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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第四章 『テクノ・マジカディア』

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第二話 『足下の影は闇に紛れて』



 眼下に広がる暗闇の奈落、仄かに照らされた地面にひとつの死体。

 隠し床から抜け道を通って逃げ出そうとした、何かを企んでいた牢番本人と思われる。


 俺への扱いは腹立たしくはあったし、色々追求したいとは思っていたが、いきなり死なれてしまうとさすがに滅入る。

 振り上げた拳の落し所がまた消えた。

 死者を鞭打つ真似は控えたいが、俺とミリエルのどちらか、あるいは両方が何らかの策謀に巻き込まれた感は拭えない。


 結局、何がどうなって、こうなったのかがさっぱり分からないままだ。

 どうしたものかと、ちょっと困った。


 容疑者死亡で真相がまったく明らかにならないと、気持ち悪さが残り続ける。


「逃げようとして足を滑らせた、ということでしょうか」

「いや、落ちた床板が、たまたま頭に直撃したのかもしれん」


 警邏の兵士と役人も、思い思いにコメントする。

 すでに逃亡の恐れはなくなったからこその、どこか間延びした物言いだった。微妙に安堵の色合いを持った役人の言葉に、ミリエルが振り返って皮肉げにぼやく。


「なんじゃ。あやつが死んだのはワシのせいか」

「い、いえ! そのようなことは! もちろん追跡中の事故として処理いたしますので、ええ!」

「どこも役人は似たりよったりじゃのー。まあええわい。ほれ、ヨースケ。死因をはっきりさせるためにも、まずは下に降りてみるかの」

「それはいいんだが、どうやってだ?」

「ん?」


 指示に否やはなかったが、俺は穴と、その下まで貫く空間を指し示した。深い井戸のようにまっすぐに伸びている縦穴であり、階段もハシゴもロープもない。

 足掛かりになるような窪みや出っ張りも見当たらず、踏み込めば、ただひたすらに真下に落ちるしかない。


「厄介な脱走路じゃな。落ちたなら即死じゃろこれ」

「まだ十分も経ってないだろうし、辛うじて息があるかもしれませんが」

「さっきの今じゃしな。その割りには悲鳴も聞こえんかったが」


 繰り返すが、奈落の底には大男の身体が転がっている。落ちた床板はあるが、縄梯子やロープのたぐいは見当たらない。

 何の用意もなく穴に踏み込めば、牢番の二の舞になることだろう。

 ミリエルがはっとして、叫んだ。


「いかん! 追うぞヨースケ! ワシが先に行くから、どうにかして追ってこい!」

「おいっ、ミリエル!」

「柔らかな風よ、天の重きと地の引き綱を今ひととき忘れさせよ!《浮遊(レビテーション)》」


 詠唱しながら穴に飛び込んだミリエルは、下方からの白い光に照らされて、夜空のように広がったローブをたなびかせながら、重力を感じさせない動きでとん、とん、とん、と壁を蹴りながら狭い穴を滑り落ちていく。

 片手でとんがり帽子のつばを抑えながら、するすると黒穴の底へと危なげなく降りていく。

 桜の花びらが風に舞い踊るような滑らかな下降であり、足捌きだった。


 唖然としながら見送ってしまった。一呼吸置いて、ミリエルが気づいたことに俺も辿り着いた。


「あ、あの、ミリエル様はいったいどうして……」

「協力者がいて、あの牢番を口封じしてから別の出口へ逃げたかもしれない」

「えっ」


 下に抜け穴があり、牢番が降りた以上、どこかの脱出口に繋がっているはずだ。

 昇降のための器具もなかったことを鑑みるに、牢番自身は助けを期待して牢の中で待っていただけかもしれない。

 どちらにしても、牢番の死と脱出口の存在には、第三者の介入があったと考えるべきだろう。


 迂闊な牢番が一縷の望みに賭けて飛び降りて墜落死、という可能性もある。

 しかし、第三者の存在が否定されてから考えるべきことだった。


 推測を二人に説明するうちに、当の聡明なミリエルは軽やかに着地し、すぐさま横穴を見つけたようでそちらに向かって駆け出した。追ってこいと言われた俺は少し考えて、ポケットの中のスピカに合図を送る。

