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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第四章 『テクノ・マジカディア』
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第五話 『そうさ、そうさ』



「ふむ……ま、こんなもんじゃろ」

「思ったよりは協力的だったな」

「権力は使ってこそ意味がある、ということじゃ」


 情報収集に関してはさほど苦労しなくて済んだのは、すでに形が出来上がっていたからだろう。

 日をまたがずに済んだだけでも僥倖である。

 建前としては前学長自殺の真相を調査している形になったが、やはり疑念を抱いている職員は多かったらしい。

 あのウィラーも余所者の捜査員を関わらせまいとして出張ってきたのだから、本音のところでは、前学長の死が単なる自殺とはあまり信じていなかったはずである。


 とはいえ鍵が掛かった密室での死亡であり、また多数の魔法使いが集まるこの場所で『自殺』と判断される状況だった以上、それに異を唱えることは――ここマジカディアの人間には難しかったはずだ。

 客観的には自殺で片が付いてしまったこともあり、真っ向から反論するためには説得力のある証拠が必要となる。

 疑いを持つ職員達が口を揃えて言ったのは、動機が見当たらないという一点だった。

 多大なる権限と栄誉を持つ、マジカディア学長という座にあって、オージェスはそれに相応しい能力と人格を兼ね備えた――少々、厳格すぎて学生からは敬遠されるきらいはあったが――大人物であった、と。


「オージェス、か」

「知り合いか?」

「二、三度顔を合わせたことがある。ワシがマジカディアに滞在していた頃と、そやつが頭角を現してきた時期は重ならんからのう。ま、少なくとも悪人ではなかったようじゃな。マジカディアのトップともなれば、堅物過ぎるくらいでちょうどよい」


 もちろん重責ある地位ではある。何かを深刻そうに考え込む姿をたびたび見られたという。

 しかし、何があっても自死を選ぶ人物ではなかった、というのが故人を知る者たちの共通見解であった。そのなかには、ミリエルに食ってかかって自滅したウィラーも含まれる。

 学院としての見解と、個人的な心証は別、ということだろう。


「面倒じゃなー」

「この手の調査は、そもそもが面倒なもんだろうに」

「そうではない。中途半端に入り交じった人間関係が、さほど難しくない出来事に余計な目眩ましをかけておる感触の方じゃ。ヨースケ、お主は気づかんかったか? 証言した連中は大なり小なりウィラーに共感しておった。逆側の意見がほとんどないに等しい」

「客観的な情報提供はしてくれたと思うが」

「客観的、であって、客観ではないからのう。排他的な環境故に、ある意味では関係者――当事者しかおらん。自分にとっての真実と、他人にとっての事実が噛み合わないことはままある。そうじゃろ?」

