第七話 『そこに秘密があるならば』
ルイザが立ち去ってから数分。
スピカがコートのポケットから、気遣わしげに声を掛けてくる。
「ご主人様、ちょっと落ち込んでます?」
「いや……」
俺たちは気を取り直して、現状を再確認することにした。
難しい顔で考え込んでいたミリエルも、顔を上げた。
「悪いな、ミリエル。俺の話の持って行き方が悪かったらしい」
「気にするでない。ワシではああした反応も引き出せなかったかもしれんからの」
事件の真相を暴こうとしている以上、避けては通れなかったやり取りなのだろうが、もっと慎重に話すべきだった。
あの様子ではオージェスとは相当に親しかったはずだ。
つまり大事な存在を失ったばかりのルイザ相手に矢継ぎ早に問いかける内容ではなかったと、ちょっと後悔している。
「ヨースケのおかげで収穫はあった。これが吉と出るか凶と出るか」
「分かったこともあるにはあるが……直接の進展にはなってないだろ」
「ルイザが白の可能性が高まったのは事実じゃ」
「確かに。あれで演技なら、見抜くのは無理だろうしなあ……」
ルイザとの接触で得られた情報はかなり多い。
物別れに終わった以上、あれ以上の協力を求めるのは難しい。
秘密の内容に見当が付いていれば、言葉を選んだり、質問の内容を考慮する余地があったのかもしれないが、今更である。
ただ、多感な年頃であろう少年を傷つけてしまったことは間違いない。
内容を整理するついでに、ミリエルの意見を尋ねた。
「ルイザはオージェスの死を悼んでおった。これは間違いないのう」
「まあ、そうですよね」
「そしてまた、亡くなった学長と親しかった。あるいは何らかの秘密を共有していたことは間違いなく、学長の死が殺人である可能性を否定しなかった。さらに、それを意図的に伏せていた。形式的なものであったにせよ、ウィラーが中心となって学内での調査は行われていたはずじゃ。ゆえに、ルイザは何も語らなかったことになる」
「えと、裏では親しかったことを、ですか?」
「それもだが、自殺に見せかけて殺された可能性と、そう考える理由があることを、だ」
横から俺が答えると、スピカが問いを重ねてくる。
「そこは、親しかったことを隠していたのなら不思議ではないのでは」
「やはりスピカも魔導書ということか、人間の情緒についてまだまだ察しが甘いのう。親しい相手の不審死に際して――その真相を探ること以上に重要なことなどないじゃろ」
「場合によると思いますけど」
「では、その場合とは何を指す?」
「ええと」
ミリエルからの反駁で、スピカは言葉に詰まった。
真相を探るのが当然、という前提に立てば、それを覆す状況はさほど多くない。
たとえば保身。
真相を探ること、あるいは秘密の暴露によって、自分の身や立場が危険に陥る場合なら、誰だって口を噤んでもおかしくはない。
しかし、ルイザと直接話したことで、その可能性は低くなった。
あの少年は、自分の身を案じて見なかったことにするタイプではない。
別れ際に覗けた、見せるつもりもなかったはずの涙によって、俺たちはそう考えた。
「意地の悪い質問じゃったな。つまり、真相を探るためにこそ、自分たちの関係や、学長の死に繋がった何かについては、黙っていた方が都合が良かった。ルイザの立場で考えると、こうなる」
「……つまり」
「ルイザは学内に犯人がいる、あるいは理由があると見ていたわけじゃ」
「ミリエル」
「ああ、うむ。そうじゃな、もうひとつの可能性もあるが……」
「というと?」
俺とミリエルは察していたものの、スピカが気づいていなかった可能性に触れておく。
何か見落としがあるかもしれないから、情報は共有しておくべきである。
「自分の保身のために黙っているとは考えにくい。が、ああした手合いは、他者の名誉のためであれば……その限りではないのう」
「それが、ルイザさんとオージェスさんの共有していた秘密の内容であると?」
「権力ある学長と特待生。祖父と孫ほどにも年の離れた二人が、裏では親しくしていた。しかも、それを他者には悟られないようにしていたとなると……、邪推されるのも致し方なかろう」
