。

 皆に慕われていたからこそ、副学長の地位に上り詰め、次の学長の座を確実視されていた男。

 俺たちの聞いた評判は、そんな人格的にも素晴らしい教育者の姿だった。


 俺たちがあった学長代理ハルマックとは、評判と実際が少しだけ乖離してはいた。

 ハルマックと会った時、ミリエルはこう評した。善人ぶった陰険な研究者と。

 今こうしてルイザやウィラー、そして故人を嘲る姿のどこに、温厚さが見えるというのか。


「……もういい」

「ルイザ、待ちなさい」

「もういいッ! オージェスはこいつに殺されたんだ! 犯人が分かってるのに、いまさら証拠を探す必要なんかないだろ!」

「やめるんだ。それは、してはいけない」

「うるさい。ウィラーさんだってずっと疑ってたんでしょ、こいつが、この男が……オージェスを自殺に見せかけて殺したんだって」

「だが! だが、それでも師なら止めただろう……証拠が無くば、それは疑わしいだけで事実とは認められない、と」

「知ってるさ。オージェスはそういうところ、融通が利かなかったからね。……違うか、ハルマックを信じてたんだ。昔からずっと一緒に研鑽を積んで、互いを高め合ってきたライバルで、親友だったって言ってたし。だから最後まで認めたがらなかった。馬鹿だよ、オージェスは」

「ルイザ!」

「ほんと、ばかなんだから。そんなんだから隙を突かれて殺されちゃったんだ。なんだよ、オージェス。確たる証拠なんて、自分の命より大事なわけがないじゃんか……それとも、自分が死ぬとは――殺されるなんて夢にも思ってなかったのかもしれないね。……今の、お前みたいにさ」


 切っ先を突きつけられたまま、怯えた様子もなく、ルイザとウィラーのやり取りを喜劇でも眺めるかのような目つきでいたハルマックは、声を挙げて笑った。


「なにがおかしい!」

「ははは、これで笑わずにいろという方が無理がある。やれやれ、無知な者は困りますな」

「ルイザ、やめろ! 手を出すな!」

「……ッ」


 バシュッ、と間の抜けた音がした。一瞬のことで、誰も反応できなかった。

 ウィラーだけが顔を手で覆った。

 腕に力を込め、剣を突き刺そうとした瞬間に、ルイザは何かによってはじき飛ばされる。

 その細身の身体は学長室の前から数メートルほど遠くに転がって、うつ伏せに倒れていた。


「ウィラー君は知っていましたか。まあ、警備主任ですからな。こうした機能があることを知っていてもおかしくはない」

「学長代理、あなたというひとは……」

「何を憤っているのか知りませんが、私は被害者ですぞ? この中央塔の内部で学長ないし学長代理に危害を加えようとした愚か者がどうなったところで、そんなものは当然というより他ありませんな」

「……警備主任、今のは」

「中央塔にある防御システムのひとつだ。管理権限のある学長や学長代理に攻撃を仕掛けようとすると、壁や天井から、ああした魔力弾が発射されるようになっている。人間相手なら最低限の威力に設定されているはずだし、死んではいないと思うが……誰か、ルイザの様子を確かめてくれ」


 ウィラーは距離を保ったまま、自由になったハルマックの様子を注視している。

 心底おかしそうに、ハルマックが笑った。

 その場にいる人間すべてに突きつけるように、こう口にする。


「見ての通り、中央塔において学長の権限は絶対でしてな。どうやったところで、権限を持っていない人間が許可もなく学長室に入り、あまつさえ学長であったオージェス氏を殺害後、さらに自殺を偽装するなど不可能なのです。当時の私は学長代理ですらなく、単なる副学長に過ぎなかった。妄想に取り憑かれたとはいえ、学院の生徒であるのなら、きちんと検証を済ませてから発言してもらいたいですな。さて、くだらぬ世迷い言の反証も済んだことですし、そろそろ私の学長就任を認めていただきたい。いいかげん、代理という部分を外してもらいたいのですよ。全会一致が必要だからと先延ばしにされていましたが、……ウィラー君? 君にも感傷に囚われるのではなく現実を認める時期が来たと理解できたでしょう」


