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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第一章 ハミンス・ワルツ
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第七話 『街に到着!』

 


 大量の金貨が詰まった鞄を手に、ひたすら走り続けること二時間近く。

 人間に出くわすことがなかった代わりに、ゴブリンなどのモンスターとは何度か遭遇した。

 行く手を阻み、立ち塞がるモンスターだったが、グランプルほどの圧迫感はない。


「《氷狂矢フリーズ・アロー》」


 スピカ片手に唱えた。呪文通り、氷の矢を撃つ攻撃魔法である。

 敵を見据えて、空いている手のひらを向けると、そこから先の鋭く尖った氷柱が三本射出される。


 魔法の制御はスピカが行っているから、俺は呪文を唱えるだけで済むのだ。

 やろうと思えば手のひらでなく、指先からレーザー風に撃ち放つことも出来る。

 こうして襲いかかってきたモンスターをサクサク倒し、荒野を突き進んだ。

 倒したゴブリンからは銅貨がドロップした。グランプルが金貨を落としたことと合わせて考えると、さもありなん、といったところか。

 

 そのうちに轍のある広い道に突き当たった。

 これに沿って進むうちに、とうとう街が見えた。

 

 分厚い壁で丸ごとぐるりと覆われていて、規模で見れば相当に大きな街である。

 外をモンスターがうろうろしているのを見た以上、壁で囲うのは当然の備えと言えた。


 外周の壁沿いにしばらく歩いて行くと、ついに街の入り口に辿り着いた。

 高い壁に相応しい巨大な門で、重そうな扉が開いている。

 渡ってきた無人の荒野と異なり、人の姿もちらほら見えて、少しほっとした。


 守衛がいる。そこに商隊や旅人などが街中へ入るため整然と列を成している。

 出入りに手続きが必要なのかもしれない。

 それほど待たされている雰囲気ではないが、余所者が歓迎される風でもない。


 来たのとは違う方角にも道は延びており、そちらには徒歩や馬車の往来が頻繁にある。

 これだけ巨大な街だ。出入り口がここ一つとは考えにくい。


 壁の高さは、先刻のグランプル並だ。乗り越えるのは不可能ではないが難しく、そんな真似をしたらあとが怖い。

 これ以上近づくと門番の目に留まりそうで、一度立ち止まった。

 木陰に入り、休憩ついでに寄りかかる。


「あの、ご主人様」

「なんだ」

「……その格好で、大丈夫ですかね」


 スピカに言われて気づいた。

 俺は就職活動用のスーツ姿で、そこは異世界で初めて見つけた街である。ヨーロッパと似た文化が育っている可能性はあるが、期待するべきではない。

 見える範囲の大半が旅装だから当てにはならないが、俺の着衣は黒を基調としたスーツだ。そんな色合いの服を着た姿は、どこを探しても見当たらない。


「貴族のフリをして抜けるのはどうだろう」

「それだと出入りの際に家名や爵位を聞かれると思います」

「誤魔化せないか」

「雰囲気で押し切るのはどうでしょう!」


 街の門番は、基本的に不審者を通さないためにいる。街に害をもたらしそうな相手を排除する役目を負っているのだ。

 とすれば、人畜無害そうな笑顔で堂々と行けば――


「ご主人様、威圧感がすごく出てます」

「すんなり入れてくれない、よな」

「間違いなく」


 スピカの返答は確信に満ちたものだった。


「袖の下はどうだろう」

「むしろ怪しまれる可能性が大です!」


 後ろ暗いところがある、と言っているようなものだ。


「あ、言葉は通じるのか」

「問題ありません! だって、ワタシとご主人様であれば、どんな困難も笑って乗り越えられますから……!」

「スピカ。それ、持ちネタにしようとしてないか」

「はははまさか」


 冗談はさておき、翻訳魔法もちゃんと用意されていた。

 ページを覗くと、浮かび上がった呪文は《共通言語ファイン・トーク》。

 またもや謎言語による記述がずらずらと伸びている。


「《共通言語》」


 早速使ってみた。かゆいところにも手が届く仕様で、一度起動させてしまえばスピカが勝手に維持してくれる。

 会話のみならず、文字の読み書きにも対応している。これは便利だ。


「普通に話せば、相手にはこの国の言葉として伝わります。逆に相手の言葉も、日本語のように翻訳されて聞こえます。ことわざや俗語はイメージの伝達なので、もしかしたら伝わらないことがあるかもしれません。そこはご了承ください」