 ミリエルがさっき誤魔化したのは、俺が魔導士である事実を二人に隠すように、と言外に伝えたかったからだろう。


「冷たき風よ。我が前に立ち塞がりし敵を射貫け。《氷狂矢(フリーズ・アロー)》」


 俺は穴の淵に立って、下方を指し示し狙いを定め、詠唱付きの呪文を行使した。スピカは無言のまま俺の意図に応えて、まっすぐに削り取られた土の壁面に凍てつく氷の矢を突き立てた。

 必要なのは、それなりの貫通力と、その場を凍り付かせて足場を作ることだった。

 氷だから滑りやすい難点はあるが、絶え間なく何発も同じ場所に射出することで、突起ではなく板状の台を作ってしまう。


 俺はその氷のテーブルに足を置いて、一段ずつ降りながら、同じことを繰り返した。

 一段下りてはその斜め下に進んで、そんな風にして降っていく。


「なんて贅沢な魔法の使い方……」

「魔力量を持て余してる方かもしれん。不器用だと先ほどミリエル様が……」


 上から呟きが聞こえたが、最低限の魔力量しか使っていないし、自然に回復する量でしかない。とん、とん、とん、と階段を下りるような気分で、ミリエルを追って穴の底へと俺もようやく降り立った。

 ここまで掘り進められた理由が分かった。上の方の土こそ硬い層になっているが、いま足の裏に感じたのはぬかるみ、地面の柔らかさだ。

 水たまりになっている部分はいっそう柔らかく、足跡がくっきりと残る。


 すでにミリエルは横穴に入り込んでしまっていて、姿は見えない。

 大人一人がなんとかくぐれるサイズの穴の先に、道があった。

 暗い横穴からしばらく直線が続き、向こう側は、ゆったりとしたカーブになっている。

 カーブの向こう側に滲む二つ目の燐光のおかげで、そっちに向かったことは窺えた。


 間違いなく死んでいる。足下の水たまりに、饐えた臭いが漂っている。

 地下にあるせいか、何か違和感がある空間だった。空気が重いというか、濃度が違うというか。

 いるかもしれない犯人はひとまずミリエルに任せ、倒れ臥したあの大柄な身体をひっくり返した。

 仰向けになった男の顔が明らかになる。

 ここに来て入れ替わった別人が出てくるわけもなく、やはり牢番であった。死体を目にすることに多少慣れたとはいえ、まじまじと凝視したいものでもない。

 ただ、死因だけは確かめておく必要があるからと、頭からつま先までを丁寧に調べた。


 上の二人は穴に降りる勇気はなかったようで、追い掛けてくる気配は無い。結構な距離から俺の行動を見守っている。

 疑問を抱いた俺は、もう一度、牢番の身体をひっくり返した。

 服を脱がせるまではしなかったが、おかしくなっている部分がないかはきちんと探った。

 さらにもう一回。


「な、なにをしてらっしゃるんです!?」


 上から降ってくるのは、俺の奇矯な行動を咎める声だ。

 俺だって、やりたくてこんなことをやっているわけではない。

 しかし死体に不可解な点があり、その疑問を晴らすには全身くまなく確かめるしかなかったのだ。苦痛に歪んだ牢番の顔など直視したくもなかったが、そうもいかない。

 俺は嘆息し、大声で答えた。


「やっぱりもう一人いたみたいだ! この男に外傷は見当たらない! あとで詳しく調べてくれ! 俺はミリエルを追いかける! 共犯者がいるなら二人がかりじゃないとまずそうだ!」