 ウィラーの指示は聞こえたはずだが、誰もルイザに近づこうとしなかった。

 魔力弾の衝撃で動けなくなっていただけなのだろう。

 床に倒れたままのルイザが、突然咳き込んだ。

 ルイザは這這の体で顔を上げ、勝ち誇るハルマックを睥睨している。


「クソ……なんで、おまえなんかが……」

「ウィラー君?」


 ハルマックに促され、苦虫をかみつぶしたような顔でウィラーが口を開く。


「学長代理襲撃の現行犯だ。……各員、ルイザを拘束するように」

「自分の仕事に責任を持っているようで、たいへん喜ばしい限りですな。では皆さんせっかく学長室の前にいるわけですし、今から私の新学長就任の申請と承認を――」

「待った!」

「――うん? なぜ、ここに君たちのような無関係の人間が」

「関係はあるさ。なかなか興味深い話をしていたみたいだからな」


 ハルマックの独壇場になりつつあった場に、俺が割り込んだ。

 新たなる闖入者の登場に、ハルマックは不機嫌そうな表情を見せた。

 一方で、眉間に皺をよせたウィラーはますますしかつめらしい顔をして、そして力尽くで取り押さえられてもなお怒りを滲ませたルイザは、ひどく不可解そうに俺たちを見上げた。


「ミリエル様……と、助手のカゲヤマ。何をしに来た?」


 ウィラーが俺たちに初めて気づいたような素振りで、大きな声で問いただしてきた。

 この状況で、何をしに来た、とは、なかなかにしたたかな振る舞いと言える。

 今朝方、事態が急変したことをメッセンジャーを通して伝え、俺たちをこの場に呼び寄せたのはウィラー当人なのだ。

 それをおくびにも出さず、俺たちが勝手に来たと聞こえる言い回しを選んだ。


「何を、とはご挨拶だな。前学長である灰色のオージェスの無念を晴らすために、俺たちはここに来たんだ。他の理由があるとでも?」


 ルイザの言葉通りにウィラーが以前からハルマックに並並ならぬ疑念を抱いて、あるいは危険視していると考えれば、上級捜査員という立場のミリエルの来訪は渡りに船だったに違いない。

 表面上従っているフリをして時間稼ぎをしていた以上、ウィラー自身には挽回する手段が見つからなかったのだろう。

 俺たちが真相を掴んだかどうか、ウィラーには知る術も無かった。


「前学長の自死について不審な点が無いことは、もはや誰の目にも明らかでしょうに」

「不審な点、ね」

「死の瞬間、前学長オージェスがあの学長室にいた以上、危害を与えることは不可能だった。これは魔法を発動させるために必ず詠唱が必要なことくらい、英邁たる魔法使いならば自明のことですな」


 ハルマックが余裕ぶった顔で、俺を見下すように鼻で笑った。

 スピカが苛立っているのが伝わってくるが、俺はポケットを軽く叩いて落ち着かせる。


「それとも決定的な証拠でもありましたかな? 不埒者と無能が疑っているように、この私が前学長を自殺に見せかけて殺したというような……愚にも付かない妄想を証明するに足る何かが!」