「そうかもな。無関係の第三者からの情報ってのが無いか……スピカ、気づいたことは?」

「そうですねえ。当初の想定より、ミリエルさんを上位者か権力者として見ている方が多かった、くらいでしょうか」

「ウィラーの根回しか、あるいは副学長……今は学長代理か。あの男の声かけじゃろうな」


 あの不運なウィラーはオージェスを師として仰いでいた。一番弟子のような立場にあったらしい。

 外部から来た捜査員に拒絶反応を示したのは、閉鎖的な環境だけが理由ではなさそうだ。


 可能であれば現場を調べたかったのだが、これは複数の理由により断られた。

 学長室には学院における重要な機構の秘密や、運営における機密、国家的な事業やマジカディア全体の情報などが集積している、らしい。

 ミリエルがいくら上級捜査員として要請しても、捜査のためという理由だけでは一切開示できないとの返答が戻ってきた。

 それでも強引に踏み込んで調べたいのなら、学長の死が自殺ではなく他殺であり、なおかつ学長室における機密と密接に関係している証拠を持ってこい、ということである。

 タマゴが先か、鶏が先かの問題だ。

 そしてまた、問題のタマゴが、その鶏から生まれたタマゴだったことの証明が必要なのである。

 ウィラーの一存ではどうにもならなかったのがひとつ。学長代理ハルマックから丁重な拒否を突きつけられたのがもうひとつだ。

 この代わりに、学内での聞き込みや、ウィラーからの聴取には一切の制限がなかった。

 俺たちを相手する担当者として任命されたと、ウィラーが皮肉げに笑った。


「師が自殺として処理されてしまった以上、現場保存の義務はありませんでしたがね」

「待て待て……前学長が自殺した部屋を、ハルマックは翌日から普通に使っていると?」

「いえ、現在の体制のままでは、学長代理も学長室には入れないはずです。副学長が学長代理になったのは、あくまで臨時の措置でした。緊急事態を除いては、正式な手続きを経て学長として認められた者以外、自由に入ることは出来ません。なので、学院としてミリエル様の調査を拒否しているのではなく、今現在、学長室に足を踏み入れること自体が不可能なのです」

「ふむ」


 学長室の調査拒否は、実際には単に面目の問題であったようだ。

 魔法学院の中枢に誰も入れない状況はそれはそれで問題だ。外部の人間に知られるを嫌がったのだろう。


「私も部屋に最初に踏み入れたうちの一人ですので、個人的な心証でよろしければ、お話ししますが」

「頼む」


 ともあれ、そんなウィラーからも詳しく話を聞けたおかげで、おおよその事情は分かった。学内の調査チームによる二日がかりに及んだ仕事の詳細は割愛するが、重要なことは以下の四点にまとめた。


 一つ。

 マジカディア学院関係者にとって、学長が密室内で自殺したとする結論は、感情的にはどうあれ、理屈の上では納得せざるを得ない。


 ウィラーから聞き出したところ、学長室には外部からの魔法攻撃を一切受け付けない仕掛けが存在しているらしい。迷宮の壁面並に頑丈な防護壁であるため、外から遠隔操作による攻撃は考えられないとのことだ。

 では鍵の扱いはどうなっていたか。

 これも、学長室の扉が権限を持った人間にしか開閉が出来ない仕組みになっている。これにより他者の出入りは不可能との結論が出ている。

 マジカディア学院内においては、学長室を初めとした重要施設の扉の開閉は古代文明製の機構を利用しているため、認証から鍵の複製その他の手段での侵入はまず不可能とされている。

 オージェスの死亡がきっかけで、翌日まで、学長権限者が不在の状態になっていたらしい。

 職員達や関係者が集まり、オージェスが学長室内で死亡している可能性が高い、ということになった。

 副学長ハルマックが封印状態になった学長室の扉を開けるため、役員全員を招集の上、手続きを開始。

 すぐさま学長代理の権限取得を申請。これが了承される。

 これにより、ついに学長室が解放された。

 大勢が一斉に踏み込んだ室内で、オージェスは眠るような姿で机に突っ伏して死んでいた。机の上には飲んだと思われる毒薬と、自筆で『すまない』とだけ書かれた遺書のような走り書きがあった。

 もちろん、室内に誰かが潜んでいた形跡もなく、争った形跡も発見出来なかった。


 といっても、部屋が整然としていたわけではない。

 ウィラーもハルマックや他数名と一緒に現場に同行していたため、細かく説明してくれた。


「師の亡くなった理由や状況が不明でしたので、複数人で注意しつつ、学長室に入りました。部屋は多少荒れてはいましたが……争った形跡ではなく、もがき苦しんだ結果のようだと」

「お主の意見か?」

「確認のために入ってもらった捜査の人員も同意見です」

「ふむ。……飲んだ毒によるものか」

「だと思われます。ああ、いえ、毒というと若干の語弊はあるのですが……」

「なんじゃ、奥歯に物の挟まった言い方をして。はっきり言うがよい」

「研究用に保管されていた高濃度のマナ溶液を持ち出して、自殺用に服用したとの見解が出ています」


 マナ溶液。

 知らない単語だが、ミリエルは可愛らしい顔に似合わない、ひどく渋い顔をした。


「ヨースケよ。マナ中毒は分かるな」

「モンスターを倒した時に放出される浮遊マナを、許容量以上取り込んでしまうとなる危険な状態で、度合いや量、密度によって幻覚や激痛、嘔吐や気絶といった症状が出て……最悪の場合は死に至る、だったな」