「つまり学長と学生が秘密の関係……男同士ですよ!?」
「なんじゃスピカ。お主、自分でヨースケをそっちの趣味があるのかと疑っておったじゃろ」
ちょっと前に、騒ぎに首を突っ込んだ際、ルイザの顔と名前だけ覚えていた件である。
「絶対にありえないと分かっているからこそのジョークですよ! 本気でそう思っていたら生々しすぎて冗談になりませんから!」
「ま、それもそうじゃな」
「ご主人様の性格上、ティナさんが男だったら絶対一緒に旅なんかしてませんよ! 間違いなくどこかで撒いてサヨナラです!」
「……スピカよ。あまり厳しく言ってやるな。男の子であれば、ある意味では当然の考え方じゃ」
「いえいえ、別に悪いと言っているのではありません。このスピカがパートナーである以上、これは致し方ないことなのですから」
「ほう?」
あ、これはマズイ流れだ。
ミリエルの目がキラリと輝くのを見た。
「これほどまでに従順で! 健気で! ご主人様に尽くす系パートナーたるワタシことスピカですが、しかし魔導書であるがゆえに、当然ながら肉の身体を持っていないわけです。ご主人様専用の魔導書であることに誇りは持っておりますが、この身一つでは至らないところがあることもまた事実」
スピカが高らかと謳い上げるように語るのを、俺は無言で聞いている。
俺の最高のパートナーを自負する以上、スピカは自分に出来ないことがあることに対し、忸怩たる思いを持っていることは分かっている。
ミリエルはニンマリと底知れぬ笑みを浮かべて、ただスピカに続きを促している。
「ゆえに、旅路に疲れてぬくもりを求められたとしても、このスピカには叶わぬことなのです。……であればこそ、人間の女の子の一人や二人や三人四人、少しばかりの慰めがあってもよろしいかと。というか、臥所を別とし、このスピカがあいだに入っているとはいえ、ほぼ若い男女の二人旅。ご主人様も好意を持っているでしょうに、ティナさんに一向に手を出さないのはいかがなものなのでしょう」
「男は狼とはよく言ったものじゃが、それにしてもヨースケは紳士じゃな」
ミリエルの目は笑っていて、若干の揶揄が感じられる物言いである。
おのれ、スピカ。
「ミリエルさんは誤解されているかもしれませんが、ご主人様は単なるヘタレじゃないのです。明らかな据え膳であっても、鉄の理性で抑え込んでいるのです。いつぞやのソフィアさんなんか、完全にその気でいたというのに……」
「む。ティナだけではないのか」
スピカの言葉で、最初の街、ハミンスでの出来事が思い出される。
据え膳に手を付けなかった情けない男だと言われれば、その通りだろう。
だが、俺の選択は間違ってはいなかったはずだ。
あそこでソフィアに手を出していたら、俺は胸を張ってあの街を出られなかった。
「そこはご主人様の器の大きさゆえというか、行く先々で困っている女性を見るや手助けをしてしまう性分といいますか……最初の時点で下心が無いことが、逆に被害者を増やしているという結果に」
「なんとまあ、悪い男の手練手管ではないか」
「そこがご主人様の恐ろしいところで……優しさを振りまきつつ、手は出さないわけでして。いわゆる生殺しです。お預けです。こうして誰一人として手を付けていないのに、どんどん現地妻ばかり増えていくという……ある意味で恐ろしい状況になっているのです」
人聞きの悪い言葉である。現地妻て。
選択は間違っていなかったはずだが、何もしなかったことに全く後悔がないとはいわない。
俺とて若い男である。
そうした欲求がないわけでも、興味が無いわけでもないのだ。
ただ、自分自身を誤魔化すことはできなかった。
自分に好意を持ってくれた女性の顔をまっすぐ見られなくなるような行いはしたくない。
それだけなのだ。
俺が無言でいると、はっとしたようにミリエルは俺を見て、唇をわななかせた。
「まさか」
「……」
「ヨースケよ……そのなりで、童貞じゃったか」
「うっさい」
ついに反応してしまった。
ミリエルのとぼけた口調で言われると、なんだか非常にこっぱずかしくなった。