 絶対的な自信が伝わってくる。

 ハルマックは、俺たちには――いや、誰にも絶対に見抜けないと確信して勝ち誇る。

 誰も口を開けない異様な緊張感に包まれた学長室の前で、俺は何も言葉を返さなかった。

 俺の沈黙に、ハルマックは馬鹿にしたように口元を歪める。

 ウィラーもわずかに期待で輝かせた目を伏せ、ルイザの顔は悲壮感でいっぱいになった。


「――焔の王、焼き尽くす怒りの腕を振りかざし……」


 俺は、何も、言わなかった。

 代わりと言ってはなんだが、いつの間にか姿を消していたミリエルが、学長室の前に見えた。


「は? この詠唱はどこから……」

「――我が呼ぶは凍てつく業火、汝が怒りの咆哮よ……」


 大きな杖を扉に向けて、朗朗と詠唱を謳い上げる。

 ハルマックとウィラーが顔をひきつらせ、ルイザがぽかんと口を半開きにする。

 俺はその三者の表情を眺め、ミリエルの杖の先に渦巻く赤い輝きを見た。

 誰も想定していない動きだったこともあり、止めるだけの猶予もなかった。


「ミリエル様、なにを……ぜ、全員、伏せろっ!」

「――地より出でて、天を灼け。廻れ、廻れ、廻れ!《地廻天火(トルテ・フラム)》」


 大魔法使いミールエール・スティングホルトによる、大火炎魔法のお披露目だった。

 ダンジョンの壁面同然の頑丈さを誇る学長室周辺の壁や扉に焦点を合わせ、ミリエルは超威力の攻撃魔法を勝手にぶっ放したのだ。

 カッ、と太陽がその場に生まれたみたいな閃光と、凄まじいまでの熱風が弾ける。

 その場にいた全員が灼熱の爆風に巻き込まれた、と思い込んだ。

 それほどまでに強烈な威力、決して小さくない効果範囲を誇るであろう火炎魔法だったのだ。


「ふむ、やはりな」


 が、実際には爆風も熱気もほとんど伝わってこなかった。

 密室で撃ったら焼け死にそうな大威力の火炎魔法であったが、かたく閉ざされたままの学長室の扉には傷一つつけられなかった。

 ミリエルは満足そうに頷くと、振り返って集まっている全員の顔を眺めた。


「どうしたんじゃ? 皆、死を覚悟したみたいな顔をしてからに」

「みたいじゃなくて、覚悟したんじゃないか。いきなりあんな魔法使ったら」

「そこの男が、きちんと検証してから発表しろって言ったじゃろうが。このミリエルちゃんがわざわざご高説に従ってやったんじゃから、喜びこそすれ睨まれる筋合いは無いと思うがのう」

「で、実験の結果はどうだった」

「見ての通り、あの威力を一点に集中させたにもかかわらず、何の痕も残らんかったのう。……中央塔の構造物が生きたダンジョンの壁と同質、というのも間違いなさそうじゃ。ダンジョンの方も内部的に一定量以上の魔力が供給されておる限り、そうした不壊の属性を付与されている、という弟子の仮説は正しいと見える。なかなかの収穫じゃったな」


 注目の的であった三人のみならず、この場のほぼ全員が俺とミリエルの会話を耳にして、狂人を見るような眼差しになった。

 当てが外れたとばかりにウィラーは唇を噛み、ルイザは批難がましい目で俺を見ている。

 ハルマックだけが、蔑みでも、嘲笑でもなく、警戒したようにミリエルを睨め付けた。


「貴方たちは、何をしたかったんですか……いえ、何を考えてこんな真似を」

「ヨースケが言ったじゃろ。オージェスの無念を晴らすため、じゃ」


 耳目を集めたミリエルが、ふふん、といっそう不敵に笑った。


「ウィラーよ、オージェスの死因はマナ中毒で間違いないな?」

「ええ。現場にあった空の容器からも、マナ溶液を服用したのが原因だと考えるのが、あの状況から見て自然という結論でした。……やはり、師は何者かにマナ溶液を無理矢理飲まされたとお考えで?」


 何者か、の時点でウィラーの目はハルマックに向いていた。

 学長室に勝手に入ることは不可能とはいえ、適当に理由を付けて訪ねたり、あるいはオージェスに呼び出されたことを利用する手もある。

 立場としては副学長、かつての親友、そして街で起きていた事件について。

 ハルマックが、嘆かわしいと言わんばかりに肩をすくめて見せた。

 

「私が前学長にマナ溶液を無理矢理飲ませた? ありえませんな。だいいち、前学長が亡くなった時間帯には別の場所にいた。私にはアリバイもあるし、攻撃魔法すら使えぬ、危害を加えようとすれば先ほど見せた防御機構が働く。これでどうやって殺せるというのか」

「うむ。その通りじゃ」

「上級捜査員の方のお墨付きもいただけるとはありがたい。では晴れて私の無実が証明された、と考えてもよろしいですな?」

「そんなことは言っておらんのう。ワシが肯定したのは、オージェスにマナ溶液を飲ませたのがお主ではない、という部分だけじゃよ。研究者たるもの、ふたつの違いは理解出来るじゃろ?」