「教科書通りの解説じゃが、その通りじゃ。その浮遊マナを特殊な溶剤に溶け込ますことで液中に留め溜め込んだものが、マナ溶液と呼ばれておる。液化したマナはモンスターの体内にある状態を再現したようなものでな、浮遊マナと違って体内に取り込まない限りは中毒にならんのが特徴じゃ。口にした場合にマナ中毒を起こすのは初歩じゃから、知識のある者は間違っても口にはせん」


 無理矢理飲まされたなら別じゃがな、とミリエルは小声でつぶやいた。


 学長室で発見されたマナ溶液の瓶は、サイズからすると致死量の数倍だったらしい。

 ウィラーの声は低かった。

 俺は浮遊マナに対する許容量が無尽蔵らしく、いまいち実感として把握しづらいものがある。

 ともあれ、本来の用途とは違うが、特殊なものが毒物として使用されたことになる。


「とすると幻覚、激痛、嘔吐によって暴れたか――なるほど、持ち出せた者は?」

「劇物指定されていますから、生徒は許可無く持ち出せません。学院の教師や役員であれば、申請すれば可能です。申請しなくとも、保管庫に出入りすることができる人間もおります」

「なに? 劇物である以上にひと瓶金貨数十枚はする貴重品じゃし、他のものもあるじゃろ」

「申請無しで保管庫に入れたのは、私とハルマック学長代理、そしてオージェス師自身です」

「保管庫の形跡は調べたんじゃろうな?」

「ええ、……師は、自らの手で保管庫から持ち出したようです。記録として残っておりました。他の入出記録や納品記録、使用量の申請などを調べた限りでは……学長室にあったものは、師が持ち出したマナ溶液であったことは疑いようがありません」


 以上のことから、他者の介入は困難であり、オージェスの自殺として処理されるにいたった。


 前学長オージェスは最近何らかの理由で考え込むことが多かったようだが、少なくとも知人や弟子からは自殺を選ぶ人物とは認識されておらず、そうした理由も見つかっていない。

 なお、公的には鍵の掛かった学長室内での自殺と発表された。既存の魔法では殺害不可能な状況であったためである。


「ま、疑惑がある時点で、たとえ本当に自殺であったとしても原因究明は必要じゃからな。手段と動機、そして第三者の関与の有無。どれかひとつがハッキリすれば、他も芋づる式に分かるじゃろ」

「こういうとき、ティナがいればな」

「ん? ワシより、あやつの知識の方が頼りになるとでも?」


 俺の呟きに、ミリエルは口元で笑みを浮かべた。

 一瞬こたえあぐねた俺の代わりか、スピカが言葉を引き継いだ。


「違いますよミリエルさん。ご主人様が欲しがっているのは、ティナさんの類い希な妄想力ですよ!」

「妄想力とな?」

「こう、とんでも推理を披露してくれそうじゃないですか! 微妙に正解からハズレている代わりに、それが後々真相解明の大ヒントになるような突飛な発想!」

「あー……」


 ミリエルはなんとも言い難い複雑な表情で、この場にいないティナを思い浮かべていたらしい。

 納得したように、嘆息ひとつ。


「ともあれ、ラクティーナがマジカディアに戻る前に解決せんとな」

「いきなり命を狙われたしな。ああ、そっちも傍証になるか」

「うむ。ワシを、あるいはヨースケまで始末しようとした輩がこの街に潜んでおる。この疑惑において後ろ暗い何かがなければ、ああした罠を仕掛ける必然性は無いからのう。逆説的に、これは単なる自殺ではない証明となったわけじゃな」

「こっちと完全に無関係な理由だったら笑えますけどね! あ、いえ、笑えませんか」


 俺とミリエルはスピカの入ったポケットに目を落とした。


「捜査されたくない以外でワシやヨースケを殺そうとする手合い……おるかのう?」

「いない、とも言い切れないような」


 俺の場合は、魔導士である、ということが露見している可能性だ。知り合ってきた人々は伏せていることを軽々に口にしたりはしないだろうが、それでも秘密は漏れるものである。