 言うだけ言って上からの答えも待たずに横穴に進んだ。 

 伝えた通り、死んだ牢番の頭に傷はなかった。というか、全身に傷口らしい傷は見当たらなかった。痣の有無までは見ていないが、あからさまな骨折なども存在しない。

 せいぜいが下に降りるときか、降りた後についた擦過傷くらいなものだ。

 では、どうやって死んだのか。

 落下死というか、衝撃で内臓が破裂したのかもしれない。しかし、もっと異質な死因である印象を受けた。


 それより重要なのは、この場に第三者の存在があったことを示す事実だ。その誰かが牢番に危害を加えた可能性は極めて高い。

 牢番の身体によって覆われていた部分、ちょうど外側から見えない部分に、二人分の足跡が残っていた。

 大柄な身体を動かしたことで、足跡の窪みが、くっきりと浮かび上がった。

 この片方が牢番のものだとすれば、やはり、ここまで降りてきた後で死んだことになるだろう。


 二人分と言い切れる理由は、二つの足跡の大きさが異なっていたためである。

 靴跡は、牢番のブーツの跡とそこまで特徴が違うわけではない。

 牢番より小さく、ミリエルより大きい靴のサイズだ。

 水浸しになってしまったこと、牢番の身体で足跡が押しつぶされたせいで、はっきりとした証拠としては使えないが、もう一人が最近この場を訪れたことを確かめるには十分だった。


 魔法使いとしてはティナに匹敵するか、それ以上かもしれないミリエルでも、正体も分からぬ相手を追跡するのは危険だろう。

 どうやって牢番を死なせたか、それも不明瞭なのだ。

 牢番の状態を確かめるより、ミリエルを急いで追い掛けた方が良かったかもしれない。

 いや、牢番殺しの手段が不明というのも情報としては大きいか。


 ミリエルの進んだ道は分かりやすかった。

 道の途中に、目印のように《灯光》のささやかな光があり、前方にあるそれを目指すだけで良かった。

 ただし、横穴の天井は俺の背丈くらいの高さまでしかなく、ミリエルほどの早さでは進めない。いくらか腰を屈めての追跡行では、引き離される一方だ。


 掘り進められた脱出口は急造のトンネルらしい脆さがあった。時折、頭や肩が壁面にこすれるたび、土がぼろぼろ溢れてくるのだ。土が一度に落ちてこないのは、一時的に左右上下に留まるよう何らかの魔法で保持しているのだろう。

 もう少し上か下には岩盤もある。丸ごと崩落することはなさそうだが、しかし危なっかしいことには変わりない。

 本当に簡易のトンネルである。

 この急ごしらえ感もまた、ついさっき第三者があの牢番の元にやってきた証左のひとつになるだろう。


 どこまで先行されたのか、ミリエルの姿はまだ見えなかった。

 戦闘しているような音は一切聞こえない。こっそりと追跡中か、あるいは音が届かないほど距離を開けられてしまったか。


 ミリエルが魔法使いとして優れているのは、スピカを察知されたこと、続けざまに見せられた魔法の使い方から確信している。

 一方で、謎の相手も未知数ながら、無能ではないことは見て取れた。ミリエルの言葉の通り、一般的な魔法使いからみれば俺は不器用と呼ばれても仕方がない。

 この手の小技が手持ちに足りないのは否定できない事実だった。


「確かに、ここしばらくはティナさんが一緒にいましたからね。細かい魔法はティナさんが率先してやってくれちゃったので、あんまりワタシの出番もありませんでしたし……」

「使える魔法を増やすべきなのか?」

「いつぞやのことを思い出してくださいませ。ご主人様が心から求めれば、この魔導書スピカに新しい魔法が記載されることでしょう。単なる魔法使いとは異なり、魔導士にとって魔法とは意思の発現、魔導書は契約者の想いを形にするためのものです!」


 記憶に蘇るのは、かつて剛剣ブラスタインと戦ったときのこと。

 あのときは、戦っている最中に必要な呪文を求めていたところ、スピカの新しいページに、それまでなかった《轟雷嵐(サンダー・ストーム)》が増えていた。


「魔法を増やすといっても、勝手に増えるわけではありませんので」

「つまり、レベルアップすると魔法が増えると。よくあるパターンだな」

「これまで獲得したマナは、新たな魔法の生成には十分な量がありますが……ぶっちゃけ、ご主人様が新たな魔法を必要とするほど危機的な状況ってあれ以来ありませんでしたからね」