「必要条件と十分条件の講義でも始めますかな」

「お主がオージェスに対し、致死量のマナ溶液を飲ませていないことと、お主がオージェスを殺していないことはイコールにならん」

「先ほどのやり取りも承知しているはずの上級捜査員殿は、誰の目にも明らかな事実が理解出来ないほど盆暗であったようですな。いいですか、私にはどうやっても前学長を殺せなかった。この事実を覆せるというのなら、誰もが納得するだけの証拠を今すぐ持ってきなさい! それが出来ないのならいくら上級捜査員であっても単なる言いがかりです。謂れ無き侮辱を受けたとして学院から正式な抗議をさせてもらった上で、王宮に罷免を求めさせていただくことになりますぞ。だいたい、先ほどの狼藉は何だったのですかな。この魔法学院の中枢足る中央塔で、あのような危険な魔法を許可もなく行使するなど……」

「ぎゃあぎゃあと騒がしいのう、『静かなる』という二つ名が泣くぞ」


 苦笑しつつもハルマックが低い声でした反論に、ミリエルは長いため息を吐いた。


「そもそも、お主は本当に『静かなる』ハルマック本人なのか? それが疑問なんじゃよ」

「何をいいだすかと思えば……これ以上ない妄言ですな。そちらこそ、そんななりで上級捜査員を名乗ってはいますが……本物かどうか疑わしいことこの上ない。身分確認の問い合わせはウィラー君がしたという話でしたからね、彼が私を貶めようとして呼び込んだ工作員ということも、ありえなくはない」

「ほー。このワシが、身分を偽っていると?」

「極めて疑わしいと思っておりますな。親書の他に、何か証拠でもお持ちで?」

「……証拠、証拠、証拠……お主はやたらと証拠に拘るのう」

「当然でしょう。証拠がなければ、それが真であるとは誰も認めない。常識ですぞ」

「誰の常識じゃ?」

「ここマジカディア魔法学院の研究者であるならば、誰もが持つべき精神であり基本ですな」

「そうか、そうか。お主だけの常識ではなかったんじゃな、『汚泥』よ」


 薄ら笑いを浮かべていたハルマックの仮面が、ひび割れた。

 そんな風に見えた。


「ずっと疑問だったんじゃよ。灰色と呼ばれたオージェスが、どうやって殺されたのか。いや、灰色と呼ばれるほどの火炎魔法の使い手を殺せるほどの技倆がある者とは何者なのか」

「……何を仰っているのか分かりませんな」

「お主、ワシが上級捜査員であること、本当は一切疑ってなかったじゃろ。というか、捜査権限を持った者かがマジカディアに送り込まれることも掴んでおったはずじゃ。だから遠ざけたかった。始末できるならしてしまいたかった。この場を切り抜ければ誤魔化せると思ったかの?」


 ハルマックが無言で周囲の様子を確認した。


「ワシが街に来て役人に親書を見せた直後、経歴詐称と冤罪を吹っかけて牢に叩き込んだのも、罠に掛けて暗殺できればそれでよし。出来なくとも騒ぎを起こさせて、動きにくくさせようと企んだから。まあ、ヨースケという助手が増えたせいで、協力者が複数居ることを警戒して手出しを控えるようになったのは……正しいといえば正しいし、失敗といえば失敗じゃったな」

「ミリエル様、何を」


 学長殺しの告発かと思いきや、違った流れを目の当たりにして、ウィラーが訝しげに口を開いた。

 ミリエルとハルマックのあいだに生まれた緊迫した気配に、誰も遮ることが出来ずにいる。

 高まりつつあるのは戦闘の気運であり、独特の存在感でもあった。

 たとえばティナ、たとえば剛剣ブラスタインがそうであったように。

 目の前で、ミリエルと静かに対峙するハルマックから、強者ならではの雰囲気が覗く。

 浮遊マナを何度となく吸収したらしき、単なる研究者ではありえない密度の高さ。


「そうか。……そうだったのか」

「なんじゃ、ヨースケ。いま良いところなんじゃが……」

「浮遊マナだ。飲ませる必要はなかった。ただ、耐えられないほどの大量で高濃度の浮遊マナがそこにあればよかった」

「……い、いや、どうやって!? 大量のマナ溶液を散布したからといって、それが揮発して室内に浮遊マナが充満するようなことはない! 師は溶液の扱い方も弁えていた! あの量では皮膚からの吸収なら致死量にはほど遠いし、たとえ事故だとしてもそんな状況にはならない! 殺人だとすれば液状化させたマナを再度純粋な浮遊マナにするには別途に大型の機材が必要になる……!」