 一方のミリエルも、俺やスピカの想像が正しければ、あるいは想像通りの存在でなくともここまでのやり取りから、恨まれたり狙われたり邪魔に思われるだけの理由には事欠かない気がする。

 しかし、学長自殺と俺たちに向けられた奸計を繋げるには、確たる証拠がない。


 二つ。

 愛弟子を自負していたウィラーは、前学長オージェスと反発していた『ルイザ』なる学生を疑っていると口にした。


「ルイザ、ルイザか」

「なんじゃヨースケ。知った名前か? いや、この街に来たのは初めてだったはずじゃな。……はっ、まさか!?」

「一応聞こう。何が、まさかだ?」

「いきなりワシを口説いた振る舞いといい、すでにか弱き乙女を毒牙に……」

「おい、俺のイメージはどうなってるんだ」

「ご主人様の優しさは十分承知しておりますが、あまり増やされませんよう」

「スピカまで……あのなあ。スピカも知っての通り、あのルイザってのは男だっただろ」

「ほう」


 これは他の職員や学生からの証言にもあったが、亡くなった学長オージェスと言い争っている姿がたびたび目撃されている。一般学生が学長に意見したり、あるいは目の仇にされることは極めて異例。

 これは『ルイザ』は学費免除の特待生であり、その奇矯な振る舞いが学長であったオージェスの目に留まり気に障ったため、と言われている。

 ただし、オージェスがことあるたびに小言を言ってくるとして、殺意まで抱くだろうか、という疑問は残る。


 また、どれほど将来を有望視されている特待生であろうとも、所詮は学生であり、『灰色のオージェス』と呼ばれた強力な火炎魔法の使い手を殺害しうる能力があるか、という点も首を傾げる。

 ウィラーとしても本気で容疑者として疑っているわけではなく、あくまで動機の面ではありうる、ということにすぎない。その証拠として、ルイザに対しては通り一遍のアリバイ調査をしたくらいで、拘束や家宅捜索なども行っていない。


「街に来て早々、ちょっとトラブルに巻き込まれたんだよ。そのとき現場にいたやつの名前が、ルイザだったってだけだ。だいいち、ウィラーはルイザって学生としか言ってなかっただろ。なんでミリエルは女子学生だと思ったんだよ」

「男子学生とも言っておらんかったと思うが」

「いや、でも」

「……ヨースケ、おぬしまさか両刀ではなかろうな?」


 ミリエルがからかうような顔でいった。


「勘弁してくれ」

「あっ、その、ご主人様は目の前で誰かが理不尽な目に遭っていると思えば、女性でなくとも助けに行った慈悲深さの証明になるのではなかろうかと、スピカは思うわけでして……」

「スピカ」

「黙ります」


 マジカディアに踏み込んですぐ、嫌がらせをされている子供がいると思って割って入った。騒ぎが大きくなり、そのせいで身分証明云々だの余所者だのという話から尋問されて、そのまま大人しく牢屋に入ったわけである。

 やり取りや格好を見たあとで、ルイザと呼ばれていた少年が、童顔の男子学生だったと気がついた。

 両方とも制服姿だったこともあり、手酷い嫌がらせをしていたのは同級生か、あるいは悪い噂を聞きつけた関係者だったのかもしれない。

 マジカディア学院の学生は、魔法使いらしいローブを身に纏っている。

 が、その中に学生の制服をしっかり着込んでいるのだ。絡んでいる相手と同じズボン姿だったから、間違いない。

 特待生且つ、折り合いの悪かった学長を殺したのが彼だったかもしれない。そんな憶測が広まった結果、元々あった隔意や敵意が激化したと見るべきか。

 俺の目にしたルイザという学生は、女の子と見まごうような可愛い顔ではあったが、随分と悲しげな目をしていた。

 自分で犬猿の仲という学長を殺した人物が、ああした表情や振る舞いをするだろうか。

 とりあえず、重要な参考人として記憶に留めておく。


 三つ。

 動機、という点では副学長である『静かなるハルマック』も疑わしいと聞こえた。


「ハルマック、というと、ミリエルに会いに来たアレか」

「アレですね」


 学長であったオージェスの死によって、現在はハルマックが学長代理の座についている。基本的には前任者死亡により自動的にマジカディア学長へと就任する予定だったが、なぜか待ったがかかった。