「顔も悪くないし、性格も……まあお人好しに過ぎるところはあるが、致命的な部分は見当たらん。何故じゃ? 魔導士の力があれば金には困らんじゃろ。筆下ろしなぞ、商売女にでも頼めばよかろうに」
「言うな」
「初めては素人の方が良い、という男子ならではのこだわりかの? ビジネスライクな行為では満足出来ない的な」
「そういうのじゃない」
「というか、スピカの話を聞いた限りでは、その町娘の時点で普通にチャンスはあったはずじゃな。相手からのアプローチがあって、それでも手を出さなかったとなると……」
最初は笑って聞いていたミリエルも、なんだか呆れた顔で俺を見ていた。
「ヨースケは、近年では珍しいくらいに純情じゃのう」
「いいだろ、別に」
「身体を重ねることについて、大仰に構えすぎじゃよ。互いに好意を持った年頃の男女であれば、ごくごく当たり前のことじゃ。女から求められれば応じてやるのも、惚れさせた男の責任じゃろ?」
「……勘弁してくれ」
ミリエルは俺の喉から絞り度した声に、嘆息で答えを返した。
「ま、最後の最後まで傍らにあり続けるのはこのスピカですからね。それを思えば、ご主人様が望むなら誰と男女の仲になろうと構わないのですが……ティナさんもあれでなかなかに奥手ですし、今の関係が心地よいこともあって双方あんまり踏み込んだ行動には出ていない、というのが現状です」
「ティナはまだ乙女じゃったかー。うむうむ。不肖の弟子が偉大な師の先を越すなどあってはならぬことじゃ。良いことを聞いたのう」
「……えっ?」
「なんじゃ、スピカ。スライムが弾け飛んだような声を挙げて」
ミリエルが、さらっと隠している(つもりがあるかも怪しいが)自分の正体について触れたことを突っ込むのかと思いきや、違うらしい。
スピカの声には微妙な険が含まれていた。
「あの、ミリエルさん」
「だから、なんじゃ」
「今までご主人様に対してさんざん偉そうな講釈垂れてたのに……未経験だったんですか?」
ミリエルは目を逸らした。
「な、なんのことじゃろうか」
「……ご主人様。ミリエルさんは、恋愛アドバイザーとしてはティナさんと同レベルです。まともに取り合っちゃイケナイ相手でした。申し訳ございません。このスピカ、もっと早く割り込んでミリエルさんの口を塞ぐべきでした。うう、魔導書には出来ない、魔法使いとして、人生の先輩としての助言だとばかり思っていただけに……悔やんでも悔やみきれません」
スピカの声には多分の呆れが含まれていた。
一方のミリエルは頬を膨らませ、不満げに言い返してくる。
「そこまで言わんでもいいじゃろ。ワシとて長年のあいだに、様々な連中を目にしてきたゆえにかけた言葉じゃ。むしろ経験則といってもいいくらいじゃし」
「どんなに多くの他人の恋愛や愁嘆場を見たところで! 自分の経験が一度も無いなら説得力はゼロなんですよ! ゼロに百かけようが万をかけようが、男女の関係を語るにあたって権威はゼロです!」
「男女の機微については魔導書にだけは言われたくないんじゃが!」
「あ、それ言いましたね! じゃあこっちも言わせてもらいますけど、その体型で! その年齢で! まともなお付き合いの経験があるんですか!? ないですよね!? あったらティナさんに先越されそうで焦ったり、ご主人様にコナかけるような振る舞いしませんよね! 魔法使いとしての腕が良くったって異性にモテたり良い関係を築けるかはまったくの別問題ですもんね!」
「う、く……言わせておけば! し、しかしじゃな、ワシの寂しい過去はさておき、未来に十分な希望は残っておる。その点、魔導書であるスピカにはその可能性はなかろ? 可能性がゼロかそうでないかは非常に大事なポイントだと思うんじゃが」
「ハッ。語るに落ちましたね! ワタシとご主人様は深い部分でこれ以上無く繋がっているからいいんです! それに、あんなことやこんなことで気持ちよくさせられちゃったりもしましたしぃ」