 俺の言葉に、学長室の内部では無理だろうと、ウィラーが慌てて反駁する。

 しかしハルマックの凍り付いたような表情のなか、瞳が揺れたのを確かに見た。

 ここだ。

 真実に人差し指が引っかかっている。あとは間違いなく手繰り寄せるだけでいい。


 ずっと引っかかっていたものの正体が、ここに来て、ようやく掴めた。

 学長は致死量のマナ溶液を嚥下したことによる急性マナ中毒が死因とされていた。

 危険な劇物であり、毒として服用するには不向きなマナ溶液を自殺にあえて使った理由が、どうしても納得がいかなかった。


「だいたい、保管されていたマナ溶液自体、師が自分で持ち出した時点でおかしい……マナ溶液自体、そもそも師の研究には無関係でもある。希少な上、生成に手間の掛かる劇物をどうして師が必要としたのか、それすら分かってないんだ」

「使い道のひとつはもう判明している。故オージェス氏は、マナ溶液を特殊なインクとして用いることで、秘密のメッセージをやり取りするのに使っていた。相手はルイザだ」

「なんで、それを」

「密談の内容は、街で起きていた事件についてだ。頻発していた強姦事件。状況から、学院の中に犯人が居ると考えたオージェス氏は、確実に犯人ではない人物としてルイザを協力者に選び、秘密裏に調査していたと思われる」

「本当なのか、ルイザ」

「ウィラーさん、……すみません。黙っていて」

「一応言っておくが、ウィラー、あんたが信頼されてなかったわけじゃないと思う。ただ警備主任という役割を持っていた弟子に伝えた場合、犯人に察知される危険が高いと見たんだろう。犯人からも繋がりを知られていなかったであろう人物、学内では対立していたと見られていた一学生に白羽の矢を立てた。そういうことだと考えている」

「カゲヤマ、慰めなどいらない。だが、そうか。師とルイザが……そうだったのか」


 事態の推移について行けない警備部の人員にウィラーが支持して、ルイザの拘束を解いた。

 ルイザは蒼白な顔で、俺の推察に言葉を付け加えた。 


「マナ溶液には、もう一つの使い方があるんだ。オージェスが持ち出した理由もそれだよ」

「予想は付くが、言ってもいいのか?」

「いまさら、ボクに気を遣ってるの? それともオージェスに? いいよ、言ってみて。違ってたら笑ってやるからさ」

「オージェス氏の監督の下、ルイザは自らマナ溶液を呑んだ。違うか?」

「……は?」

「なにを……」

「は、ははは、ははははは! やっぱりじゃないか。前学長は、恥ずべき人間だった。人体実験なぞ研究者としては最悪の部類と言って良い。その露見が恐れて自死を選んだ! それが真実だ! それこそが真相だ! 何が潔白だ! 何が無念を晴らすだ! あんな毒物を学生に飲ませるなんて、まともな研究者なら……心ある人間なら、できるはずがない! そうだろう!?」


 ミリエルの透徹した視線に射貫かれて固まっていたハルマックは、俺とルイザとのやり取りを耳にして、囃し立てるように喚きだした。

 醜悪なものを見た、といわんばかりにミリエルは無言で目をすがめた。

 俺の予想に、ルイザは静かに頷いた。

 騒ぎ立てるハルマックの声など耳に入っていないかのように、穏やかな顔で。


「ボクが頼んだんだ。劇物であるマナ溶液は、濃縮して液化されているとはいえ、性質のほとんどが浮遊マナと同一だ。魔物を殺すことで発生する浮遊マナ、それを吸収することで強靱になる肉体と少しずつだけど増加する魔力容量の相関性……ボクの研究テーマであり、悲願だった」

「一定量を摂取すれば死に至る劇物。逆に言えば、極少量ならば死ぬことはないと踏んだのか」

「知っての通り、ボクは劣等生だった。なにしろ自前の魔力が学生の平均よりずっと少なかったから、魔法を使うのも一苦労さ。そうした生来の限界を突破しうる妙案だと思ったんだよ」