 上級捜査員としてミリエルが来たことで一番やきもきしている人物かもしれない。

 実務上は学長不在が長期化すると困るということで、調査開始早々、ミリエルに会いに来て、早いうちの結論を求めてきた。


「貴女が捜査担当の……初めまして。私が次期学長のハルマックです」

「ミリエルじゃ。お初に御目にかかる。このたびはとんだことになって……ご愁傷様じゃ」

「はは、まったくですよ。前学長が自殺なさるなど、青天の霹靂というやつでして」

「それなんじゃが、本当に自殺かのう? それを疑って調査に入ることになったんじゃが」

「何を仰いますか。学長室は我が魔法学院内でも、もっとも堅固なセキュリティを誇る場所ですぞ。たとえ街が崩壊したとしても、学長室だけは無事に残る。そう言われているくらいですからな」

「昔からそう言われておるのは、ワシも知っておる。……じゃが、頑丈であることと、密室内での死が本当に自殺だったかについては別の話と思うが?」

「と、言われましても。外傷があったならともかく、あきらかな服毒死ですからな。そして学長室に入るには学長権限者が許可を出さない限り、何人たりとも入ることは出来ない。あの状況で、学長以外が室内に潜んでいた形跡はなかった。多数がそれを証言しているのです。それが絶対のルールであることは貴女もウィラー君あたりから聞いたのでしょう? いったいどこに疑う余地が?」

「今のところ、証拠は何も無いのじゃがな。あえて言うなら、ただのカンじゃよ」

「はっはっは。確たる証拠も無く決意の死を他殺と騒ぎ立てるのは、あまり良い趣味とは言えませんな。ここは前途ある若者たちのための学舎ですぞ。ああ、貴女はかの大魔法使いから委任されて捜査に来ている才女でしたな。どうです、見聞を広めるため、我らがマジカディア魔法学院にご入学されては?」

「ふむ。それはどういう意味かのう?」

「いえいえ。ここは野蛮な外界とは違い、誇りある魔法使いに相応しい論理的思考を身につけるにはもってこいの教育施設ですからな。貴女のようなご年齢であれば伸び代もありましょう。いかがです?」

「丁重にお断りする」

「おっと、残念です。振られてしまいましたか」

「ひとつ良いか」

「なんなりと」

「『静かなる』と二つ名を付けられた割りには、お主、よく喋るのう」

「……ははは。まあ、素晴らしき教育者であったオージェス学長の自裁という今回の一件は、まこといたましいことではございますが、どう見ても事件というわけではなし。あまり執拗に根掘り葉掘りと探られて、学生達にいらぬ動揺を与えられては困ります。とはいえ、手ぶらで帰るのもばつが悪いでしょう。学内を歩き回り、納得いくまで調べていただくことは結構ですが、早々に常識的見地からの結論を出していただけるよう、次期学長として心より願っております」

「ふむ、ヨースケ。じっくり調査することを認めてもらったようじゃ。良かったのう」

「では、私は忙しいので失礼いたします。何かあればウィラー君にでもお声がけを」


 ミリエルとの会話のあいだ、ハルマックは最後までほほ笑みを絶やさなかった。

 長々とした言葉であり、中身には多少の嫌味が混じっていたが、口調そのものは優しく穏やかなトーンを保っていたのだ。

 なお、性格に難があるのか、ひとを寄せ付けず学内で孤立しているらしいルイザと違って、ハルマックは熱心な研究者、温厚な人物として学内では好意的に見られている。


「どうしたヨースケ、不愉快そうな顔をして」

「……分かってるだろ、ミリエル」

「分かってるからこそ気にせんのじゃ。この手の組織では、ああした男はそれこそ星の数ほどいるぞ。善人の仮面を被った、何を考えているのか分からない小物。ふむ。笑顔の裏で値踏みの視線を向けられたのがそんなに気に喰わんかったか?」