「……なんじゃと。いかん、いかんぞヨースケ。それは茨の道じゃ。今ならまだ引き返せる! お主はまだ若いんじゃから、ちゃんと生身の女に相手をしてもらうべきじゃ。その年でそんなハイレベルな真似に興じ、あまつさえ耽溺するのはたいへんよろしくないのう」
声が大きい。注目の的だった。
なにしろ傍目にはスピカの姿は隠れていて、俺のコートのポケット相手に、魔法使いの格好をした美少女が文句をつけている風にしか見えないのだ。
そしてここは街中。通りの片隅、人の流れから離れているとはいえ、好奇の視線を集めるには十分なやり取りだった。
つい先刻、ひどい誤解を受けたばかりである。
うむうむ、とミリエルは深く頷いて、意味ありげな目線を向けてきた。
「ここはひとつ、ワシが一肌脱いでやろうではないか」
「そこまで! ミリエルさん、あなたってひとはどさくさに紛れて何を提案してるんですか!」
「何って、ナニじゃよ」
「ここで下ネタとか……見損ないましたよミリエルさん! そんな安直な返しをするとは思いませんでした! そんなんだから誰も言い寄ってこなかったんですよ!」
「失敬な。ワシを口説こうとした者は山ほどおったわ! ただ、……その、なんじゃ。ワシではなく、ワシの力目当てというのが透けて見える者ばかりじゃっただけでな」
「……あー」
終わりの見えない言い争いは加熱し続けていたが、ミリエルのこぼした切なげな声によって、とうとう沈静化した。
しかつめらしい顔でその場を離れ、二人をひと目から遮ってから、俺は双方に告げた。
「なあ、仲が良いのはいいことだが、そろそろいいか」
俺はいった。
しかし、哀しいかな、女同士の争いの前で、男の言葉なんてものは何の力も持たない。
矛先がこちらに向いてくるのは分かりきっていた。
「ヨースケ。他人事のような顔をしておるが、元はと言えばお主が童貞なのが悪いんじゃぞ」
「そこだけはミリエルさんと同感です! ミリエルさんに大きな顔をさせないためにも、ご主人様はさっさとティナさんに手を出すべきです!」
「待て待て待て。なぜそこでティナなんじゃ。ほれ、ここにおるじゃろ、手頃な相手が」
ローブに隠された薄い胸をつきだして、ミリエルが頬を赤らめた。
スピカが鼻で笑った。魔導書に鼻があるのか、という問いはさておき。
「は? 見えませんね」
「お主、さっきのやり取りでワシの生涯に多少の理解を示した風な素振りじゃったろ。ほれ、いわゆる力在る者の苦悩というか、孤独というか」
「それはそれ、これはこれですので。あとご主人様にはワタシがいるので、ご心配なく」
見えない火花が散っている気がした。
挟まれた俺は、天を仰ぐよりほかなかった。
「スピカ、どうやらお主はワシの敵じゃったようじゃな」
「ふふふ……ミリエルさんこそ、ご主人様に妙な属性を植え付けようと画策するのはやめていただけませんか。今のご時世、のじゃロリババアなんて流行らないんですよ! だいいち声望ある大魔法使いだったら手頃な男の一人や二人、権力使って上手いこと差し出させればいいじゃないですか! けっこう閉鎖的なマジカディア相手でも強権振るえたくらいですから、やろうと思えばできますよね? ねえ!? まさか等身大の自分を見て欲しいなんて青少年の主張めいたこと仰りませんよね!? その年で!」
「い、いや、そのな、ワシ……そういう権力とかで無理矢理は、なんか違うと思うんじゃよ」
「乙女か!」
「この年で乙女じゃよ! 悪いか!」
ミリエルは、恥ずかしそうに言い返した。
こうした態度は、年相応、と言うべきなのだろうか。
見た目年齢相当、という表現の方が正しいのだろう。
スピカのフリに答えたことで、ようやくミリエルは自分の立場を明言したわけである。
大魔法使いミールエール=スティングホルト。
ティナの師匠にして、すべての魔法使いたちの憧れとされる人物だ。
スピカとの口論を聞いていると、とてもそうとは思えないが。
一応、会話の内容が聞こえないくらいには、通りから距離を取っておいたのが幸いした。
それでも俺たちの様子は奇異に見えるのか、通りがかりに目を向けられる回数は多い。
「ミリエルさん。いえ、大魔法使いミールエール。正体、バレましたけどいいんですか」