 俺の場合、桁外れな魔力総量のおかげでほとんど負担にならないようだ。

 よっぽど消耗していない限り、この程度なら邪魔になることはないとスピカのお墨付きもあった。



 街に入るにあたって身体検査される可能性がある。

 スピカ曰く、単なる魔法使いであれば問題は無いだろうが、魔導書と契約していると露見すれば間違いなく注目される。

 どう動くか細かいことが決まっていない現在、今後の活動に支障を来すおそれもある。


「もちろん、ご主人様の行く手を遮るものを全部滅ぼしてしまうのも、選択肢としてアリと言えばアリなんですが」

「なしだろ」


 隙あらば俺を魔王にでも仕立て上げようとしてないか。


「ご主人様の目的からすると、もう少し自由で気楽な立場でありたいようですし、ここはワタシが涙を呑んで隠れようかと思います」

「……隠れる?」

「はい。というわけで、ワタシはしばらくただの本です」

「……は?」

「……」


「スピカ? おい、急に黙ってどうし――」

「あのー」


 聞き覚えのない声だった。

 慌てて振り返ると、そこには見覚えのない女性がいた。この状況に陥ってから初めての人間との遭遇だった。


「スピカさん? 他にも誰かいるんですか。それともここで待ち合わせとか」


 見るからに、守衛。まさに門番。

 そんな格好の女性が、俺のことを見て、にっこりと笑った。


「すみませんねー。さっきからずっと門に近づかず、こんなところで立ち止まっているものですから……どうしたのかなーと思いましてねー。お名前とお話、ちょっとだけ聞かせてもらえませんかねー」


 当然である。守衛さんならば、門から遠くとも怪しい相手がいたら確かめる。

 で、手に持っていたスピカが宣言通りまったく喋らなくなった。

 一応、気配というか、繋がりは感じる。スピカの沈黙は、話したらこの門番に聞こえてしまうからだろう。


 どこまで聞かれていたのか、どこから見られていたのか。

 少なくとも、スピカに話しかけているところは目撃された、と考えよう。つまり言い訳のしようもなく、不審人物だ。


「ちなみに、ご職業は何を?」

「む――」

「む?」


 つい、無職ですと言いそうになってしまった。

 俺は気を取り直し、にこにこと笑っている女性に、小声で答えた。


「ま、魔法が使えます……」


 嘘は言っていない。




「さ、魔法使いさん。こちらにどうぞ」

「……お邪魔します」


 逃げようかとも思ったが、挽回できそうである。

 門番の女性兵士の対応として、そこまで危険視している様子でもない。


 魔法が使えると言った時点で不思議そうな顔をされたが、今のにこやかな表情から内心は窺えない。

 翻訳魔法があって良かった。


 大きな門の脇にある詰め所に通された。

 椅子を勧められ、重い鞄をそっと脇に置く。


 広くない部屋に、質素な机と椅子と雰囲気。

 ここが取調室に見えるのは、きっと気のせいではあるまい。


「門に近づいても来ないし、かといって別のところに行くでもなし。もしかして何かやましいことでもあるのかなーと思いきや、そんな風にも見えませんし」


 こっちもお仕事ですからねーと、柔和な笑顔を見せてくれた。

 間延びする喋り方は、相手に敵意を持たせないためだろう。のんびりした雰囲気も、どことなく他人事の軽さがある。


「今ちょっと街の中が騒がしいんですよ。だからあんまり怪しい人に出入りされると困っちゃうんですよねー」

「騒がしい、というと」


 彼女は笑顔で目を瞬かせた。


「えー。魔法使いさん、見てなかったんですか。あの光景」


 俺の沈黙をどう受け取ったか、彼女が頬を緩めた。


「さっきから街では大騒ぎですよー。あんな巨大モンスター、普通こんな近くにいないですからねー。普段モンスターが出たら金稼ぎのチャンスだーとか息巻いてる冒険者の皆さんも、すごい勢いで逆方向に逃げましたから。いやー。あのでっかいの、こっちに来たら私もどうしようかとー」