 強い意志、の部分が欠けていたのだろう。あった方が便利くらいでは新魔法を作る必要性を感じなかった。

 普段使いなら《氷狂矢》、強さ早さ貫通力なら《轟雷嵐》とそのアレンジ、大威力なら《不諦焔》と攻撃系はだいたい揃っている。必須な言語理解は《共通言語》の常時発動で事足りる。

 確かに、役割の被る魔法を増やしても仕様がない。


「ティナさんやミリエルさんみたいに数や種類が使えて、それを場面に合わせて使えれば便利ですが……魔導士であるご主人様が優先すべきことでもない気がします」

「スピカはどんな魔法がオススメだ?」

「そうですねー……あ、いえ、これについては、ご主人様の魔導書たるワタシが誘導すべきではありません。控えさせていただきます」

「オススメを出すくらいは構わないと思うが」

「お言葉ですが、ご主人様。魔導書に刻む魔法を、魔導書に尋ねる……それはすなわち、恋人に捧げる口説き文句を、恋人からこれがいいかも、とリクエストされるようなものなのです。言う方も言われる方も困りますし、醒めますよね? そういうのは自分で考えて言ってもらうから嬉しいんですよ! そうじゃありませんかご主人様!」

「お、おう」


 スピカの口調は、乙女心を分かってください、と言いたげなものだったので、俺は軽く頷いてそれ以上その話題に触れることを避けた。

 気の抜けた会話をしつつも、暗がりのなかをずっと歩き続けている。

 唐突に道の感じが変わり、開けた場所に出た。土をくりぬいて作ったトンネルから、ちゃんと舗装された地下道らしき空間に出てしまった。

 天井が高くなって、空間的な余裕が出来ると、感じていた圧迫感から解放された。

 空気が通っていることも落ち着いた理由のひとつだ。


 周囲を見ると、崩れた壁の破片のひとつに腰掛けたミリエルが、片肘突いて待っていた。


「ようやく来たかの。遅いんじゃよ、ヨースケ」

「ミリエル……牢番殺しの犯人は?」

「ここに来て見失ったのう。追跡は失敗じゃ。……ほれ、この地下道を見るがよい」


 ミリエルが指し示したのは前後左右、どの方向にも伸びている通路だった。

 いま来た道を振り返ると、土ではなく建造物らしき壁が壊れて、ぽっかりと穴が空いている。

 壁の欠損部分から横穴を伸ばして、あの詰め所下の牢屋にまで繋げたとすれば、相当な労苦と時間が必要だっただろう。

 牢屋の床に抜け穴を仕込むなど、すぐさま出来ることではない。


「大がかり過ぎるな」

「そうじゃな。たかが牢番を逃すため……いや、殺すためにこんな手間暇をかける者はおらん。とすると狙いは他にあったと考えるべきじゃが、ぬし、狙われる理由に心当たりは?」