「そうじゃない。それくらいじゃ俺だって気にしない。……あれは、なんというか」

「研究材料、実験動物を見るような眼差し、かの?」

「それだ」

「研究者なのじゃから、それもまた資質のひとつじゃろ。とはいえ、温厚さで知られている男が初対面の相手に気取られるようではまだまだじゃがな。疑っておるのか?」

「ルイザよりは、ハルマックの方が危険だと思う」


 副学長ハルマックが冠する『静かなる』という二つ名は、攻撃魔法を一切使わない研究者然とした振る舞いと、普段から激昂することのない落ち着いた姿からついた。

 前学長オージェスが現役を退けば、次の学長の地位はハルマックに自動的に引き継がれる。これが学内での常識であった。

 つまり、わざわざリスクを負ってまで今オージェスを殺害する必要はなかった、と言われている。

 ウィラー曰く、研究内容はオージェス殺害に利用出来るものではなかった。というわけで能力的にも動機の面でも、容疑者としては考えにくい、というのがウィラーの結論である。


「ふむ。善人ぶった陰険な研究者より、女顔の学生の方が信用出来る、と。そう言いたいんじゃな? ヨースケの下心センサーに従えば、ルイザとやらは無実であると」

「言い方があるだろ、もうちょっと」

「それと、ウィラーの言い回しじゃな。口ではルイザを疑っていると言いつつ、ハルマックは容疑者ではない可能性が高いでしょう、とわざわざ付け加えた。本命はハルマックの方なんじゃろ。しかし、そっちが状況的には真っ白であるゆえに、あえて他の疑わしい相手を調査しているフリをして時間稼ぎ。あの手のエリートを自認する男によくあるやり口じゃよ」

「ハルマックは疑われていることに気づいてるよな」

「そりゃそうじゃろ。じゃが、不安を感じてはおらんな。それが犯人ではないからなのか、それとも自分に繋がりうる証拠が絶対に見つからないという余裕なのか、今のところは判断できんが」



 四つ。

 外部の人間が侵入することは困難であり、殺人であれば内部犯である可能性が極めて高い。

 マジカディアにおいて、街中は観光地としての要素を持っていて大勢が行き交うような場所であるが、中心部たるマジカディア魔法学院は部外者の立ち入りには常に目を光らせている。


「前提の再確認じゃな。外部犯行説は、まあ無かろう」

「地下迷宮からの侵入は?」

「地下迷宮の構造に詳しい時点で、内部犯と見るべきであろう。それも、現在の関係者じゃな」

「ミリエルみたいな卒業生なら、地下迷宮を知悉している可能性はあるだろ」

「知っていることと、活用出来るかどうかは別の話じゃよ。ワシらが昇った時にはウィラーが警備を大勢引き連れてきたじゃろ? 学長室の特殊な機構と同じく、通常の出入りは学院自体のシステムによって即座に察知される仕組みがあるんじゃ」


 ミリエルの行動は、その警戒システムが生きているかどうかの確認も含んでいたらしい。

 牢番殺しの発生直後であったこと、すぐさまウィラーが警備兵を引き連れてやってきたことから、やはり犯人、あるいは犯人達は地下迷宮を自由に動き回れる手段を持っているはずだ。


「地下迷宮を経由して実行犯が入り込んだ、あるいは呼び込んだ首謀者は、警備態勢やシステムの運用状態を把握している可能性が極めて高い。逆説的に内部犯あるいは内部に手引きしうる存在がいて、なおかつある程度以上の情報閲覧権限が必要となる」

「随分と詳しいな」

「今はともかく、昔のマジカディアはワシの庭みたいなもんじゃったからな。それなりに知っていることも多い。……だからこそワシが来ることになったんじゃが……ま、ここで大事なのは犯人を限定する情報と状況が多い、ということじゃよ」