 間違いなく《不諦炎》によって生まれた炎の巨人だった。

 あの手のことがよく起きるなら誰も驚かない。

 俺が納得した顔を見せると、守衛さんはうんうん頷いた。


「あー。やっぱ見てましたよねー。というか、そっちの方から来たのなら何か知ってないかと思いましてー」

「すごかったですね、あれ」


 嘘は言ってない。凄かったのだ実際。


「もしかして、近く通りました? 何か気づいたことがあれば教えて欲しいんですよねー。私、ただの守衛なんですが情報を集めておくよう上から言われましてねー。困っちゃいますよねー。なんでもいいんです、知ってたら教えてくれませんかねー」

「ええと、あの背の高い、グランプルとかいうモンスターをいっぱい焼いてたみたいですよ? それが終わったら消えた、みたいな」


 面接の練習で培った、相手に正直さをアピールしつつ都合の悪いことは言わないテクニックを遺憾なく発揮してみた。

 ははーなるほどー。

 テンポがゆっくりめのまま、女性兵士はほうほうと頷いた。


「うーん。不思議ですねー」

「なにがです?」

「ウソはついてないみたいですが、何か言ってないこと、ありませんかねー」


 俺は彼女と同じ曖昧な笑顔で流した。

 なんというか、あれだ。

 うちのかみさんとかよく言うどこかの刑事の取り調べを受けているみたいだ。


 街を騒がせた原因は俺なのだろうが、それを正直に語るのはまずい。かといってこの守衛さんはゆったりと語りながらも、よく見ると目が笑っていない。

 異世界怖い。やっぱり先に色々決めておいて良かった。というかスピカこういうときにこそ助言をくれよ! と思わなくもない。


 だんまりを決め込んでいる我が魔導書に心で文句を言っておく。いや、ここで口を挟まれると事態が余計に悪化するのは分かっているのだが。


 ゆっくりと、彼女に見えるように、横に置いた鞄に手を伸ばした。

 彼女は俺の動きを見て、目を細めた。


 やはり油断しないよう目を光らせていたのだ。

 下手に動けば取り押さえられる。そんな位置取りをしている。


 鞄から武器になりそうなものを取り出したら叩きのめされる。

 さっきのレベルアップで身体能力が多少上がっているかもしれないが、俺は技術を持っていない。

 守衛は街の最前線に立つ衛兵である。

 つまり本職。

 弱いはずがないのだ。


 他の門番もいるだろうに、俺をこの詰め所に連れてきてからは彼女以外目にしていない。

 俺は中身を彼女に見えるように鞄を開いた。自然体で構えていたであろう彼女は、さすがに驚いたようだった。


「実は……」




「あー。なるほどー。そういうことでしたかー」


 張り詰めていた雰囲気がかなり丸くなった。

 心を許してくれたとは思わないが、少なくとも一定の理解を得た。

 そんな風だった。


「グランプルをあの炎の巨人が倒した。炎の巨人は消えてしまった。ならグランプルがドロップした金貨の所有権は誰にもありません。もし、あの巨大モンスターを誰かが倒したのなら、その方が得るのが順当でしょうが、それもいないなら……まあ、そんな火事場から拾って来れた以上、降って湧いた幸運とでも思って、気にせず自分の懐に入れてしまってかまいませんよ。よくあることですー」