「ない、と思うが」

「そうか。ワシもじゃ。この可愛いミリエルちゃんが目障りに思われるわけもないしのー」

「……笑うところか?」

「そうじゃな」


 実際のところ、貴重で強力極まりない魔導書が狙われる可能性はありえる。スピカが俺専用の魔導書である事実と、狙う者が考慮に入れるかは別問題だからだ。

 ミリエルは、俺が魔導士であると承知の上で聞いている。つまり他の心当たりを、だ。

 あるいは、ハミンスで貴族関与の誘拐事件を邪魔したことか。これも今更感はある。


「本当は……ワシには狙われる心当たりがあるんじゃ」

「知ってた」

「むむむ」


 ミリエルは自分で言っていたのだ。マジカディアに対して、何らかの捜査に来たと。

 それで困る誰かの手によるものと考えるのが一番自然だろう。


「ヨースケが目を付けられたのはワシのとばっちりかもしれん。助手と紹介したことで、余計に巻き込んでしまったみたいじゃ。すまんのう」

「気にするな。一緒に牢から出してくれるつもりだったんだろ」

「ワシもあわよくば、とぬしの名前を出したわけでな」

「仕方ない」


 調査に巻き込む気は満々だったと白状したミリエルも、牢番の死は想定外だった。

 とすれば、彼女を責める気にはなれない。


「なんと優しく気遣いの出来る男の子じゃ。最近、年のせいか涙もろくてのう」

「……ミリエル。自分のこと、美少女と名乗ってなかったか」


 うぅぅ、と呟きながら、ローブの袖で目元を拭うミリエルであった。

 すぐに切り替えて笑顔を見せてくる。


「そうじゃったそうじゃった。ワシは見ての通り、若くてぴちぴちの美少女じゃろ。若いから感受性も高いんじゃよ。な!」

「ひとつ聞いて良いか」

「なんじゃ、ワシのスリーサイズが聞きたいのか? 仕方ないのう……」

「いらん」


 とんがり帽子を斜めに下げて、ミリエルは肩を落として沈んだ顔を見せた。


「すげない言葉。ワシせつない」

「阿呆なやり取りしてる場合か」

「それもそうじゃな。で、ヨースケの聞きたいこととは」

「ミリエルは分かってるみたいだが、ここはなんだ? 地下にこんな通路があるってことは、使われなくなった下水道か何かなのか」

「珍しい質問じゃな。なんじゃヨースケ。ここ……いや、マジカディアのことを何も知らんで来たのかの」

「魔法都市って呼ばれてるのと、色々すごいってことしか聞いてない。道中でティナがやたら熱くこの街のことを説明してくれたのは、頑張って聞き流した」


 他の都市との違いとか、名所とか行きつけの店とかあれこれまくし立てれたのだが、あえて右から左に受け流した。

 見所の名前くらいなら聞いても良いが、詳細を全部語られてしまっては面白くない。


 俺がわざわざ遠路はるばるこの大都市に来た目的は、あくまで観光なのだ。


 何が悲しくて現物を見る前から全部聞かされねばならんのだ。

 といったことを語り足りないティナにも強く主張した。


 モンスターとの戦闘だの、道中での依頼受諾と達成であれば前もって情報収集に努めるべきだし、効率よく旅行を楽しむためには無駄足や失望しそうな場所を避けるのもその通りだ。