 ミリエルの挙げた権限を公的に持っているのは警備主任と副学長、そして亡くなった学長オージェスの三人ということになる。

 情況証拠からの二択であれば、もっとも利益を得た者を疑うのが常道だろう。

 学長の座なぞ、そのうち手に入るから慌てて排除する必要は無い。確かにその通りだ。

 しかし、いつか手に入るものを早めに手に入れたとして、なにか困るわけでもない。あるいは学長の座の他に、オージェスを殺さなければならない理由があったのかもしれない。

 もちろん、二人が共謀している可能性も頭に残している。

 俺は嘆息した。


「ワシらの考え方に抜けが無ければ、必要な情報はおおむね揃ったのう。ハルマックがオージェスを殺害した動機と手段を見つければよい、といったところじゃな。異論はあるかの」

「そこまで決め打ちでいいのか? 客観情報が足りないって話だったはずだが」

「時間が足らんからな。地道な再調査より、ウィラーの見立てを軸にした方が良いじゃろ」


 俺は肩をすくめた。目の前の童女めいた魔法使いが、深刻そうに首を振った。


「悪いこと考えてるだろ」

「なんのことじゃ?」

「手順を吹っ飛ばすのは構わない。だけどな、違ったらどうする?」

「そんときはそんときじゃよ。しかし、分の悪い賭けではないと思うがのう」

「……根拠は?」

「初手でワシを狙ってくる短絡さからして、狙い撃ちしてボロを出さんと思うか?」


 確かに、と納得させられてしまった。

 敵にとって、上級捜査員の存在が恐ろしいわけではないだろう。

 ミリエルの判断によって自分の権益が脅かされる、あるいは目論見が崩れ去ることを恐れた。だから先手を打って亡き者にしようとした。

 少なくとも、時間稼ぎをしようと試みた。


 ミリエルがマジカディア内部に入った時点で、すでに敵の喉元には短刀が突きつけられているに等しいプレッシャーがかかっている。

 ミリエルが何らかの事実を知ること、あるいは判断を下すこと。

 それが直接、敵にとってのダメージになるわけだ。


「犯人がハルマックでなかったとしても問題無かろう。ピンチであり、チャンスである。そこで動かない判断が出来るほど手強いならば、最初から息を潜めておっただろうからな」

「ああ。余計な真似をしたもんだよな。……向こうから仕掛けてこなければ、ミリエルもそこまで性急にことを運ぼうとは思わな――」


 俺はそこで言葉を止めた。何かが引っかかったからだ。

 ミリエルは訝しげに俺を見上げた。魔法使いらしさを象徴する帽子のつばに手をやる。

 コートのポケットから声がする。


「ご主人様」

「ああ。悪いが、ミリエル。ハルマックの元に向かうのは、ちょっと待ってくれ」

「何か思いついたかのう?」

「というか、もう一人、話を聞かなきゃいけない相手が残ってた」


 ミリエルは目を瞬かせてから、なるほど、と頷いた。


「ルイザじゃったな。しかし、ウィラーの話からも、状況からも犯人とは考えにくいが」

「学長殺しの犯人じゃないのは間違いないだろうさ。無関係かどうかは、話を聞いてから判断しても遅くはない」

「……ふむ。お主がそう言うのなら、そうするか。果たしてこれは遠回りか、近道か」

「相手の次の動きが読めない以上、急いだ方がいいのは分かってるが……損はしないと思う」

「口説かぬようにな」

「おい」


 そして俺たちはルイザを探したのだが、今日は学院に来ていなかったことが分かった。

 市街地で見たという情報を聞きつけた俺たちは、ウィラーに一声掛けてから、ルイザを捜すために街へと繰り出したのだった。

 巨大な建物と壁に取り囲まれた、堅牢な学院の正面玄関から抜け出すと、街は夜の帳に覆われていた。

 だが、その街はいやに明るく、どこか郷愁を覚える色合いに満ちていた。


 マジカディアの夜。

 それは、あるいは都会のネオンの煌めきのように、色鮮やかで眩かったのである。



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