「よくあるんですか?」


 危険をかいくぐってひたすら金貨を拾い集めた風に苦労話っぽく、けっこう頑張りましたと雰囲気で滲ませた。

 この金貨が没収されても、もともと無かったものと思えば大したことではない。

 こんな大金を持ち歩く段階で、一般市民であった俺には荷が重い。


「ああ、もしかしなくても駆け出し冒険者の方ですかねー? だとしたら知らないのも無理はない……ですかねー?」

「俺に聞かないでください」

「ドロップ品――まあ銀貨とか金貨とかアイテムですねー。これらは基本的にモンスターを討伐した方に所有権が発生します」

「……所有権」


 その言い回しに、引っかかる者を感じて口に出した。

 うんうん、と頷いて守衛さんは納得顔で微笑んだ。


「はい、リスクを冒しての戦利品ですから、当然なるべく揉めないようにドロップ品は横取り禁止というルールがあるんですねー」

「……ルール、ですか」

「優先順位としては、まずトドメを刺した本人、次に戦闘に参加していた方、その方々が権利を放棄した場合――このときから、見つけた方が自由に拾えるようになります。雑魚を倒して大量の銅貨がドロップしたとして、金貨をじゃぶじゃぶ稼げるひとがわざわざ拾うかというとー」


 その先は言わなくても分かる。首を横に振った。確かに。

 確かにルールは必要だ。


「その場にモンスターを退治した張本人がいなかったなら、あなたがこの金貨を拾い集めても問題はありません。いやー、たまたま良いタイミングで近くにいて大金ゲットできて良かったですねー。本当、すごい幸運です。私もあやかりたいものですねー」


 にこにこと、彼女は俺が金貨を持っていることを認めてくれた。

 その笑顔の裏に、もうひとつ言葉にされなかった部分を感じた。


「これで、あなたがあの炎の巨人を倒した冒険者さんだ、というのなら話は簡単なんですがねー」

「あはは」

「なるほどなるほど。はい、確認作業へのご協力感謝です。鞄の中も隠さず見させていただきましたし、その変わった服のポケットまで探らせていただきましたからね。色々と珍しいものはありましたが……街に入る分には問題ないでしょう」


 それからしばらく雑談となった。この街の特産品や、余所者が巻き込まれやすいトラブルなんかも聞かされた。

 騎士や貴族は偉いのでなるべく避ける。喧嘩を売ってはいけない。駆け出し冒険者ならまずギルドに行くべき。最近スリが多発しているので気をつけること。騒ぎを起こしたら捕まえます。などなど。注意事項にしては随分と念入りというか、子供相手に常識を教えるような細やかな話だった。


 突然、お腹が鳴った。

 彼女は笑い、俺の顔をまじまじと見つめて、こう口にした。


「ここまでにしておきますねー。色々お話しできて楽しかったですよー」

「ええと、いいんですか?」

「まあ、大丈夫でしょー。悪い子には見えませんし。あ、そういえば名前を聞いてませんでしたね。教えていただけますよねー?」

「陰山陽介と言います」

「ヨースケ=カゲヤマさん、と。身分証明書はお持ちですかー?」

「……無いとまずいですか?」

「その名の通り、身分の証明ですから。無くて困ることはあっても、あって困ることはないものですしー」


 街への入場者名簿に俺の名前を記載し終えると、彼女は言った。


「やっぱり異国の方らしく、珍しいお名前ですねー? そうそう、私の名前をお教えしておきますねー。ハミンス正門守備隊長、ナスターシャ=アーネギーと言います」

「アーネギーさんと。……え、守備隊長?」

「うふふ、ナスターシャで結構ですよー」


 そして先ほど、ただの守衛と名乗ったことを詫びられた。

 お互い様なので、俺は気にしてないと返した。


「隊長である私の仕事は、この街の平穏を守ることですので、困ったことがあれば相談に乗りますからねー。何かあったら気楽に訪ねてきてくださいねー」


 明るい笑顔で、ナスターシャは言った。 


「ではヨースケさん、ハミンスの街へようこそ!」



10/22 ご指摘いただいた翻訳魔法の消費と手持ちの表現を修正しました。

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