 しかし、各地で一度は行ってみると良い、とオススメされた魔法都市マジカディアである。その特異性やら空気やら、自分の目で確かめてみたかったのだ。

 未知を楽しむワクワク感を奪われたくなかったのである。

 死んだ牢番をこれ以上責めるつもりはないが、出鼻を挫かれた感はある。


「ラクティーナも、憐れなヤツじゃのう」

「それもだ。聞きそびれてたんだが、ティナとはどんな関係だ?」

「そうじゃのー。あの娘からの近況報告にお主の名前を書いてあるくらいの関係じゃな」

「さっきも名前を出してたし、ティナの師匠とかいう大魔法使いの関係か?」

「そんなとこじゃな。具体的な部分はあとのお楽しみじゃ」


 ミリエルはふふふ、と意味深に笑った。

 俺はカマをかけた。


「ティナは誰かを追って隣町に向かったらしいが」

「会う場所をマジカディアを指定しておきながら、他の街に行くとは困ったもんじゃのう。ラクティーナは素直で可愛いんじゃが、まだまだ未熟じゃなー」

「……あんまり苛めてやるなよ」

「お主こそ」

「あの、ご主人様もミリエルさんも、そろそろ話を先に進めません?」


 スピカが口を出すと、ミリエルがやれやれと肩をすくめ、おおげさに嘆息した。


「無粋な魔導書じゃな。せっかく小粋な会話を繰り広げておったのに」

「追跡できなかった以上、上で待ってる警邏と役人の方々に手配してもらうべきでは?」

「無駄ではなかろうが、あんまり気が進まんのう。なまじ犯人を見つけてしまった場合、死人が出るぞ」


 ミリエルは、見つけてしまった場合、と言った。

 俺は頷いた。スピカも納得したように、ああ、とこぼした。


「単なる捜査員として街に足を踏み入れただけのワシを、いきなり暗殺しようとした手合いじゃぞ。牢番の口封じも躊躇わんかったし、この脱出路の用意から逃げ足の早さ、わけの分からん策謀の張り巡らせ方……どれも危険に過ぎる。普通の兵士では太刀打ちできんじゃろうし、よしんば発見してしまったら犠牲が増えるだけじゃ」

「暗殺、って」


 考えすぎとは言い切れない。本当のターゲットは牢番ではなく、ミリエルだった可能性が高い。

 もしかしたら俺だったかもしれないが、真相は闇の中だ。

 ただ、ことが露見する方が早かったために牢番の口封じに切り替えた、とすれば現状が理解しやすい。


「確信があるわけではないがのう。一時的な鉄牢に脱出口なんぞいらん。あれは脱出のために外部に繋がっているのではなく、ここから牢へと忍び込むための侵入経路じゃな。あの牢番は誰かの指示を受けておったんじゃろ。あの牢屋に標的を入れて、少しのあいだ出さないのが役目じゃ」

「地下に引きずり込んで、行方不明にも出来る」

「うむ。ロープも梯子もないなら、あの穴から突き落としての墜落死も容易かろう」


 物騒すぎる話である。俺はなぜ観光のために魔法都市マジカディアに来て早々、こんな真っ黒なやり取りに関わっているのだろう。

 ちょっと落ち込んだ。

 ミリエルもため息を吐いた。捜査に来た彼女ですら、この状況は予想外だったのだろう。

 楽しい場所、未知に接する期待感を、思いっきり裏切られた気分である。


 ミリエルがスピカに言った。


「あとで誰かに聞かれても、牢番はこう答えればよい。『尋問の結果、問題無かったのでさっさと解放しました』とな。余人の目さえなければ、監禁も誘拐も暗殺も思いのままじゃし」

「あの横柄な態度も、問題にならないと思ってたからこそ、かもな」

「不都合なものは、闇から闇へ。……まったく、面倒な仕事を引き受けてしまったかもしれんのう」


 俺は未だにマジカディアが他の都市と違う、という部分を目にしてすらいないのだ。

 宿を取った区画も、さっきの詰め所も外縁部に辺り、他の街とさほど変わらない景色だった。地下に降りて横穴を突き進んできたことを鑑みるに、方角としては中心部に近づいていたはずだ。

 つまり、俺たちのいる場所の上あたりが、マジカディアの見所、名所、特異性が詰まっている区画ということになる。


「話が逸れたのう。ここが何か、という問いじゃったな」


 ミリエルは左右に伸びた通路の奥の方、先の見通せない闇を見やってから、言った。

 観光地のガイドよろしく、片手を挙げて指し示し、紹介するような気安い口調で。


「薄々分かっていたとは思うが、ここは迷宮じゃよ。他の街とマジカディアとの最大の違い。大都市マジカディアの中心部、その地下部分に複雑に張り巡らされたダンジョンじゃな。人々の足下、地面の下に、アリの巣のごとく広がっているわけじゃな」

「人の暮らす街に、ダンジョンが丸ごとあるのか……」

「ふふふ、ヨースケの目的は観光じゃったな。これこの通り、壮観じゃろう。誰でもが容易く足を踏み入れられる場所ではないぞ?」


 俺の顔を見て、ミリエルは笑った。

 詰め所の牢の底穴から繋がっていたのは、地下ダンジョンだったのだ。

 その名も、マジカディア地下迷宮。

 ひんやりとした空気が俺の頬を撫で、耳元に風の音を届けてくれた。



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