「ふん。とっくに気づいておったじゃろ、両方とも」
「まあ、バレバレだったが」
言葉や態度の端々から漏れ出ていたことで、出逢った当初から想像は付いていた。
「いつまで経っても突っ込んでくれる気配がなかったから、むしろ困ったんじゃよ」
「いえその、あんまり露骨だったものですから、逆に触れにくくて」
「……気を遣わせてしまったようじゃな」
「ええ、現在進行形で」
「それは済まなかったのう」
「ほら、ミリエルさんの秘密を聞かされたせいで、ご主人様がいま、どんな顔をして良いのかひどく迷っているのが分かりませんか?」
この場合の秘密とは、実は大魔法使いだった、という部分ではないのは明白である。
見た目年下、実年齢遙か上であろうミリエルの男性遍歴、それも未経験を直に聞かされて、俺にどうしろというのだ。
そしてなぜスピカはこのタイミングで、なぜそれを俺に振るのか。
人生は苦難の連続である。そう思った。
俺とミリエルは互いに顔を見合わせて、大きなため息を吐いた。
スピカが明るく言った。
「ミリエルさん。誤解無きよう再度言い添えておきますが、ご主人様が出逢った女性に容易く手を出さないのは、先ほどミリエルさんが仰ったのと似た理由です。見栄っ張りというか、恋愛に対してロマンチスト過ぎてタイミングを逸する、という点では一致していますね。しかし、手を出さなかった方と、手を出されなかった方、という決して飛び越えられない深い溝があることはお忘れなく」
「あのな、スピカ」
「ごめんなさい、ご主人様。でも、今後もミリエルさんが自分のことを棚に上げて、ご主人様の童貞弄りをすることは我慢ならなかったんです!」
「いや、さっきスピカも乗ってなかったか」
「ワタシがするのはいいんです」
「いいのか」
「このスピカは、ご主人様のためにある魔導書ですから。でもミリエルさんが上から目線で言うのは許されません」
「心地よい嫉妬じゃのー。口では何とでも言えるが、実は悔しいんじゃろ。ふふん」
「こじらせた処女のくせにえらっそーに」
「漏れてる漏れてる」
「ま、相互理解も済んだところで、そろそろ本題に戻るとするかの」
「そうですね」
「……いや、まずはこの空気をなんとかしてくれ」
「心配せずとも、ワシらは仲良しじゃよ」
「ですねー」
俺の表情を見て、ミリエルは苦笑していた。
「なんじゃヨースケ。ワシらが本気でいがみ合っているとでも思っておったのか」
「ご主人様は純朴な方なので」
「気にせんでよいぞ、ヨースケ。男を取り合っている女同士のさや当てなら、これくらい普通じゃよ。喧嘩の内にも入らん。道中では、ティナとスピカもこんなやり取りしておったじゃろ?」
「いえ、ティナさんは可愛げがあるので、もっと和気藹々としてましたけど」
「ワシも可愛いじゃろ」
「あはは」
「……おい」
「ただのじゃれ合いですからご心配なく、ご主人様。可愛い可愛いミリエルさんとは、きっと良い関係を築いてけると、スピカはそう確信しています」
どっと疲れがおそってきた。こういうのも女同士の友情というのだろうか。
仲が良いのか悪いのか、俺にはいまいち分からない。
ただひとつだけ言えるのは、俺たちはやはり悪目立ちしていたということである。
遠巻きに眺めていた住人の後ろから、見覚えのある相手が顔を出した。
俺とミリエルが詰め所でやり取りした、あの警邏の兵士であった。
「あの、危ない雰囲気の男性と、年端もいかない少女とが言い争っているとの通報がありまして……」
申し訳なさそうにしている警邏だったが、この場合、完全に俺たちの方に非がある。
つい先ほど中年女性に指摘されたばかりではないか。
あの女性は直談判を選んだが、今回はさっさと警邏に通報してくれた善意の第三者がいたのだろう。
「まさかとは思いましたが……やっぱりお二人でしたか。注目を浴びていることもありますので、ここではなんですから、とりあえず着いてきていただけますでしょうか」
というわけで俺たちは近くの詰め所に足を運ぶことになったのである。