「だ、だが、師はなぜそんな危険な実験を了承したんだ……」

「ボクの立てた仮説と手段は、オージェスも有効だと認めたよ。だけど否定された。危険過ぎる、ってね」


 ウィラーが震える声で尋ねると、ルイザはにやりと笑ってみせた。


「だから強引に頼んだんだ。オージェスなら、勝手に実証しようとして見えない場所で死ぬよりは、せめて分量の計算に自分も関わって安全性を高めた方がマシだ、って結論を出すと踏んでね」

「ルイザ、お前は……自分を人質にして、オージェス師を巻き込んだのか……!」

「逆に聞くけど、ウィラーさん。それの何が悪いのさ」

「……なに」

「ボクたちは、選ばれた魔法使いなんだよ? 魔法が使えない一般人を見下しながら、自分の正しさをまったく疑わない、そうした救いがたい人種じゃないか。少なくともマジカディア魔法学院の生徒や教員は、大半がエリートを自負する鼻持ちならない連中ばっかりだ。ウィラーさんだって知ってるでしょ?」


 皮肉っぽくルイザが吐き捨てた。ウィラーが何か言いかけて、飲み込んだ。

 ルイザは学院から実力を認められた特待生だ。にもかかわらず、街中で他の学生から絡まれていたことが脳裏を過ぎる。

 周囲に見える全員の顔を見回し、最後にハルマックを冷たく見据えて、淡々と口にする。


「まさか今の話を真に受けた間抜けはおらんじゃろうな」


 ミリエルがとぼけた声で割り込んだ。

 目を逸らした数人と、不愉快そうに頬をひきつらせたウィラー。


「ボクが嘘を言っているとでも?」

「嘘ではないんじゃろうな。だが、真実とも限らん。嘘を言わずともひとは騙せるがゆえに、な」

「……どう受け取ってもらっても構わないけど」

「いささか偽悪的に語りすぎたな。ルイザよ、お主にとってオージェスは師でも先生でもなく、気の置けない仲間、あるいは同士だったんじゃろ。だからこそ学長であったオージェスを、死した今もなお、頑なに呼び捨てにし続けておるのではないか。その年で共同研究者と認めるだけの能力を有しておったなら、オージェスが危険な実験を許した理由にも納得が出来よう」


 傍目には幼く見えるミリエルが、少しだけ年上のルイザを言い諭している図に思われる。

 なんだこれ。


「余人に分からぬ事情に関しては、今回の一件において枝葉に過ぎぬ。事件調査の協力者として動いていたこと、仇を討とうとハルマックに剣を突きつけた時点で語るに落ちているとも言うがな。それよりも、だ。ヨースケにワシの見せ場を奪われてしまったのでな、やり直してよいか?」

「でもな、浮遊マナを使ったトリックで学長を殺した可能性は高いだろ?」

「うむ。助かった。おかげで、密室内で学長を殺した手段がようやく分かった」


 他人事のように、あるいは見世物のように、ルイザの独白を楽しんでいたハルマック。

 それが現実に引き戻されたかのように、ミリエルへと視線を戻した。


「なんだと?」


 ミリエルの言葉は、すなわちハルマックの使ったトリックを暴いたことを意味している。

 液化したマナ溶液ではなく、浮遊マナそのものを用いた殺害方法。

 学長室でそれを行える手段が一向に考えつかないのは、俺に知識が足りないからだろうか。


 そもそも先ほど、ミリエルはハルマックを『汚泥』と呼んだ。

 ミリエル――大魔法使いミールエールにしか知り得ない情報で、何かを掴んだのだろうか。

 敵愾心も露わに、射殺さんばかりの目つきでミリエルを睨むハルマックは、しかし動けない。


 自分に都合の悪い話をされると分かっていながら、次の行動に移れずにいるようだ。

 逃げるのでも、襲いかかってくるのでもなく、ただ俺たちの会話に耳を傾けている。


「素直に考えれば、この場にいる誰にも思いつくはずなんじゃよ。……いや、ヨースケには逆に難しいのかもしれん。学長室という鉄壁の密室内で、オージェスを死に至らしめた手段に関しては、な」


 と、ミリエルはいった。

 俺は何を見落としているのかと、この街を訪れてからのことを思い返した。



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